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【続編・神々の祭日】貴公子と王都
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しおりを挟む「それでは、神の見守られているこの場で、我が国の行く末について話し合いましょう」
祭壇のある内陣に近い場所に座した老神官ベアリットが会議の始まりを宣言する。
そして彼から『王都周辺の旧王領地と王位の後継者』の推薦が主題として提示されると、途端に、円卓はオスカーを挟んで左右真っ二つに別れた。
「……新しい王に相応しいのは当然、ボルツ様だと考えている。南部エルカーズ軍は伝統的にボルツ家の旗印の下にある。その武力と財力から言って、他の選択肢はあり得ない」
南部に近い所領を持つ、撫で付けた黒髪と口髭の貴族がそう主張すると、
「待って下さい、血筋からいえばギレス様が正当な王位継承権者ではありませんか」
別の地方の代表の神官が血相を抱えて反論する。
「血筋だと? 言うまでもないことだが、ボルツ様は血筋の点でも全く問題ない。後は王としての器だ。聞くところによると、神官殿の神殿は代々ギレス家から多額の寄進を受けているそうですな。本当にこの国の行く末を案じてのお言葉ですかな」
「聞き捨てならない! このわたくしを侮辱しているのか」
「まあまあ、ギレス様」
とうとう候補者本人も顔を真っ赤にしてテーブルに乗り出し始め、議論が最初から全く進まなくなった。
(カイン、お前はどちらにつくんだ……?)
オスカーの美しい横顔を覗くが、その表情からはどんな感情も読み取れない。
「そもそも、ギレス様は魔物退治の為沢山の傭兵を雇い、当地の防衛と街の存続に大変な貢献のあった方で……」
「そんな事を言えば、ボルツ公は自ら兵を率いて魔物退治を……」
堂々巡りの言い合いが延々と続く。
黙っているだけのレオンも嫌気がさし、ぼんやりとしながら恋人の背中を見た。
何故彼はこんな会議に出ようと思ったのだろう。
こういった場では何を口にしても、人間の醜い争いに関わることになる。
同じ人間のレオンですら、こんな場所からは逃げ出してしまい気持ちになるというのに……。
カインが何を考えているのか分からない。何故自分をここに伴ったのかも。
一緒に来るべきでは無かったのかもしれない。
たとえ寂しくてもあの平和な館で、大人しく待っていれば良かったのだ。
そうすれば肌を合わせられない苦しみも、昨日のような裏切りも知らずに済んだ。
同じくこの場に耐えているカインを前にして、こんなことを考えるなどと騎士失格かもしれないが、そう思わずにいられなかった。
(帰りたい……)
その場の誰もが同じような疲れを感じているのか、徐々に会議に沈黙が続き始めた頃。
――目の前で、オスカーが初めてその口を開いた。
「私はタールベルク伯爵家のオスカー。あくまでも中立派として、一つの意見を述べさせて頂きたい」
張りがあり、堂々とした声が神殿の高い天井に静かに響く。
「今エルカーズの人民は、王という存在そのものに恐れや反発を抱いているものも少なくない。そんな中で、右から王がたてば左の者が反発し、左から王が立っても同じことが起こる。であれば一端、王権を神にお返ししてはどうか」
疲れ切っていた神官達が顔を上げ、貴族達も怪訝な顔で一斉にオスカーを見た。
「神に?どういうことだ。また前王の二の舞をしようというのか」
最初に口火を切ったボルツ派の貴族が馬鹿にしたように食ってかかる。
だが貴公子は相手の言葉を予想していたかのような態度で平然と言葉を続けた。
「そういう事ではない。ここにおられるベアリット神官長殿に法王として即位頂き、数年の間、神の代行として王領地を統括頂き、王権を留保して頂く――と言うことだ」
レオンは驚いてオスカーとベアリットとを交互に見た。
ベアリットに驚いた様子は無いので、この話は事前に彼と握っていた内容なのだろう。
だが老神官はかなりの高齢だ。本当にそんな事が可能なのかとレオンですら思ってしまう程突拍子もない提案に思えた。
オスカーが説明を繋ぐ。
「勿論、ベアリット殿はご高齢だ。長期政権は想定はしていない。数年の間だけ神の名の下に皆で協力して王都の復興を進め、然るべき時に王権を相応しいものに授与するのだ」
オスカーの提案に、貴族も神官も唖然とした。
「それではただの問題の先送りではないか」
口髭の貴族が尚も異議を唱えると、オスカーは毅然と首を振った。
「これはただの王位継承の先送りではない。その数年の間に王都の復興費用を各地域の領主殿に分担して寄進頂き、その費用等の貢献度の1番高かった方に、神の名の下に王位を渡すと決めれば良い。誰か1人の王を選んでからでは、その王1人の私的な財力で王城などの修復を賄うことになる。そうなれば、百年かかってもエルカーズの首都は他国に追いつくことが出来ない」
その言葉には、誰もが口を閉ざした。
王の後継問題の後に話し合われる筈だった問題にも彼が視野を広げさせたからだ。
王と領主たる貴族の間に臣従の関係はあれど、国家の恒常的な財産と呼べるものはこの国には無い。
王は必要に応じ臨時税を各地から徴収する権利はあるが、この会議の有様では新しい王がその権利を行使した所で、何処まで金が集まるかは未知数だ。
「だが、王になれる可能性のない領主は税金の取られ損ではないか」
別の領主の意見に、間髪入れずオスカーが答える。
「そうならぬよう、単純に資金だけを集めることはしない。家も故郷もとうになく、各地で問題を起こしている元魔物の兵士を、この王都に集め、復興を担わせる。一種の公共事業として職と住居を彼らに提供するのだ。神の名の元に労働を行うことは、魔物として罪を犯してきた彼らにとって贖罪にもなる」
シンとなった場を前に、オスカーが華やかな笑顔と共に付け加える。
「――などと、若輩者が偉そうに語ってしまって申し訳なかった。実を言えばこの考えは、私個人のものではなく、ボルツ様のご提案なのです」
言葉と態度を柔らかくし、彼は円卓を見回した。
「以前からボルツ様と私は個人的にお手紙をやり取りする関係。もしも王の後継問題が紛糾するようであればと……と、こういったお考えをお伺いする機会がございました。それを私の口から代弁させて頂いたまで」
レオンは反射的にボルツ大公の方を見た。
相変わらず顔色が悪く、心なしか震えている。そういえばこの会議で、彼は自分自身では一言も意見を発していない。
何か仕組まれたものを薄々と感じながら、固唾を呑む。
オスカーが渋面を浮かべた人間達を一人一人笑顔で睨め付ける。
彼の暖かなペリドット色の瞳を、初めて恐ろしいと思った。
「――反対意見のある方はいらっしゃいますか。これ以上の案があればお伺いしたい」
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