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神と騎士
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しおりを挟む春の気配を感じる良く晴れた日、レオンは数か月ぶりに、人気の見当たらないエルカーズの王都へ再び足を踏み入れた。
フレイの町には既に活気が戻り始めているらしいが、この都市にまで人が戻り生活をし始めるまでには、まだもう少し歳月が必要なようだ。
だが交通の要衝にあるこの都市は、何かきっかけさえあればきっと百年も待つことなく、すぐに栄え始めるだろう。
たった一人で瓦礫を踏み越えながら、カインの後ろをついて歩いた王都の大通りを歩いてゆく。
死の町のようだとかつて思ったシンとした町並みは、今は眠りながら、明るい未来の兆しを待っているように見えた。
華やかなファサードを遺した広場を通り過ぎ、レオンは真っ青な空を切り取る城の尖塔の立つ丘の、ふもとにある古い神殿に辿りついた。
張り出した入口に幾つもの荘厳な柱が立つ聖域は、ティモがしょっちゅう通っては片づけ掃除をしているせいか、この場所だけは瓦礫が綺麗に取り除かれている。
かつての姿を少しずつ取り戻していている外観から内側へと入っていくと、以前は暗くて気付くことの無かった神殿の内装に目が行った。
大理石でできた壁に、蛇のような白い尾と山羊の角を持ち、美しい翼を広げた神の姿を描いたレリーフが彫り込まれ、それがずっと奥まで続いている。
書物だけではなく、ここでもカインに逢うことが出来たことに嬉しくなりながら、レオンは奥へ奥へと足を進めた。
一か所、天井に開いた穴から太陽光の差す場所を目に留め、懐かしく微笑む。
神殿の中央の床に描かれた、所どころが消えてしまっている大きな魔法陣をそこに見つけ、レオンは膝を折ってその場に屈んだ。
『この魔法陣が全ての始まりだったのだ。ここがゲートとなり、神が異世界から幾人も召喚され始めた……』
自分の私利私欲の為に神を召喚した為に、王は大きな罰を負った。
これから自分がしようとしていることも、同じくらい罪深いことなのかもしれない――と思う。
けれどやってみずには居られなかった。
懐から、神官の老人から貰った柄の黒い両刃のナイフを取り出し、崩れて線の薄れてしまっている場所に、丁寧に新しい線を彫り入れてゆく。
少しずつ線を繋げ、文字を書き足し、気の遠くなる程の時間がかかったが、それでもレオンは一心不乱にその行為を続けた。
かつてカインの背中にもこのナイフが突き立てられ、青い血を流してゲートが作られたのだ……。
カインの姿の隅々までを脳裏に思い起こしながら、レオンは夜が来るまでには仕事を終えた。
眩暈がするような疲労を感じながらも、美しい円の模様を見下ろして立ち、教わった言葉を口にする。
「扉よ開け」
神官だけに伝えられてきた秘密の発音で命ずると、足元の魔法陣が青く怪しい光を放ち輝きだした。
この先のことがうまく行くかどうかは、誰にも保証できない。
何より、もしもカインがあの時あのまま消滅していたとしたら――。
そんな風に思うと両脚が震え、すくむ。
魔法陣に描かれた文字、そして呪文の一言一句でも間違えても、魔を呼び出し一瞬で命を落とすかもしれない。
誰かを巻き込むわけにはいかず、一人で全てを終えられるよう、手順と魔法陣の書き方を完璧に覚えるまでに数か月かかってしまった。
絶対の自信は無かったが、それでも覚悟を決め、老神官に教わった通りの呪文を大きく叫びあげる。
「――誇り高き騎士の神、アビゴール・カインよ! 我が求めに応じ、血肉を持った可視の姿となり、この聖域に現れ出でよ……我は汝をこの世界に召喚する!」
魔法陣の上で空気がゆっくりと渦を巻き始める。
見えない竜巻の中でキラキラと、砂金の粒子のようなものが光り始めるのを、レオンは目を見張って見守った。
粒はやがて集まって塊となり、床に近い場所から少しずつ形を構成し始める。
美しい爪を、長い足の指を、形のよい踝を、しなやかな脛を、優雅な膝を、逞しい太腿を、蛇のような白い尾を。
光り輝く裸体の構成が上半身にまで及ぶと、眠るように目を閉じた美しい相貌が現れ、長い銀髪が風に巻き上げられながら現れて、山羊の角が見え隠れした。
「……カイン……!」
感極まってその名を呼ぶと激しい竜巻の中で彼は、夢見るようなその瞼をゆっくりと開けた。
ルビーの瞳が細められ、確かにこちらを見つめる。
途端にその体が黒く優雅な軍服とローブに包まれて、革の黒い長靴の足が床の魔法陣の上へと軽やかに降り立った。
「……久しぶりだな、レオン」
その艶のある懐かしい声に知らずに涙が溢れる。
気が付けばレオンは両腕を伸ばし、彼の体を強く床に押し倒す勢いで抱きついていた。
何も言葉にすることが出来ないままずっと倒れこんでいると、カインがクスクスと笑いだす。
「お前、ついに悪魔召喚までやり始めたのかよ……。元聖騎士様が恐ろしい所業だな」
「……。――もしもお前が戻ってきてくれるなら、いっそ地獄に落ちても構わないと思って……っ。嫌、だったか……?」
恐る恐る尋ねたレオンの頬を濡らす涙を、カインの赤い唇が優しく吸い取った。
「そうだなあ。嫌も何も――お前、別れた時のこと覚えてるか?」
頷き、不安げに彼の美貌を見つめる。
「……本当はあの時、俺がこの世から消えることでお前を普通の人間に戻すつもりだったんだ。でもお前のおかげで、自分で自分の助力を終わらせるルール違反になっちまって」
瞳を細めて悪戯っぽく笑う相手に、レオンは不安げに眉を顰めた。
「っ……俺のせいで……?」
「そんで、そのペナルティは何だと思う」
まるで教師のように改まった口調で聞かれ、レオンは一層心配になりながらフルっと首を左右に振った。
カインが穏やかに笑い、そしてレオンの後ろ髪を懐かしい手つきで丁寧に撫でた。
「――お前と同じ、有限の生だ……。お前と同じくらいに生きて、お前と同じくらいに死ねる――父上にも目出度く勘当されたしな」
目もくらむほどの大きな衝撃に、言葉が中々出てこない。
「……そんなの……っ、いいのか……? お前……っ」
親指の付け根で涙をぬぐいながらやっとそう尋ねると、カインはのしかかるように抱き着いているレオンの体を強く抱きしめ返し、迷いなく頷いてくれた。
「――いいに決まってる」
レオンは彼の胸に縋りながら口元を綻ばせ、彼の頬を両手で包むと、自分からその唇に強い口づけを返した。
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