52 / 58
第一部・二章
命をかけた一振りに魅せられ、空へ
しおりを挟む龍だ。龍がいる――!!
天空の覇者、まさに王者。
いつか辿り着かんと欲する高み。
騎士達には悪いが、こここそが誉れ高き死に場所だ。
絶望に染まる瓦礫の大地に、ただ一人、腹の底からこみあげてくる笑いをこらえて、剣を握る男がいた。
冒険者クラン“龍へと至る道”のイゴール。
満足のゆく死に場所を欲して冒険者を続けるなどという、もはや干からびてカビも生えないような古い思想の老害だ。
妖精ドヴェルグが打った剣が黒の上に青を乗せて光る。
<剣よ、俺の全てをもってゆけ>
その刀身がマナを吸う。命の深層に染みわたるマナまでも吸いあげ、更に鈍く輝く。
どこまでも強欲にマナを欲するのがこの剣だ。だからこそのとっておきだ。
イゴールは近くのクー・シーを見た。龍は上空。古い言葉で<俺を憧れまで届けてくれ>と告げると、その思いを汲んだのか背に乗せてくれた。
<ならばその生きざまに敬意を表し>
クー・シーが駆け出した時、後ろからそんな古い言葉が聞こえた。
振り返らなくても、剣に届けられたマナで分かる。
白鉄騎士団の副団長エヴゲーニー・バルクライ・トーリ。伯爵家に生まれた本物の騎士だ。
今日という日がなければ、決して交わることのない二人。身分も環境も思想も何もかもが違う二人。
その二人のマナをドヴェルグの打った剣が吸う。
ふと後ろで、この騎士が笑った気がした。
上空の龍がそのマナの塊の息吹を放とうとした。
その時、クー・シーに跨ったイゴールがその眼前に飛びこんだ。
肉体的にはもうとうにピークを過ぎた年齢。衰えてゆくばかりの体だ。だが、それでもイゴールはたゆまぬ研鑽により身につけてきた技術、そしてこの気力とマナまであわせれば、自身の最高潮は今であると知っている。
剣を構え、イゴールは高らかに笑う。
「おやっさん!」
アレクセイがその特攻に気づいて叫んだ。
「憧憬よ、この命捧げにきた――」
人間が人間である以上、龍になど届くはずもない。
そんなことは分かっている。
それでも夢を見続け、そこを死場と定めて龍へと至る道を進んできた男の剣が、今、龍へ向け――。
だが、届くことはなかった。
龍へと振りぬこうとした剣は、その手前で厚いマナの層によって阻まれてしまった。
遠い。龍はそこにいるというのに遥かに遠い。それでもイゴールは微かに笑った。全身の筋肉が隆起する。
龍の集めるマナと剣に宿るマナとが、ぶつかりあう。
剣を中心に空間がひび入った。
息吹のために集められていたマナが拡散してゆく。
この一撃に命を懸けていたイゴールは、そこで目がかすみはじめた。体から命が抜けてゆくような感覚。
まだだ。あと一撃だ。今なら届くはずなんだ。
渇く。どうしようもなく渇く。
龍への一太刀という渇望。あとほんの少しでそれが叶う。
だが、体から力が抜ける。
龍の前足がイゴールに向けて振り上げられた。
<どこ? どこ? そこ、そこ>
イゴールを粉砕する龍の一撃が見舞われる直前だった。
落下する肉体を、ライヤの<かたい手>による精密射撃が捉えた。
聖山で木々を引き抜いた砲網がイゴールの体を包み、弾き飛ばす。騎士の数人が網から伸びる綱を握り、マナを込めて引き寄せはじめた。
「言っただろう? 誉れ高き死場のためならばお断りだ、と」
ライヤはそうつぶやいた後、胸の内で、だが――と続けた。
お見事でした、イゴール殿。
あの命懸けの剣によって、龍の息吹はひとまず防いだのだ。
一方、アレクセイの頭上で今やっと空間が歪んだ。
その歪みに龍が反応し、目が向けられた。でも、今のイゴールの行動に勇気をもらったアレクセイは、龍を一睨みした。
ライヤが<守人人形>と名づけたその人形が落下してくる。
それはこれまでのどの人形よりも、ずっと人間らしかった。ホムンクルスという言葉が頭に浮かぶ。
小柄な体。真っすぐな目。あどけなさを残した顔。
まるでアレクセイそのものだ。
アレクセイという名の由来は“守る者”を意味する。そんな彼がこれまでどんな生き方をしてきたのか。名は体を表し、その血とマナを宿す人形にも受け継がれた。
<守人人形>。
これがライヤの最高傑作だ。
「オグレマゲ、俺の体をライヤさんに届けて」
アレクセイは人形に手をかけて乗り移った。
聖山で使ったまわる人形もだいぶなじんだが、これはそんなものではない。完全に自分自身の圧倒的な上位互換だ。
本体から魂が抜けると、ふっと竿から外れた洗濯物のように、頼りなく崩れ落ちる。それをサーシャが支え、オグレマゲに託した。
神鳥に乗る。翼が広げられる。
「サーシャ、ちょっと行ってくるね」
アレクセイが龍へと目を向けた。翼を羽ばたかせると、ふわりと浮いた。
無謀な戦いへと飛び立つ。
「ん……」
「って、なんでサーシャまで乗ってきてんの」
飛び立った神鳥の上で、つい緊張感のない声をあげた。
でも、いいか。二人ならきっとなんとかなる。そんな気がする。
いや、もしかしたら二人じゃないかもしれない。色々あってライヤに相談をするのを忘れていたが、今思い出した。
「そういえば、サーシャの琥珀に住んでるあのおっさん、本当は切り札とか? あの人なにができるの?」
「うちで留守、番」
そうだよね。留守番は大切だよね。子供達だけじゃ大変だもんね。
……期待しただけバカだったよ!
「じゃあ、やっぱり二人でやろう!」
「ん……っ!」
龍に向かって、二人を乗せた神鳥が飛ぶ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
万物争覇のコンバート 〜回帰後の人生をシステムでやり直す〜
黒城白爵
ファンタジー
異次元から現れたモンスターが地球に侵攻してくるようになって早数十年。
魔力に目覚めた人類である覚醒者とモンスターの戦いによって、人類の生息圏は年々減少していた。
そんな中、瀕死の重体を負い、今にもモンスターに殺されようとしていた外神クロヤは、これまでの人生を悔いていた。
自らが持つ異能の真価を知るのが遅かったこと、異能を積極的に使おうとしなかったこと……そして、一部の高位覚醒者達の横暴を野放しにしてしまったことを。
後悔を胸に秘めたまま、モンスターの攻撃によってクロヤは死んだ。
そのはずだったが、目を覚ますとクロヤは自分が覚醒者となった日に戻ってきていた。
自らの異能が構築した新たな力〈システム〉と共に……。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
この聖水、泥の味がする ~まずいと追放された俺の作るポーションが、実は神々も欲しがる奇跡の霊薬だった件~
夏見ナイ
ファンタジー
「泥水神官」と蔑まれる下級神官ルーク。彼が作る聖水はなぜか茶色く濁り、ひどい泥の味がした。そのせいで無能扱いされ、ある日、無実の罪で神殿から追放されてしまう。
全てを失い流れ着いた辺境の村で、彼は自らの聖水が持つ真の力に気づく。それは浄化ではなく、あらゆる傷や病、呪いすら癒す奇跡の【創生】の力だった!
ルークは小さなポーション屋を開き、まずいけどすごい聖水で村人たちを救っていく。その噂は広まり、呪われた女騎士やエルフの薬師など、訳ありな仲間たちが次々と集結。辺境の村はいつしか「癒しの郷」へと発展していく。
一方、ルークを追放した王都では聖女が謎の病に倒れ……。
落ちこぼれ神官の、痛快な逆転スローライフ、ここに開幕!
自力で帰還した錬金術師の爛れた日常
ちょす氏
ファンタジー
「この先は分からないな」
帰れると言っても、時間まで同じかどうかわからない。
さて。
「とりあえず──妹と家族は救わないと」
あと金持ちになって、ニート三昧だな。
こっちは地球と環境が違いすぎるし。
やりたい事が多いな。
「さ、お別れの時間だ」
これは、異世界で全てを手に入れた男の爛れた日常の物語である。
※物語に出てくる組織、人物など全てフィクションです。
※主人公の癖が若干終わっているのは師匠のせいです。
ゆっくり投稿です。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる