たとえば禁忌からはじまる小さな英雄譚

おくり提灯LED

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第一部・一章

強がれないです、泣いちゃいます

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 アレクセイは教会の前に着いた。
 “龍へと至る道”を解雇された今、今夜の寝床すらないからだ。
 真っ先に教会を頼ってきたのは、特に熱心な信者だからというわけではない。もともとここの教会の孤児院がアレクセイの故郷ということもあり、一泊くらいなんとかなるだろうという打算からだった。
 それに旅人に一宿をすすめるなんてことも、教会はよくやることなのだ。
 教会の裏側に回り、孤児院側の入り口の前に出る。

 アレクセイの手には、それがこれまでの全部かと言われると少し物足りない量の荷物があった。
 クランの仲間で借りていたボロアパートに置いていた私物だ。ゲンが悪いと突っ返された剣を除けば、大きめのバッグに全てがおさまってしまう程度の量しかなかった。
 ついさきほど取りにいったのだが、仲間は――いや、元仲間はアレクセイの姿を見ても何も言ってはくれなかった。

 もう“龍へと至る道”でのことを思い出しても仕方ない。
 暗い顔はダメだ。心配かけないように――。

 深呼吸する。一度上を見て……。

 と、見上げた視界の先、裏庭に生える木の枝に孤児が一人座っているのが見えた。幹にしがみついて震えている。
 登ったはいいが、怖くなって降りられなくなっているようだ。まるで幼き頃の自分を見ているようで、アレクセイはふと笑った。だが、小さな子供からしたら怖くて怖くて笑いごとではないだろう。

 助けるにしても、座っている枝は太めとはいえ、アレクセイまで登ったら折れてしまいそう。

「今座ってる枝にしっかりつかまってて」

 アレクセイが声をかけると、その子が振り向いてパァっと顔を明るくした。と、同時にアレクセイの体から力が抜けてへたりこんだ。
 子供は驚いた顔をしたが、更に驚くことが起きた。枝が下に向かって曲がっていく。子供は少しずつ少しずつお尻をずらしながら、下に向かった枝先を降りてゆき、安心できる高さまできたら飛び降りた。
 すると勢いをつけて枝が元に戻る。アレクセイも戻る。

「ありがとう! どうやったの!?」
「うん。お礼が言えてえらいけど、俺はなにもしてないよ」
「えー」

 アレクセイは走ってゆく子供の背中を見送った。
 もちろんアレクセイの仕業だ。
 木に憑依して、マナで枝を動かした。だが、これは誰にも知られてはならない禁忌の力。
 言えない。これだけは“龍へと至る道”でも言えなかった。

 またしんみりしている自分に気づき、よしッ、と心の中で勢いをつけた。

「ただいまぁ」

 ドアを開けて、あえて元気よくそう挨拶をした。まるで朝出かけて夕方帰ってきましたよ、みたいなノリだ。

「え、だーれー?」

 すぐにやってきたのはシスターだ。このなつかしいのんびり声を聞くと、沈み切った気持ちも少しだけ楽になる気がする。
 目が合うと驚かれた。ここに顔を出すのも何年振りだろうか。
 でも、アレクセイの手の荷物を見て、すぐに何かを察したようで、「うん」と一つだけうなずいた。

「ごはんまだでしょ? ほ~ら、早くあがって」

 まるで帰ってくるのが当たり前だとばかりに、アレクセイを招き入れてくれた。



 ~ ↑ ↑ ↓ ↓ ← → ← → × 〇 ~



「しばらく教会の奉仕活動でもしようかなー」

 すぐに出されたのは温めなおしただけの具の少ないスープ、硬くてスープにつけないと食べたくないパン。
 いつもの教会の質素なごはんだ。もっといいものが食べたくてたまらなかったあの頃のまま。

 逆に出されなかったのは言葉。
 なにか言われるかと思ったのに、シスターはアレクセイの前に座って、食べる姿を黙って見ているだけだった。

「ねえ、シスター。ホントにここのごはんは変わんないね」

 冒険者になる――と、ここを出た時とまったく同じのあのごはんだ。
 いつもよりも塩味が濃くなってしまったことまで、あの日とまったく同じだった。

「……あ、あれ、ごめ、ごめん、これ、妖精の悪戯かな? いきなり涙が出ちゃって……」

 止まらない。
 心配なんかかけたくないのに。

「うん、うん……」

 シスターはただそう繰り返し頷くだけだった。つい甘えたくなる。

「あのさ、“龍へと至る道”はいいところだと思ってたんだ。皆やさしかった。でも、俺はやっぱり迷惑をかけてたみたいで……。武器のあつかいが上手くもないし、術とかがつかえるわけでもないし、誰とも連携もできなかったけど……」

 ふいてもふいてもこぼれてくる涙。
 特に誰ともマナと<古い言葉>を使った連携がとれるようになれなかったことは、自分だけが一員になれていなかったんだと、そんな負の感情を煽る。

「でも、こっそり皆を助けてたんだよ……」

 知られるわけにはいかない力で――。
 もし知られてもよかったものだったら、大事にしてもらえたかな。
 ずっと家族みたいに思ってもらえたかな。

「大変だったね。本当にごめんなさいね……。力そのものはどんなものだって悪くないはずなのに、隠さなきゃいけなくて……」
「シスターが謝ることじゃないよ。教会が決めたことなんだから」

 アレクセイがもって生まれた能力を教会が禁忌としているのに、ここのシスターと神父は頑なに黙っていてくれている。

 ――その力は誰にも言ってはいけないぞ。私にとってはおもしろ芸みたいなものでしかないが、熱心な教会員達は許さないだろうからな。

 最初にそう言って受け入れてくれたのが、アレクセイにとっての育ての親でもあるこの教会の神父だった。
 誰もが神父さんやシスターのようだったら、こんな思いをしなくてすんだだろうか。

「皆の役に立ちたかったな……」

 アレクセイは体も小柄だし、力もあまりない。術の類も使えない。役に立てるのは他人には決して言えない能力――教会から嫌われている禁忌の力だけだった。
 誰にも認めてもらえない。自分からも言えないというジレンマ。

「……でも、もういいんだ。ほら、冒険者とかやっぱり俺には向いてなかったし、もう危ない思いはこりごりだ。少しだけ蓄えもあるからさ、奉仕活動をしながら何か別の仕事を探すよ」
「うん。でも、ねえ、アレクセイ……」
「ん? なにシスター?」

 シスターは立てかけた剣へ一度視線を移した後、アレクセイの目を見つめた。

「もうこりごりなら、どうしてその剣を持って帰ってきたの? ここにくるまでに売ってしまうこともできたのに……」

 なんとなくだよ――と、そう返事をしようとした。
 でも答えなかった。答えられなかった。
 たくさんの思いと思い出がそこにはあったから、今はそんなごまかしの嘘は口から出てきてくれなかった。


 そんなアレクセイを見守る影があった。
 アレクセイの育ての親にして、この教会の神父だ。二人の年齢差でいえば孫といった方が近いが。
 この初老の神父は黒衣に身を包んだ体を、廊下の壁にゆだねて寄り掛かり、待っていた。

 アレクセイという一人の男の涙が止まるのを。

 やがて嗚咽は止まり、「シスター、ありがと……」という小さな言葉が聞こえた。
 神父は、ここからは自分の出番だな、とそんなつもりで戸を開ける。

「やあ、アレクセイ、荷物持ちをクビになって、おめおめと帰ってきたんだってぇ?」

 もう一度泣かせてやろうと、神父は深い皺を波打たせた実にいい笑顔で、アレクセイを顔をのぞきこんだ。

 本当にこの人だけは……ッ!
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