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第三章 デート編
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普通、彼氏が別の女と仲良さそうに話をしていたら、いきなり修羅場になるとは限らないが、なんだか険悪なムードになってもおかしくはない。
しかしそこはコミュ強の壬生さんである。彼女のコミュ力にかかれば不可能も可能にしてしまうのだろう。
「また会ったね、小倉さん」
「え、あの、うん、久しぶりだね壬生さん!えっと、あの、今日は偶然たつみんに会ったの?」
「いいえ、実はここで会おうって約束してたの」
「ええ、どうして?」
いや、本当どうして?こっちも聞きたいんですけど。
しかしこういう誤解を生みそうな場面において、あえて堂々と言うとかえって胡散臭さが消えるのかもしれない。壬生さんは明らかになにかやらかそうとしているのに、まるで自分は潔白だと言わんばかりの堂々たる態度で小倉さんに話しかける。
これではまるで壬生さんが善で、小倉さんの方が悪みたいじゃないか。
これがコミュ強の力か。
「実はね、私、前々から気になってたの」
「ええ、そうなの?」
「そう、小倉さんのことがね、気になってて」
「え?」
おっと。妙な展開になってきたな。
普段、人の悪意とかあまり慣れていなさそうな雰囲気のある小倉さんだ。基本的に人間はみんな善人だと思って行動しているところさえある。
そんな彼女がこんなよくわらかない思惑が入り乱れる場面に遭遇しているのだ。混乱しても無理はない。まさかこの目の前の美少女が、彼氏の寝取られ性癖を満たすために動いてるだなんて、普通の人間に予想することは困難を極めるだろう。
「え?え?どういうこと?」
「ほら、以前ネカフェで会ったでしょ?あの時から小倉さんのことが気になって。よかったら、お友達になれないかな?」
壬生さんは普段のクールなフェイスとはうってかわって、頬をやや赤く染めて、少し目をうるうるさせながら小倉さんの方を窺う。それではまるで、勇気をふり絞って告白した乙女みたいじゃないか。
まあ、きっと演技なんだろうな。
「え!そうだったの!なーんだ、びっくりしちゃった!」
壬生さんの言葉を真に受けたのか、今までのおろおろとした態度はひそめ、ほっと一安心といわんばかりの笑顔を小倉さんは浮かべた。
「私てっきり、壬生さんがたつみんのこと、好きになっちゃったかと勘違いしちゃったよー」
「あら、それはごめんなさい。志波くんには小倉さんを紹介してもらえるように頼んでみたみただけなの。誤解させて申し訳ないわ」
「ううん、いいんだよ。それにそうだよね、壬生さんには根東くんがいるんだもん。へへ、私こそなんか勘違いしちゃって恥ずかしいよ~」
確かに勘違いといえば勘違いなのだが、壬生さんはおそらく、そういう勘違いが起こるようにわざと行動したはずだ。そもそも壬生さんほどの優秀な頭脳を持つ人が、そこに配慮できないわけがないのだから。
壬生さんはそっと小倉さんの小さな手を握って、「ダメかしら?私、小倉さんと仲良くしたいよ」と不安そうな表情を浮かべる。きっとこれも演技だろう。
「ううん、そんなことないよ!私も壬生さんと仲良くしたいよ!」
「そう?よかった。じゃあ私たち、今からお友達だね!」
「うん!へへ」
そう言って笑う小倉さんは、壬生さんの今の説明をまったく疑う様子がない。彼女は本当に壬生さんと友達になれたと信じているのだろう。
楽しそうに笑う姿を見ると、こちらの心が痛む。ごめんね、小倉さん。すべては僕の性癖のせいだよ。
「じゃあ早速だけど、小倉さん。今日は一緒にWデートしましょう」
と彼女は提案。すると、小倉さんは友達ができて気分が良かったからなのか、特に考える間もなく、
「うん、いいよー」
とあっさり承諾した。もうちょっと疑おうよ、小倉さん。
いや、無理か。
僕は小倉さんという女性を知っている。このふわふわとした雰囲気を持つ女の子は、基本的に善性の塊なのだ。人を疑うことを知らない。一体なぜこんな善良なる心を持つ女の子が志波のような変態の彼女なのだろう。それが最大の謎である。
ちなみに志波が小倉さんを選んだ理由は、おっぱいが大きいからだそうだ。最低な上に変態である。
「壬生さん、これは一体これはどういうこと?」
Wデートが始まり、僕は壬生さんと一緒に手をつないで歩く。志波と小倉さんは僕らの前の歩いているので、できるだけ聞こえないように耳元で囁いた。
「ん…もうそんなに近くで囁かないで。変な気分になったらどうするの?」
壬生さんは実は耳が弱かったりする。以前、耳元でふーふーと息をたくさんかけたら、すごく可愛い反応をしてくれた。
「別に他意はないわ」
とあっさり否定する壬生さん。
「小倉さんと仲良くなりたいと思ってたのは本当。あんなに可愛らしい女の子、仲良くなれて嬉しいわ」
「え?そうなの?」
まあ、本当に仲良くなりたいだけなら、別にいいのかな?いきなり志波と一緒にいるからビックリしたけど、女の子同士仲良くなる分には特にこれといって問題はないか。
「なーんだ、安心したよ」
「志波くんとも仲良くしてみたいかな」
「ええ!」
ちょ、それは聞き捨てならないんですけど?
「うん?友達の彼女と仲良くしたのは、一体誰だったかしら?」
「すんません、それ僕ですね。謝るから許してください」
くっ、しまった。今回に関しては僕に非がある。…いや、僕に非があるのはいつものことか?じゃあいつも通りか。
「安心して、根東くん。私、確かに人をいじめるのが趣味みたいなところあるけど、人を傷つける趣味まではないよ」
「いじめをしても傷つかないって矛盾してないの?」
「根東くんをいじめても傷ついてないじゃない」
「本当だー。そっか、世の中には傷つかないいじめってあるんだね!」
新しい発見だった。世の中には僕が知らないこと、まだまだ沢山あるんだなあ。
「別に二人の仲を壊すつもりもないし、せっかくできた新しい友達を傷つけるつもりもないよ。ただちょっと遊びたいだけ。根東くん、私を信じて。きっとあなたのために、スワッピングを成功させてみせるわ!」
「そうか、壬生さんの意気込みはよくわかったよ。そういうことなら僕、壬生さんのこと信じるよ!」
そうか、壬生さんはちゃんと考えた上で行動しているんだな。少しでも彼女がなにかヤバいことを企んでいるんじゃないのかと疑った自分が恥ずかしい。
「…今さあ、スワッピングって言わなかった?」
「言ってないよ、聞き間違いじゃない?」
「そっか、聞き間違いか。ごめんごめん、ちょっと脳が壊れすぎて幻聴が聞こえたみたいだね」
「根東くん、ここ最近ハードな毎日だったからね。しばらく安静にした方がいいよ」
まったく、僕の体を心配してくれるだなんて、本当に良い彼女だよね、壬生さんって!そういうところ、大好きだよ!
その後、僕たちはWデートを楽しんだ。一緒に買い物をしたり、一緒に食事をしたり、ゲーセンで遊ぶなど、楽しい時間を満喫できた。
「えへへ」
「今日は香澄、機嫌が良いな」
「うん、だって友達ができて嬉しいもん」
「あら、私も小倉さんと仲良くできて嬉しいわ」
さんざん遊んで疲れた僕たちは、公園のベンチで休憩していた。
時刻は午後四時頃。とりあえず遊べそうなところは一通りまわって、次はどこに行こうか考えていたところだ。
「ところで提案なんだけど、お互いの彼氏、交換してみない?」
それは何の前触れもなく、まるでごくごく当たり前のことでも言うような感覚でフランクに壬生さんは爆弾発言した。
「ほう、それは面白いな。ぜひやろう」
数秒の沈黙のうち、最初に食いついたのはなぜか志波だった。お前もしかして、この状況を遊んでる?
「え?え?どういうこと?」
理解が追いついていないのか、小倉さんはてんやわんやしている。そんな彼女に優しく語り掛けるように、壬生さんは言う。
「せっかくWデートをしているのだし、ずっと同じ相手と一緒だとつまらないでしょ?彼氏を交換して一時間くらい遊んでみないって思ったの。志波くんはノリノリみたいだけど、根東くんはどう思う?」
どう思うって、そりゃあ壬生さんが他の男と一緒にデートをするなんて想像するだけで興奮…いや脳が破壊されるような苦しみを味わうに決まってるんだし、嫌に決まっているじゃないか。だからこそ、僕はこんなのダメだと否定したかった。
「うーん、小倉さんが良ければいいけど」
あれれれ?おっかしいなあ。なんで否定しないんだろう?本音では否定したいはずなのに、口が勝手に違うことを言ってしまう。一体どうなっているんだ?
おのずと三人の視線が小倉さんに集まる。
「え、みんなやりたいの?うーん、じゃあいいのかな…」
四人中、すでに三人が賛成にまわっていたということもあってか、小倉さんもその場の空気に流されて同意してしまう。これが同調圧力か。おそろしいぜ。
「っていうか、志波。なんでお前、そんな乗り気なの?お前、そんな寝取られ性癖あったか?」
「根東、俺はな、今まであらゆるエロゲをやってきた」
こいつ、急になんか語りだした。
「純愛から凌辱まで、あらゆるジャンルはマスターしたといっていい。そんな俺が寝取られだけは理解できなかった。今までならそれで良かった。でもな、お前という真正の変態が登場したことで俺のプライドが砕け散ったよ。まさかエロの分野でお前に負ける日が来るだなんて想像すらできなかった」
この男はなぜ、僕のことを変態の中でも特にレベルの高い上級者だと思っているのだろう?謎である。
「悔しかったよ。勉強や運動で負けるのはまだいい。だが自分の好きな分野で負けるのは我慢がならない。俺のエロゲの沽券に関わる問題だ」
その沽券、役に立たないから捨てた方がいいぞ。
「香澄、俺のためにも一度、試してくれないか?」
「たつみん、たまに何言っているのかまったくわからない時あるけど、うん、それがたつみんのためなら良いよ!」
なんでこんな変態にこんな素敵な彼女がいるのだろう。謎である。
「寝取られを理解してお前を上回りたい。そうすることで初めてエロゲマスターの称号を取り戻せるんだ。さあ壬生さん、交換しようじゃないか!」
「…えーと、そうね。とりあえず一時間くらい、お互いに恋人を交換してWデートしましょう」
…あれ?なんだろう?いつの間にか、壬生さんにとって都合がよく、そして僕の寝取られ性癖が満たされる方向に事態が進行していた。
それも全員が納得した状態で。これがコミュ強の力なのか。おそろしいな。
「ねえ壬生さん。寝取られってなに?」
「世の中にはね、自分の恋人が他の人といやらしいことをすると喜ぶ人がいるの。根東くんがその典型ね」
「え!そうなの!根東くんってそういう人だったんだ!」
「世の中は広いのよ。さあ、行きましょう」
こうして恋人同士を交換するWデート後半戦が始まった。
公園を出て再び繁華街に戻る。それだけなら前と同じ。違う点があるとすれば、僕の横には壬生さんではなく小倉さんがいること。
そして壬生さんは現在、僕たちの前で志波と手をつないで歩いていた。楽しそうに会話をしている。傍から見れば恋人同士のようだ。彼女は僕の恋人なのに。
その光景を見ているだけで胃がきりきりと痛む。胸が苦しく、もやもやとした感情に支配される。だというのに、なぜだろう?そのようなネガティブな感情とは別に、ドクドクと心臓が高鳴って興奮し、喜んでいる自分もまた存在する。
「ねえ、根東くん。なんか体調悪そうじゃない?」
「いや、大丈夫だよ小倉さん」
「そう?具合悪くなったらいつでも言ってね」
なんて優しい女の子なのだろう。彼女は現在、僕と一緒に手をつないで歩いている。
壬生さんとは違う女の子の手。その感触は柔らかく、握っていると心が安らぐ。確かに辛い状況ではあるが、小倉さんという癒しのおかげでまだ精神が持ち堪えることができたといっても過言ではない。
「それにしても、本当に良かったの?志波が他の女の子と一緒にいて辛くないの?」
「うーん、どうだろう?」
小倉さんは小首を傾げて考え込む。そういう動作が小動物っぽくて可愛さがある。
「もしもね、たつみんが知らない女の人と手をつないでたら、やっぱり嫌だと思う。でも壬生さんは友達で信用できるから、そこまで嫌ではないよ」
そうか。ようやく小倉さんがそれほど嫉妬せずに状況を受け入れている理由がわかった。
彼女は僕らのことを信頼しているのだ。はじめて友達になった壬生さんのことを信用している。だからこそ、こんな提案を受け入れてくれたのだろう。
くっ、善良すぎる。こんな良い人すぎる女性を騙すなんて、そんな心苦しいマネはとてもできなかった。
壬生さんが何を考えているのか、正直よくわからない。ただ最悪の事態が発生しそうになったら、ちゃんと止めよう。小倉さんの善性を守らないと!そう固く決心した。
…止められるかな?僕、寝取られが発生すると喜んでしまうからなあ。
「ねえ、歩いてばかりだと疲れるし、カラオケに行かない?」
しばらく繁華街を歩いていると、壬生さんの方から提案してきた。
カラオケか。よかった。ラブホに行こうとか言われたらどうしようかと思ったよ。まあカラオケならお互いなにをしているのか監視できるし、最悪なことはしないだろう。
…最悪、か。どうしても先ほどのスワッピングという単語が頭から離れない。
やらないよね?壬生さん、君のことを信じてるからね!
「うん、行く行く!」
小倉さんはまったく心配する素振りもない。
「う、うむ、そうだな。カラオケもたまにはいいか」
一方で志波はなんか動揺しているように見えた。なるほど、これが寝取られに免疫のない男の反応か。
志波はじっと僕の方、より正確に言うなら小倉さんと僕の握りあっている手を見ている。
志波はよほど精神的にまいっているのだろう。カラオケ店に入る時、志波は僕の方に近寄ってきて、
「根東よ、もしも香澄に手を出したら殺す」
と脅迫してきた。そんなに嫌ならやるなよ。お前、自分でやりたいって言ったじゃねえか。小倉さんよりお前の方がよっぽど追い詰められてるぞ。
カラオケルームに入ると、志波と壬生さん、そして僕と小倉さんでそれぞれ別のシートに分かれる。なんだか変な気分だ。彼女ではない女の子が横にいる。どうも落ち着かない。
壬生さんが、志波の隣に座る。それも密着して。そんなに近づいたらさあ、体の感触がわかっちゃうでしょ!
「うーん、なんか熱いね、根東くん」
「え?そうかな?」
確かにクーラーはついてないけど、そこまで暑いとは思わなかった。
いや、違うか。小倉さんは気温のことではなく、体温のことを言っているのかもしれない。
太ももをもじもじと擦り合わせ、僕の腕をぎゅっと握っている彼女は、熱っぽい目で壬生さんのすぐ隣で座る志波を見ている。
「どうしよう?大丈夫だと思ってたんだけど、やっぱりなんかドキドキするよ。大丈夫だよね、根東くん?」
やばい、ここにきて小倉さんの精神になにか妙な変調が訪れている。
「う~、やだな。う~ん」
「大丈夫?落ち着いて。ほらもうすぐ一時間経つから、それで終わりだよ。よかったらお茶飲む?」
「あ、そっか!もうすぐ終わりだね。よかった。うん、飲む!ありがとう」
「そういえばもうそろそろ終了の時間ね。なら最後に、キスしてお別れでもする?」
壬生さん、君はなんてことを!
キスするって、それはあれですよね。僕とするって意味だよね!志波とするって意味ではないよね!
予想外だったのは志波も同様で、眼鏡の奥の瞳がすごい泳いでる。
「話には聞いていたが、壬生さん、君はそこまでする人だったのか。意外だ」
「志波くん、手が震えてるけど、大丈夫?コップの中味、こぼれてるよ?」
志波の手が震えるせいで、その手に持っているコップも盛大に振動。中に入っていたお茶が波打ち、溢れ出ていた。
「え!え!き、キス!え、それは…」
流石にそこまでするとは思っていなかったのか、小倉さんも慌てふためく。
「大丈夫よ。キスって言ってもお遊びの軽いやつだから。じゃあ志波くん、こっち向いて」
壬生さんは両手で志波の顔を掴むと、無理やり自分の方を向ける。
え、マジで?するの?ちょっと待って、それ以上近づくと本当にキスが成立するんですけど!ちょっと待って、やべ、なんか興奮してきた!止めないと、でも大好きな彼女が他の男に穢される姿を見たいような…
「だめええええええええ!キスはダメ!」
強烈な悲鳴とともに壬生さんと志波の間に割って入ったのは、小倉さんだった。
普段のふわふわした態度とは違い、今の小倉さんは必死だった。彼女は志波の顔を掴んで壬生さんから離すと、今度は自分の顔に近づけ、そのまま舐めあうように濃厚なキスを始めた。
「ん!ん!ダメだもん、たつみんは私のだもん!ん!ん!」
まるでこの男は自分の物だといわんばかりの勢いで激しくキスをする。小倉さんって、なかなか情熱的だったんだ。
「あら、ごめんなさい。ちょっとやり過ぎたわね。じゃあ恋人の交換はこれでおしまいにしましょう」
「壬生さん、たつみんとキスしちゃダメだよ」
「ふふ、わかってるわ。ごめんね小倉さん。大丈夫、本当にキスなんてしないわ。私だって彼氏以外の人とキスなんて嫌よ」
「え、本当?本当の本当?」
「本当の本当よ。そもそも小倉さんが止めなくても、自分から止めるつもりだったよ」
「え!そうなの?あ、そうか、演技だったんだ!なんだ、もう本当にやっちゃうかと思って怖かったよ!」
小倉さん、ちょっと涙目になってんじゃん。
「ごめんな、香澄」
今までなすがままにキスされていた志波が、ぎゅっと小倉さんを抱きしめる。
「やっぱり俺にはお前しかいない。ずっと不安だった。もしも根東に取られたどうしようって、怖かったよ」
だからさあ、じゃあやるなよ。お前、自分からやりたいって言ったんだぞ。
「もうバカなんだから。私だってたつみんが取られるのは嫌だよ。ん、ん、もっとちゃんとキスして」
「わかってる。今日はいっぱい、お前のこと愛すからな。覚悟しろよ」
それからしばらく、夢中になってキスする志波と小倉さんを眺めていた。もう完全に二人だけの世界が出来上がっている。
「じゃあ私たちもキスしましょうか?」
いつの間にか僕の隣に座っていた壬生さんが提案する。僕は彼女の顔をじっと見つめる。うっすらと優しそうな微笑を浮かべているが、これはドSモードの壬生さんだ。
なるほど、自分で性格が悪いというだけはあるな。
僕は彼女をそっと抱きしめると、その唇にキスをする。
「嫌いになった?」
「なってないよ。むしろ大好き」
「そう、よかった」
そういうと、壬生さんの方から僕の方にキスをしてきた。最初の方は小鳥が啄むような軽いキスだったのだが、だんだんと勢いが増していき、小倉さん並みに激しく僕の方にキスをしてきた。
「私も…」
「うん?どうかした?」
「ううん、なんでもない」
なにを言おうとしたのだろう?彼女の真意はわからなかったが、壬生さんが僕を抱きしめる腕の力がいつもよりすごく強かったような気がした。
そんな必死にしがみつかれると、僕の血流が止まりそうなのだが、今は好きにさせることにした。
「今日はなんか、すごい一日だったな」
カラオケ店を出て、駅に向かう。流石にこれ以上デートを続行する体力はもうない。全員へとへとに疲れている。
「うん、すごい疲れたけど、でも楽しかったよ!」
先ほどまでちょっと泣きそうだった小倉さんも、今ではにっこり楽しそうな笑みを浮かべている。
「小倉さん、ごめんなさいね。私ちょっとやり過ぎたかもしれないわ」
「ううん、大丈夫だよ。へへ、私こそたつみんといっぱいチューしてるところ見せちゃって、恥ずかしいな」
「ふっ、可愛いな香澄は。大好きだぞ」
「うん、私もたつみんがだーいすき」
なんか前より仲が進展してないか?
「でも今日みたいな刺激が強いのはしばらくいいかな。やっぱり普通がいいよ」
「そうね。小倉さんといるときはそうするわ」
なんか含みのある言い方だな?大丈夫かな?
電車に乗って家路につく。途中、志波と小倉さんと分かれ、僕らは二人っきりになった。
「ねえ、根東くん」
「うん、なに?」
「今日、楽しかった?」
僕は考える。ちょっとヤバい方向に進みかけたが、まあ結果が良ければいいかな。
「うん、楽しかったよ」
「そう?なら、問題なさそうね」
一体なにが問題ないのだろう?もうちょっと突っ込んで彼女の真意を聞くべきだった。かもしれない。
「明日もデートしましょう」
「うん、いいよ」
流石に二日連続で志波と小倉さんを付き合わせることはないよね?そんな不安を感じたが、結果から言えばこの不安はただの杞憂に終わった。
次の日。僕は再び壬生さんとデートをすべく、駅に向かう。すでに壬生さんは待ち合わせ場所にいた。問題があるとすれば、彼女以外にも人がいたことだろう。
「はじめまして。宗像杏っていいます。お会いするのは初めてかしら?」
そこには、一番出会っちゃいけない女性がいた。
女子テニス部のスーパービッチお姉さん、宗像杏さんがやってきた。
しかしそこはコミュ強の壬生さんである。彼女のコミュ力にかかれば不可能も可能にしてしまうのだろう。
「また会ったね、小倉さん」
「え、あの、うん、久しぶりだね壬生さん!えっと、あの、今日は偶然たつみんに会ったの?」
「いいえ、実はここで会おうって約束してたの」
「ええ、どうして?」
いや、本当どうして?こっちも聞きたいんですけど。
しかしこういう誤解を生みそうな場面において、あえて堂々と言うとかえって胡散臭さが消えるのかもしれない。壬生さんは明らかになにかやらかそうとしているのに、まるで自分は潔白だと言わんばかりの堂々たる態度で小倉さんに話しかける。
これではまるで壬生さんが善で、小倉さんの方が悪みたいじゃないか。
これがコミュ強の力か。
「実はね、私、前々から気になってたの」
「ええ、そうなの?」
「そう、小倉さんのことがね、気になってて」
「え?」
おっと。妙な展開になってきたな。
普段、人の悪意とかあまり慣れていなさそうな雰囲気のある小倉さんだ。基本的に人間はみんな善人だと思って行動しているところさえある。
そんな彼女がこんなよくわらかない思惑が入り乱れる場面に遭遇しているのだ。混乱しても無理はない。まさかこの目の前の美少女が、彼氏の寝取られ性癖を満たすために動いてるだなんて、普通の人間に予想することは困難を極めるだろう。
「え?え?どういうこと?」
「ほら、以前ネカフェで会ったでしょ?あの時から小倉さんのことが気になって。よかったら、お友達になれないかな?」
壬生さんは普段のクールなフェイスとはうってかわって、頬をやや赤く染めて、少し目をうるうるさせながら小倉さんの方を窺う。それではまるで、勇気をふり絞って告白した乙女みたいじゃないか。
まあ、きっと演技なんだろうな。
「え!そうだったの!なーんだ、びっくりしちゃった!」
壬生さんの言葉を真に受けたのか、今までのおろおろとした態度はひそめ、ほっと一安心といわんばかりの笑顔を小倉さんは浮かべた。
「私てっきり、壬生さんがたつみんのこと、好きになっちゃったかと勘違いしちゃったよー」
「あら、それはごめんなさい。志波くんには小倉さんを紹介してもらえるように頼んでみたみただけなの。誤解させて申し訳ないわ」
「ううん、いいんだよ。それにそうだよね、壬生さんには根東くんがいるんだもん。へへ、私こそなんか勘違いしちゃって恥ずかしいよ~」
確かに勘違いといえば勘違いなのだが、壬生さんはおそらく、そういう勘違いが起こるようにわざと行動したはずだ。そもそも壬生さんほどの優秀な頭脳を持つ人が、そこに配慮できないわけがないのだから。
壬生さんはそっと小倉さんの小さな手を握って、「ダメかしら?私、小倉さんと仲良くしたいよ」と不安そうな表情を浮かべる。きっとこれも演技だろう。
「ううん、そんなことないよ!私も壬生さんと仲良くしたいよ!」
「そう?よかった。じゃあ私たち、今からお友達だね!」
「うん!へへ」
そう言って笑う小倉さんは、壬生さんの今の説明をまったく疑う様子がない。彼女は本当に壬生さんと友達になれたと信じているのだろう。
楽しそうに笑う姿を見ると、こちらの心が痛む。ごめんね、小倉さん。すべては僕の性癖のせいだよ。
「じゃあ早速だけど、小倉さん。今日は一緒にWデートしましょう」
と彼女は提案。すると、小倉さんは友達ができて気分が良かったからなのか、特に考える間もなく、
「うん、いいよー」
とあっさり承諾した。もうちょっと疑おうよ、小倉さん。
いや、無理か。
僕は小倉さんという女性を知っている。このふわふわとした雰囲気を持つ女の子は、基本的に善性の塊なのだ。人を疑うことを知らない。一体なぜこんな善良なる心を持つ女の子が志波のような変態の彼女なのだろう。それが最大の謎である。
ちなみに志波が小倉さんを選んだ理由は、おっぱいが大きいからだそうだ。最低な上に変態である。
「壬生さん、これは一体これはどういうこと?」
Wデートが始まり、僕は壬生さんと一緒に手をつないで歩く。志波と小倉さんは僕らの前の歩いているので、できるだけ聞こえないように耳元で囁いた。
「ん…もうそんなに近くで囁かないで。変な気分になったらどうするの?」
壬生さんは実は耳が弱かったりする。以前、耳元でふーふーと息をたくさんかけたら、すごく可愛い反応をしてくれた。
「別に他意はないわ」
とあっさり否定する壬生さん。
「小倉さんと仲良くなりたいと思ってたのは本当。あんなに可愛らしい女の子、仲良くなれて嬉しいわ」
「え?そうなの?」
まあ、本当に仲良くなりたいだけなら、別にいいのかな?いきなり志波と一緒にいるからビックリしたけど、女の子同士仲良くなる分には特にこれといって問題はないか。
「なーんだ、安心したよ」
「志波くんとも仲良くしてみたいかな」
「ええ!」
ちょ、それは聞き捨てならないんですけど?
「うん?友達の彼女と仲良くしたのは、一体誰だったかしら?」
「すんません、それ僕ですね。謝るから許してください」
くっ、しまった。今回に関しては僕に非がある。…いや、僕に非があるのはいつものことか?じゃあいつも通りか。
「安心して、根東くん。私、確かに人をいじめるのが趣味みたいなところあるけど、人を傷つける趣味まではないよ」
「いじめをしても傷つかないって矛盾してないの?」
「根東くんをいじめても傷ついてないじゃない」
「本当だー。そっか、世の中には傷つかないいじめってあるんだね!」
新しい発見だった。世の中には僕が知らないこと、まだまだ沢山あるんだなあ。
「別に二人の仲を壊すつもりもないし、せっかくできた新しい友達を傷つけるつもりもないよ。ただちょっと遊びたいだけ。根東くん、私を信じて。きっとあなたのために、スワッピングを成功させてみせるわ!」
「そうか、壬生さんの意気込みはよくわかったよ。そういうことなら僕、壬生さんのこと信じるよ!」
そうか、壬生さんはちゃんと考えた上で行動しているんだな。少しでも彼女がなにかヤバいことを企んでいるんじゃないのかと疑った自分が恥ずかしい。
「…今さあ、スワッピングって言わなかった?」
「言ってないよ、聞き間違いじゃない?」
「そっか、聞き間違いか。ごめんごめん、ちょっと脳が壊れすぎて幻聴が聞こえたみたいだね」
「根東くん、ここ最近ハードな毎日だったからね。しばらく安静にした方がいいよ」
まったく、僕の体を心配してくれるだなんて、本当に良い彼女だよね、壬生さんって!そういうところ、大好きだよ!
その後、僕たちはWデートを楽しんだ。一緒に買い物をしたり、一緒に食事をしたり、ゲーセンで遊ぶなど、楽しい時間を満喫できた。
「えへへ」
「今日は香澄、機嫌が良いな」
「うん、だって友達ができて嬉しいもん」
「あら、私も小倉さんと仲良くできて嬉しいわ」
さんざん遊んで疲れた僕たちは、公園のベンチで休憩していた。
時刻は午後四時頃。とりあえず遊べそうなところは一通りまわって、次はどこに行こうか考えていたところだ。
「ところで提案なんだけど、お互いの彼氏、交換してみない?」
それは何の前触れもなく、まるでごくごく当たり前のことでも言うような感覚でフランクに壬生さんは爆弾発言した。
「ほう、それは面白いな。ぜひやろう」
数秒の沈黙のうち、最初に食いついたのはなぜか志波だった。お前もしかして、この状況を遊んでる?
「え?え?どういうこと?」
理解が追いついていないのか、小倉さんはてんやわんやしている。そんな彼女に優しく語り掛けるように、壬生さんは言う。
「せっかくWデートをしているのだし、ずっと同じ相手と一緒だとつまらないでしょ?彼氏を交換して一時間くらい遊んでみないって思ったの。志波くんはノリノリみたいだけど、根東くんはどう思う?」
どう思うって、そりゃあ壬生さんが他の男と一緒にデートをするなんて想像するだけで興奮…いや脳が破壊されるような苦しみを味わうに決まってるんだし、嫌に決まっているじゃないか。だからこそ、僕はこんなのダメだと否定したかった。
「うーん、小倉さんが良ければいいけど」
あれれれ?おっかしいなあ。なんで否定しないんだろう?本音では否定したいはずなのに、口が勝手に違うことを言ってしまう。一体どうなっているんだ?
おのずと三人の視線が小倉さんに集まる。
「え、みんなやりたいの?うーん、じゃあいいのかな…」
四人中、すでに三人が賛成にまわっていたということもあってか、小倉さんもその場の空気に流されて同意してしまう。これが同調圧力か。おそろしいぜ。
「っていうか、志波。なんでお前、そんな乗り気なの?お前、そんな寝取られ性癖あったか?」
「根東、俺はな、今まであらゆるエロゲをやってきた」
こいつ、急になんか語りだした。
「純愛から凌辱まで、あらゆるジャンルはマスターしたといっていい。そんな俺が寝取られだけは理解できなかった。今までならそれで良かった。でもな、お前という真正の変態が登場したことで俺のプライドが砕け散ったよ。まさかエロの分野でお前に負ける日が来るだなんて想像すらできなかった」
この男はなぜ、僕のことを変態の中でも特にレベルの高い上級者だと思っているのだろう?謎である。
「悔しかったよ。勉強や運動で負けるのはまだいい。だが自分の好きな分野で負けるのは我慢がならない。俺のエロゲの沽券に関わる問題だ」
その沽券、役に立たないから捨てた方がいいぞ。
「香澄、俺のためにも一度、試してくれないか?」
「たつみん、たまに何言っているのかまったくわからない時あるけど、うん、それがたつみんのためなら良いよ!」
なんでこんな変態にこんな素敵な彼女がいるのだろう。謎である。
「寝取られを理解してお前を上回りたい。そうすることで初めてエロゲマスターの称号を取り戻せるんだ。さあ壬生さん、交換しようじゃないか!」
「…えーと、そうね。とりあえず一時間くらい、お互いに恋人を交換してWデートしましょう」
…あれ?なんだろう?いつの間にか、壬生さんにとって都合がよく、そして僕の寝取られ性癖が満たされる方向に事態が進行していた。
それも全員が納得した状態で。これがコミュ強の力なのか。おそろしいな。
「ねえ壬生さん。寝取られってなに?」
「世の中にはね、自分の恋人が他の人といやらしいことをすると喜ぶ人がいるの。根東くんがその典型ね」
「え!そうなの!根東くんってそういう人だったんだ!」
「世の中は広いのよ。さあ、行きましょう」
こうして恋人同士を交換するWデート後半戦が始まった。
公園を出て再び繁華街に戻る。それだけなら前と同じ。違う点があるとすれば、僕の横には壬生さんではなく小倉さんがいること。
そして壬生さんは現在、僕たちの前で志波と手をつないで歩いていた。楽しそうに会話をしている。傍から見れば恋人同士のようだ。彼女は僕の恋人なのに。
その光景を見ているだけで胃がきりきりと痛む。胸が苦しく、もやもやとした感情に支配される。だというのに、なぜだろう?そのようなネガティブな感情とは別に、ドクドクと心臓が高鳴って興奮し、喜んでいる自分もまた存在する。
「ねえ、根東くん。なんか体調悪そうじゃない?」
「いや、大丈夫だよ小倉さん」
「そう?具合悪くなったらいつでも言ってね」
なんて優しい女の子なのだろう。彼女は現在、僕と一緒に手をつないで歩いている。
壬生さんとは違う女の子の手。その感触は柔らかく、握っていると心が安らぐ。確かに辛い状況ではあるが、小倉さんという癒しのおかげでまだ精神が持ち堪えることができたといっても過言ではない。
「それにしても、本当に良かったの?志波が他の女の子と一緒にいて辛くないの?」
「うーん、どうだろう?」
小倉さんは小首を傾げて考え込む。そういう動作が小動物っぽくて可愛さがある。
「もしもね、たつみんが知らない女の人と手をつないでたら、やっぱり嫌だと思う。でも壬生さんは友達で信用できるから、そこまで嫌ではないよ」
そうか。ようやく小倉さんがそれほど嫉妬せずに状況を受け入れている理由がわかった。
彼女は僕らのことを信頼しているのだ。はじめて友達になった壬生さんのことを信用している。だからこそ、こんな提案を受け入れてくれたのだろう。
くっ、善良すぎる。こんな良い人すぎる女性を騙すなんて、そんな心苦しいマネはとてもできなかった。
壬生さんが何を考えているのか、正直よくわからない。ただ最悪の事態が発生しそうになったら、ちゃんと止めよう。小倉さんの善性を守らないと!そう固く決心した。
…止められるかな?僕、寝取られが発生すると喜んでしまうからなあ。
「ねえ、歩いてばかりだと疲れるし、カラオケに行かない?」
しばらく繁華街を歩いていると、壬生さんの方から提案してきた。
カラオケか。よかった。ラブホに行こうとか言われたらどうしようかと思ったよ。まあカラオケならお互いなにをしているのか監視できるし、最悪なことはしないだろう。
…最悪、か。どうしても先ほどのスワッピングという単語が頭から離れない。
やらないよね?壬生さん、君のことを信じてるからね!
「うん、行く行く!」
小倉さんはまったく心配する素振りもない。
「う、うむ、そうだな。カラオケもたまにはいいか」
一方で志波はなんか動揺しているように見えた。なるほど、これが寝取られに免疫のない男の反応か。
志波はじっと僕の方、より正確に言うなら小倉さんと僕の握りあっている手を見ている。
志波はよほど精神的にまいっているのだろう。カラオケ店に入る時、志波は僕の方に近寄ってきて、
「根東よ、もしも香澄に手を出したら殺す」
と脅迫してきた。そんなに嫌ならやるなよ。お前、自分でやりたいって言ったじゃねえか。小倉さんよりお前の方がよっぽど追い詰められてるぞ。
カラオケルームに入ると、志波と壬生さん、そして僕と小倉さんでそれぞれ別のシートに分かれる。なんだか変な気分だ。彼女ではない女の子が横にいる。どうも落ち着かない。
壬生さんが、志波の隣に座る。それも密着して。そんなに近づいたらさあ、体の感触がわかっちゃうでしょ!
「うーん、なんか熱いね、根東くん」
「え?そうかな?」
確かにクーラーはついてないけど、そこまで暑いとは思わなかった。
いや、違うか。小倉さんは気温のことではなく、体温のことを言っているのかもしれない。
太ももをもじもじと擦り合わせ、僕の腕をぎゅっと握っている彼女は、熱っぽい目で壬生さんのすぐ隣で座る志波を見ている。
「どうしよう?大丈夫だと思ってたんだけど、やっぱりなんかドキドキするよ。大丈夫だよね、根東くん?」
やばい、ここにきて小倉さんの精神になにか妙な変調が訪れている。
「う~、やだな。う~ん」
「大丈夫?落ち着いて。ほらもうすぐ一時間経つから、それで終わりだよ。よかったらお茶飲む?」
「あ、そっか!もうすぐ終わりだね。よかった。うん、飲む!ありがとう」
「そういえばもうそろそろ終了の時間ね。なら最後に、キスしてお別れでもする?」
壬生さん、君はなんてことを!
キスするって、それはあれですよね。僕とするって意味だよね!志波とするって意味ではないよね!
予想外だったのは志波も同様で、眼鏡の奥の瞳がすごい泳いでる。
「話には聞いていたが、壬生さん、君はそこまでする人だったのか。意外だ」
「志波くん、手が震えてるけど、大丈夫?コップの中味、こぼれてるよ?」
志波の手が震えるせいで、その手に持っているコップも盛大に振動。中に入っていたお茶が波打ち、溢れ出ていた。
「え!え!き、キス!え、それは…」
流石にそこまでするとは思っていなかったのか、小倉さんも慌てふためく。
「大丈夫よ。キスって言ってもお遊びの軽いやつだから。じゃあ志波くん、こっち向いて」
壬生さんは両手で志波の顔を掴むと、無理やり自分の方を向ける。
え、マジで?するの?ちょっと待って、それ以上近づくと本当にキスが成立するんですけど!ちょっと待って、やべ、なんか興奮してきた!止めないと、でも大好きな彼女が他の男に穢される姿を見たいような…
「だめええええええええ!キスはダメ!」
強烈な悲鳴とともに壬生さんと志波の間に割って入ったのは、小倉さんだった。
普段のふわふわした態度とは違い、今の小倉さんは必死だった。彼女は志波の顔を掴んで壬生さんから離すと、今度は自分の顔に近づけ、そのまま舐めあうように濃厚なキスを始めた。
「ん!ん!ダメだもん、たつみんは私のだもん!ん!ん!」
まるでこの男は自分の物だといわんばかりの勢いで激しくキスをする。小倉さんって、なかなか情熱的だったんだ。
「あら、ごめんなさい。ちょっとやり過ぎたわね。じゃあ恋人の交換はこれでおしまいにしましょう」
「壬生さん、たつみんとキスしちゃダメだよ」
「ふふ、わかってるわ。ごめんね小倉さん。大丈夫、本当にキスなんてしないわ。私だって彼氏以外の人とキスなんて嫌よ」
「え、本当?本当の本当?」
「本当の本当よ。そもそも小倉さんが止めなくても、自分から止めるつもりだったよ」
「え!そうなの?あ、そうか、演技だったんだ!なんだ、もう本当にやっちゃうかと思って怖かったよ!」
小倉さん、ちょっと涙目になってんじゃん。
「ごめんな、香澄」
今までなすがままにキスされていた志波が、ぎゅっと小倉さんを抱きしめる。
「やっぱり俺にはお前しかいない。ずっと不安だった。もしも根東に取られたどうしようって、怖かったよ」
だからさあ、じゃあやるなよ。お前、自分からやりたいって言ったんだぞ。
「もうバカなんだから。私だってたつみんが取られるのは嫌だよ。ん、ん、もっとちゃんとキスして」
「わかってる。今日はいっぱい、お前のこと愛すからな。覚悟しろよ」
それからしばらく、夢中になってキスする志波と小倉さんを眺めていた。もう完全に二人だけの世界が出来上がっている。
「じゃあ私たちもキスしましょうか?」
いつの間にか僕の隣に座っていた壬生さんが提案する。僕は彼女の顔をじっと見つめる。うっすらと優しそうな微笑を浮かべているが、これはドSモードの壬生さんだ。
なるほど、自分で性格が悪いというだけはあるな。
僕は彼女をそっと抱きしめると、その唇にキスをする。
「嫌いになった?」
「なってないよ。むしろ大好き」
「そう、よかった」
そういうと、壬生さんの方から僕の方にキスをしてきた。最初の方は小鳥が啄むような軽いキスだったのだが、だんだんと勢いが増していき、小倉さん並みに激しく僕の方にキスをしてきた。
「私も…」
「うん?どうかした?」
「ううん、なんでもない」
なにを言おうとしたのだろう?彼女の真意はわからなかったが、壬生さんが僕を抱きしめる腕の力がいつもよりすごく強かったような気がした。
そんな必死にしがみつかれると、僕の血流が止まりそうなのだが、今は好きにさせることにした。
「今日はなんか、すごい一日だったな」
カラオケ店を出て、駅に向かう。流石にこれ以上デートを続行する体力はもうない。全員へとへとに疲れている。
「うん、すごい疲れたけど、でも楽しかったよ!」
先ほどまでちょっと泣きそうだった小倉さんも、今ではにっこり楽しそうな笑みを浮かべている。
「小倉さん、ごめんなさいね。私ちょっとやり過ぎたかもしれないわ」
「ううん、大丈夫だよ。へへ、私こそたつみんといっぱいチューしてるところ見せちゃって、恥ずかしいな」
「ふっ、可愛いな香澄は。大好きだぞ」
「うん、私もたつみんがだーいすき」
なんか前より仲が進展してないか?
「でも今日みたいな刺激が強いのはしばらくいいかな。やっぱり普通がいいよ」
「そうね。小倉さんといるときはそうするわ」
なんか含みのある言い方だな?大丈夫かな?
電車に乗って家路につく。途中、志波と小倉さんと分かれ、僕らは二人っきりになった。
「ねえ、根東くん」
「うん、なに?」
「今日、楽しかった?」
僕は考える。ちょっとヤバい方向に進みかけたが、まあ結果が良ければいいかな。
「うん、楽しかったよ」
「そう?なら、問題なさそうね」
一体なにが問題ないのだろう?もうちょっと突っ込んで彼女の真意を聞くべきだった。かもしれない。
「明日もデートしましょう」
「うん、いいよ」
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