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第四章 狂騒編
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壬生さんの突然の提案に僕の頭が真っ白になる。
え?寝取る?誰が誰を?え、え?僕が百崎さんを?一体なぜに?どんな理由があって?しかも競争ってことは、僕が百崎さんを寝取れないと、壬生さんが百崎さんの彼氏を寝取るってこと?それってつまり、エッチするって意味ですか?
なにそれ?そんなパン食い競争みたいな軽いノリで寝取られを競技化してほしくないんですけど!
どうしよう?止めた方がいいかな?でもなぜだろう?僕の中で期待と興奮がむくむくと膨れ上がっている。え、嘘?僕、やりたがってんの?僕の性癖はついにここまできたのか?
とりあえず、こんな寒い雨の中では落ち着いて話もできやしない。僕は壬生さんに、「えっと、あの、とりえあず、場所変えようか」と提案した。
「そうね。どこで話す?」
「うーん…駅の中に入ろう」
僕たちは駅に入り、改札口を抜けてホームに向かう。ちょうど電車が行ったばかりだったのか、ホームには乗客がほとんどいなかった。
まあ人前で話す内容ではないし、ちょうどいいか。
「壬生さん、ここに座ろう」
「うん、いいよ」
駅のホームにあるイスに隣り合って座る僕たち。ホームといっても屋外なので肌寒さはあるが、まあ屋根がある分、外よりマシだろう。
「ふぅ、寒いね」
「…えっと、じゃあ、手を握ろうか?」
「うん?うーん、えい!こうした方がもっと暖かいよ」
壬生さんは僕の方に近づいて、そっと手を僕の背中にあてて密着してくる。彼女からほんのり暖かい体温が伝わってきて、僕も自然と彼女にならってその背中に手をあてる。
「根東くん、一緒にいると暖かいね」
「う、うん」
すぐ傍にいる彼女は僕の方を上目遣いで見ると、ほんのり微笑んでくれる。天使かな?
なんて可愛い彼女なのだろう。こんなキュートで最高な彼女がよりにもよってこれから寝取られの相談をするだなんて、一体この世界はどうなっているんだ?世界って残酷だよね。
「そ、それでさっきの話なんだけど…」
「根東くん、瑞樹を寝取ってよ。代わりに私も瑞樹の彼氏を寝取るから」
あ、やっぱりマジだったんだ。っていうか、そんなことして良いんですか?それは法律とかに違反しませんかね?
「それって、やって良い奴なの?法的に問題にならない?」
「うん?まだ結婚してないカップルなら大丈夫でしょ」
あー、なるほどねー。法律上の配偶者でなければ恋人の略奪は法的にはセーフなんだ。はじめて知ったわ。
「いやいや、でもさ、ほら、倫理的に問題にならない?だって瑞樹さんって友達でしょ?友達を裏切って彼氏を奪うって、友情に亀裂入らない?」
「大丈夫だよ。だって瑞樹の彼氏、杏と浮気したことあるし」
ああ、宗像さん。君はなにをやってんですか。
っていうか、どんどん外堀が埋まるんですけど。こんなスムーズに寝取られを正当化されることってある?
「ちなみに、そのことは百崎さんはすでにご存知で?」
「うん、知ってるよ。だって瑞樹の彼氏、もう五人ぐらいやってるんじゃない?」
うわー、すっげえやってる。そんなほいほい浮気してる男を百崎さんはなんで許してるの?怒った方がよくない?だって他の男と浮気してるんだよ!そんなの恋人に対する重大な裏切りじゃないか!…うん?なんか違和感あるな。
僕は壬生さんをじっと見つめる。
「うん?どうかした?」
彼女はなんの罪悪感もなさそうな、ピュアでまっすぐな瞳で僕を見つめる。綺麗な瞳だね。
…うん。僕も他人のこと言えないか。
そうだよね。百崎さんの気持ち、わかるな。好きになったら恋人がなにをしても許しちゃうよね。たとえそれが裏切り行為だったとしても。
…いやいやいやいや、裏切ってねえし!壬生さんは裏切ってねえよ!ちょっと他の男子と遊んだり、エッチな鑑賞会をしたり、たまに虚偽の報告を交えて僕を混乱させてるだけだから!壬生さんは大事な一線は守ってるから!そうだよね!壬生さん!僕は君のこと、信じてるよ!
「壬生さん、僕は壬生さんのこと、し、ししし、信じてるから…」
「ありがとう。なんで声、震えてるの?」
「いやいや、大丈夫だよ、ちょっと脳が異常をきたしただけだから。でも大丈夫。いつものことだから」
「根東くん、それは重症じゃないのかしら?」
壬生さんは僕の方を心配そうに見る。「ちゃんと休まないとダメだよ」と優し気にいたわる彼女の姿に僕は癒された。
やっぱり壬生さんは最高の彼女だ。こんな素晴らしい彼女、他にはいないよね!あれ、僕はなにを考えてたんだっけ?ああ、思い出した。壬生さんは僕の理想の恋人だって話だったな。
「それにしても、百崎さんの彼氏はずいぶん浮気症なんだね。そんなに浮気したいなら別れた方が良くない?」
「無理だよ。だって瑞樹、エッチが好きだもん」
へえ、そうなんだ。百崎さんはあの男っぽい言動からてっきりそういうことは興味がないのかと思っていたが、ぜんぜんそうでもないみたいだな。
もっとスポーティーな女の子かと思ってたけど、そうでもないんだね。
「知ってる、根東くん」
壬生さんがぎゅっと僕の体を抱きしめ、耳元に語り掛ける。
「瑞樹の体って、すごーく、エッチなんだよ」
なんですと!…ハッ!僕は壬生さんという素敵な恋人がいるにも関わらず、なにを妄想してるだ!淫らな妄想は振り払わないと!
しかしそんな僕の懸念を嘲笑って蹴り飛ばすようにドSの壬生さんは続ける。
「瑞樹ってね、中学までは本当に男の子みたいな体してたの。でもね、高校に進学した途端に急に女の子っぽくなってね。本人は気づいてないみたいだけど、狙ってる男の子って多いみたいだよ」
うん、でしょうね。そんな気はしてたよ。
僕は百崎さんのことを思い起こす。確かに男っぽい言動をする女子ではあるのだが、スポーツをやっているせいか無駄な脂肪がない一方で、胸は意外とあるのだ。出るところはしっかり出しつつ、一方で体を鍛えて絞っているせいか体全体はスレンダーで、そのせいで余計に胸が目立つ。まさに男が好きそうな健康的な体をしていた。
あれはモテるわ。間違いないね。
「それに顔は美人でしょ。でも本人はずっと男みたいに育ってたから、そういうことに疎いの。なにより彼氏がいるせいで、自分がモテるってことに気づいてないんだろうね」
――だからね、怖がってるのと壬生さんは続ける。
「本当はいくらでも男なんて選べるのに、自分はモテないって思ってるから、もしもこの彼氏と別れたら一人になっちゃうって怯えてる。だからね、彼氏がどんなにクズでも別れられないの。ひどい話だって思わない?」
それは、うーん、酷い話かもしれないね。まあ贅沢な悩みともいうかもしれないが。ただ本人からすればやはり深刻な悩みなのだろう。
というか、今の話を聞く限り、もしかして壬生さんって、百崎さんのこと心配してるのかな?
なんか、あれだな。壬生さんってもしかして、友達想いなのかな?やり方はえげつないけど。
「う、うん。だいたい状況は把握したけど、でもさ、僕がそれで百崎さんを寝取ったらさ、壬生さんも他の男とエッチしちゃうんじゃないの?」
「うん、そうだね。そういう約束だもんね」
じゃあダメじゃん。確かに僕は壬生さんが他の男とエッチする姿に喜びを見出す変態かもしれないけど、本当に見たいわけではないんだよ!そんなことしたら泣いて喜んじゃうんだよ!…いや違う、泣いて苦しむって言いたいのだ。よ、喜ばねーし。喜ぶわけないじゃん。
「でもね、もう瑞樹を苦しませたくないの。私としては一刻も早くクズ男を処分したいんだよね。だからはやく寝取って瑞樹を解放させたいんだ。根東くんも私が他の男とエッチした方が喜ぶわけだし、みんなが得するウィンウィンな戦略だと思わない?」
え、嘘でしょ?僕の大好きな恋人が寝取られてるのに誰も損してない?そんな素晴らしい戦略がこの世に存在するだなんて思ってもみなかったよ!
ていうか、本当にまずい。予想以上に壬生さんがやる気満々だ。いや、壬生さんはいつもやる気満々か。なーんだ、じゃあこれいつものことだね!
ここまで友達想いだと、逆にもう止められないのでは?こうなったらやるしかないのか?他に方法はないのか?
僕は考える。そうだ!
「で、でもさ、もしかしたらその彼氏、更生するかもしれないよ。もう浮気は二度としない、今後は百崎さんを一生大事にするって誓うかもしれないよ?それなのにそんな強引な方法で破局させていいのかな?」
「うーん、なら期限を決めようか」
壬生さんは眉根を寄せて、ちょっと考えてから提案する。
「六月中にクズ男が更生したら寝取られ失敗ってみなすね。この場合は競争そのものが破綻ってことで、競争はなしで」
「あの、ちなみになんですけど、その彼氏が百崎さんと別れる可能性ってどのくらいなの?」
「うーん?限りなくゼロじゃない?だって瑞樹の体ってすごくエッチだし、手放さないでしょ。瑞樹もなんだかんだ彼氏とエッチしてる時はすごく嬉しそうだし。普段はあれだけど、エッチしてる時だけは本当にラブラブだよ」
へえ、そうなんだ。滅べばいいのにね。そんな彼氏。
壬生さんの話を聞いて、言いたいことはなんとなくわかった。要するに壬生さんは友達を助けたいだけなのだろう。
その一点については、僕も理解できるし、惜しみなく協力はしたい。問題はやり方だ。
この方法を採用したら最悪、壬生さんが他の男とエッチしてしまう。そんなの最高に興奮するじゃないか…じゃなくて最悪の光景じゃないか。
しかも僕が寝取りに成功しても、結局壬生さん他の男と性交しちゃうし。それはそれで最高に興奮するじゃないか…じゃなくて最悪の光景になるじゃないか。
くっそー、どうしたらいいんだ。どちらに転んでも僕が喜ぶ…じゃなくて僕が損をするじゃないか!なんとかしてこの提案は避けたい。やはりここは彼氏として、そんなのダメだよってビシッと壬生さんを叱るべきだよね!よーし、壬生さんを叱ろう!
「わかったよ、やるよ」
あれれれれー?おっかしいなあ。なーんで僕が考えてることと言ってることが真逆なんだろう?僕の口が僕の意思に従ってくれないんだけど!
「よかった、根東くんならそう言ってくれるって信じてたよ!やっぱり根東くんは最高の彼氏だね!」
すごい喜んでる。それはそうだろう。どこの世界にこんなとち狂った提案を受け入れる彼氏がいるのだろう?絶対、僕しかいないよ。その点についてだけは断言できるわ。
はあ、しょうがない。ここまできたら受け入れるしかないだろう。
ずいぶん話し込んでしまった。いまだ雨が降っていて駅のホームは肌寒い。しかし壬生さんがすぐ隣にいるのでほんのり暖かくもある。
この彼女が他の男に抱かれるかもしれない。そう思うと急に僕の体温が下がった気がした。
…嫌だな。なのに興奮する。どうかしてるよ、ほんと。
「一つだけ条件がある」
僕は壬生さんに提案する。壬生さんは怪訝そうな表情をする。
「うん?なにかな?」
表情は変わらないが、壬生さんの声がちょっとだけ硬くなったような気がした。うん?もしかして警戒させちゃったかな?そういうつもりはなかったんだけど。
「壬生さん、ここで僕とキスして欲しい。それが条件」
「!…ふふ、根東くんはこんな人に見られるかもしれない場所でしたいの?」
「うん。壬生さんは僕の彼女だって周りに見せつけたい気分だから」
「ふふ、ふふふ、アハ💓」
壬生さんの表情がちょっと蕩けたような気がした。彼女は魔女みたいな貌で笑い、体を震わせ、僕を見る。
「いいよ。私が根東くんのものだって、ちゃんと教えてあげるね」
壬生さんはすっと僕の方に唇を寄せてキスしてきた。彼女の柔らかい唇の感触が甘く、僕の体温が急速に上昇していく。
まだ電車が来る時間ではない。だからだろう、駅のホームに人はほとんどいない。といってもまったくいないわけではないし、ホームの外にだって人はいる。駅の外にいる人間がたまたまこちらを見ていたら気づいたかもしれない。
でもいいのだ。僕は人目なんて気にせず、もう一度壬生さんにキスをして、彼女をそっと抱きしめる。
「これで契約完了だから」
「うん、がんばって瑞樹を寝取ってみてね。六月が終わるまでに寝取れなかったら、私が彼氏を寝取っちゃうね」
僕は壬生さんが好きだ。彼女が寝取られたらきっと興奮もする。
でも、本当にやるのは違う。それはライン越えだよ。
なんとか誰も寝取られずに事を終える方法を探さないと。でもどうやって?
寝取られも寝取りもない、そんな第三の選択があればいいのに。…なんで僕の人生には寝取りとか寝取られなんていう、普通の人生では滅多に発生しない選択肢がまるで主要な選択肢のように転がっているのだろう?なんかおかしいよな。
壬生さんは僕が百崎さんを寝取ることを期待しているのかもしれない。でも僕はそれ以外の方法を模索していた。
とりあえず、明日は百崎さんに会ってみよう。
そして次の日。放課後の女子テニス部のコートの外で僕は百崎さんと出会った。
彼女は僕の方を見ると足をもじもじさせ、じゃっかん頬を赤く染めながら、どこか落ち着きのない態度で言う。
「なあ、司。その、駅のあんな見える場所で堂々と来沙羅とキスしない方がいいと思うぞ」
百崎さんは僕に注意をしてきた。どうやら見られたようだ。
人目を気にしない。そう誓ったはずなのに、いざキスの現場を知り合いに見られるとなるとかなり恥ずかしかった。
え?寝取る?誰が誰を?え、え?僕が百崎さんを?一体なぜに?どんな理由があって?しかも競争ってことは、僕が百崎さんを寝取れないと、壬生さんが百崎さんの彼氏を寝取るってこと?それってつまり、エッチするって意味ですか?
なにそれ?そんなパン食い競争みたいな軽いノリで寝取られを競技化してほしくないんですけど!
どうしよう?止めた方がいいかな?でもなぜだろう?僕の中で期待と興奮がむくむくと膨れ上がっている。え、嘘?僕、やりたがってんの?僕の性癖はついにここまできたのか?
とりあえず、こんな寒い雨の中では落ち着いて話もできやしない。僕は壬生さんに、「えっと、あの、とりえあず、場所変えようか」と提案した。
「そうね。どこで話す?」
「うーん…駅の中に入ろう」
僕たちは駅に入り、改札口を抜けてホームに向かう。ちょうど電車が行ったばかりだったのか、ホームには乗客がほとんどいなかった。
まあ人前で話す内容ではないし、ちょうどいいか。
「壬生さん、ここに座ろう」
「うん、いいよ」
駅のホームにあるイスに隣り合って座る僕たち。ホームといっても屋外なので肌寒さはあるが、まあ屋根がある分、外よりマシだろう。
「ふぅ、寒いね」
「…えっと、じゃあ、手を握ろうか?」
「うん?うーん、えい!こうした方がもっと暖かいよ」
壬生さんは僕の方に近づいて、そっと手を僕の背中にあてて密着してくる。彼女からほんのり暖かい体温が伝わってきて、僕も自然と彼女にならってその背中に手をあてる。
「根東くん、一緒にいると暖かいね」
「う、うん」
すぐ傍にいる彼女は僕の方を上目遣いで見ると、ほんのり微笑んでくれる。天使かな?
なんて可愛い彼女なのだろう。こんなキュートで最高な彼女がよりにもよってこれから寝取られの相談をするだなんて、一体この世界はどうなっているんだ?世界って残酷だよね。
「そ、それでさっきの話なんだけど…」
「根東くん、瑞樹を寝取ってよ。代わりに私も瑞樹の彼氏を寝取るから」
あ、やっぱりマジだったんだ。っていうか、そんなことして良いんですか?それは法律とかに違反しませんかね?
「それって、やって良い奴なの?法的に問題にならない?」
「うん?まだ結婚してないカップルなら大丈夫でしょ」
あー、なるほどねー。法律上の配偶者でなければ恋人の略奪は法的にはセーフなんだ。はじめて知ったわ。
「いやいや、でもさ、ほら、倫理的に問題にならない?だって瑞樹さんって友達でしょ?友達を裏切って彼氏を奪うって、友情に亀裂入らない?」
「大丈夫だよ。だって瑞樹の彼氏、杏と浮気したことあるし」
ああ、宗像さん。君はなにをやってんですか。
っていうか、どんどん外堀が埋まるんですけど。こんなスムーズに寝取られを正当化されることってある?
「ちなみに、そのことは百崎さんはすでにご存知で?」
「うん、知ってるよ。だって瑞樹の彼氏、もう五人ぐらいやってるんじゃない?」
うわー、すっげえやってる。そんなほいほい浮気してる男を百崎さんはなんで許してるの?怒った方がよくない?だって他の男と浮気してるんだよ!そんなの恋人に対する重大な裏切りじゃないか!…うん?なんか違和感あるな。
僕は壬生さんをじっと見つめる。
「うん?どうかした?」
彼女はなんの罪悪感もなさそうな、ピュアでまっすぐな瞳で僕を見つめる。綺麗な瞳だね。
…うん。僕も他人のこと言えないか。
そうだよね。百崎さんの気持ち、わかるな。好きになったら恋人がなにをしても許しちゃうよね。たとえそれが裏切り行為だったとしても。
…いやいやいやいや、裏切ってねえし!壬生さんは裏切ってねえよ!ちょっと他の男子と遊んだり、エッチな鑑賞会をしたり、たまに虚偽の報告を交えて僕を混乱させてるだけだから!壬生さんは大事な一線は守ってるから!そうだよね!壬生さん!僕は君のこと、信じてるよ!
「壬生さん、僕は壬生さんのこと、し、ししし、信じてるから…」
「ありがとう。なんで声、震えてるの?」
「いやいや、大丈夫だよ、ちょっと脳が異常をきたしただけだから。でも大丈夫。いつものことだから」
「根東くん、それは重症じゃないのかしら?」
壬生さんは僕の方を心配そうに見る。「ちゃんと休まないとダメだよ」と優し気にいたわる彼女の姿に僕は癒された。
やっぱり壬生さんは最高の彼女だ。こんな素晴らしい彼女、他にはいないよね!あれ、僕はなにを考えてたんだっけ?ああ、思い出した。壬生さんは僕の理想の恋人だって話だったな。
「それにしても、百崎さんの彼氏はずいぶん浮気症なんだね。そんなに浮気したいなら別れた方が良くない?」
「無理だよ。だって瑞樹、エッチが好きだもん」
へえ、そうなんだ。百崎さんはあの男っぽい言動からてっきりそういうことは興味がないのかと思っていたが、ぜんぜんそうでもないみたいだな。
もっとスポーティーな女の子かと思ってたけど、そうでもないんだね。
「知ってる、根東くん」
壬生さんがぎゅっと僕の体を抱きしめ、耳元に語り掛ける。
「瑞樹の体って、すごーく、エッチなんだよ」
なんですと!…ハッ!僕は壬生さんという素敵な恋人がいるにも関わらず、なにを妄想してるだ!淫らな妄想は振り払わないと!
しかしそんな僕の懸念を嘲笑って蹴り飛ばすようにドSの壬生さんは続ける。
「瑞樹ってね、中学までは本当に男の子みたいな体してたの。でもね、高校に進学した途端に急に女の子っぽくなってね。本人は気づいてないみたいだけど、狙ってる男の子って多いみたいだよ」
うん、でしょうね。そんな気はしてたよ。
僕は百崎さんのことを思い起こす。確かに男っぽい言動をする女子ではあるのだが、スポーツをやっているせいか無駄な脂肪がない一方で、胸は意外とあるのだ。出るところはしっかり出しつつ、一方で体を鍛えて絞っているせいか体全体はスレンダーで、そのせいで余計に胸が目立つ。まさに男が好きそうな健康的な体をしていた。
あれはモテるわ。間違いないね。
「それに顔は美人でしょ。でも本人はずっと男みたいに育ってたから、そういうことに疎いの。なにより彼氏がいるせいで、自分がモテるってことに気づいてないんだろうね」
――だからね、怖がってるのと壬生さんは続ける。
「本当はいくらでも男なんて選べるのに、自分はモテないって思ってるから、もしもこの彼氏と別れたら一人になっちゃうって怯えてる。だからね、彼氏がどんなにクズでも別れられないの。ひどい話だって思わない?」
それは、うーん、酷い話かもしれないね。まあ贅沢な悩みともいうかもしれないが。ただ本人からすればやはり深刻な悩みなのだろう。
というか、今の話を聞く限り、もしかして壬生さんって、百崎さんのこと心配してるのかな?
なんか、あれだな。壬生さんってもしかして、友達想いなのかな?やり方はえげつないけど。
「う、うん。だいたい状況は把握したけど、でもさ、僕がそれで百崎さんを寝取ったらさ、壬生さんも他の男とエッチしちゃうんじゃないの?」
「うん、そうだね。そういう約束だもんね」
じゃあダメじゃん。確かに僕は壬生さんが他の男とエッチする姿に喜びを見出す変態かもしれないけど、本当に見たいわけではないんだよ!そんなことしたら泣いて喜んじゃうんだよ!…いや違う、泣いて苦しむって言いたいのだ。よ、喜ばねーし。喜ぶわけないじゃん。
「でもね、もう瑞樹を苦しませたくないの。私としては一刻も早くクズ男を処分したいんだよね。だからはやく寝取って瑞樹を解放させたいんだ。根東くんも私が他の男とエッチした方が喜ぶわけだし、みんなが得するウィンウィンな戦略だと思わない?」
え、嘘でしょ?僕の大好きな恋人が寝取られてるのに誰も損してない?そんな素晴らしい戦略がこの世に存在するだなんて思ってもみなかったよ!
ていうか、本当にまずい。予想以上に壬生さんがやる気満々だ。いや、壬生さんはいつもやる気満々か。なーんだ、じゃあこれいつものことだね!
ここまで友達想いだと、逆にもう止められないのでは?こうなったらやるしかないのか?他に方法はないのか?
僕は考える。そうだ!
「で、でもさ、もしかしたらその彼氏、更生するかもしれないよ。もう浮気は二度としない、今後は百崎さんを一生大事にするって誓うかもしれないよ?それなのにそんな強引な方法で破局させていいのかな?」
「うーん、なら期限を決めようか」
壬生さんは眉根を寄せて、ちょっと考えてから提案する。
「六月中にクズ男が更生したら寝取られ失敗ってみなすね。この場合は競争そのものが破綻ってことで、競争はなしで」
「あの、ちなみになんですけど、その彼氏が百崎さんと別れる可能性ってどのくらいなの?」
「うーん?限りなくゼロじゃない?だって瑞樹の体ってすごくエッチだし、手放さないでしょ。瑞樹もなんだかんだ彼氏とエッチしてる時はすごく嬉しそうだし。普段はあれだけど、エッチしてる時だけは本当にラブラブだよ」
へえ、そうなんだ。滅べばいいのにね。そんな彼氏。
壬生さんの話を聞いて、言いたいことはなんとなくわかった。要するに壬生さんは友達を助けたいだけなのだろう。
その一点については、僕も理解できるし、惜しみなく協力はしたい。問題はやり方だ。
この方法を採用したら最悪、壬生さんが他の男とエッチしてしまう。そんなの最高に興奮するじゃないか…じゃなくて最悪の光景じゃないか。
しかも僕が寝取りに成功しても、結局壬生さん他の男と性交しちゃうし。それはそれで最高に興奮するじゃないか…じゃなくて最悪の光景になるじゃないか。
くっそー、どうしたらいいんだ。どちらに転んでも僕が喜ぶ…じゃなくて僕が損をするじゃないか!なんとかしてこの提案は避けたい。やはりここは彼氏として、そんなのダメだよってビシッと壬生さんを叱るべきだよね!よーし、壬生さんを叱ろう!
「わかったよ、やるよ」
あれれれれー?おっかしいなあ。なーんで僕が考えてることと言ってることが真逆なんだろう?僕の口が僕の意思に従ってくれないんだけど!
「よかった、根東くんならそう言ってくれるって信じてたよ!やっぱり根東くんは最高の彼氏だね!」
すごい喜んでる。それはそうだろう。どこの世界にこんなとち狂った提案を受け入れる彼氏がいるのだろう?絶対、僕しかいないよ。その点についてだけは断言できるわ。
はあ、しょうがない。ここまできたら受け入れるしかないだろう。
ずいぶん話し込んでしまった。いまだ雨が降っていて駅のホームは肌寒い。しかし壬生さんがすぐ隣にいるのでほんのり暖かくもある。
この彼女が他の男に抱かれるかもしれない。そう思うと急に僕の体温が下がった気がした。
…嫌だな。なのに興奮する。どうかしてるよ、ほんと。
「一つだけ条件がある」
僕は壬生さんに提案する。壬生さんは怪訝そうな表情をする。
「うん?なにかな?」
表情は変わらないが、壬生さんの声がちょっとだけ硬くなったような気がした。うん?もしかして警戒させちゃったかな?そういうつもりはなかったんだけど。
「壬生さん、ここで僕とキスして欲しい。それが条件」
「!…ふふ、根東くんはこんな人に見られるかもしれない場所でしたいの?」
「うん。壬生さんは僕の彼女だって周りに見せつけたい気分だから」
「ふふ、ふふふ、アハ💓」
壬生さんの表情がちょっと蕩けたような気がした。彼女は魔女みたいな貌で笑い、体を震わせ、僕を見る。
「いいよ。私が根東くんのものだって、ちゃんと教えてあげるね」
壬生さんはすっと僕の方に唇を寄せてキスしてきた。彼女の柔らかい唇の感触が甘く、僕の体温が急速に上昇していく。
まだ電車が来る時間ではない。だからだろう、駅のホームに人はほとんどいない。といってもまったくいないわけではないし、ホームの外にだって人はいる。駅の外にいる人間がたまたまこちらを見ていたら気づいたかもしれない。
でもいいのだ。僕は人目なんて気にせず、もう一度壬生さんにキスをして、彼女をそっと抱きしめる。
「これで契約完了だから」
「うん、がんばって瑞樹を寝取ってみてね。六月が終わるまでに寝取れなかったら、私が彼氏を寝取っちゃうね」
僕は壬生さんが好きだ。彼女が寝取られたらきっと興奮もする。
でも、本当にやるのは違う。それはライン越えだよ。
なんとか誰も寝取られずに事を終える方法を探さないと。でもどうやって?
寝取られも寝取りもない、そんな第三の選択があればいいのに。…なんで僕の人生には寝取りとか寝取られなんていう、普通の人生では滅多に発生しない選択肢がまるで主要な選択肢のように転がっているのだろう?なんかおかしいよな。
壬生さんは僕が百崎さんを寝取ることを期待しているのかもしれない。でも僕はそれ以外の方法を模索していた。
とりあえず、明日は百崎さんに会ってみよう。
そして次の日。放課後の女子テニス部のコートの外で僕は百崎さんと出会った。
彼女は僕の方を見ると足をもじもじさせ、じゃっかん頬を赤く染めながら、どこか落ち着きのない態度で言う。
「なあ、司。その、駅のあんな見える場所で堂々と来沙羅とキスしない方がいいと思うぞ」
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