主神の祝福

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ヴィクトル・シェンクの受難

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 この距離では避けられない――そう思って目を閉じた瞬間。
「……みゅ」
 子供のような高く短い声が足元で上がった。
 耳を疑い、薄目を開いて辺りの様子を窺う。
 まさかと思った時にはもう、白く長い蛇のような何かが二人の暗殺者の体をぐるぐる巻きに縛り上げているところだった。
「……キャーッ! 何なのよこの化け物はっ! だから私こんな悪魔の国になんか来たくなかったのにっ!」
「助けてください、姐御~っ!」
 空中で身もだえている二人を見て、次に足下を見る。
 床にへばりつき、十本の触手を操っている、腕に収まる程の大きさの白い生物。
「おっ……おま……あっ、あっ」
 さすがのヴィクトルも声がなかなか出ず、先に手が出た。
 這いつくばりながらアミュの頭(胴体かもしれない)をぐいぐいと引っ張り、紫の目を無理矢理にこちらに向ける。
「てめえ……!! 一体今までどこに行ってやがったんだ、このクソタコ野郎……!!」
「みゅ~っ、ミュッミュッ!」
 アミュの腕の一本が縛られた男女を必死に示した。
 どうやら、「今はそれどころじゃないだろう」と言いたいらしい。
「チッ。……後で落とし前付けてやるからな!!」
 叫んでから深いため息をつき、勢いよく立ち上がった。
 アミュが長く伸びた腕で暗殺者達を捕えたまま、体だけ足下にすり寄ってくる。
 その感触は相変わらず気分が良くなかったが、何故か自然と、ヴィクトルの口元に微笑みが浮かんだ。
「――面倒くせぇけど、このまま王城まで行くぞ……アミュ」


 家路につくことが出来たのは結局明け方近くだった。
 ミランダと仲間の男を夜通し尋問したが、結局ろくな情報は得られていない。
 「拷問はしない」という伯爵の寛容な精神に則り、手荒なことは避けて二人を王城の地下牢に閉じ込めたが、フレディがこれを知った時のことを思うと、すでにかなり憂鬱だった。
(あいつ、絶対『誤解だ』とか何とか言ってあの女を逃がそうとするに決まってるからな……――それにしても)
 視線を移し、肩にへばりついている白い生き物を見下ろす。
 さっきからアミュはそこにしがみ付いたまましんと黙っている。
 訊きたいことは山ほどあったが、こちらから声をかけるのもしゃくな気がして、ずっとこの状態だ。
 やがて家に着いてしまい、ヴィクトルは軋む階段を上り、そっと自室の扉を開けた。
 中から白くまばゆい光が溢れ、眩しさに驚いて目を瞑る。
 恐る恐る瞼を開くと、鍛冶屋の狭い屋根裏部屋があるはずの空間に、暖かな昼間のリンゴの木の園が広がっていた。
「……またかよ……疲れてんのに……」
 がっくりと落とした肩からアミュが居なくなっている。
 仕方なく覚悟を決め、土と苔で覆われた地面に一歩足を踏み入れた。
 つややかなリンゴの生る並木が囲む小道を、迷いも無くまっすぐに進んでゆく。
 やがてたどり着いた先は、柔らかな芝生の生える明るい広場だった。
 中央には、丸いドームを天井に備え、正面には装飾された柱の並んだ小さな神殿が建っている。
 柱の間を潜るようにして中に入ってゆくと、大理石の床に光の注ぐ中央のドーム下に、白いトーガを体に纏った長身の男――バアルがひっそりとヴィクトルを待っていた。
 いつもとは異なる姿にドキリとして足が止まる。
 ドレープの多い布を纏った相手は、主神を描いたエルカーズの神話に出てくる姿そのままで、近づきがたかった。
「……今更そんな格好しやがって、一体どういうつもりだよ」
 皮肉を言ってやったつもりだったが、動揺で声が掠れる。
 神はふわふわと波打った長い白髪をなびかせながらこちらに近づき、典雅な動作でヴィクトルの足下に跪いた。
「……私は、お前の望みを叶える……」
 低く艶めいた声と共に左手が取られ、その甲に口づけが触れる。
「お前の命が尽きるまで、私はお前の伴侶となり、そばを離れはしない」
 喉が詰まったようになって、ヴィクトルはうっと呻きを漏らした。
「……お前なあ……っ。いつ俺がそんなことを」
「さっき言っただろう。私のことを家族と。お前はあの時あの女と新しい家族を作ることが出来たのに、敢えて私を望んだ。――お前のあの言葉で、契約が成立したのだ。助力の終わりはお前が他の人間と結婚するか、あるいは命の尽きる時……もちろん、対価は貰う……ありとあらゆるお前の体液で」
 にっこりと神が微笑み、祭壇のあるはずの奥を指さした。
 薄布のカーテンで隔てられたそこに何故か、大人二人が眠れそうな大きな寝台が置いてある。
「げっ……」
 神殿にあるまじき光景に思わず引いたが、腕をぐいぐいと引かれ、よろけながらそこへ無理矢理連れて行かれた。
「待て待て待て! 強引にも程があるだろうが……!」
「私はそうは思わない。お前は飢えているはずだ……私の愛撫に。この前だって一人で慰めて……」
「!!」
 バアルの言葉に雷が落ちたような衝撃を受け、ヴィクトルは無言で相手のそばを離れた。
「ヴィクトル?」
 きょとんとしている神の目の前で、黙り込んでブーツのままベッドに腰を下ろす。
 ヴィクトルは床を指さし、有無を言わさぬ口調で低く命令した。
「てめえ……まずはそこに座れ……」
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