聖騎士の盾

かすがみずほ@理想の結婚二巻発売中

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【続編・神々の祭日】囚われの貴公子

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 神の血に侵され、ぼんやりとしていたレオンの意識がようやくハッキリしてきたのは朝方になってからだった。
 ふと気付いて足元を見下ろすと、いつのまにか自分は庭に捨ててきた旅装束に着替えている。
 立っている場所も、暗い地下室ではなく焼け焦げた大広間の隅だった。
「……!?」
 目の前では、婚礼のような白い衣装のオスカーが誰かと話している。
 その美しい金髪と破れた装飾の肩布をぼんやりと見ていると、カラスのくちばしのようなマスクを付けた黒衣の男が二人、その傍に立っているのに気付いた。
 彼らのベルトと工具だらけの服に記憶が蘇る。
「マルファスと、ハルファス……?」
 驚いて思わず声を上げた。
 途端、レオンの発した言葉に振り返った貴公子がそばへとやって来る。
 彼の背後でマルファス達は廊下へと去って行き、広間は二人きりになった。
「やっと正気に戻ったか。お前、私を離さないと言って大変だったのだぞ」
 ニッコリと微笑まれて頭が混乱する。
(え……俺は……傭兵に捕まって……それから……?)
 しばらく何も思い出せなかったが、徐々に自分の痴態とヴィクトルの事を思い出し、レオンの表情から血の気が失せた。
「あ……ぁ……っ、ヴィクトル……っ!?」
 探すように辺りを見回すレオンを、オスカーが不機嫌な声音で制する。
「あの男は怪我をしているのでマルファス達に頼んである。彼らなら人間に干渉する神の力があるからな。それから、逃げた傭兵とこの惨事の後始末も……借りは作りたくなかったが仕方がない。私達は王都へ戻るぞ」
 絶句していると、大広間にふらふらと小柄な人影が入って来た。
 異様な風体に一瞬誰かと驚く。
 切り揃えた髪がボサボサになり、服も汚れきってすっかり老け込んだ男――ギレスだった。
「……あれえ……何故、私はここにいるのだあ……? そなた達は、何者だ……何故、ここにいる……?」
 呆けたようになってウロウロする彼に、オスカーが華やかに微笑んだ。
「閣下はもう何も心配なさる必要はありませんよ。これからあなたの屋敷から使いのものが来ますから、座って少しお休みになればいい」
 クッションの焦げた豪華な椅子が指さされ、ギレスは素直にストンとそこへ座った。
 だがその表情に力は無く、とても正気とは思えない。改めて恐ろしくなり、レオンは視線を逸らした。
「さあ、行くぞ」
 オスカーが言い放って廊下の方へ出て行く。
「ヴィクトルは……」
「あいつらが連れて帰るだろう」
「だろうって、お前」
 眉を顰めて声を上げたが、無視された。
 金髪の後ろ姿が拗ねたようにどんどん遠ざかって行く。
 色々と言いたい事や聞きたいことがあったが、レオンは黙ってその背中を追いかける他無かった。


 ギレスの屋敷の厩から葦毛の馬を一頭調達し、二人は王都へと向かう街道をゆっくりと戻り始めた。
 二人で旅をするのは久々だ。
 だが相手は、馬に乗ってしまうと殆ど何も話さなくなった。
 レオンも、昨夜彼にされた仕打ちやヴィクトルのことを考えると、とても口を聞く気になれなかった。力になってくれた友人をどれ程傷付けたか分からない。そう思うと憂鬱になり、恋人を取り返したというのに、王都に帰る足も鈍った。
 静かに馬を進めている内に太陽が高く昇り、草原に明るい日差しが照り付け始める。
 辺りは春先の気候というよりも、蒸し暑い程の陽気になっていた。
 先を行くオスカーが急に馬の手綱を引き、止まってレオンの方を振り向く。
「いつまで拗ねているつもりだ」
 責めるような口調でそんな風に言われ、レオンは力なく首を振った。
「拗ねていない……。疲れているのと、落ち込んでいるんだ……」
「……」
 オスカーはその言葉を聞き、視線で街道脇に生える大きなトチの木を示した。
「では、あの下で少し休もう」
 誘われるままに手綱を引いて馬を跨ぎ、地面に降りる。
 旅の疲労と苦悩で今にも倒れてしまいそうだったので、提案は有難かった。
 新緑の作る木陰の下へ歩き、オスカーと共に腰を下ろす。
 涼しい風に暫くぼんやりと目を閉じていたが、大事なことを思い出し、レオンは唇を開いた。
「オスカー、すまない……お前の正体をヴィクトルに話してしまった……」
 小さなため息と共に、オスカーがレオンの肩をそっと抱き寄せた。
「知ってる。あの男と少し話したからな」
 その言葉に、頬が紅く火照った。
 あんな場面を見られておきながら、普通にそんな会話ができる相手が信じられない。
「ほ、ほかに一体何を話したんだ……っ」
「それは内緒だ。……が、面と向かって、あんな事をしてはお前が可哀想だと言われたな」
 その言葉に居た堪れなくなり、レオンは膝頭の間に顔を伏せた。
 死ぬほど恥ずかしい事には変わりないが、彼が怒っておらず、それどころか同情的であることが救いだ。
「マルファス達に記憶を消させようかとも思ったが、まあ、害はなさそうだったからそのままにしておいた」
「……っ! 消せるものなら、何故消してくれないんだ……っ」
 抗議すると、オスカーは頑なに首を振った。
「消したらあの男はまたお前に手を出す」
 その態度に閉口する。
 やはり自分はヴィクトルに見せ付けるためにあの場で犯されたのだとはっきり分かり、やるせない気持ちで膝を抱えた手に力が入った。
 俯いたまま呻くような声でせめてもの抗議を漏らす。
「お前は、時々酷すぎる……。今は、俺にだって立場ってものがある。部下にあんな姿を見られるなんて最悪だ……それに、彼は俺を助けてくれたのに」
「お前が易々とあの男に身体を触らせたのが悪い」
 冷ややかにそう言われると、それ以上言い返すことも出来ない。
「それは悪かった……。これからはちゃんと、気をつけるから……」
「そうするがいい」
 言葉ではそっけなく言われたが、逞しい両腕が伸びてきてレオンの身体が強く抱きしめられた。
 身体を反転させて移動し、相手の膝を跨ぐようにして身体を預ける。
 心地の良い体温に安心し、心にわだかまっていたものがほんの少しずつ溶けてゆくのが分かった。
「……。私が本当に結婚するかと思ったのか?」
 優しく問われ、肩に額を付けたまま頷いた。
「そうする他ないと、お前が思ったのかと……」
「王都でギレスが私を疑った時あの場に居たのは、ギレスとあの傭兵頭だけだ。彼らを王都から離した後、どこか人目の無い場所で昨日のように始末するつもりだった」
「――俺を一緒に連れていってくれれば良かったのに」
 ペリドットの瞳を覗き込むと、彼は首を振った。
「ずっと、政治的な事にはお前を巻き込みたく無いと思っていた。私の世界は綺麗事だけでは済まない……お前の手を汚すのは避けたかったし、何も心配させたくなかった」
「俺はそれでは嫌だ。お前が戦うなら一緒に戦いたい。大体、俺に再び剣を持たせたのはお前なのに」
 オスカーがふっと瞳を細める。
「そうだったな。お前が騒ぎを起こして貴族どもを追い出し、傭兵を殺してくれた事は、結果的には助かった。ギレスはあの後貴族どもと連れ立って東部へ帰るつもりで、そうなれば昨日のような機会は東部に行くまで無かっただろう……」
 レオンは驚いて目を見開いた。
「俺がした事は全てお前にはありがた迷惑だったのかと思っていた」
「そんな事はない。だが、あの男を連れてきた事だけは未だに許していないからな」
「……っ。お前の方がいつまでも拗ねてるじゃないか」
 レオンはあきれ、そしてふっと思い出して言葉を繋いだ。
「そういえば俺だって、お前が縁談のことを黙っていた事に傷付いたんだ。あの場で初めて聞いたものだから、随分余計な心配をする羽目になったんだぞ。きちんとどうするつもりなのか話していてくれれば……」
「……そうだな。それについては私も反省した」
 レオンは吃驚して一瞬固まった。
 貴公子の姿をしているとはいえ、恋人の口からそんな殊勝な言葉を聞いたことが無い。
「オスカー……?」
 体を離し、顔を見つめようとした途端、目の前の男の顔立ちが妖艶なカインのそれになっていることに気付いた。
 柔らかな銀髪が手に触れ、赤い宝石のような瞳に見入る。
 木漏れ日の映る彼の青白い相貌が近付き、前髪を分けるように額に口付けられた。
「おかしな心配すんな。……俺の伴侶は生涯お前だけだ」
「……!」
 思いがけない声明にレオンが言葉を失っていると、カインが自分の頭に片手を伸ばし、左の巻角の尖った先をパキンと音を立てて折り取った。
「お前にやる」
 言われるがままに、手の平を出して硬い角先を受け取る。
「――俺の元いた世界では結婚はこうして誓う。角が折れている奴は既婚ってことだ……下らねえ習慣だと思ってたが……」
 彼は照れたように呟き、前髪をぐしゃりと掴みながら視線を逸らした。
 その横顔を見つめながら、手の平に貰ったものをしっかりと握り込む。
 ひんやりとして滑らかな感触を指で何度も確かめている内に、胸の底が熱くなり、ぎゅっと何かがこみ上げてきた。
「……っ、どうしよう……俺はっ、何も渡せるものがない……」
 首を傾げて微笑むと、涙が頬に零れた。
 長い指先がその雫を撫で取り、いつにない真剣な瞳に間近でじっと見つめられる。
「俺は別に何もいらねえよ。……ずっと傍に居ろ、死ぬ時まで」
 真摯な言葉に深く頷き、レオンはカインの首筋に腕を回して強く抱擁した。 
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