聖騎士の盾

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【続編・神々の祭日】貴公子と王都

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 ――それから神殿の自分の部屋に帰るまでの間の事を、余りよく覚えていない。
 帰り道で使いの途中のティモに会い、顔色が酷いと驚かれた覚えがある。
 無理矢理ベッドに寝かされ、夏だというのに温めたミルクや毛布を出され、過保護なほどに世話を焼かれた。
 だが何をしてもレオンが薄ぼんやりとしているのを見ると、最後は気遣ってくれたのか、気がつくと部屋に1人だった。
 久々に夜着に着替え、柔らかいベッドで眠れるというのに、全く寝入る気分になれない。
 ただ天井を見上げながら、無意識に心の中で名前を呼んでいた。
(カイン……)
 昔、どうしても寂しくて彼に会いたい時、そうやって彼の名を呼んでいたことを思い出した。
 今はもうすっかり、そんな必要が無くなったので忘れていた。
(カイン……カイン)
 何度か名前を呼ぶのを繰り返してハッとした。
 急に消えたり、移動したりは出来なくなったと彼は言っていたのに。
 いま娼館にいるなら、名前を呼んだとて無駄だ。
(俺は何をやってるんだ……)
 苦しい自嘲が喉を込み上げ、寝返りを打った。
 誰かに心臓を掴まれているように胸がとても苦しくて、涙が溢れてシーツが濡れていく。
 目を閉じると、どうしても、このベッドで彼と抱き合った時の幸福が思い出されて仕方なかった。
『レオン、愛してる……』
 カインでいる時には時々しか言ってくれないその言葉が耳元で蘇って、切なくて堪らなくなる。
 彼はレオンの為に永遠の命も、特殊な力も、沢山の物を捨てた。
 そんな彼を責める資格は、無いのかもしれない。
 病み衰えていく内に捨てられても、飽きられて、別の人間に行ってしまわれても。
 それでも自分はきっと、死ぬまで彼を愛してしまう。解けることのない呪いのように、出会ってから百年を越えてもなお、こうして切ないほど彼に焦がれているのだから。
 そして幾度もこんな苦しみを味わうのかもしれない――。
(カイン……)
 飽くことのない癖のように、また名前を呼ぶ。
 涙の跡を頬に残したまま、それでも長旅の疲れが、レオンを少しずつ眠りに引き込んでくれた。



「レオン。――レオン」
 名を呼ばれながら、大きな手で優しく背中をさすられる。
「レオン、そろそろ起きろ……」
 ハッとして目が覚めたが、涙で腫れてしまったのか目が開き辛い。
 部屋の中は差し込む白い光ですっかり明るくなっている。
 身体を起こすと、純白の礼服に身を包んだオスカーがベッドのそばに立ち、微笑みをたたえて自分の顔を覗き込んでいる。
「お早う、可愛い眠り姫」
 唇に啄むような優しいキスをされて、驚いて声も出ない。
「昨日は結局帰れず悪かった。寂しかったか?」
 半ば夢かと疑いながら相手の姿を上から下まで眺める。
 白地に素晴らしい金糸の刺繍を施した高襟の上衣は、まるでどこかの国の王子だ。
 その姿は光を発して輝くばかりに美しい――だが、眺めていても心が全く晴れない。
 あの2人きりの暖かな屋敷で、何も繕わない、黒衣のカインに会いたいとだけ思う。
「さあ、下で会議が始まるぞ。お前も私の騎士として来るのだろう」
 その言葉を聞いて、自分でも意外な程冷静に、今この場所でするべき事を思い出した。
 起き上がり、機械的に身支度を始める。
 盥に溜めた水で顔を洗い、僅かに伸びるようになった髭をナイフであたった。
 カインの力が及んでいる時には髪も髭も爪もずっと伸びなかったものが、少しずつまた成長を始めて、聖騎士だった時のように手入れを必要とするようになっている。
 人間として歳を重ね、短い寿命を1日ずつ消費している事を毎日自覚する。
 あれ程普通の身体に戻る事を望んでいたのに、一度でも幸福を味わうと、時が過ぎゆくのが切なくなる事を知った。
 素早く黒い軍服を着て、剣とソードベルトを身に付け、姿見に全身を映す。
「これほど美しい騎士を従えている貴族はいないな」
 ずっとそばで見守っていたオスカーがレオンの腰を抱き寄せた。
「私のレオン……」
 口付けられそうになって、反射的に彼の身体をグッと押して避けた。
 今は少しでも動揺すると、我慢して作り上げたよそ行きの表情を粉々に壊されてしまいそうだった。
「会議に行くのだろう」
 無表情でオスカーの美しい瞳をじっと見る。
「? 何かあったのか?」
 その問いに答えずに、レオンは彼に背中を向けて2人の部屋を出た。


 会議は神殿の長い身廊の中央に置かれた大きな円卓で始まった。
 円卓が用意されたのは、非常事態の続いている現況で、身分の高低を出来る限り意識せずに、座した誰もが等しい距離で意見を交わす事が出来るよう配慮された為だ。
 椅子の数は10ほどで、各地の現在の要人が席に着き、神官長から各位の簡単な紹介がなされた。
 昨日往来で見かけたハゲ頭のボルツ大公の姿を目にとめる。心なしか、昨日より酷く顔色が悪い。
 その対面には、痩せて目玉の落ち窪んだ神経質そうなギレス公が座っている。
 オスカーは2人の貴族と等間隔の場所に座っているが、レオンには勿論座席はない。
 主人の背後から少し離れた場所で只管立ち続け、彼に何かあった時には護衛する騎士が自分の役目となる。
 貴族や、地方から来た知らない神官たちが不躾な視線でオスカーと自分を盗み見るのを感じた。
 まるで物語から抜け出たような美しい貴公子は、見た目だけはこの場の誰よりも若い。
 外見ばかりの青二才と、そのお飾りの騎士――とでも思われているのだろう。 
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