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第四章 狂騒編
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白いベッドの上で仰向けになる百崎さん。彼女の制服のブラウスがはだけると、その奥にある胸元が視界に現れる。体は細いのに、おっぱいにはしっかりと脂肪がついているその胸はとても形がよく、まるでロケットみたいな存在感がある。
普段は白い肌をしている百崎さん。しかし今は湿っぽく、目を潤わせ、頬をピンク色に染めて僕の方をチラチラと窺うように見てくる。
本当に綺麗な女の子だ。
普段は意思の強そうな鋭い眼差しをする彼女も、今は儚げで、か弱い女の子のように見える。
「なあ、俺のこと、抱いてくれよ」
普段は男っぽい言動をする彼女がまるで媚びたメスのような声を出して誘ってきて、僕は…僕は…
…
…
…
「おい、起きてるか?」
ハッ!
場所はラブホではなくゲーセンで、がやがやと騒々しい音があたりを支配していた。
しまった、突然の事態に白昼夢を見てしまった。突然動きを止めてしまったことで不安にさせてしまったのか、百崎さんが僕の方を心配そうな顔でじっと見つめる。
「え、ああ、ごめん。急なことで意識が飛んでた」
「おう、そうか。急に動きが止まるからビックリしたぞ」
僕が意識を覚醒させたことで安心したのか、ほっとした顔をする百崎さん。
「ったく、驚かせるなよ」
よほど心配だったのか、僕が平気とわかるとポンと肩を叩いて微笑を浮かべる百崎さん。隣でベンチに座る彼女はとても可愛らしく、しなやかで丸みのある体はどこまでも女っぽくて、その男っぽい言動とは正反対の女らしい体をしている。スカートから伸びる足は鍛えているのか綺麗な形をしており、そのくせ太ももは丸みがあって触ったら柔らかそうだった。
まずい。この娘、こうやって改めて意識して見ると、めちゃくちゃエッチな体してる。確かに壬生さんの言う通りだ。
「うーん?まだ寝てんのか?」
「いやいや、大丈夫だよ。それより…えーと…」
いいのか?
僕はちょっと前の彼女の言葉を思い出す。百崎さんは僕と一緒にラブホに行こうと言った。
本当にいいのか?行ってもいいのか?それって壬生さんに対する裏切りにならないのか?
…ならないかあ。そうだよねえ、今更だよねえ。うん、裏切りじゃないか!
ははは、なにを今更裏切りって、おいおい、僕たちが一体今までどれだけ寝取られプレイをやってきたって話だよ。いまさら?え、いまさらラブホに行く程度のことで裏切り扱いになるって?ハハハ…それはないわ!
もちろん、普通の恋人同士ならそんなの完全にアウトだよ。でもさ、僕と壬生さんの関係に関していえばセーフ中のセーフでしょ!ラブホに行く程度のことで裏切りとかいちいち騒いでたらね、寝取られプレイなんてできやしないでしょ!
すでにこっちは合意済みだっつーの!そりゃ勝手にやるのはまずいと思うよ?でもさ、僕らはすでに合意の上で行動してるわけだからさあ。こちとら全部承知の上だよ!
じゃあ良いよね!一線さえ超えなきゃラブホだろうがイジェン火山だろうがダナキル砂漠だろうが、どーんと行ったれ!
「よーし、じゃあ今日は僕が百崎さんの彼氏ってことで、行きたいとこ連れてってあげるよ!」
「お、ホントか?景気良いじゃねえか!うーん、そう言われるといきなりラブホってのも味気ねえな。よし、焼肉でも食いに行くか!」
おや?てっきりすぐにラブホに行くのかと思ったか、そうでもなかった。もしかしてお腹が空いてるのかな?
「いいね!食べ放題行こうぜ~」
「おう、行こう行こう!」
う、うん。まあそうだよね。ちょっと脳が壊れて僕もおかしくなかったってかもしれないが、冷静に考えたら他人の彼女をラブホに連れ込むってふつうにまずいよね。やっぱりまずは焼肉にでも連れて行って、思いとどまるように懐柔した方が良いよね!
僕はベンチから席を立つ。すると百崎さんが僕の顔を見上げる。僕は彼女に手を差し伸べて、
「じゃあ行こうか」
一瞬、妙な間があった。うん?僕、なんかやっちゃいました?やがて時間が動き出し、百崎さんはなにか思い出したような顔をして、頬を少しだけピンク色に染める。
「あ、ああ、そうか、そうだよな、お前、今は彼氏だもんな。あの…ありがと」
普段は男らしい言動なのに、そんな急に乙女みたいな反応しながら僕の手を取らないで欲しいな。そんな可愛いことされたらさ、そのままマジでラブホに連れてくぞ?
ちょこんと僕の手の上に百崎さんの女の子らしい手が重なる。僕はその手を取って引っ張り、優しく立ち上がらせた。
彼女が立ち上がり、僕の目の前に立つ。
…距離、近くね?10cmもないんだけど?
これでは本当に恋人同士ではないか。すぐ近くに百崎さんの綺麗な女の子フェイスがある。あの白昼夢に出てきた百崎さんみたいな、潤いの眼差しをちらちらと向ける。
「えーと、焼肉、食べに行こうか」
「…うん💓」
だからそれ、勘違いするからやめなって。君は乙女か?
僕がゲーセンの出口に向かうと、百崎さんも横に並んで歩く。最初は距離があったのだが、やがて彼女の方から僕の指を握ってきたので、僕は彼女の手を握り返した。
「えーと、今は恋人同士だし、握っても大丈夫かな?」
握ってから聞く?と自分にツッコミたい気分だった。そんなん事後承諾じゃねえか。
「…うん、恋人同士だし、いいぞ」
さきほどまでの覇気のある声はどうした?百崎さんの声が、なんだか甘く切ない。
どうしよう、壬生さん!百崎さんが、予想以上にチョロいです!この人、恋愛レベル最底辺です!もしかして、彼氏にあんまり優しくされてないのかな?なんかDVの被害者に優しくしているような気分なんだけど!
街中を歩く僕らの姿は、客観的に見たら完璧に恋人同士だ。もう言い訳不可能なくらい、恋人同士のような振る舞いをしている。
「それで、どうかな?」
「うん?なにがだ?」
頬を赤く染めて上目遣いに僕を見る。それさあ、大好きな彼氏に向ける眼差しじゃねえの?
「えーと、ほら、今恋人の振りをしてるわけでしょ?なんか、背徳感とかある?」
「へ、え、ああ、ああ!そ、そうだな!そうだった、フリだったな!ばっか、お前、本気にすんじゃねえよ!」
本気にしてるのお前だろ、って言ってやりたいな。
もちろん、言わないけど。僕は、「はは、ごめんごめん、百崎さんが可愛いから勘違いしちゃった」と適当にフォローしてみた。
しかしフォローは通じなかったのか、今まで乙女ちっくな顔をしていた百崎さんが、はあと溜息をついて僕をじーっと不満そうな顔で見る。
「可愛くねえよ。本当に可愛かったら、もっと大切にするだろ」
うん?誰のこと言ってるのかな?もしかして彼氏のことか?
どうしよう、ちょっと彼女のプライベートな部分に触れすぎてる。あんまり突っ込まない方がいいかな?
でもなあ、どう考えても今のセリフさあ、聞いてほしそうなんだよなあ。ちらちらこっち窺ってるし。そもそも本当に聞いてほしくないならさあ、こんなあからさまな匂わせのセリフ言わないよね。
はあ、仕方ない。僕、あんまり他人のプライベートは詮索したくないのだが、やらないと百崎さんを攻略できないっぽいし。
「えっと、それってもしかして彼氏さんのこと?」
「お前、意外とプライベートにずかずか入り込むタイプなんだな」
じゃあそんな匂わせるようなこと、言わなきゃいいじゃんってツッコミたい。でもダメか。こんなツッコミしたら、絶対嫌われるよなあ。正論だったとしても。
「あー、ごめん。聞かない方がよかったね。今の無しで」
「…今日さ、本当は竜二…彼氏とデートする予定だったんだ」
結局言うんかい。いや、いいんだけどね。それが目的だからいいんだけどね。とにかく、今はツッコミたいことをぐっと堪えて、僕は百崎さんの言葉に耳を傾ける。
「そっか、それは辛いよね」
「普通さあ、彼女のことが好きなら大事にするもんじゃないのか?」
「うん、それはそうだね」
「じゃあなんであいつは俺のこと、大事にしないんだ?」
百崎さんの手を握る力がちょっとだけ弱くなった気がした。僕はその手を離さないように強く握り返してくれる。
「あ」
「うん?あんまり彼氏に大事されてないの?」
「…うん」
「じゃあさ、僕が大事にしても問題ないよね?」
「え…?」
俯いていた彼女が顔をあげて僕の方を見る。
「今日は僕が彼氏だから、いっぱいに大事にするね」
「え、う、あの、お、おう。そうだな!お前、ちゃんと俺のこと、大事にしろよ。でないと浮気すっぞ」
「はは、それは怖いね」
ふぅ、なんか鬱展開にでもなりそうな雰囲気だったけど、とりあえず百崎さんを笑顔に戻すことができた。
なんか壬生さんの時とは違う意味でドキドキするよね。
しかし今日はなんか思考がクリアで冴えてるな。なぜだろう?寝取られイベントがないから脳細胞が活性化してるのかな?
そんなバカな!壬生さんと一緒に勉強してるおかげでここ最近はどんどん学力が上がっているのに、寝取られてない方が思考力が上がっているとでもいうのか?嘘だろ?僕の脳はどうなっているんだ?
いや、違う。そうじゃない。これはきっとあれだ、普段は重力100倍の環境で生活している人が急に重力1倍の世界に来て戦闘力が向上する奴だ!
きっとそうだよ。壬生さんと一緒にいると脳に過大な負荷がかかるけど、その負荷のおかげできっと脳が鍛えられてるんだよ!これを壬生さん式NTR脳トレと名付けよう。
筋肉を作るとき、筋トレをして筋繊維を破壊して超回復によって筋力を増量するのと同じことだよ。破壊しないと、鍛えられないのだ!
寝取られで破壊されたことで、僕の脳筋は超回復しているに違いない!…脳みそって筋肉あったっけ?
そんなしょうもないことを考えていたら焼肉屋さんに到着した。僕らは学生限定プランの100分2000円コースを選択した。
「へえ、意外と安いんだな」
「そうだね。こんなことならもっと早く来たら良かった」
「うん?来沙羅とは行かないのか?」
いや、さすがに壬生さんを焼肉屋に連れてく勇気はないかな。あんなクール系美少女を焼肉屋に連れてくって、それはメジャーリーガーを素人の草野球に誘うようなものなのでは?
「いや、行ったことはないかなあ」
「へえ、じゃあ俺が初めてってことだな」
なぜそんな自慢気な顔をする?
へへ、と笑う彼女を見ると、なんだか嬉しそうだ。前から思っていたけど、百崎さんてなんか、壬生さんと張り合ってるところあるよな。
そういえばあの雨の日も、なんだか嫉妬するような目で見られてたし。
嫉妬、してるのだろうか?
僕はこのスポーツが得意そうなポニーテールの女の子を改めて見る。いかにも健全で、負の感情とは無縁そうな女の子だ。しかし実際は違うのかもしれない。
僕たちが席についてしばらく経つと、店員さんが焼肉を運んでくる。僕らはそれを金網に乗せて、火で焼いていく。
じゅうじゅう焼ける肉の音と、肉の焼ける香ばしい匂いが鼻孔を刺激して、そこまで空腹ではなかったのだが、急にお腹が空いてきた。
やばい、目的を忘れそうなほど美味そう。
「えーと、じゃあ食べようか」
「おう、焼肉なんて久しぶりだな」
「へえ、そうなんだ。友達とは行かないの?」
僕はなんとなく聞いてみた。うん、これ旨そうだな。よし、どんどん焼こう。
「うーん、前は行ってたんだけど、最近はないかな。みんな彼氏ができて忙しいし。来沙羅もついに彼氏ができたしな」
その壬生さんは今、彼氏を放置して遊んでるけどね。
「…さっきは悪いな」
「え?なにが?」
「ほら、来沙羅がラブホに行ってたって言っただろ?なんか友達を売ったみたいでちょっと気分が悪かったから、謝りたかったんだよ」
ああ、そういえば。確かに冷静に考えたらあんまり褒められた行動ではないか。
「ああ、そういうこと?うん、いいよ、気にしてないから」
「そうか?それならいいんだけど…はあ。俺さあ、来沙羅のこと、羨ましいって思ってて、ちょっと気が立ってたかもな」
ああ、やっぱりそうなんだ。なんとなくそんな気がしてた。ただそれ、壬生さんの彼氏に言うことかな?
やっぱり精神的にかなり参ってるのかもしれない。そうでなきゃここまでチョロくないよね?
「うんうん、そうなんだ」
僕は肉を焼き、たれにつけ、食べながら百崎さんの話を熱心に聞く。そして白米の上に焼いた肉をおき、食べた。うまいな。
「ああ。来沙羅ってなんでもできるだろ?あいつ昔から完璧でさ、正直、負けるのがちょっと悔しかった。勉強は苦手だから負けても良いけど、テニスで負けるのはなあ。なんで俺より後から始めたのに、俺より上手いんだよ。あんなのデタラメだろ」
「壬生さん、そんなに上手いんだ」はあ、焼肉美味いなあ。
「ああ、マジで天才だよ」
我が彼女のことだけど、まさかそこまで才能に恵まれてるとは。あの人は神に愛されてるのかな?うん、それにしてもすっごい美味い。もっと焼こう。
「それで遊び感覚だって言うんだからやってられねえぜ。俺の今までの練習時間は全部無駄だったのかって気分だよ。だからさ、あいつが全然彼氏できなくていつも振られる姿を見てるときな、友達なのに、ちょっとだけ、優越感があったんだよ」
「…うん、そうなんだ」うーん、牛タンいくか。
「あいつは彼氏作れないけど、俺には彼氏がいる。初めてさ、あいつに勝った気がした。あいつは天才だけど、完璧じゃなかった。俺でも勝てるんだって…嬉しかったよ。なんか嫌な奴だな、俺」
「うん?そんなことないよ」ああ、食べ終わっちゃった。
「そうか?俺は自分のこと、嫌だなって思ったよ」
「うーん、でも勝って嬉しいって思うのは普通のことだし、そこまで気に病まなくても良いと思うよ?あ、肉焼けてるよ」
「お、ホントだ。へへ、危うく焦げるところだったな」
――ありがとよ、とお礼を述べる百崎さんは、なんだか憑き物が落ちたような晴れやかな顔で笑顔を浮かべた。
やはり人を元気づける時は焼肉が一番だよね。連れてきて良かったよ。
「まあ結局、また負けちまったしな。あいつが羨ましいよ、こんな彼女を大事にする彼氏がいてさ。俺の彼氏は…はあ。たぶん今、浮気してるよ」
「え、そうなの?」僕は空になった皿を片付ける。もう肉ないよ。
「ああ。本当は別れた方がいいって言われてるんだけどな、でもな、彼氏だし、好きだし、別れられねえよ。どうしたらいいんだろうな?」
じゅーとすでに焼けてる肉をトングで網に押し付けてさらに焼く百崎さん。それ以上焼くと炭になるよ?
「そうだねー」と言いつつ僕は彼女の手を握る。早く肉を助けないと。
「え?」
「あのさ、百崎さん、僕がもらっても良い?」
「!…それって、どういう意味だよ?」
え、いや、炭になる前に肉を取った方がいいかなって思って言ったんだけど、それ以外の意味ってあるかな?
「えっと、そのままの意味だけど…」
「そんなに…お、俺が欲しいのか?」
彼女の手を握る僕。そしてもらって良いのかという言葉。あれ?欲しかったのは肉の方なのですが、なんかそんなこと言える雰囲気じゃなくなってるんですけど?
やっべ、これ口説き文句になってね?
「今日はお前が彼氏だもんな。へへ、いいぜ、俺のこともらってくれよ」
もじもじと体を揺らし、頬を染める百崎さん。髪をいじりながらこちらを見るその目は熱っぽく潤んでいて、なんだか奪って欲しそうな顔をしている。
これはラブホゴーコースかな?一体いつから学割焼肉コースから特急ラブホ行コースにプラン変更があったんだ?これラブホ行かないとかえって修羅場になる感じか?
え?大丈夫だよね?行くっていってもラブホに入ってちょっと浮気の気分を楽しむだけだよね?そのままホールインワンとかしないよね?そのラブホはあれだよね、終点じゃないよね?
焼肉を食べてご満悦なのだろう。百崎さんの機嫌はとても良さそうだ。
「じゃあ、行こうか💓」
「え、あの、うん、そうだね!」
「へへ」
お会計を済ませて外に出る。すると、百崎さんは嬉しそうに笑いながら僕の腕を組んでくる。
あはは!これじゃあまるで恋人同士だよ!ごっこ遊びなのに本格的だな!
やばい。一歩進むごとにラブホ街への距離が近づいている。大丈夫だよね。本当に大丈夫だよね。なんか百崎さんがすごくルンルン気分でこっちを見てくるんだけど、これはただ不倫の背徳感が昂ってちょっと興奮してるだけだよね!決してガチで一線超える奴じゃないよね!
気づけば日が落ちて夜が訪れている。しかし人で賑わう繁華街はいまだ明るく、ネオンが眩しく輝いて街を照らしている。
その輝きもラブホ街へと進むにつれてだんだんと怪しく淫猥な色を出し始めている。
「なあ司。なんかドキドキするな」
「え、うん、そうだね」
「えへへ、こういう気分、久しぶりだな。だって…あ」
うん?急に百崎さんが止まる。それに合わせて僕も止まり、彼女を見る。彼女は目を見開き、驚きと絶望に染まったような顔をしていた。
なんだ?
僕は彼女の視線の先を見る。そこには昨日見たのと同じ光景があった。
ラブホに入る一組の男女。あれは百崎さんの彼氏の竜二だった。
うわ、タイミング悪すぎる。宝くじみたいな幸運は滅多に当たらないのに、なぜ最悪というのは高確率で当たるのだろうな。
「…うっ…うぅ、…ぐす」
――ごめん、やっぱり無理だよ…
それはとても細く、弱弱しい涙声だった。
「信じてたのに…好きだから我慢してたのに…なんで…ごめん、やっぱ今日は帰るよ」
俯く彼女は僕から腕を放し、そのまま踵を返して立ち去ろうとする。
思わずその手を掴んで止めてしまった。
「ちょ、放せよ!今日はもう無理だから!」
「ダメだ」
僕は百崎さんの手を引っ張ってこちらに引き寄せる。
「なんで!関係ないだろ!」
「あるよ」
僕は涙に濡れる百崎さんの目をしっかり見つめて言う。
「瑞樹の今の彼氏は僕でしょ?大事な彼女は放っておけないよ」
「!…馬鹿。お前、強引だぞ」
「うん、そうだよ。一緒に行こうか」
「…へへ、うん💓」
まだ涙で目が潤んでいたが、そこに悲壮感はなく、百崎さんはなんだか甘い声で頷いた。
そして僕は彼女を連れて別のラブホへと入っていった。
…いや、ダメだろ。なに雰囲気に飲まれて入ってんだよ!
こんなのおかしいよ!なんでこんなトントン拍子に寝取れるの!
ハッ!まさかこれが壬生さんのNTR式脳トレの効果だというのか!すっげえな、これ金取れるレベルじゃね?
なんて言ってる場合じゃない!どうしよう!これ、このままいくとマジで寝取っちゃうんですけど!このままだと壬生さんの貞操まで危機に晒されてしまうよ!
このままだと、白昼夢が現実になってしまうよ!
普段は白い肌をしている百崎さん。しかし今は湿っぽく、目を潤わせ、頬をピンク色に染めて僕の方をチラチラと窺うように見てくる。
本当に綺麗な女の子だ。
普段は意思の強そうな鋭い眼差しをする彼女も、今は儚げで、か弱い女の子のように見える。
「なあ、俺のこと、抱いてくれよ」
普段は男っぽい言動をする彼女がまるで媚びたメスのような声を出して誘ってきて、僕は…僕は…
…
…
…
「おい、起きてるか?」
ハッ!
場所はラブホではなくゲーセンで、がやがやと騒々しい音があたりを支配していた。
しまった、突然の事態に白昼夢を見てしまった。突然動きを止めてしまったことで不安にさせてしまったのか、百崎さんが僕の方を心配そうな顔でじっと見つめる。
「え、ああ、ごめん。急なことで意識が飛んでた」
「おう、そうか。急に動きが止まるからビックリしたぞ」
僕が意識を覚醒させたことで安心したのか、ほっとした顔をする百崎さん。
「ったく、驚かせるなよ」
よほど心配だったのか、僕が平気とわかるとポンと肩を叩いて微笑を浮かべる百崎さん。隣でベンチに座る彼女はとても可愛らしく、しなやかで丸みのある体はどこまでも女っぽくて、その男っぽい言動とは正反対の女らしい体をしている。スカートから伸びる足は鍛えているのか綺麗な形をしており、そのくせ太ももは丸みがあって触ったら柔らかそうだった。
まずい。この娘、こうやって改めて意識して見ると、めちゃくちゃエッチな体してる。確かに壬生さんの言う通りだ。
「うーん?まだ寝てんのか?」
「いやいや、大丈夫だよ。それより…えーと…」
いいのか?
僕はちょっと前の彼女の言葉を思い出す。百崎さんは僕と一緒にラブホに行こうと言った。
本当にいいのか?行ってもいいのか?それって壬生さんに対する裏切りにならないのか?
…ならないかあ。そうだよねえ、今更だよねえ。うん、裏切りじゃないか!
ははは、なにを今更裏切りって、おいおい、僕たちが一体今までどれだけ寝取られプレイをやってきたって話だよ。いまさら?え、いまさらラブホに行く程度のことで裏切り扱いになるって?ハハハ…それはないわ!
もちろん、普通の恋人同士ならそんなの完全にアウトだよ。でもさ、僕と壬生さんの関係に関していえばセーフ中のセーフでしょ!ラブホに行く程度のことで裏切りとかいちいち騒いでたらね、寝取られプレイなんてできやしないでしょ!
すでにこっちは合意済みだっつーの!そりゃ勝手にやるのはまずいと思うよ?でもさ、僕らはすでに合意の上で行動してるわけだからさあ。こちとら全部承知の上だよ!
じゃあ良いよね!一線さえ超えなきゃラブホだろうがイジェン火山だろうがダナキル砂漠だろうが、どーんと行ったれ!
「よーし、じゃあ今日は僕が百崎さんの彼氏ってことで、行きたいとこ連れてってあげるよ!」
「お、ホントか?景気良いじゃねえか!うーん、そう言われるといきなりラブホってのも味気ねえな。よし、焼肉でも食いに行くか!」
おや?てっきりすぐにラブホに行くのかと思ったか、そうでもなかった。もしかしてお腹が空いてるのかな?
「いいね!食べ放題行こうぜ~」
「おう、行こう行こう!」
う、うん。まあそうだよね。ちょっと脳が壊れて僕もおかしくなかったってかもしれないが、冷静に考えたら他人の彼女をラブホに連れ込むってふつうにまずいよね。やっぱりまずは焼肉にでも連れて行って、思いとどまるように懐柔した方が良いよね!
僕はベンチから席を立つ。すると百崎さんが僕の顔を見上げる。僕は彼女に手を差し伸べて、
「じゃあ行こうか」
一瞬、妙な間があった。うん?僕、なんかやっちゃいました?やがて時間が動き出し、百崎さんはなにか思い出したような顔をして、頬を少しだけピンク色に染める。
「あ、ああ、そうか、そうだよな、お前、今は彼氏だもんな。あの…ありがと」
普段は男らしい言動なのに、そんな急に乙女みたいな反応しながら僕の手を取らないで欲しいな。そんな可愛いことされたらさ、そのままマジでラブホに連れてくぞ?
ちょこんと僕の手の上に百崎さんの女の子らしい手が重なる。僕はその手を取って引っ張り、優しく立ち上がらせた。
彼女が立ち上がり、僕の目の前に立つ。
…距離、近くね?10cmもないんだけど?
これでは本当に恋人同士ではないか。すぐ近くに百崎さんの綺麗な女の子フェイスがある。あの白昼夢に出てきた百崎さんみたいな、潤いの眼差しをちらちらと向ける。
「えーと、焼肉、食べに行こうか」
「…うん💓」
だからそれ、勘違いするからやめなって。君は乙女か?
僕がゲーセンの出口に向かうと、百崎さんも横に並んで歩く。最初は距離があったのだが、やがて彼女の方から僕の指を握ってきたので、僕は彼女の手を握り返した。
「えーと、今は恋人同士だし、握っても大丈夫かな?」
握ってから聞く?と自分にツッコミたい気分だった。そんなん事後承諾じゃねえか。
「…うん、恋人同士だし、いいぞ」
さきほどまでの覇気のある声はどうした?百崎さんの声が、なんだか甘く切ない。
どうしよう、壬生さん!百崎さんが、予想以上にチョロいです!この人、恋愛レベル最底辺です!もしかして、彼氏にあんまり優しくされてないのかな?なんかDVの被害者に優しくしているような気分なんだけど!
街中を歩く僕らの姿は、客観的に見たら完璧に恋人同士だ。もう言い訳不可能なくらい、恋人同士のような振る舞いをしている。
「それで、どうかな?」
「うん?なにがだ?」
頬を赤く染めて上目遣いに僕を見る。それさあ、大好きな彼氏に向ける眼差しじゃねえの?
「えーと、ほら、今恋人の振りをしてるわけでしょ?なんか、背徳感とかある?」
「へ、え、ああ、ああ!そ、そうだな!そうだった、フリだったな!ばっか、お前、本気にすんじゃねえよ!」
本気にしてるのお前だろ、って言ってやりたいな。
もちろん、言わないけど。僕は、「はは、ごめんごめん、百崎さんが可愛いから勘違いしちゃった」と適当にフォローしてみた。
しかしフォローは通じなかったのか、今まで乙女ちっくな顔をしていた百崎さんが、はあと溜息をついて僕をじーっと不満そうな顔で見る。
「可愛くねえよ。本当に可愛かったら、もっと大切にするだろ」
うん?誰のこと言ってるのかな?もしかして彼氏のことか?
どうしよう、ちょっと彼女のプライベートな部分に触れすぎてる。あんまり突っ込まない方がいいかな?
でもなあ、どう考えても今のセリフさあ、聞いてほしそうなんだよなあ。ちらちらこっち窺ってるし。そもそも本当に聞いてほしくないならさあ、こんなあからさまな匂わせのセリフ言わないよね。
はあ、仕方ない。僕、あんまり他人のプライベートは詮索したくないのだが、やらないと百崎さんを攻略できないっぽいし。
「えっと、それってもしかして彼氏さんのこと?」
「お前、意外とプライベートにずかずか入り込むタイプなんだな」
じゃあそんな匂わせるようなこと、言わなきゃいいじゃんってツッコミたい。でもダメか。こんなツッコミしたら、絶対嫌われるよなあ。正論だったとしても。
「あー、ごめん。聞かない方がよかったね。今の無しで」
「…今日さ、本当は竜二…彼氏とデートする予定だったんだ」
結局言うんかい。いや、いいんだけどね。それが目的だからいいんだけどね。とにかく、今はツッコミたいことをぐっと堪えて、僕は百崎さんの言葉に耳を傾ける。
「そっか、それは辛いよね」
「普通さあ、彼女のことが好きなら大事にするもんじゃないのか?」
「うん、それはそうだね」
「じゃあなんであいつは俺のこと、大事にしないんだ?」
百崎さんの手を握る力がちょっとだけ弱くなった気がした。僕はその手を離さないように強く握り返してくれる。
「あ」
「うん?あんまり彼氏に大事されてないの?」
「…うん」
「じゃあさ、僕が大事にしても問題ないよね?」
「え…?」
俯いていた彼女が顔をあげて僕の方を見る。
「今日は僕が彼氏だから、いっぱいに大事にするね」
「え、う、あの、お、おう。そうだな!お前、ちゃんと俺のこと、大事にしろよ。でないと浮気すっぞ」
「はは、それは怖いね」
ふぅ、なんか鬱展開にでもなりそうな雰囲気だったけど、とりあえず百崎さんを笑顔に戻すことができた。
なんか壬生さんの時とは違う意味でドキドキするよね。
しかし今日はなんか思考がクリアで冴えてるな。なぜだろう?寝取られイベントがないから脳細胞が活性化してるのかな?
そんなバカな!壬生さんと一緒に勉強してるおかげでここ最近はどんどん学力が上がっているのに、寝取られてない方が思考力が上がっているとでもいうのか?嘘だろ?僕の脳はどうなっているんだ?
いや、違う。そうじゃない。これはきっとあれだ、普段は重力100倍の環境で生活している人が急に重力1倍の世界に来て戦闘力が向上する奴だ!
きっとそうだよ。壬生さんと一緒にいると脳に過大な負荷がかかるけど、その負荷のおかげできっと脳が鍛えられてるんだよ!これを壬生さん式NTR脳トレと名付けよう。
筋肉を作るとき、筋トレをして筋繊維を破壊して超回復によって筋力を増量するのと同じことだよ。破壊しないと、鍛えられないのだ!
寝取られで破壊されたことで、僕の脳筋は超回復しているに違いない!…脳みそって筋肉あったっけ?
そんなしょうもないことを考えていたら焼肉屋さんに到着した。僕らは学生限定プランの100分2000円コースを選択した。
「へえ、意外と安いんだな」
「そうだね。こんなことならもっと早く来たら良かった」
「うん?来沙羅とは行かないのか?」
いや、さすがに壬生さんを焼肉屋に連れてく勇気はないかな。あんなクール系美少女を焼肉屋に連れてくって、それはメジャーリーガーを素人の草野球に誘うようなものなのでは?
「いや、行ったことはないかなあ」
「へえ、じゃあ俺が初めてってことだな」
なぜそんな自慢気な顔をする?
へへ、と笑う彼女を見ると、なんだか嬉しそうだ。前から思っていたけど、百崎さんてなんか、壬生さんと張り合ってるところあるよな。
そういえばあの雨の日も、なんだか嫉妬するような目で見られてたし。
嫉妬、してるのだろうか?
僕はこのスポーツが得意そうなポニーテールの女の子を改めて見る。いかにも健全で、負の感情とは無縁そうな女の子だ。しかし実際は違うのかもしれない。
僕たちが席についてしばらく経つと、店員さんが焼肉を運んでくる。僕らはそれを金網に乗せて、火で焼いていく。
じゅうじゅう焼ける肉の音と、肉の焼ける香ばしい匂いが鼻孔を刺激して、そこまで空腹ではなかったのだが、急にお腹が空いてきた。
やばい、目的を忘れそうなほど美味そう。
「えーと、じゃあ食べようか」
「おう、焼肉なんて久しぶりだな」
「へえ、そうなんだ。友達とは行かないの?」
僕はなんとなく聞いてみた。うん、これ旨そうだな。よし、どんどん焼こう。
「うーん、前は行ってたんだけど、最近はないかな。みんな彼氏ができて忙しいし。来沙羅もついに彼氏ができたしな」
その壬生さんは今、彼氏を放置して遊んでるけどね。
「…さっきは悪いな」
「え?なにが?」
「ほら、来沙羅がラブホに行ってたって言っただろ?なんか友達を売ったみたいでちょっと気分が悪かったから、謝りたかったんだよ」
ああ、そういえば。確かに冷静に考えたらあんまり褒められた行動ではないか。
「ああ、そういうこと?うん、いいよ、気にしてないから」
「そうか?それならいいんだけど…はあ。俺さあ、来沙羅のこと、羨ましいって思ってて、ちょっと気が立ってたかもな」
ああ、やっぱりそうなんだ。なんとなくそんな気がしてた。ただそれ、壬生さんの彼氏に言うことかな?
やっぱり精神的にかなり参ってるのかもしれない。そうでなきゃここまでチョロくないよね?
「うんうん、そうなんだ」
僕は肉を焼き、たれにつけ、食べながら百崎さんの話を熱心に聞く。そして白米の上に焼いた肉をおき、食べた。うまいな。
「ああ。来沙羅ってなんでもできるだろ?あいつ昔から完璧でさ、正直、負けるのがちょっと悔しかった。勉強は苦手だから負けても良いけど、テニスで負けるのはなあ。なんで俺より後から始めたのに、俺より上手いんだよ。あんなのデタラメだろ」
「壬生さん、そんなに上手いんだ」はあ、焼肉美味いなあ。
「ああ、マジで天才だよ」
我が彼女のことだけど、まさかそこまで才能に恵まれてるとは。あの人は神に愛されてるのかな?うん、それにしてもすっごい美味い。もっと焼こう。
「それで遊び感覚だって言うんだからやってられねえぜ。俺の今までの練習時間は全部無駄だったのかって気分だよ。だからさ、あいつが全然彼氏できなくていつも振られる姿を見てるときな、友達なのに、ちょっとだけ、優越感があったんだよ」
「…うん、そうなんだ」うーん、牛タンいくか。
「あいつは彼氏作れないけど、俺には彼氏がいる。初めてさ、あいつに勝った気がした。あいつは天才だけど、完璧じゃなかった。俺でも勝てるんだって…嬉しかったよ。なんか嫌な奴だな、俺」
「うん?そんなことないよ」ああ、食べ終わっちゃった。
「そうか?俺は自分のこと、嫌だなって思ったよ」
「うーん、でも勝って嬉しいって思うのは普通のことだし、そこまで気に病まなくても良いと思うよ?あ、肉焼けてるよ」
「お、ホントだ。へへ、危うく焦げるところだったな」
――ありがとよ、とお礼を述べる百崎さんは、なんだか憑き物が落ちたような晴れやかな顔で笑顔を浮かべた。
やはり人を元気づける時は焼肉が一番だよね。連れてきて良かったよ。
「まあ結局、また負けちまったしな。あいつが羨ましいよ、こんな彼女を大事にする彼氏がいてさ。俺の彼氏は…はあ。たぶん今、浮気してるよ」
「え、そうなの?」僕は空になった皿を片付ける。もう肉ないよ。
「ああ。本当は別れた方がいいって言われてるんだけどな、でもな、彼氏だし、好きだし、別れられねえよ。どうしたらいいんだろうな?」
じゅーとすでに焼けてる肉をトングで網に押し付けてさらに焼く百崎さん。それ以上焼くと炭になるよ?
「そうだねー」と言いつつ僕は彼女の手を握る。早く肉を助けないと。
「え?」
「あのさ、百崎さん、僕がもらっても良い?」
「!…それって、どういう意味だよ?」
え、いや、炭になる前に肉を取った方がいいかなって思って言ったんだけど、それ以外の意味ってあるかな?
「えっと、そのままの意味だけど…」
「そんなに…お、俺が欲しいのか?」
彼女の手を握る僕。そしてもらって良いのかという言葉。あれ?欲しかったのは肉の方なのですが、なんかそんなこと言える雰囲気じゃなくなってるんですけど?
やっべ、これ口説き文句になってね?
「今日はお前が彼氏だもんな。へへ、いいぜ、俺のこともらってくれよ」
もじもじと体を揺らし、頬を染める百崎さん。髪をいじりながらこちらを見るその目は熱っぽく潤んでいて、なんだか奪って欲しそうな顔をしている。
これはラブホゴーコースかな?一体いつから学割焼肉コースから特急ラブホ行コースにプラン変更があったんだ?これラブホ行かないとかえって修羅場になる感じか?
え?大丈夫だよね?行くっていってもラブホに入ってちょっと浮気の気分を楽しむだけだよね?そのままホールインワンとかしないよね?そのラブホはあれだよね、終点じゃないよね?
焼肉を食べてご満悦なのだろう。百崎さんの機嫌はとても良さそうだ。
「じゃあ、行こうか💓」
「え、あの、うん、そうだね!」
「へへ」
お会計を済ませて外に出る。すると、百崎さんは嬉しそうに笑いながら僕の腕を組んでくる。
あはは!これじゃあまるで恋人同士だよ!ごっこ遊びなのに本格的だな!
やばい。一歩進むごとにラブホ街への距離が近づいている。大丈夫だよね。本当に大丈夫だよね。なんか百崎さんがすごくルンルン気分でこっちを見てくるんだけど、これはただ不倫の背徳感が昂ってちょっと興奮してるだけだよね!決してガチで一線超える奴じゃないよね!
気づけば日が落ちて夜が訪れている。しかし人で賑わう繁華街はいまだ明るく、ネオンが眩しく輝いて街を照らしている。
その輝きもラブホ街へと進むにつれてだんだんと怪しく淫猥な色を出し始めている。
「なあ司。なんかドキドキするな」
「え、うん、そうだね」
「えへへ、こういう気分、久しぶりだな。だって…あ」
うん?急に百崎さんが止まる。それに合わせて僕も止まり、彼女を見る。彼女は目を見開き、驚きと絶望に染まったような顔をしていた。
なんだ?
僕は彼女の視線の先を見る。そこには昨日見たのと同じ光景があった。
ラブホに入る一組の男女。あれは百崎さんの彼氏の竜二だった。
うわ、タイミング悪すぎる。宝くじみたいな幸運は滅多に当たらないのに、なぜ最悪というのは高確率で当たるのだろうな。
「…うっ…うぅ、…ぐす」
――ごめん、やっぱり無理だよ…
それはとても細く、弱弱しい涙声だった。
「信じてたのに…好きだから我慢してたのに…なんで…ごめん、やっぱ今日は帰るよ」
俯く彼女は僕から腕を放し、そのまま踵を返して立ち去ろうとする。
思わずその手を掴んで止めてしまった。
「ちょ、放せよ!今日はもう無理だから!」
「ダメだ」
僕は百崎さんの手を引っ張ってこちらに引き寄せる。
「なんで!関係ないだろ!」
「あるよ」
僕は涙に濡れる百崎さんの目をしっかり見つめて言う。
「瑞樹の今の彼氏は僕でしょ?大事な彼女は放っておけないよ」
「!…馬鹿。お前、強引だぞ」
「うん、そうだよ。一緒に行こうか」
「…へへ、うん💓」
まだ涙で目が潤んでいたが、そこに悲壮感はなく、百崎さんはなんだか甘い声で頷いた。
そして僕は彼女を連れて別のラブホへと入っていった。
…いや、ダメだろ。なに雰囲気に飲まれて入ってんだよ!
こんなのおかしいよ!なんでこんなトントン拍子に寝取れるの!
ハッ!まさかこれが壬生さんのNTR式脳トレの効果だというのか!すっげえな、これ金取れるレベルじゃね?
なんて言ってる場合じゃない!どうしよう!これ、このままいくとマジで寝取っちゃうんですけど!このままだと壬生さんの貞操まで危機に晒されてしまうよ!
このままだと、白昼夢が現実になってしまうよ!
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