49 / 58
第一部・二章
ただそれだけで全てが停止する
しおりを挟むチョンチョンという生首の後を追って、瓦礫の中から人命救助を続けている副団長のエヴゲーニーは、ふと自分が影の中になったことに気づいて、上を見上げた。
何かが落ちてくる。
慌ててエヴゲーニーは一緒にいた冒険者を突き飛ばして、その場から離れた。
ぐしゃりと音を立てて、何かが地面と激突して弾けた。赤くない体液、甲殻類らしい硬そうな破片……。
「リュウガニ、なのか……?」
最悪の予感と共に再び空を見上げた。
龍が上空からこの瓦礫の街に迫ってきている。
『再び龍飛来――』
天空の覇者の目に人間は羽虫のようにしか映っていない。それが集まっているからと言って、特に何かを気にすることもないのだろう。だが、その気まぐれに滑空してきたというだけで、この場にある命がすべて吹き飛ぶのだ。
「オグレマゲ、伏せて!」
龍が一直線に向かっていた先には、アレクセイの姿があった。
間違えられた食人鬼と共に身を屈める。だが、龍が羽ばたいた風を受ければ、そんなことは何の役にも立たないのは分かっている。それでも為す術がないのだ。
自分を覆う影が大きくなってくる。
死――。
頭を抱えて目を瞑った。
その時、
「ん……ッ!」
風の中からそんな小さな小さな声を聞いた気がした。
目を開けて空を見上げると、神鳥から飛びあがったサーシャが龍の横っ面にその拳を叩きつけた瞬間を見た。
龍が空中で止まり、自分に歯向かってくる存在に目を向けた。
数百年前、この地上で戦った龍とキズビトが今こうして相まみえた。
だが、その力の差はあまりにも大きすぎるのが、アレクセイにも見て取れる。
いくらサーシャであっても、このあまりに巨大な龍の前ではおそらく無力だ。
「サーシャ!」
サーシャはその呼びかけにも応えられない。体が落下する。
だが、今はアレクセイを守れたことに満足して、うっすらと微笑んだ。
すぐに神鳥がカバーして、その背に乗せる。
「逃げろ、サーシャ! ダメだ!」
そう叫んでみても、龍が神鳥を目で追っている。逃げることはかなわない。
背を向けた途端に殺されるだろう。
だから、サーシャはあえてその眼前に出た。
龍の口の周りに膨大な量のマナが集まる。その力によって空間に黒く穴があき、ゆらゆらと揺れだす。
おそらく龍の息吹が出されようとしている。
これが地上に降り注げば、待っているのは全滅だけだ。
だが、サーシャの方が早かった。
「コッカトリ、ス」
つぶやきと共に首元の琥珀が一つ光った。そこから首を出したのは雄鶏から生まれる怪鳥、万物を石へと変える化物だ。
その鶏の姿をした化物から、けたたましい鳴き声が響き、龍の鼻先に視線が集まる。
<かたくかたく朽ちることない石に――>。
その視線がもつ<古い言葉>が龍へと届いた。
龍の顔の表面の鱗から色が失せ、輝きのない灰色へと変わり始める。息吹のために集まっていたマナまでもが、砂のように細かく灰色に変わってゆき、空中へと霧散してゆく。
これが理のこちら側では最強とも言われる怪鳥、コッカトリスの力だ。
だが、次の瞬間――。
龍が吼えた。
古い言葉もマナもこもっていたわけではない。
龍が声を上げた。ただそれだけのことだ。
それなのに、その咆哮は全てを震わせた。
この世界そのものが震えあがったかのような、そんな声だった。
何もかも止まった。
声一つで怪鳥の力も、騎士達も冒険者達も、その全てを無力化したのだ。
騎士と冒険者、百戦錬磨の者達――ライヤやイゴールまでもが、ただ耳をふさいでその場でうずくまった。体が動かない。誰もが顔もあげることができなくなった。
肉体を行動不能にされたが、それはもっと大きな意味をもっていた。
魂への圧力だ。
理の外の存在は、魂そのものに圧を加えてくることがある。
騎士達はそれを知っていた。が、龍の咆哮は彼らのこれまでの経験にはないものだった。何もかもを圧し潰すような、そんな力。
同時に神鳥までもが羽ばたく力をなくした。
成長すれば、たとえ龍であっても生物としての格で超える存在なのに、盟友であるサーシャを守れずに落下する。
龍と同じ天空の存在であるサーシャもまた、あの咆哮で体が動かせなくなり、空中に投げ出された。
ただ声を上げただけで、この場にいたあらゆる生物を完全に制圧した。
これが龍という存在。
龍はもうこの場の動けない生物たちに興味はないようだった。
後は軽く息を吹きかければ、全てが灰燼に帰すだろう。
そんなつもりだった。
が、何かが視線の端で動いた。改めてその場を見ると、龍は我が目を疑った。
小さき者が動いている。
「サーシャ!!」
「ア、レクセ、イ……?」
サーシャがなんとか呼び声に応える。
<速く駆けろ>
<強く強く支えろ>
あらゆる生物が止まる中、アレクセイだけは落ちてくるサーシャを受け止めようと、古い言葉で体を強くし、瓦礫の上を駆け出した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
Chivalry - 異国のサムライ達 -
稲田シンタロウ(SAN値ぜろ!)
ファンタジー
シヴァリー(Chivalry)、それは主に騎士道を指し、時に武士道としても使われる言葉である。騎士道と武士道、両者はどこか似ている。強い精神をその根底に感じる。だが、士道は魔法使いが支配する世界でも通用するのだろうか?
これは魔法というものが絶対的な価値を持つ理不尽な世界で、士道を歩んだ者達の物語であり、その中でもアランという男の生き様に主眼を置いた大器晩成なる物語である。(他サイトとの重複投稿です。また、画像は全て配布サイトの規約に従って使用しています)
三回目の人生も「君を愛することはない」と言われたので、今度は私も拒否します
冬野月子
恋愛
「君を愛することは、決してない」
結婚式を挙げたその夜、夫は私にそう告げた。
私には過去二回、別の人生を生きた記憶がある。
そうして毎回同じように言われてきた。
逃げた一回目、我慢した二回目。いずれも上手くいかなかった。
だから今回は。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)
MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。
かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。
44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。
小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。
一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。
ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?
覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―
Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる