たとえば禁忌からはじまる小さな英雄譚

おくり提灯LED

文字の大きさ
40 / 58
第一部・二章

俺の家族を頼むと男は泣いたんだ 2

しおりを挟む



 ライヤとの密談があった二日後。
 あの朝、イゴールは何も知らないアレクセイを解雇した。
 役立たずだと罵り、自分の胸の内に大きな痛みを覚えながらも、お前の剣なんかゲンが悪いとまで告げて――。

「あの……、皆さんは俺の憧れでしたッ!」

 最後に肩を震わせ、アレクセイがそう言った時には、事情を知る仲間達は泣きそうになっていた。
 泣きたいのはアレクセイなのだから、傷つけた側が泣いてはならないと、そう奥歯を噛みしめた。
 そうして後は白鉄騎士団に任せようと、店の外を見ていた。

 だというのに、ライヤは勧誘に失敗してアレクセイに逃げられたのである。

 ――これじゃあ、あいつをいたずらに傷つけただけじゃねえか!

「……あんたら、なにやってんだ?」

 あの時のイゴールから、そんな怒りの発言が出るのも無理ないことである。

 その後、悪い状況が重なった。
 アレクセイを守るという約束だというのに、まだ加入前に理の外の災害の最前線に送り込んだと聞いた。
 しかもよりによって団員の救助のためだという。

 後日、聖堂騎士であるコンスタンティンがわざわざやってきて、白鉄騎士団の団長は禁忌を利用するために、アレクセイに近づいたと話していった。

 普段であれば、あんな聖堂騎士の話などに耳を貸さなかっただろう。だが、あの時はすでにライヤへの疑念が“龍へと至る道”の中にしっかりと芽生え、大きくなりだしていた。

 そして今度はよりによって、天空の覇者である龍の元にいかせるという話が舞い込んできた。

 イゴールは自分の愚かさを呪った。
 白銀はアレクセイを守るつもりなど欠片もない。ただその力を利用したいだけだ。
 そうとしか思えない。もう我慢できなかった。

 あいつを禁忌だとかぬかす教会も、俺らを騙した騎士も、どいつもこいつも信じられねえ。

 だから、こうしてイゴール達は王城にまで乗り込んできたのだ。

 ――俺らであいつを守る、と。



 騎士団詰め所にしばし重い沈黙が訪れていた。一秒、二秒、と時が進む。
 何度かうなずいて話を全て納得したライヤが、イゴールに改めて向き直った。

「イゴール殿、確かにプロトヤドニィ山ではアレクセイに助けてもらった。だが、決して貴方との約束を破るつもりはない」

 イゴールは舌打ちをした。目にこもる怒気は薄れていない。
 そこにエヴゲーニーが割って入った。

「失礼。イゴール殿、少し聞いてもらえるか」
「ああ。釈明があるってんならな」
「冷静に考えていただけると助かる。現在、まだアレクセイがどうして教会に捕らえられていないのか、その理由を。自分達の功を声高に語る趣味はないが、必要ならばそうしよう」

 聖堂騎士まで動いているというのに、アレクセイを直接捕まえにきていない理由は、やはり白鉄騎士団への加入だ。その背景には何かと教会の決定を覆してきた現国王がいる。明確な背信行為がなければ手は出しづらい。
 ましてや、アレクセイは聖山の鎮火という教会にとっても大きな手柄をあげたのだから。
 聖山のことはあくまで結果論だが、理の外の最前線へ送ったことでライヤはアレクセイを守ったとも言える。

 今まで感情的になっていて見逃していたが、エヴゲーニーにみなまで言われずとも、そうなのだろうとイゴールも分かった。

「……そうか。熱くなり過ぎたな」

 だが、そうイゴールを納得させた理由は、なによりも王城の前でアレクセイが自分のことよりも騎士を悪く言わないで欲しいと、そう言ったことを思い出したからだった。
 それが大切にしてくれている何よりの証だ。

 イゴールは一度アレクセイを見た。事情が上手く呑み込めていないのか、ぽかんとしてしまっている。だというのに、よく見ると自分達とたもとを分けてからまだわずかだというのに、顔つきが以前よりも締まっていることに気づいた。

 ――お前は騎士の一員なんだな。

 イゴールは少しの間だけ静かに目を閉じ、ライヤとその後ろの騎士達に真っすぐと向き直った。

「どうやら誤解だったようだ。こんな騒ぎを起こして申し訳ない」

 頭を下げる。すると冒険者達もイゴールに続いた。

「俺から頼めることじゃないのは分かっているが、こいつらは俺にそそのかされてここにきたんだ。処罰は俺だけでお願いしたい」

 冒険者達がどよめく。イゴールだけ裁かれるのは納得がいかずに、声と言葉が飛び交う。
 ライヤがそれを止めた。

「いや、今回の件を問題にする気はない。警務隊にも仕事上の行き違いによる誤解があっただけと報告するつもりだ。それよりもイゴール殿とその仲間の方々、そしてアレクセイ。本当につらい思いをさせてしまった。全ては私の力不足だ。申し訳ない」

 ライヤが改めて頭を下げた。
 アレクセイは自分の解雇のことにも、その首謀者の二人が頭を下げていることも、いまいち思考が追いつかず、なんか俺のことで謝らせちゃってるな……とそんなことを思った。
 だが、感情がだんだんとわいてくる。胸からあふれてくる。

「アレクセ、イ?」

 サーシャが真っ先に気づいて、アレクセイの肩に手を置いた。
 本人も知らず知らずのうちに、涙がぽろぽろとこぼれてきていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

万物争覇のコンバート 〜回帰後の人生をシステムでやり直す〜

黒城白爵
ファンタジー
 異次元から現れたモンスターが地球に侵攻してくるようになって早数十年。  魔力に目覚めた人類である覚醒者とモンスターの戦いによって、人類の生息圏は年々減少していた。  そんな中、瀕死の重体を負い、今にもモンスターに殺されようとしていた外神クロヤは、これまでの人生を悔いていた。  自らが持つ異能の真価を知るのが遅かったこと、異能を積極的に使おうとしなかったこと……そして、一部の高位覚醒者達の横暴を野放しにしてしまったことを。  後悔を胸に秘めたまま、モンスターの攻撃によってクロヤは死んだ。  そのはずだったが、目を覚ますとクロヤは自分が覚醒者となった日に戻ってきていた。  自らの異能が構築した新たな力〈システム〉と共に……。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

この聖水、泥の味がする ~まずいと追放された俺の作るポーションが、実は神々も欲しがる奇跡の霊薬だった件~

夏見ナイ
ファンタジー
「泥水神官」と蔑まれる下級神官ルーク。彼が作る聖水はなぜか茶色く濁り、ひどい泥の味がした。そのせいで無能扱いされ、ある日、無実の罪で神殿から追放されてしまう。 全てを失い流れ着いた辺境の村で、彼は自らの聖水が持つ真の力に気づく。それは浄化ではなく、あらゆる傷や病、呪いすら癒す奇跡の【創生】の力だった! ルークは小さなポーション屋を開き、まずいけどすごい聖水で村人たちを救っていく。その噂は広まり、呪われた女騎士やエルフの薬師など、訳ありな仲間たちが次々と集結。辺境の村はいつしか「癒しの郷」へと発展していく。 一方、ルークを追放した王都では聖女が謎の病に倒れ……。 落ちこぼれ神官の、痛快な逆転スローライフ、ここに開幕!

自力で帰還した錬金術師の爛れた日常

ちょす氏
ファンタジー
「この先は分からないな」 帰れると言っても、時間まで同じかどうかわからない。 さて。 「とりあえず──妹と家族は救わないと」 あと金持ちになって、ニート三昧だな。 こっちは地球と環境が違いすぎるし。 やりたい事が多いな。 「さ、お別れの時間だ」 これは、異世界で全てを手に入れた男の爛れた日常の物語である。 ※物語に出てくる組織、人物など全てフィクションです。 ※主人公の癖が若干終わっているのは師匠のせいです。 ゆっくり投稿です。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...