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【続編・神々の祭日】騎士と甘橙(オレンジ)
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しおりを挟むオレンジを持ってヴィクトルの牢を訪ねてから、三日後の早朝のこと――。
不良兵士三人の謹慎が解けた日の朝、レオンは神殿兵たちの点呼の場で、ヴィクトル達の姿を探した。
あの妙に図太い取り巻き2人は眠たそうな顔で列に並んでいるが、ヴィクトル本人は見当たらない。
やはり、ダメか。
――半ば諦め気味に苦笑し、兵士たちの訓練指導を始めようとしたその時。
「申し訳ありません! 遅れました」
青い神殿兵の軍服を着た長身の男が慌てて門扉の方から走ってくるのが見えた。
精悍なブロンズ色の肌に、均整の取れた長い四肢――後ろ髪を短く刈った美しい黒髪は優雅な曲線を描きながら斜めに流れ、艶を含んだ彼の金色の猫目を彩っている。
その左目の目元の黒子を見て、レオンはすぐにそれがヴィクトルだと分かった。
「シェンク、遅刻だ」
どうしても少し顔が笑顔になってしまいながら、声だけは厳しく張る。
「髪を切っていたので……」
悪びれずにそう言った彼の周囲で、わっと隊列が乱れた。
兵士達が一斉に彼に注目し、野次を飛ばして絡む。
「おいおいヴィクトル、お前だったのか。すげえ色男じゃねえか」
「いきなり真面目になっちまって、一体どういう風の吹き回しだよ」
「こら、お前たち私語をするんじゃない!」
同僚に首筋を掴まれて困ったようにこちらを見た彼を、レオンは一喝で救い出した。
「さあ、二人一組になって木剣を握れ。シェンク、お前は一人余るから俺の相手をしろ」
「光栄です、総長殿」
以前、自分が敬語を使えと言ったからだろうか――余りにもわざとらしい敬語に吹きだしそうになりながらも、剣立てから木剣を取り出して投げつける。
彼はそれを受け取ると、腰に構えて優雅な仕草で礼をした。
レオンも剣を取り、礼をして構える。
「来い! なまった身体を温めてやる」
顎を引いて相手を見据え、両手で木剣を構えると、風を切る音と共に遠慮のない攻撃がレオンを襲った。
それを正面から木の刃で受け止めてやると、小気味の良い痺れが腕に走る。
「総長殿!」
木の弾ける乾いた高い音をたてながら、ヴィクトルが話しかけて来た。
「なんだ!」
深く入った突きを除け、跳ね上げるように弾き返しながら言葉を交わす。
「俺も時々、あなたと共通語で話してもいいですか!? 母としか話さなかったから、長く使っていなくてっ、喋り方を忘れてしまいそうなんです!」
「構わない!」
返答しながら、剣を押し付けるようにして相手を一旦押し返した。
レオンは上向けた手の人差し指と中指で手招きしながら、言葉を母語に切り替えた。
「さあ、本気で打ち込んでみろ」
すると相手はニヤッと含み笑いし、色香を感じさせる口調の流暢な共通語で呟いた。
「三日間牢の中で、ずっと恋してるみたいにあんたのことばかり考えてた。――天使みたいに清らかな癖に妙に色っぽいあんたのことを、もっと知りたい……」
「!?」
驚いて隙の出来たレオンにヴィクトルが激しい足払いを喰らわせる。
不意を突かれてしまったせいで体勢は容易に崩れた。
「うっ……」
地面に鈍い音を立てて背中を打ちつけてしまい、痛みに顔をしかめる。
「――冗談ですよ、総長殿!」
エルカーズ語で叫び、覆いかぶさるようにしてヴィクトルが重い剣を降り下ろしてきた。
それを自らの剣で受け止めながら、憤りをあらわにする。
「――お前っ、汚いぞ!」
木剣を払いのけ、体の上の相手の腿を激しく蹴りつけた。
今度はヴィクトルが土埃を上げて後ろに派手に転んだが、彼は倒れたまま楽しそうに声を上げて笑っていた。
「……全く、お前は本当に食えない奴だな!」
呆れながら起き上がる。
相手を助け起こそうと手を差し伸べると、ヴィクトルはそれをしっかりと握ってくれた。
触れ合った場所から不思議な温かさが流れ込む。
「この間の仕返しです」
立ち上がっても手を握り続けながらそう言った彼を憮然として睨みつける。
ヴィクトルは片目を瞑ってみせてから、握った手を引き寄せて甲に口付けてきた。
「そんな顔をしないで下さい。あなたを敬愛しているのは本当なんですから」
しゃあしゃあとそんなことを言うので、レオンは真っ赤になって無理矢理手をもぎ離した。
クスクスと意地悪く笑いながら、こちらに背を向けたヴィクトルが剣を拾っている。
上官をからかうのは許しがたい行為だが、見た目が整い、何よりさぼらなくなっただけでも大きな進歩だ。
(――食えないが、憎めない男だな……)
密かにレオンの口元が綻ぶ。
――もう触れていないはずの手に、何故か温もりがずっと残り続けた。
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