たとえば禁忌からはじまる小さな英雄譚

おくり提灯LED

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第一部・二章

命をかけた一振りに魅せられ、空へ

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 龍だ。龍がいる――!!

 天空の覇者、まさに王者。
 いつか辿り着かんと欲する高み。

 騎士達には悪いが、こここそが誉れ高き死に場所だ。

 絶望に染まる瓦礫の大地に、ただ一人、腹の底からこみあげてくる笑いをこらえて、剣を握る男がいた。
 冒険者クラン“龍へと至る道”のイゴール。
 満足のゆく死に場所を欲して冒険者を続けるなどという、もはや干からびてカビも生えないような古い思想の老害だ。
 妖精ドヴェルグが打った剣が黒の上に青を乗せて光る。

 <剣よ、俺の全てをもってゆけ>

 その刀身がマナを吸う。命の深層に染みわたるマナまでも吸いあげ、更に鈍く輝く。
 どこまでも強欲にマナを欲するのがこの剣だ。だからこそのとっておきだ。
 イゴールは近くのクー・シーを見た。龍は上空。古い言葉で<俺を憧れまで届けてくれ>と告げると、その思いを汲んだのか背に乗せてくれた。

 <ならばその生きざまに敬意を表し>

 クー・シーが駆け出した時、後ろからそんな古い言葉が聞こえた。
 振り返らなくても、剣に届けられたマナで分かる。
 白鉄騎士団の副団長エヴゲーニー・バルクライ・トーリ。伯爵家に生まれた本物の騎士だ。
 今日という日がなければ、決して交わることのない二人。身分も環境も思想も何もかもが違う二人。
 その二人のマナをドヴェルグの打った剣が吸う。
 ふと後ろで、この騎士が笑った気がした。

 上空の龍がそのマナの塊の息吹を放とうとした。
 その時、クー・シーに跨ったイゴールがその眼前に飛びこんだ。

 肉体的にはもうとうにピークを過ぎた年齢。衰えてゆくばかりの体だ。だが、それでもイゴールはたゆまぬ研鑽により身につけてきた技術、そしてこの気力とマナまであわせれば、自身の最高潮は今であると知っている。
 剣を構え、イゴールは高らかに笑う。

「おやっさん!」

 アレクセイがその特攻に気づいて叫んだ。

「憧憬よ、この命捧げにきた――」

 人間が人間である以上、龍になど届くはずもない。
 そんなことは分かっている。
 それでも夢を見続け、そこを死場と定めて龍へと至る道を進んできた男の剣が、今、龍へ向け――。


 だが、届くことはなかった。


 龍へと振りぬこうとした剣は、その手前で厚いマナの層によって阻まれてしまった。
 遠い。龍はそこにいるというのに遥かに遠い。それでもイゴールは微かに笑った。全身の筋肉が隆起する。
 龍の集めるマナと剣に宿るマナとが、ぶつかりあう。

 剣を中心に空間がひび入った。

 息吹のために集められていたマナが拡散してゆく。
 この一撃に命を懸けていたイゴールは、そこで目がかすみはじめた。体から命が抜けてゆくような感覚。
 まだだ。あと一撃だ。今なら届くはずなんだ。
 渇く。どうしようもなく渇く。
 龍への一太刀という渇望。あとほんの少しでそれが叶う。
 だが、体から力が抜ける。

 龍の前足がイゴールに向けて振り上げられた。


 <どこ? どこ? そこ、そこ>

 イゴールを粉砕する龍の一撃が見舞われる直前だった。
 落下する肉体を、ライヤの<かたい手>による精密射撃が捉えた。
 聖山で木々を引き抜いた砲網がイゴールの体を包み、弾き飛ばす。騎士の数人が網から伸びる綱を握り、マナを込めて引き寄せはじめた。

「言っただろう? 誉れ高き死場のためならばお断りだ、と」

 ライヤはそうつぶやいた後、胸の内で、だが――と続けた。

 お見事でした、イゴール殿。
 あの命懸けの剣によって、龍の息吹はひとまず防いだのだ。


 一方、アレクセイの頭上で今やっと空間が歪んだ。
 その歪みに龍が反応し、目が向けられた。でも、今のイゴールの行動に勇気をもらったアレクセイは、龍を一睨みした。
 ライヤが<守人人形まもりてにんぎょう>と名づけたその人形が落下してくる。

 それはこれまでのどの人形よりも、ずっと人間らしかった。ホムンクルスという言葉が頭に浮かぶ。
 小柄な体。真っすぐな目。あどけなさを残した顔。
 まるでアレクセイそのものだ。

 アレクセイという名の由来は“守る者”を意味する。そんな彼がこれまでどんな生き方をしてきたのか。名は体を表し、その血とマナを宿す人形にも受け継がれた。
 <守人人形まもりてにんぎょう>。
 これがライヤの最高傑作だ。

「オグレマゲ、俺の体をライヤさんに届けて」

 アレクセイは人形に手をかけて乗り移った。
 聖山で使ったまわる人形もだいぶなじんだが、これはそんなものではない。完全に自分自身の圧倒的な上位互換だ。
 本体から魂が抜けると、ふっと竿から外れた洗濯物のように、頼りなく崩れ落ちる。それをサーシャが支え、オグレマゲに託した。
 神鳥に乗る。翼が広げられる。

「サーシャ、ちょっと行ってくるね」

 アレクセイが龍へと目を向けた。翼を羽ばたかせると、ふわりと浮いた。
 無謀な戦いへと飛び立つ。

「ん……」
「って、なんでサーシャまで乗ってきてんの」

 飛び立った神鳥の上で、つい緊張感のない声をあげた。
 でも、いいか。二人ならきっとなんとかなる。そんな気がする。
 いや、もしかしたら二人じゃないかもしれない。色々あってライヤに相談をするのを忘れていたが、今思い出した。

「そういえば、サーシャの琥珀に住んでるあのおっさん、本当は切り札とか? あの人なにができるの?」
「うちで留守、番」

 そうだよね。留守番は大切だよね。子供達だけじゃ大変だもんね。

 ……期待しただけバカだったよ!

「じゃあ、やっぱり二人でやろう!」
「ん……っ!」

 龍に向かって、二人を乗せた神鳥が飛ぶ。
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