聖騎士の盾

かすがみずほ

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【続編・神々の祭日】貴公子と王都

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「そんな言い方はないだろう」
 控えめに抗議し、そして続けた。
「……俺は、お前が何も話してくれないまま1人で色々なことを決めてしまう事が不満だ」
 正直に言ったその言葉にオスカーがふっと笑む。
「政治的な事には興味が無い方なのだと思っていたが? 私が家で仕事をしている最中にも、抱かれたがってばかりいたくせに」
 その物言いに屈辱を感じてカッと頬を赤くし、レオンは思わず拳でテーブルを叩いた。
「お前は俺を一体何だと思ってるんだ……! 抱いてやりさえすれば黙る馬鹿な愛人だとでも思っているのか……っ」
 怒りを露わにして言い返すと、オスカーは整った顔立ちを曇らせた。
「悪かった……酷い言い方だった」
 宥めるように向かい側から手を握られ、その温もりに何故か涙が出そうになる。
 しかし、周囲からどう見られるか分からないので、すぐに手を引いた。
 オスカーが気遣うように言葉を繋ぐ。
「……私は今、少し気が立っているのかもしれない……お前をしばらく抱いていないせいだ……許してくれ」
 そんな風に言う恋人の言葉は、恐らく真実なのだろう。けれど心がまだ血を流している。
「お前が聞きたいことがあるなら、包み隠さず全て話す。何でも聞いていい」
 いかにも真摯に言われて、レオンはしばらく逡巡した後、のろのろと口を開いた。
 1番聞きたいことはあったが、最初にそれを聞く勇気は出ない。
「……。お前は、どういうつもりで元魔物の兵士をこの北部で受け入れると決めたんだ……街の皆が不安がるだろうに」
 最初の質問に、オスカーは淡々と答えた。
「それは簡単な話だ。兵の本分はなんだ?」
 言われてハッとした。
 彼が、単に交渉や慈善だけでリスクを負って人間を集めるとは思えない。
「お前、戦争でも始めるつもりか……」
 レオンが気色ばむと相手は笑って首を振った。
「そこまでは考えて居ない。ただ、集めた元兵士どもの中で、見所がありそうな者を神殿の配下の独自の兵力として密かに配備していく。お前のもといた聖騎士団と同じ、言うなれば神殿騎士として――別に純潔を強制しはしないが」
 予想だにしなかった彼の考えに絶句した。
「……。一体、何のために」
「そもそも、前王が神官を操って神を次々と召喚させ、暴走を始めたのは、神官が王の言いなりだったからだ」
 オスカーの瞳に紅く冷たい光が宿る。
「今後誰が王になろうとも、神官達が王とは独立した意志を持つことのできるよう、彼らに最低限の武力と、王位の授与者としての地位を与えるのが私の目的だ」
「……」
 驚いたまま何も言うことが出来ず、レオンは相手を見つめた。
「私の元いた世界の者たちもあの様な事はもう金輪際起こって欲しくないと願っている。出来れば今のように神が人間に関わり続ける形ではなく、人間の中で牽制し合う形で抑止するように仕向けたい」
 その言葉が、胸の内側に暗雲を巻き起こした。
「……。お前……この世界にもう一度来たのは、もしかしてそれが目的だったのか……」
 裏切られたような気持ちになり、声が枯れる。
「何を言っている……何故そんな話になる」
 訳が分からないと言った態度を取られ、不安が確信に近づいた。
 感情をギリギリの場所で抑えながら、震える唇を開く。
「……お前は、やっぱり悪魔だ……嘘をついて、沢山の人間の心を操って……昨夜だって娼館にいたくせに、何でもない顔をして俺の前に現れて……っ」
「……? 何故それを知っている」
 オスカーが表情を失う。
 レオンは傷つき果てた心のまま、わざと暗い笑みを浮かべてみせた。
「俺も娼館にいたからだ」
「何だと……」
 無表情になっていく相手の顔を見据える。
「お前に放って置かれたから、慰めの為に」
 ――オスカーが娼館に居たのは恐らく昨日そこに居たであろうボルツと接触する為だろう。女を抱いたのかそうで無いのかは、分からない。
 けれど昨夜自分が酷く惨めな気持ちになったのは事実だ。そして今も……。
 同じ気持ちを味わわせようとするなど、騎士の風上にも置けない行為だと分かっている。
 それでもこの無神経な恋人に、自分が何も説明なく行動する事でどれだけ他人が傷つくのか少しは分かって貰いたかった。
「嘘だと言え、レオン」
「……」
 冷たく詰問され、視線を外す。
 そのうちに、ガタンと音を立ててオスカーが向かい側の席を立った。
 乱暴にテーブルの上に紙幣を投げ、こちら側へ周って来る。
 自分は無視して椅子から離れずにいると、無理やりに腕を掴まれた。
「い……っ」
 肉に指が食い込んでいる。強引に犯されていた時にすらそんな風にされたことは無いというくらい、恐ろしく強い力だ。
「何をするんだ、やめろ……!!」
 抗うも有無を言わさず立ち上がらされ、混雑した椅子とテーブルの間を引きずるように出口の方へ連れていかれる。
 ――下手に抵抗すれば関節が抜ける……そう確信する程の人間離れした力に恐怖が湧く。
「なんだ、喧嘩か?」
「店の外でやれ、外で」
 酔っ払いたちが野次を飛ばす中、店先を出ると、そのまますぐ傍にある狭く暗い路地裏に強制的に連れ込まれた。
 酒場の冷えた外壁に乱暴に背中を押し付けられ、逃げ場のないように両腕の間に閉じ込められる。
「何のために私がお前を抱くのを我慢していたと思っている……」
 怒りのせいか、その瞳が完全なルビー色になっている。
 こんな事態でもなお、その色が懐かしくて愛しくて堪らず、視線を逸らした。
「――知るか……っ」
「私が人間どもの茶番にこれだけ長く付き合っているのは一体何の為か、お前は分かっているのか……!」
 大きな手がレオンの顎を強く掴み、無理矢理前を向かされる。
「そんなものっ、お前の世界の神々の為だと、今お前が言ったじゃないか……っ」
 最後は殆ど涙混じりの声になりながら言い返すと、相手は整った顔立ちに更に怒りをあらわにした。
「それだけではない! ……――分からないなら、分からせてやろうか……!」 
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