聖騎士の盾

かすがみずほ

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【続編・神々の祭日】騎士と甘橙(オレンジ)

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 早朝の透き通った青い空の下で、剣戟の高い音が響いている。
 聞き慣れたその音をどこか懐かしく感じながら、レオンは王城の高い露台の上に立っていた。
 下を見おろすと、木材で高く組まれた修復用の足場と、城下の広い庭が見える。
 その庭では神殿兵士に選ばれた若い男達が練習用の木剣を手に打ち合いの訓練をしている所だった。
 ――レオンとカインが会議を終え、僅かな期間で支度を終えて王都での仮住まいを始めたのは盛夏の頃だ。
 2人は主人のない王城の一室に居を構え、既にふた月をこの王都で過ごしてきた。
 以前いたオスカーの屋敷はそのまま残してある。
 菜園は世話するものが居ないので諦めた。すべてが落ち着いてまたあの場所で住むようになったら、1から始めるしかない。
 ――今はそれよりも、もっと大きな責任がレオンの肩にずっしりとのし掛かっていた。
 背後に開口部のある階段室から高襟の軍服を着た神殿兵の1人が上がって来て、レオンの側に跪く。
「総長どの。兵士が3人、訓練をサボって脱走しました」
「……」
 またか、という言葉が出そうになるのを奥歯を噛んで止めた。
「捜索しますか。だいたい場所は察しがつきます」
「いや、いい。今日は俺が行く」
「……。あの、いいのですか。彼らが行く場所といえば」
「気にするな。訓練に戻れ」
 背後から人の気配が消えた瞬間、レオンは深いため息をついた。
 ここの所毎日、この身に似合わぬ純白の軍服を着せた男を呪いたい気分になる。
(カイン……面倒なことは全部俺やマルファス達に押し付けて……っ)
 ――自分がこんな状況に置かれている原因は、あの会議の終わった後の帰路にさかのぼる。
 「儀式」に消耗しきったレオンの体が一週間ほどの休養を経てどうにか回復し、それから屋敷へ戻る道すがら――さも当然のように彼は言ったのだ。
 お前が「初代神殿騎士団の総長」になれ、と。
 相手としては一応それまでの自分を反省した上での「事前の言い渡し」であったらしいが、レオンは閉口した。
 重責への戸惑いはもちろん、断る余地もないその言い方は、まるで自分も彼の操る駒の一つになってしまったかのようで、あまり気分が良くなかったのだ。
 けれど、この北部に他に人材がいるかと言えば、正直な所見当たらないというのが実情だった。
 エルカーズ人であるオスカー自身が勤めるのが理想ではあるが、老人である神官ベアリットに代わり彼が現在実質的な王権の代行者になってしまっている以上、それは無理である。
 仕方なく、レオンは神殿騎士団の初回のまとめ役となる事を引き受けた。
 だが相手はあちこちの地方から集められた元魔物の兵士達だ。
 魔物となっていた間は人間としての歳を取らなかった為に、彼らは生まれた場所も時代背景もバラバラな上、深い孤独に傷付いた心を持っている。
 当初心配したとおり、王城の修復現場にも神殿兵士達の訓練の場にも、小競り合いや脱走、果ては盗みなど、厄介な問題が頻発していた。
 そしてその一つ一つを丸く収めることを要求されているのが、今のレオンの立場なのだ。
「さて……今日はどの辺りにいるやら……」
 高い場所から丘の裾野に広がる街並みを見下ろす。
 地方から送られてきた百人ほどの元魔物の兵士達の中で、神殿兵士として初回に採用された男達は約15人ほどだった。
 その中の1人が特に反抗的で、他の兵士を巻き込み一週間おきにサボタージュと脱走を繰り返している。
 元々人間関係が得意ではなく、毎日畑を相手に暮らしている方が性に合っているレオンは、百年ぶりに直面した重い責務に正直すっかり参っていた。


 訓練をサボった兵士の行けるような娯楽施設は、この王都にはまだ少ない。――娼館か、酒場だ。
 目立ち過ぎる白い軍服と剣をマントで隠し、1人で街路を降る。
 大通りまで来て三軒ある酒場を順番に覗いたが、どこも数人の客と店員が談笑しているだけで、兵士達の姿は見えない。
「と、いうことは……」
 一気に気が重くなってレオンは片手で額を覆った。
 だが、規律のためには行かねばならない。
(いっそのこと、聖騎士団並みに厳しい規律にしてやりたい……脱走は斬首だ)
 物騒なことを考え掛けて、最初にこの任務を授かった時のカインの言葉を思い出した。
『いいか、聖騎士団の時みたいに真面目にやり過ぎんなよ。お前は適当な位が丁度いいんだ』
 ――言われた通り適当にやっている結果がこれだ。
「あらー、レオンちゃん。あいつらまた来てるわよお」
 他の兵士と共に何度か脱走兵を回収に来る内に、顔馴染みになってしまった客引きの娼婦が店先で手を振っている。
 人目もはばからぬその大声に、レオンは顔を真っ赤にした。
「レオンちゃんはよしてくれ……っ、まるで俺が馴染みの客みたいじゃないか」
「あははっ誰もそんな事気にしないわよお」
 俺が気にするんだ、と言っても話が通じなさそうだ。
「こっちよ、こっち」
 片腕を掴まれ、半分あらわな豊満な胸にギュッと押し付けられる。
「そういうことはいいから、普通に案内してくれ……っ」
 頬が火照って仕方がないのを目を逸らしてどうにかしながら、いかがわしい香の漂う薄暗いホールに通された。
 開け放した地階の扉に張られたカーテンの隙間から、乳房を放り出した娼婦が蠱惑的な視線でこちらを見てくる。
「あら、レオンちゃん? 今日はお迎え部下の子じゃないの、珍しいわねえ」
「いつも仕事の邪魔をして申し訳ない……っ」
 目を逸らしたまま大股で通り過ぎる。
 カインとすることはしていても、人間の女性の裸体と色仕掛けには何年経っても慣れる気配がない。
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