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第一部・一章
ライヤの目がダンジョンを飛ぶ
しおりを挟むこれは数日前のこと。
「ほぉ。位置的に地底からだろうな」
王城内の自室である白鉄騎士団の団長室で義肢の調整をしていたライヤは、小さくつぶやいた。
つい先ほど届いた部下からの報告は、たとえどんなに丁寧な言葉づかいであっても、ライヤにとっては「さあ仕事の時間だ」と言われているようなものだった。
最近発見されたダンジョン“王都西の森4番目”に、理の外の存在が現れた可能性があるという。
ライヤは赤毛に隠れている耳につけた小さな道具、<遠い耳>に向かい、
「了解した。まずは<小さい目>で偵察確認をする」と告げる。
『冒険者クランが一つ、ダンジョンに潜っています。クラン名は“龍へと至る道”』
確か西の森四番目といえば、相当高い難易度のダンジョンだったはずだ。その“龍へと至る道”というクランは実力者の集まりなのだろう。
「それならば、我々が手を出す必要もないか?」
『団長、ご冗談を。命令がすぐきますよ』
「ああ、分かっている。すぐに<小さな目>を出して、私自身で確認する。幾人かは視界を共有しろ。出動の可能性ありと全員に伝えておけ」
『了解』
ライヤは<遠い耳>の効果を切ってから深呼吸をした。
一度、二度、三度――ゆっくりとまばたきをする。
どの程度の規模の災害になるのか分からないが、王都の近くというのは厄介だ。
ダンジョン、か。
その龍がどうとかという冒険者達が、ただのモンスターだと思って戦い始めたら、おそらく結末はあっけない死だ。
急がなければならない。だが、それでもまずはこの目で偵察をしなければ、こちらが危険な目に合う。
机の引き出しから、軽い金属で作った目隠しのような道具<小さい目>を取り出し、自身の目の上に装着する。
<大きい目大きい目、大きな世界を見せてくれ>。
まず<古い言葉>にマナをこめて、この巨大な王国の全体を見る<大きい目>に入った。すぐにライヤの視界は上空から大陸を見下ろすものに変わる。
王国の領土は広大だ。この世界で最も巨大な大陸の七割を支配する。その全体を見る目から、王都付近へと視界を動かしてゆく。
王都の西の森。
<小さい目小さい目、小さな場所に連れてって>
ライヤがそう<古い言葉>を使うと、視界が一気に人間のもののように変わった。そのまま移動してゆく。
森の奥の岩場があった。その奥に大きく口を開けた洞窟。
相当な量のマナの力が流れてくるのを、視覚で感じ取る。
――これはいるな。
視界だけがダンジョンへと入る。暗い。そう思ったのはわずか一秒程度で、すぐに暗闇でも見える視界に切り替わった。
そこは岩肌が不自然に整えられたような洞窟、典型的なダンジョンと言えた。
先へ先へと目は進む。
――ッ!?
ライヤを驚かせたのは不自然な死体だった。
まだ年端も行かない少年。まるで隠されているように岩陰に、降ろされた大きな荷物と共に横たわっている。
こんな少年が――そう考えるだけで心が痛む。
息はしていない。とはいえダンジョン内での死だというのに、外傷がまったくない。<小さい目>を近づけて見てみると、その少年の死体はあまりに奇妙に思えた。
死体だというのに生きている。
生きている体だというのに魂がない。
これは初めて見るケースだ。
あえて例を言えば、悪魔に魂を奪われた直後のような、というところだろうか
ライヤ自身そんなものは見たことはないが、もしあるとしたらこうなるのではないか、そう思わせる死体だった。
――相手は魂を喰らう異界の存在か?
地底からきた何かだと思ったが、夜の向こう側の異界の存在なのかもしれない。
そんなことを考えて、更に奥へと目を飛ばすと、すぐに冒険者達が大型の食人鬼と戦っているところに出くわした。
リーダーと思しき男の実力は確かだ。3mを超える巨人の一種である食人鬼を相手に、上手く仲間達と連携できるように位置取りをしながら、大きな曲刀で確実に斬りつけてゆく。
普段であれば観戦していたいところだが、今はその時間も惜しい。まごまごとしていると、ここにいる冒険者達の命も危ないのだから。
更に奥へ。奥へ。奥へ。
きぃぃぃいいいいいいいいいいいいい――。
反射的にライヤを耳をふさいだ。
目では感じ取れないはずの音。相当危険なマナの波動が、<小さい目>という視覚からだというのに、音のまま遠く離れたライヤを襲ったのだ。
頭の中を揺らされて、ひどい悪寒がする。
だが、これで確実にいることは分かった。
おそらくはさっきの少年を襲い、魂を奪った存在だ。
その存在を確認するために、<小さい目>を波動を感じた先へと送る。
一度道は細くなり、すぐに少し開けた部屋のような場所へと出た。
真っ先に目に入ったのは、倒れている食人鬼の足だった。巨体が数体、動く気配もない。
他には何も――。
いや、そのいくつかの死体の上に君臨するように降りてきた。
霧の化物だ。
これはまず間違いなく、地底からやってきた理の外の存在だ。
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