たとえば禁忌からはじまる小さな英雄譚

おくり提灯LED

文字の大きさ
51 / 58
第一部・二章

龍の興味は人間にとって絶望しか残さない

しおりを挟む


 アレクセイは上空を確認した。
 こうして改めて見ると、龍とはなんという壮大な生き物なのだろうかと、見惚れてしまう。
 あまりに巨大。あまりに雄大。そしてあまりに圧倒的。
 その猛々しい姿をアレクセイは美しいと思った。そして同時に怖ろしさに心が潰されてしまいそうになる。なのに強く意識しなければ、目を離せそうにない。
 冒険者達が、龍を誉れ高き死に場と言うのも分かる気がする。
 とてもではないが、人間がどうこうできる相手ではない。

 でも――。
 神鳥を見る。神鳥もまたアレクセイを見返した。視線が絡み、アレクセイが一つ頷くと神鳥もまた全て分かっているかのように頷き返した。

「ライヤさん動けますか?」

 <遠い耳>にマナをこめて呼びかける。

『ああ、かろうじてな。小型<門>を開きたいが、龍の力で王城が壊されかねんな』
「撤退したいんですね。じゃあ、あの人形って使えますか?」

 あの人形――。
 この言い方だけでライヤには十分通じた。騎士団加入を報せた日、無理矢理にアレクセイから抜いた血とマナを使った人形だ。

『後は最終調整だけだ。だが、何をする気だ?』

 龍は本当に怖い。でも、言うんだ。このままでは皆死んでしまうのだから。

「人形に憑依した俺が神鳥に乗り、龍を引きつけます。その間に皆は救助者と一緒に撤退してください」
『キミに犠牲になれと言えと? イゴール殿達もいるこの場でか』
「いえ、犠牲にはなる気はないです。死にたくないし。龍を遠くに引きつけたら、まずは神鳥に飛び去ってもらって、俺は人形から抜け出て逃げます」

 <遠い耳>の向こうで、ライヤが歯ぎしりをする音が聞こえた。

 ライヤは決断を下せないでいた。
 聞いた限りでは可能な気がするが、アレクセイには魂が肉体から離れる距離に限界がある。聖山から戻ってきてから訓練をしているようだが、その距離がどれくらい伸びたのかも分からない。
 だが、それ以外に何も方法が思い浮かばなかった。
 アレクセイにばかり危険なことを押しつけることに抵抗がある。
 揺れる。自分は騎士団長という立場だ。決めなければならない。

『仕方ない。その方法で……』

 そこまでライヤが言った時、上空の様子が変わった。
 龍から発せられるマナがだんだんと強くなってくる。



 龍はさっきまでのしばらくの間、空中から地を這いずる小さな存在の中の、小さな体をもつ者を見ていた。

 その長き生の中に置いて、この虫けらが咆哮のすぐ後に動いたという記憶はない。
 数百年前、あの羽虫たちがキズビトと呼んだ草花が戦争を起こした時も、英雄とか呼ばれている者もいたが、誰一人として動けなくなった。

 あの羽虫はなんだろうか?

 龍にとっては、その程度の疑問とほんのわずかな好奇心だった。
 そしてただの気まぐれだった。

 <抗う虫どもよ、ならば戯れよう>

 龍から<音のない言葉>が発せられた。
 この領都にいる誰の頭の中にも、その言葉が響く。
 誰もが驚愕し、そしてこれ以上にない恐怖を覚えた。

 天空の覇者、龍がここに集まっている羽虫のごとき人間達を潰すと、そう宣言したのだ。



 ライヤは<遠い耳>へと叫ぶ。

『本国、すぐに<守人人形まもりてにんぎょう>をアレクセイの近くに転送!』

 もうこうなってはアレクセイの策に賭けるしかない。
 それ以外に待っているのは、確実な死だけなのだから。

 龍が空中から口を開いた。
 また膨大なマナが凝縮していき、空間にゆらゆらと玉のような穴が無数にあいて揺れ始めた。

 この地にあるのはもはや絶望のみか。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

Chivalry - 異国のサムライ達 -

稲田シンタロウ(SAN値ぜろ!)
ファンタジー
シヴァリー(Chivalry)、それは主に騎士道を指し、時に武士道としても使われる言葉である。騎士道と武士道、両者はどこか似ている。強い精神をその根底に感じる。だが、士道は魔法使いが支配する世界でも通用するのだろうか? これは魔法というものが絶対的な価値を持つ理不尽な世界で、士道を歩んだ者達の物語であり、その中でもアランという男の生き様に主眼を置いた大器晩成なる物語である。(他サイトとの重複投稿です。また、画像は全て配布サイトの規約に従って使用しています)

三回目の人生も「君を愛することはない」と言われたので、今度は私も拒否します

冬野月子
恋愛
「君を愛することは、決してない」 結婚式を挙げたその夜、夫は私にそう告げた。 私には過去二回、別の人生を生きた記憶がある。 そうして毎回同じように言われてきた。 逃げた一回目、我慢した二回目。いずれも上手くいかなかった。 だから今回は。

【完】はしたないですけど言わせてください……ざまぁみろ!

咲貴
恋愛
招かれてもいないお茶会に現れた妹。 あぁ、貴女が着ているドレスは……。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)

MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。 かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。 44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。 小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。 一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。 ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?

覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―

Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

処理中です...