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番外
寂しい古城の夜
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岬の城の正面扉の錆びた錠を開け、足を踏み入れると、内装は思ったほどの古めかしさではなかった。
大理石の床や階段は磨かれてこそいないが、穴が空いたりひび割れたりもしていない。
ホールの壁を彩る優雅な絵画やシャンデリアも、埃は被っているものの、破れたり壊れたりはしていなかった。
「ここは……大切にされていた屋敷だったのだな」
螺旋階段を登りながらレオンが呟くと、前を行くオスカーがホールを見下ろしながら頷いた。
「もともとここはエルカーズ王家の持つ城の一つだった。……ここに来る途中に、港があっただろう。あの港はエルカーズの第一の商業港だった場所だ。先代の王の暗黒時代に、国内で大きな船を作る技術が失われてしまい、今は外国船の補給の受け入れと、細々と漁業をするだけの港になってしまっているがな」
「……。お前が休暇先にここを選んだ理由が分かった気がするぞ」
レオンは足を止めたが、構わずオスカーは前を向き、話しながら階段を昇る。
「ーーモノの移動は水運が一番効率がいい。この地から海に流れ込んでいる川は、北部の王都付近まで繋がっている。港の復興は急務だ……まずは現状を見ておかねばな」
……やはり仕事優先か。
少し残念だが、そんな彼の生真面目な所が愛おしくもある。
この十年、エルカーズは随分豊かになった。
オスカーの私兵に等しかった神殿騎士団は、議会の誕生とともに正規の軍隊へと衣替えしてその規模を増し、侵略の心配も薄れた。
当初オスカーが一人でこなしていたようなことも、今は後継の人材が育ってきている。
落ち着いたら少しずつ身を引いて、あのオスカーの屋敷でまた二人で暮らすーーそんな未来を密かに見据えていたが、まだまだ先のようだ。
……こうして一緒に旅ができるようになっただけでも、有難いことだな。
思い直して、レオンはオスカーの凛とした背中を追った。
二人の使う主人用の寝室は城の三階の海側にあった。
埃をかぶっていた窓の鎧戸を開け放ち、空気を入れ替えながら、レオンは外を眺めた。
岬の突端に城があるせいで、窓から見えるのは青々とした海原と、羊のような白い雲の浮かぶ空が全てだ。
海原には船ひとつ浮かんでいない。
陸のものが何も目に入らない景色を目にすると、まるで世界から放り出されたかのような、酷く心細い気分になる。
海など見たのが久しぶりだからだろうか。
濡らした布を片手に窓の桟から埃を取り除いていると、背後からはしゃいだ声が上がった。
「レオン」
艶のある声で呼ばれて振り向くと、尻尾と角をあらわにした黒衣の神――カインが、中央に置かれた大きな鉄製のベッドのマットレスで、子供のように跳ねて遊んでいる。
「見ろよ。このベッドはちゃんと買って用意させた、新品なんだぜ。いつでもセックスできるぞ……、って、いてぇ!」
鉄製のシャンデリアに頭をぶつけ、カインがバッタリとシーツの上に倒れたのを見て、レオンは眉間を手で押さえた。
……さっきまで天下国家に関わる話をしていた男と同一人物とはとても思えない。
「ベッドの他は、何もかも埃だらけじゃないか。こんな不衛生な部屋で横になる気はない。……お前も掃除を手伝え」
窓の桟を拭き終わり、立て掛けておいた箒を握って差し出すが、カインはぷいとそっぽを向く。
「バカンスに来たのに掃除なんかするか。だいたい、お前、部屋が汚ねぇとその気にならねぇとか、昔はそんなこと気にしなかっただろうが」
「お前が俺の都合など気にせずに襲ってきていただけだろう!? とにかく、俺はこんな幽霊屋敷みたいな城で埃をかぶって寝るのは嫌だ」
言い切ると、カインが赤い唇を引いてニヤリと笑った。
「よく気付いたな」
「……は?」
「この屋敷。出るって噂だぜ」
低い声で揶揄うように言われて、レオンはひっと息を呑んだ。
「なっ。何を馬鹿なことを……!」
「元聖騎士様は、信じない方だったな。……ヤル気がねぇんなら、俺は隣の部屋で仕事でもするか」
長い髪を指で掻き上げつつ、カインがベッドから降りる。
「えっ」
止める間もなく、銀糸のような髪を靡かせて彼は部屋を出て行った。
「……」
所在なく箒と雑巾を握ったまま、レオンは肩を落とした。
確かに、一体何のためにここまで来たのだろう。
埃だらけの部屋のことなど気にせず応じていれば、良かったのだろうか。
そうすれば今頃……?
想像しても仕方のない妄想を、ブルブルと首を激しく振って打ち消す。
「こんな汚い部屋で裸になるなんて、お断りだ!」
レオンはくっきりした眉を吊り上げ、猛然と掃除を再開した。
――床を掃き、濡れた布巾で隅々まで拭って、汚れた布類は取り外す。
白い漆喰の壁が海の景色に映える、簡素ながら清潔な寝室になった……と思えた頃には最早、日が暮れていた。
窓の外は不気味な程に暗い。
王都の城からは、賑わう街の灯りをいつでも見ることが出来たが、窓から見える景色が暗い海だけというのは、思った以上に心細かった。
せめて、人の住んでいる港の方を見渡すことができる方向に窓がついていたらよかったのに。
落ち着かなくなると同時に、隣の部屋で仕事をしているはずのカインのことが気になった。
掃除が終わったから、戻って一緒に寝ようと言おうか。
だが、もしカインにその気が無かったら?
とんだ恥をかくし、仕事の邪魔と思われてはやりきれない……。
――いや。俺たちはそんなことを気にするような仲か?
懊悩を振り払って、レオンは大股で寝室を出た。
隣の客間の扉を蹴り破る勢いでバンと開け、中をぐるりと見回す。
室内には――どんな魔法を使ったのか、本棚や執務机も含めて、オスカーの王都の執務室にあったものが根こそぎ運び込まれていた。
膨大な書類に、積み上げられた書物、地図に、何かの入った麻袋、棒状に巻かれた織物、設計図に船の模型、何の用途に使うのか知れない魚網――ガラクタの倉庫のようだ。
その中に埋もれるように置いてある寝椅子の上で、カインはブーツも脱がずに横になり、長い脚を組んだまま居眠りをしていた。
「……」
乱雑に物の散らばった床を、どうにか隙間を見つけてそろりそろりと踏み、カインの元へ近づいてゆく。
側までくると、寝椅子の背を掴みながら膝を折り、レオンは恋人の顔をじっと見つめた。
細い鼻筋に、長く密生した銀糸の睫毛。
紅を引いたようにも見える赤く形のいい唇。
完璧な曲線を描く頬のライン。
美しいけれど、寝顔は意外に可愛いらしく思える。
なぜか胸が切なく苦しくなって唇を噛むと、床に垂れ落ちていたカインの真っ白で滑らかな尻尾が、慰めるようにレオンの頭を撫でてきた。
「……尻尾は起きている時があるんだよな……」
それが勝手に動くのを見るのは初めてのことでは無かったが、やはり何とも不思議で、つい笑みがこぼれる。
すると、尻尾の先端がまるでキスをするように、ちょんちょんとレオンの唇をつついてきた。
まるで、噛み締めていたことを咎められているように。
「分かった、ごめん。もう噛まない」
弁解すると、またヨシヨシと頭を撫でられた。
「ふふ」
起こそうと思って来たのだけれど、何故か、本人を目覚めさせるのが惜しいような気持ちになって来る。
「……可愛いな」
優しい尻尾が愛おしくなって、自分からもその先端近くに口付けした。
すると――途端、尻尾がレオンの唇の隙間にヒュルっと入り込んできた。
「んぐ……っ!?」
細い先端が舌に絡みつき、唾液を纏いつかせながら、ディープキスのように上顎の奥を優しく擦る。
「ウ……ぅン……っ」
カインにキスされている時と同じ動きで口内の弱い部分を愛撫されはじめ、淫らな感覚に頭が混乱した。
尻尾を掴んで引き摺り出そうとするが、ビクともしない。
かといって、いきなり噛むのも――寝ている所を急な痛みで起こされるカインが可哀想だ。
「ンンンッ」
涙目になりつつ、息苦しさで身体を支えるのが辛くなり、床に尻餅をつく。
すると、口内を蹂躙していた尻尾はあっさりと唇から出ていった。
「はぁっ、……ハァ……、何だったんだ……――っ?」
腰が抜けて立てないでいると、今度は尻尾がスルリと、薄いシャツの胸紐の隙間に入り込んできた。
「……ンぁ……っ!」
胸筋の深い谷間を撫で下ろしたそれは、脇腹に入り込み、背中に回ると、背筋の間をつぅっと撫で下ろす。
僅かに鱗の存在を感じるが、ベルベットのように滑らかな感触のそれに弱いところを撫でられ、レオンは弓なりに身体をのけぞらせながら、下腹に広がる劣情に堪えた。
――カインは基本的に、オスカーの姿をしている時はレオンを抱くことがない。
旅の間、常に近くに恋人を感じながらも堪えていた反動なのか――触れられることを待ち望んで渇いた身体は、戯れ程度の刺激にも過剰なほど甘く反応してしまう。
「……は、ぁ……っ」
尻尾の途中を掴んで、服の中から追い出そうと引き出すと、その先端が嫌そうに暴れて、レオンの胸の辺りにしゅるんと巻き付くようにしがみついてくる。
「ンぅ……っ!」
狙ったように乳首の上を擦られて、そこからジリジリ焦がされるような快感が下半身を灼く。
「はッ、う……っ」
乗馬用のズボンの中で雄茎がはっきりと勃ちあがり、尻の狭間の慣らされた後孔も切なく焦れた。
「ばか、……やめろ……っ!」
それでもどうにか両手に力を込め、襟口から入った尻尾を追い出す。
すると、尻尾はその時はシュンとして引き下がったものの、次の瞬間には性懲りも無く、手の届きにくいズボンの尻側に入り込んでいた。
「アッ!」
床に片手をついて腰を上げ、後ろ手に掴もうとするが、尻尾はのらりくらりとそれをかわす。
それは先端で尻の狭間をくすぐりながら、レオンのズボンと下着をもろともにずるりと脱がせ、大臀筋の発達した白い尻を露わにした。
「ヒッ……」
強い羞恥心が、一瞬思考を麻痺させる。
その隙を突くように、白い尾はクチュンと音を立て、レオンの濡れた後孔に素早く潜り込んだ。
「んぁぁ……っ」
床に両膝をついたレオンの全身が、甘く淫らな異物感にブルブルっと小刻みに震える。
無防備になったその感じやすい身体をいいことに、尻尾はのたうちながら窄まりを拡げ、レオンの温かい粘膜の中を我が物顔で進み始めた。
「あっ……くはぁ、ぅっ」
四つん這いの姿勢から、仰向けになり、どうにか尻尾を掴もうと両脚を広げる。
まるで正常位で雄を受け入れる雌のような体勢だ。
恥辱に堪えながら股の間に手をやり、どうにか尻尾を掴んだ。
「ン……んうぅっ」
ズル……と白い尾を引っ張り出そうとすると、その先端は暴れて悶え、わざと奥の弱い場所をトントンと突いてくる。
「そこっ、んっ、ひぃ……っ!」
いつもカインが長大なモノを乱暴に捩じ込んで来て、力づくで開かされては、強すぎる快感にむせび泣かされる場所。
呼び起こされた記憶が脳を溶かし、理性を狂わせてゆく。
「……あ、カイン……そこ……」
拒むために尻尾を掴んでいた手から力が抜け、滑らかな白い鱗を柔らかに撫でさする。
その愛撫に尻尾は喜び、益々レオンのいい場所をなぶり始めた。
「やっ……はぁっ、……もっと……」
気付けば――レオンは尻尾を握りしめて自らそれを穴に出し入れし、空いている手でペニスをじゅくじゅくと擦りながら、夢中で自慰をしていた。
「んっ、あァ……もっ、い、イかせてくれ……ッ」
躾けられた通りに言葉で絶頂を懇願すると、淫らな尻尾は主人と同じように、同じ場所を情熱的に愛撫し始めた。
自らいい場所を強くまさぐってくれる尻尾から手を離し、レオンは自らの膨れた乳首に触れ、そこを強く挟んで摘まむ。
すっかり淫らに開発されたその場所のもたらす快感は、蕩けるように体の芯を火照らせた。
ペニスを擦る手が段々と早くなって、腰が上下に跳ね、喉から漏れる声が一際高く、甘くなる。
「ぁ、や、そこ……! そこっ、ン、イく……奥……弱い……ぁはあ、ぁッ……」
溜まりきっていたものを手の平の中に断続的に放出し、快感の余韻で四肢の付け根がひく、ひくと痙攣した。
いくらかは体が落ち着いて、見慣れない、シミのある天井を眺めながらぐったりと脱力する。
すると、尻尾はぬるりとレオンの中から出て、あろうことか、その辺のガラクタの山から乾いた布を引っ張り出し、レオンに差し出した。
「……っ!」
レオンは布を引ったくり、ガバリと起きて体液をざっと拭った。
よろよろと起き上がりながら下着とズボンを引き上げ、隣の寝椅子を睨む。
ーーそこで寝ているカイン本人は、死んだように眠ったまま、ぴくりともしていない。
レオンは片眉を吊り上げ、カインの白い顔を覗き込んだ。
ーーおかしい。
至近距離で、こんなおおっぴらに自涜をしていて起きないなんて……。
よく考えればこの男に限ってそんなこと、あるはずがない。
「おい……カイン、お前! 絶対に起きてるだろう!?」
黒い軍服の肩を掴み、揺らそうとしたその時だった。
ウウ……ギャウウ……
潮騒の音だけが響いていたその部屋の外で、微かに、うめき声のような、叫びのような不穏な音が耳に届く。
「……!?」
この城には、俺たち以外誰もいないはずなのに……。
すっと体温が下がっていくような、本能的な恐怖がレオンの背筋を凍らせた。
どんなに恐ろしい化け物を目の前にしても、悪魔やら神やらを名乗る相手と対峙しても恐れはしなかったレオンだが、存在するのかしないのかはっきりしない、「幽霊」とかいうものだけは、唯一苦手な分野だ。
眠るカインの胸の上で息を潜めて冷や汗を垂らしていると、突然背中に強い力が加わり、真下の黒い軍服の胸に上半身が密着した。
「うわっ……!」
「レオン。お前、こんな場所で何やってんだ?」
いつの間に起きていたのかーーカインが眠たげに欠伸をしつつ、レオンの後ろ髪をかき混ぜるように撫でてくる。
「……っ。何もしてない! お前が変な場所で寝てるから! その……起こしにきた……だけだ……っ」
「ああ、悪い、悪い……いつの間にか寝ちまってたわ。最近、前よりか体力ねぇんだよな。やっぱ寿命が短い分、俺も衰えてきてんのかも」
首を捻るカインの姿に、レオンは色々な意味でほんの少し安堵した。
この様子なら、さっきの痴態は見られていないかもしれない。
ほっとしたついでに、もう一つ、疑問を口にする。
「なあ、この城……。俺たちの他に誰かいるか?」
「はぁ? そんな訳ねぇだろ。何でだ?」
「……いや、な、何でもない……」
――波の音を聞き違えただけかもしれない。
そう思い直して、レオンは会話を切り上げた。
大理石の床や階段は磨かれてこそいないが、穴が空いたりひび割れたりもしていない。
ホールの壁を彩る優雅な絵画やシャンデリアも、埃は被っているものの、破れたり壊れたりはしていなかった。
「ここは……大切にされていた屋敷だったのだな」
螺旋階段を登りながらレオンが呟くと、前を行くオスカーがホールを見下ろしながら頷いた。
「もともとここはエルカーズ王家の持つ城の一つだった。……ここに来る途中に、港があっただろう。あの港はエルカーズの第一の商業港だった場所だ。先代の王の暗黒時代に、国内で大きな船を作る技術が失われてしまい、今は外国船の補給の受け入れと、細々と漁業をするだけの港になってしまっているがな」
「……。お前が休暇先にここを選んだ理由が分かった気がするぞ」
レオンは足を止めたが、構わずオスカーは前を向き、話しながら階段を昇る。
「ーーモノの移動は水運が一番効率がいい。この地から海に流れ込んでいる川は、北部の王都付近まで繋がっている。港の復興は急務だ……まずは現状を見ておかねばな」
……やはり仕事優先か。
少し残念だが、そんな彼の生真面目な所が愛おしくもある。
この十年、エルカーズは随分豊かになった。
オスカーの私兵に等しかった神殿騎士団は、議会の誕生とともに正規の軍隊へと衣替えしてその規模を増し、侵略の心配も薄れた。
当初オスカーが一人でこなしていたようなことも、今は後継の人材が育ってきている。
落ち着いたら少しずつ身を引いて、あのオスカーの屋敷でまた二人で暮らすーーそんな未来を密かに見据えていたが、まだまだ先のようだ。
……こうして一緒に旅ができるようになっただけでも、有難いことだな。
思い直して、レオンはオスカーの凛とした背中を追った。
二人の使う主人用の寝室は城の三階の海側にあった。
埃をかぶっていた窓の鎧戸を開け放ち、空気を入れ替えながら、レオンは外を眺めた。
岬の突端に城があるせいで、窓から見えるのは青々とした海原と、羊のような白い雲の浮かぶ空が全てだ。
海原には船ひとつ浮かんでいない。
陸のものが何も目に入らない景色を目にすると、まるで世界から放り出されたかのような、酷く心細い気分になる。
海など見たのが久しぶりだからだろうか。
濡らした布を片手に窓の桟から埃を取り除いていると、背後からはしゃいだ声が上がった。
「レオン」
艶のある声で呼ばれて振り向くと、尻尾と角をあらわにした黒衣の神――カインが、中央に置かれた大きな鉄製のベッドのマットレスで、子供のように跳ねて遊んでいる。
「見ろよ。このベッドはちゃんと買って用意させた、新品なんだぜ。いつでもセックスできるぞ……、って、いてぇ!」
鉄製のシャンデリアに頭をぶつけ、カインがバッタリとシーツの上に倒れたのを見て、レオンは眉間を手で押さえた。
……さっきまで天下国家に関わる話をしていた男と同一人物とはとても思えない。
「ベッドの他は、何もかも埃だらけじゃないか。こんな不衛生な部屋で横になる気はない。……お前も掃除を手伝え」
窓の桟を拭き終わり、立て掛けておいた箒を握って差し出すが、カインはぷいとそっぽを向く。
「バカンスに来たのに掃除なんかするか。だいたい、お前、部屋が汚ねぇとその気にならねぇとか、昔はそんなこと気にしなかっただろうが」
「お前が俺の都合など気にせずに襲ってきていただけだろう!? とにかく、俺はこんな幽霊屋敷みたいな城で埃をかぶって寝るのは嫌だ」
言い切ると、カインが赤い唇を引いてニヤリと笑った。
「よく気付いたな」
「……は?」
「この屋敷。出るって噂だぜ」
低い声で揶揄うように言われて、レオンはひっと息を呑んだ。
「なっ。何を馬鹿なことを……!」
「元聖騎士様は、信じない方だったな。……ヤル気がねぇんなら、俺は隣の部屋で仕事でもするか」
長い髪を指で掻き上げつつ、カインがベッドから降りる。
「えっ」
止める間もなく、銀糸のような髪を靡かせて彼は部屋を出て行った。
「……」
所在なく箒と雑巾を握ったまま、レオンは肩を落とした。
確かに、一体何のためにここまで来たのだろう。
埃だらけの部屋のことなど気にせず応じていれば、良かったのだろうか。
そうすれば今頃……?
想像しても仕方のない妄想を、ブルブルと首を激しく振って打ち消す。
「こんな汚い部屋で裸になるなんて、お断りだ!」
レオンはくっきりした眉を吊り上げ、猛然と掃除を再開した。
――床を掃き、濡れた布巾で隅々まで拭って、汚れた布類は取り外す。
白い漆喰の壁が海の景色に映える、簡素ながら清潔な寝室になった……と思えた頃には最早、日が暮れていた。
窓の外は不気味な程に暗い。
王都の城からは、賑わう街の灯りをいつでも見ることが出来たが、窓から見える景色が暗い海だけというのは、思った以上に心細かった。
せめて、人の住んでいる港の方を見渡すことができる方向に窓がついていたらよかったのに。
落ち着かなくなると同時に、隣の部屋で仕事をしているはずのカインのことが気になった。
掃除が終わったから、戻って一緒に寝ようと言おうか。
だが、もしカインにその気が無かったら?
とんだ恥をかくし、仕事の邪魔と思われてはやりきれない……。
――いや。俺たちはそんなことを気にするような仲か?
懊悩を振り払って、レオンは大股で寝室を出た。
隣の客間の扉を蹴り破る勢いでバンと開け、中をぐるりと見回す。
室内には――どんな魔法を使ったのか、本棚や執務机も含めて、オスカーの王都の執務室にあったものが根こそぎ運び込まれていた。
膨大な書類に、積み上げられた書物、地図に、何かの入った麻袋、棒状に巻かれた織物、設計図に船の模型、何の用途に使うのか知れない魚網――ガラクタの倉庫のようだ。
その中に埋もれるように置いてある寝椅子の上で、カインはブーツも脱がずに横になり、長い脚を組んだまま居眠りをしていた。
「……」
乱雑に物の散らばった床を、どうにか隙間を見つけてそろりそろりと踏み、カインの元へ近づいてゆく。
側までくると、寝椅子の背を掴みながら膝を折り、レオンは恋人の顔をじっと見つめた。
細い鼻筋に、長く密生した銀糸の睫毛。
紅を引いたようにも見える赤く形のいい唇。
完璧な曲線を描く頬のライン。
美しいけれど、寝顔は意外に可愛いらしく思える。
なぜか胸が切なく苦しくなって唇を噛むと、床に垂れ落ちていたカインの真っ白で滑らかな尻尾が、慰めるようにレオンの頭を撫でてきた。
「……尻尾は起きている時があるんだよな……」
それが勝手に動くのを見るのは初めてのことでは無かったが、やはり何とも不思議で、つい笑みがこぼれる。
すると、尻尾の先端がまるでキスをするように、ちょんちょんとレオンの唇をつついてきた。
まるで、噛み締めていたことを咎められているように。
「分かった、ごめん。もう噛まない」
弁解すると、またヨシヨシと頭を撫でられた。
「ふふ」
起こそうと思って来たのだけれど、何故か、本人を目覚めさせるのが惜しいような気持ちになって来る。
「……可愛いな」
優しい尻尾が愛おしくなって、自分からもその先端近くに口付けした。
すると――途端、尻尾がレオンの唇の隙間にヒュルっと入り込んできた。
「んぐ……っ!?」
細い先端が舌に絡みつき、唾液を纏いつかせながら、ディープキスのように上顎の奥を優しく擦る。
「ウ……ぅン……っ」
カインにキスされている時と同じ動きで口内の弱い部分を愛撫されはじめ、淫らな感覚に頭が混乱した。
尻尾を掴んで引き摺り出そうとするが、ビクともしない。
かといって、いきなり噛むのも――寝ている所を急な痛みで起こされるカインが可哀想だ。
「ンンンッ」
涙目になりつつ、息苦しさで身体を支えるのが辛くなり、床に尻餅をつく。
すると、口内を蹂躙していた尻尾はあっさりと唇から出ていった。
「はぁっ、……ハァ……、何だったんだ……――っ?」
腰が抜けて立てないでいると、今度は尻尾がスルリと、薄いシャツの胸紐の隙間に入り込んできた。
「……ンぁ……っ!」
胸筋の深い谷間を撫で下ろしたそれは、脇腹に入り込み、背中に回ると、背筋の間をつぅっと撫で下ろす。
僅かに鱗の存在を感じるが、ベルベットのように滑らかな感触のそれに弱いところを撫でられ、レオンは弓なりに身体をのけぞらせながら、下腹に広がる劣情に堪えた。
――カインは基本的に、オスカーの姿をしている時はレオンを抱くことがない。
旅の間、常に近くに恋人を感じながらも堪えていた反動なのか――触れられることを待ち望んで渇いた身体は、戯れ程度の刺激にも過剰なほど甘く反応してしまう。
「……は、ぁ……っ」
尻尾の途中を掴んで、服の中から追い出そうと引き出すと、その先端が嫌そうに暴れて、レオンの胸の辺りにしゅるんと巻き付くようにしがみついてくる。
「ンぅ……っ!」
狙ったように乳首の上を擦られて、そこからジリジリ焦がされるような快感が下半身を灼く。
「はッ、う……っ」
乗馬用のズボンの中で雄茎がはっきりと勃ちあがり、尻の狭間の慣らされた後孔も切なく焦れた。
「ばか、……やめろ……っ!」
それでもどうにか両手に力を込め、襟口から入った尻尾を追い出す。
すると、尻尾はその時はシュンとして引き下がったものの、次の瞬間には性懲りも無く、手の届きにくいズボンの尻側に入り込んでいた。
「アッ!」
床に片手をついて腰を上げ、後ろ手に掴もうとするが、尻尾はのらりくらりとそれをかわす。
それは先端で尻の狭間をくすぐりながら、レオンのズボンと下着をもろともにずるりと脱がせ、大臀筋の発達した白い尻を露わにした。
「ヒッ……」
強い羞恥心が、一瞬思考を麻痺させる。
その隙を突くように、白い尾はクチュンと音を立て、レオンの濡れた後孔に素早く潜り込んだ。
「んぁぁ……っ」
床に両膝をついたレオンの全身が、甘く淫らな異物感にブルブルっと小刻みに震える。
無防備になったその感じやすい身体をいいことに、尻尾はのたうちながら窄まりを拡げ、レオンの温かい粘膜の中を我が物顔で進み始めた。
「あっ……くはぁ、ぅっ」
四つん這いの姿勢から、仰向けになり、どうにか尻尾を掴もうと両脚を広げる。
まるで正常位で雄を受け入れる雌のような体勢だ。
恥辱に堪えながら股の間に手をやり、どうにか尻尾を掴んだ。
「ン……んうぅっ」
ズル……と白い尾を引っ張り出そうとすると、その先端は暴れて悶え、わざと奥の弱い場所をトントンと突いてくる。
「そこっ、んっ、ひぃ……っ!」
いつもカインが長大なモノを乱暴に捩じ込んで来て、力づくで開かされては、強すぎる快感にむせび泣かされる場所。
呼び起こされた記憶が脳を溶かし、理性を狂わせてゆく。
「……あ、カイン……そこ……」
拒むために尻尾を掴んでいた手から力が抜け、滑らかな白い鱗を柔らかに撫でさする。
その愛撫に尻尾は喜び、益々レオンのいい場所をなぶり始めた。
「やっ……はぁっ、……もっと……」
気付けば――レオンは尻尾を握りしめて自らそれを穴に出し入れし、空いている手でペニスをじゅくじゅくと擦りながら、夢中で自慰をしていた。
「んっ、あァ……もっ、い、イかせてくれ……ッ」
躾けられた通りに言葉で絶頂を懇願すると、淫らな尻尾は主人と同じように、同じ場所を情熱的に愛撫し始めた。
自らいい場所を強くまさぐってくれる尻尾から手を離し、レオンは自らの膨れた乳首に触れ、そこを強く挟んで摘まむ。
すっかり淫らに開発されたその場所のもたらす快感は、蕩けるように体の芯を火照らせた。
ペニスを擦る手が段々と早くなって、腰が上下に跳ね、喉から漏れる声が一際高く、甘くなる。
「ぁ、や、そこ……! そこっ、ン、イく……奥……弱い……ぁはあ、ぁッ……」
溜まりきっていたものを手の平の中に断続的に放出し、快感の余韻で四肢の付け根がひく、ひくと痙攣した。
いくらかは体が落ち着いて、見慣れない、シミのある天井を眺めながらぐったりと脱力する。
すると、尻尾はぬるりとレオンの中から出て、あろうことか、その辺のガラクタの山から乾いた布を引っ張り出し、レオンに差し出した。
「……っ!」
レオンは布を引ったくり、ガバリと起きて体液をざっと拭った。
よろよろと起き上がりながら下着とズボンを引き上げ、隣の寝椅子を睨む。
ーーそこで寝ているカイン本人は、死んだように眠ったまま、ぴくりともしていない。
レオンは片眉を吊り上げ、カインの白い顔を覗き込んだ。
ーーおかしい。
至近距離で、こんなおおっぴらに自涜をしていて起きないなんて……。
よく考えればこの男に限ってそんなこと、あるはずがない。
「おい……カイン、お前! 絶対に起きてるだろう!?」
黒い軍服の肩を掴み、揺らそうとしたその時だった。
ウウ……ギャウウ……
潮騒の音だけが響いていたその部屋の外で、微かに、うめき声のような、叫びのような不穏な音が耳に届く。
「……!?」
この城には、俺たち以外誰もいないはずなのに……。
すっと体温が下がっていくような、本能的な恐怖がレオンの背筋を凍らせた。
どんなに恐ろしい化け物を目の前にしても、悪魔やら神やらを名乗る相手と対峙しても恐れはしなかったレオンだが、存在するのかしないのかはっきりしない、「幽霊」とかいうものだけは、唯一苦手な分野だ。
眠るカインの胸の上で息を潜めて冷や汗を垂らしていると、突然背中に強い力が加わり、真下の黒い軍服の胸に上半身が密着した。
「うわっ……!」
「レオン。お前、こんな場所で何やってんだ?」
いつの間に起きていたのかーーカインが眠たげに欠伸をしつつ、レオンの後ろ髪をかき混ぜるように撫でてくる。
「……っ。何もしてない! お前が変な場所で寝てるから! その……起こしにきた……だけだ……っ」
「ああ、悪い、悪い……いつの間にか寝ちまってたわ。最近、前よりか体力ねぇんだよな。やっぱ寿命が短い分、俺も衰えてきてんのかも」
首を捻るカインの姿に、レオンは色々な意味でほんの少し安堵した。
この様子なら、さっきの痴態は見られていないかもしれない。
ほっとしたついでに、もう一つ、疑問を口にする。
「なあ、この城……。俺たちの他に誰かいるか?」
「はぁ? そんな訳ねぇだろ。何でだ?」
「……いや、な、何でもない……」
――波の音を聞き違えただけかもしれない。
そう思い直して、レオンは会話を切り上げた。
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前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
嫌われ将軍(おっさん)ですがなぜか年下の美形騎士が離してくれない
天岸 あおい
BL
第12回BL大賞・奨励賞を受賞しました(旧タイトル『嫌われ将軍、実は傾国の愛されおっさんでした』)。そして12月に新タイトルで書籍が発売されます。
「ガイ・デオタード将軍、そなたに邪竜討伐の任を与える。我が命を果たすまで、この国に戻ることは許さぬ」
――新王から事実上の追放を受けたガイ。
副官を始め、部下たちも冷ややかな態度。
ずっと感じていたが、自分は嫌われていたのだと悟りながらガイは王命を受け、邪竜討伐の旅に出る。
その際、一人の若き青年エリクがガイのお供を申し出る。
兵を辞めてまで英雄を手伝いたいというエリクに野心があるように感じつつ、ガイはエリクを連れて旅立つ。
エリクの野心も、新王の冷遇も、部下たちの冷ややかさも、すべてはガイへの愛だと知らずに――
筋肉おっさん受け好きに捧げる、実は愛されおっさん冒険譚。
※12/1ごろから書籍化記念の番外編を連載予定。二人と一匹のハイテンションラブな後日談です。
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*不定期連載です。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
わからないから、教えて ―恋知らずの天才魔術師は秀才教師に執着中
月灯
BL
【本編完結済・番外編更新中】魔術学院の真面目な新米教師・アーサーには秘密がある。かつての同級生、いまは天才魔術師として名を馳せるジルベルトに抱かれていることだ。
……なぜジルベルトは僕なんかを相手に?
疑問は募るが、ジルベルトに想いを寄せるアーサーは、いまの関係を失いたくないあまり踏み込めずにいた。
しかしこの頃、ジルベルトの様子がどうもおかしいようで……。
気持ちに無自覚な執着攻め×真面目片想い受け
イラストはキューさん(@kyu_manase3)に描いていただきました!
博愛主義の成れの果て
135
BL
子宮持ちで子供が産める侯爵家嫡男の俺の婚約者は、博愛主義者だ。
俺と同じように子宮持ちの令息にだって優しくしてしまう男。
そんな婚約を白紙にしたところ、元婚約者がおかしくなりはじめた……。
ギルド職員は高ランク冒険者の執愛に気づかない
Ayari(橋本彩里)
BL
王都東支部の冒険者ギルド職員として働いているノアは、本部ギルドの嫌がらせに腹を立て飲みすぎ、酔った勢いで見知らぬ男性と夜をともにしてしまう。
かなり戸惑ったが、一夜限りだし相手もそう望んでいるだろうと挨拶もせずその場を後にした。
後日、一夜の相手が有名な高ランク冒険者パーティの一人、美貌の魔剣士ブラムウェルだと知る。
群れることを嫌い他者を寄せ付けないと噂されるブラムウェルだがノアには態度が違って……
冷淡冒険者(ノア限定で世話焼き甘えた)とマイペースギルド職員、周囲の思惑や過去が交差する。
表紙は友人絵師kouma.作です♪
巣ごもりオメガは後宮にひそむ【続編完結】
晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売
BL
後宮で幼馴染でもあるラナ姫の護衛をしているミシュアルは、つがいがいないのに、すでに契約がすんでいる体であるという判定を受けたオメガ。
発情期はあるものの、つがいが誰なのか、いつつがいの契約がなされたのかは本人もわからない。
そんななか、気になる匂いの落とし物を後宮で拾うようになる。
第9回BL小説大賞にて奨励賞受賞→書籍化しました。ありがとうございます。
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