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第一部・一章
閑話 その1 気持ちがあたたかい
しおりを挟む少し前のこと――。
魂の綺麗な子。
それが第一印象だった。
そんな少年と同年代の少年兵達が歩き去ってゆく。こちらには振り返ってはいけない。そう言い聞かせてある。
隣国の国境付近にきてから、サーシャは巨鳥を再び身につけている宝石から出した。その背に乗って大きな鳥が国境を越えただけに見せかけて密入国をし、街道付近になってから彼らを宝石の中から解放したのだった。
隣国の国境警備の兵士が往来する街道だ。少ししたら保護されることだろう。
こうしてこっそり捕虜を逃がすのは、きっと組織としてはいいことではない。でも、このまま軍へ届けたとしても、またなにをされるか分からない。
ライヤは隣国の国境の警備兵へ、捕虜が火災の犠牲になったこと、それ以上のことは蒸し返さないように伝えると言う。
「キミ達に幸あ、れ――」
もう彼らと会うこともないと思う。今日、辛い思いをした分だけ、幸せなことが待っていて欲しい。
そんな思いで空から彼ら八人の背中が遠ざかってゆくのを眺めていると、炎の中に助けに来てくれた少年のことを思い出した。
あの炎の中で彼らのことも心配していた。戻ってからも軍から助けようとしていた。
今日出会ったばかりの少年だ。
でも、なぜかまた会いたいと思って、本当にまた会えたそんな相手。
~ ↑ ↑ ↓ ↓ ← → ← → B A ~
今日、ライヤが絶対にうちに入れると言っていた相手は、体の小さな少年だった。その勧誘には訓練中の騎士は同行させず、サーシャだけが連れていかれた。
サーシャが選ばれた理由は副団長達が遠征で帰還していなく、騎士ではない構成員達もとても忙しい――手の空いているのが他にいなかったから、というだけのことだろう。
知らない相手を勧誘するからついてこいと言われて、おろおろとしてしまった。
自分は彼らの言うキズビト。大体の人は見るだけで驚くし、怖がる。
サーシャは100年程前に作られた白鉄騎士団の初代メンバーだから、この国で最も長く騎士をしている。だからと言ってキズビトが一般市民に受け入れられているかと言えばそんなことはない。相変わらず、評価は人類の敵だ。
だから、肌の模様をできるだけ隠した。首元を隠すものがなかったのでフードを被った。
これできっと怖がられない。
「あ、いえ、間に合ってます……んじゃっ!!」
……そう思ったけど、やっぱり逃げられた。
でも、すごく興味が沸いた。
――本当に人間な、の?
人間の魂というのは、研磨でもしたかのように綺麗なものだっただろうか。
その魂のことを考えていると、猛ダッシュして去っている後ろ姿がだいぶ遠ざかっていることに気づいた。
と、ライヤに何か言われた。全く聞いていなかった。サーシャは誤魔化すのに「んー」と首をひねり、
「ん。思ったより、足速、い」
とだいぶ見当違いのことを言ったのだが、あまり他人の心の機微や会話の流れなど気にしないライヤは、もちろんこの事も同様だった。
その後、一度は帰ろうかと思ったが、やはりあの魂が気になった。
あれだけ珍しい魂なら、追いかければ探せるような気がして。
その予想は当たった。人混みの中にいたら分からなかったかもしれないけど、あまり人通りのない教会の裏口から入っていくところを見つけられた。
声をかけるタイミングが……。
でもなんて声をかければいいのだろう? そもそもなんで探しにきてしまったのだろう?
サーシャは自分の行動の意味が分からず、物陰で悩み、頭を抱え、そうしてしばらくの時間を過ごして一つの結論に至った。
――帰ろ、う。
と、その時、教会の裏口のドアが開き、本人と目が合ってしまった。
この時はまさか災害現場で再会することになるとは思っていなかった。
しかも、あんな灼熱の炎の中で命を助けられるなんて。
でも、この肌の忌まわしい模様を見せても、それが模様だと教えても、驚きも恐れも見せなかった――単にキズビトと結びついていなかっただけだが――この少年は、あの炎の中で体中の模様を見ても、やはり恐れなかった。
根っこにはびっくりしていたけど……。
ただ、じっと見つめられた。
人形だったから、その表情は細かく分からなかったが、それでもあの時の反応はきっと悪い感情ではない。
でも、なんであんなに見つめていたのだろう?
あの時はキズビトだと分かっていたはずだ。<支配者>の力を知っていたのだから。
なのにキズビトとは一度も呼ばれていない。
それどころか<支配者>だと知っていたのに、<結ぶ>という言葉をくれた。
サーシャは王国側に戻る巨鳥の背の上で、小さく<結ぶ>と声に出してみた。
気持ちがあたたかくなってくる。大げさでなく、探していた宝物を見つけたかのような気持ちだ。
支配は嫌いだ。結ぶがいい。
その気持ちのまま、白鉄騎士団へと向かって風を切って飛ぶ。
ライヤが隣国の国境警備兵にも聖山の鎮火の報告を終えたようだ。隣国も国教は聖教徒の教会だ。聖山の火事は気に病む問題だっただろう。
騎士団が再び国境から遠ざかって歩いている。さすがにサーシャが国境を越えたことを隣国側に悟られるわけにはいかず、しばらく先で合流しようと騎士団を追い越そうと進む。
あそこにいる少年は命の恩人だ。
大切な言葉をくれた人でもある。
報いたいと真摯に願う。
と、その少年がこちらに手を振った。
まだ手を振ったらダメなのに。
でも、サーシャもちょこっとだけ見えるように手を出して、少年に向かって手を振り返した。
なんだか、また気持ちがあたたかくなった。
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