聖騎士の盾

かすがみずほ@3/25理想の結婚単行本

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【続編・神々の祭日】囚われの貴公子

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 王都の東の門を抜け、レオンとヴィクトルは明け方から馬を走らせた。
 相手は供を連れた馬車の大所帯だが、こちらは身軽な単騎の二人旅だ。恐らく、数日あればギレスの隊に追いつけるだろう。
 美しい麦畑の緑を横目に眺めながら、街道に付いたまだ新しい馬車の轍を追い掛けて駆ける。
 天気が良いのが幸いだったが、風もまた強かった。
(カイン……カイン……無事でいてくれ)
 もしかしたら届くかもしれないと、心の中で名を呼び続ける。
 余裕がなく余りヴィクトルを気遣えなかったが、彼も馬の扱いは慣れているのか、しっかりと後ろについてきてくれていた。
 口を聞くことも最低限に、吹きつける春先の風を裂いて走る。
 馬の為の最低限の休憩だけで追跡を継続し、だいぶ距離を稼いだ頃には大分空気が冷えてきた。
 北部の寒暖の差は激しく、ずっと風を受けていた手綱を握る手に次第に感覚がなくなってゆく。
 ヴィクトルが叫ぶように背後から声を上げた。
「総長! あなたもう体力が限界でしょう! さっきから背中がフラフラしてるぞ!」
「大丈夫だ、まだ少しならいける……」
 レオンは蒼白な顔を振り返らせ答えた。
 昨日の夜から一睡もしていない。
 その前夜は、明け方近くまでカインと交わっていた。
 本当はヴィクトルの言う通りそろそろ限界だった。
 しかしここで立ち止まれば、もっともっとカインが遠くへ行ってしまうような気がする。
 早く彼を助けたい。それが出来なくても無事な姿を見たい。
 以前のように神の力を全て持っているのならばこんなに心配はしないが、今の彼は定命の身だ。
 剣で刺されれば傷付き死ぬし、千里をとんで逃げることも出来ない。
 それが全て自分のせいなのだと思うと、平常心ではいられなかった。
「馬鹿野郎、あんたが倒れて困るのは俺なんだよ……!」
 ヴィクトルが舌打ちする。
 酷い言い草だったが、注意する気力も既に無かった。
 殆ど馬の背にしがみつく様にして走っていたが、ふとした瞬間にすうっと気が遠のく。
 それを何度か繰り返した挙句、とうとう最後には身体が徐々に馬の背からずれだした。
 一瞬のち、視界の中で天地が逆転し、次いで衝撃が身体に走る。
 何が起こったのか分からなかったが、鈍い痛みが左肩と腰から全身に広がり、夕闇に沈み始めた空が視界に入って、やっと自分が落馬した事に気付いた。
「つぅ……っ」
 肩を抑えて横転し、歯をくいしばる。
「総長……!」
 ヴィクトルが数十メートル先でやっと馬を止め、戻ってきた。
 レオンの馬はそのもっと先でようやく止まり、興奮したように高くいなないている。
「だから言わんこっちゃない」
 こぼすように呟かれながら、服の胸倉を掴んで起こされた。
「総長がなんと言おうが、今日はもう夜営させて貰います」


 満天の星空に、炎の爆ぜる高い音が上がる。
 その少し離れた場所にヴィクトルが白い天幕を立て、レオンはその中に放り込まれて寝かされた。
 天幕は、神殿騎士団の装備品から持ち出した軍用の簡易なものだ。
 畳めば小さくなり持ち運びが便利で、オスカーが用意させたものだったが、こんな時に役立つとは皮肉だった。
「大丈夫ですか、総長。冷やすから怪我を見せて下さい」
 中にカンテラが持ち込まれ、仄かな明かりの下でチュニカに手を掛けられる。
「……っ、いい……放っておけ、骨は折れてない……っ」
「でも、肩を抑えていたでしょう」
 ヴィクトルの言葉は敬語だが、その口調は有無を言わさない強い響きを伴っていた。
「大丈夫だから……っ」
 毛布の上をずりながら逃げる。
「そんな命令は聞けない」
 きっぱりと言い切られて服を掴まれ、頭から上衣を脱がされた。中に着ていたシャツの胸紐を解かれ、胸から肩までを剥ぐようにはだけられる。
 一瞬ヴィクトルが押し黙り、その手が止まった。
「……」
 だが直ぐに彼はレオンの左肩を出し、濡らして固く絞った布をあてた。
「腰も冷やすから、このままうつ伏せに」
 促されて頷き、肩の布を抑えられたまま、手を突いて背中を晒す。
 呻きながらうつ伏せに横たわると、腰から背中までシャツをめくられ、ズボンを隆起した尻が半分見える程ずり下げられて、そこにも冷たい布をあてられた。
「……っ」
 ひやりとした感覚と共に痛みが幾分か引き、同時に深い眠気が襲ってくる。
 うつらうつらしていると、足先が冷えないように足元に毛布が掛けられた。
「ありがとう……ヴィクトル……」
 礼を言い、どこか深く安堵した気持ちで目蓋を閉じた。
「……。あんたの愛人も、あんたと同じくらい迂闊な男だな……」
 ヴィクトルが溜め息混じりに呟いた言葉は、気を失うように眠りに落ちたレオンの耳には入らなかった。
 ――それから何時間も、深く眠り続けた後。
 天幕の隙間から差し込む朝日に気付いてレオンが目を覚ますと、至近距離にヴィクトルの顔があって驚いた。
 流れるウエーブのかかった長めの前髪と、猫科の動物を思わせる野性味のある美しい顔立ちをじっと眺める。
 オスカーやカインでは無い誰かと一緒に眠ったのは初めてだという事に気付き、今更動悸が上がった。
 上半身を起こすと、痛みがだいぶ引いているのに気付く。
 恐らく幾度も彼が冷やした布を替えてくれたのだろう。
「……ありがとう……」
 上官だからという理由だけでは説明しきれない献身に深い友情を感じ、レオンはそっと彼の柔らかい髪を撫でた。
 途端、その目蓋がすっと開き、吸い込まれるような琥珀の瞳がこちらを見据える。
「総長、尻が出たまんまだ」
 注意されて、ハッと後ろを振り返った。
 尻の割れ目まで露出している事に気付き、恥じ入りながら必死でウエストを引き上げる。
「すまない……こんなことまでさせて」
 謝ると、ヴィクトルは目蓋を伏せ、吐き出すように呟いた。
「全くだな……あんたが辛そうじゃなけりゃ、俺もその肉付きのいい尻に噛み付いてやった所だ……」 
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