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喜劇
ヒーローの登場
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ファネットゥ王女とリーレイの正式な婚約までに時間がある。それまでに彼女を婚約者として教育するのがわたしの役目だ。
もともと公太子の婚約者だったわたしが適任だろうというのが、議会によって決定された。
反論しようと思った、けれどわたしを教育してくれた大公妃に任せるわけにもいかず、そしてわたし以外に適任がいないのも事実だったため渋々了承した。
ファネットゥ王女が間者とも限らない。そんな人に敬愛する大公妃の手をわずらわせることはわたしも嫌だ。
婚約が決まってからわたしの体調の加減を見ながら厳しくも優しく教育してくれた大公妃はわたしにとっては母親も同然。
リーレイの弟ジェスリーの婚約者、シャーロットの教育もまだ途中で大公妃はお忙しいのだ。
そして公国ではこれまで他国の后を迎え入れたことがない。
だから大公妃以外に后教育のできる人材はわたしだけだった。
コースティ家の公都の屋敷は王宮から少し離れた小高い丘にある。
大きな石造りの強固な造りは、サウスラーザンの要塞とどことなく似ている。
四方にある尖塔にまで蔦が伸び、屋敷の背にある森とともにその無骨さを和らげている。
万が一王宮とコースティ家、どちらかが火事や暴徒による襲撃があったとしてもどちらかが残れば国としての機能は保てるとの判断をされたからである。
コースティ家の屋敷というよりは国の施設に近い。
普段はサウスラーザンの要塞で過ごしているためこちらは仮の家、というのがわたしの印象だ。
なので、この屋敷に今いるのはわたしと将来の補佐官である侍従のフィン、それから料理人のトーレスと侍女が数名。
ファネットゥ王女が連れてきた侍女はその倍。
部屋を用意するだけでも一苦労だった。
なぜこの屋敷にコースティ家の人間がわたししかいないのかというとこれには深い深い事情がある。
まず、母は十五歳の頃に他界している。覚えているのは病弱な母の青白い顔と、それを嘆き悲しむ兄の姿である。
そのころのわたしもまた身体が弱く、臥せっていることが多かった。
兄は母とわたし両方を見舞っては悲しい顔をしていた。
その兄は次期辺境伯にも関わらず、争い事が苦手な心優しい青年だった。優しすぎたのだ。
母が亡くなると、わたしも同じ病なのではないかと心配した兄は、その治療法を求めて旅に出てしまった。
実際、わたしの身体が弱い理由は母とは違ったのでその旅には何の価値もなかった。いや、他の患者がいるかもしれないので役に立たないことはないかもしれないが、それでもおかげでわたしは途方に暮れた。
次期辺境伯が失踪したも同然なのだから。
ちなみに父はサウスラーザンの砦からほとんど離れることは出来ず、おかげでわたしはこの屋敷の主となったのである。
ファネットゥ王女は何も知らない無垢な、子供だった。
クラメール王国では珍しい色の白い彼女は王家の家族、王宮内でとても可愛がられていたのだろう。
王女だから生活の一切を侍女が行うのは、良い。
だが、ファンデラント公国の歴史や文化、クラメール王国との違い、両国の戦争の経緯など何も知らないとはどういうことなのだ。
さすがにわたしもそこまで暇じゃない。教えなければならないことは山ほどある。宮殿儀礼や公国の法律、基本理念。
なので助っ人を召喚した。
それがアシュリー。
おとぎ話でヒロインと結ばれるアシュリー次期辺境伯だ。
わたしの現在の婚約者だ。
ファネットゥ王女とリーレイの婚約によりわたしの婚約者がいなくなった。わたしとしては一人でも良かったのだが、父が押し付けてきたのが彼だ。
アシュリーとはもともと友人だったのでいまさらお互いに恋をすることは不可能に近い。お互いその認識に間違いはなかった。
そして彼ならばファネットゥ王女と過ちを犯すこともないだろうことも分かっていた。
淡い茶色い髪は穏やかな顔と相まって彼をより優しい人に見せていた。
そんな彼とともに行ってもファネットゥ王女の教育は遅々として進まなかった。
これでは婚約者どころか宮殿内へあげることもままならない。
価値観の違いを目の当たりにしてわたしはまたも途方に暮れた。
目まぐるしい日々が続いたおかげで食事を残しがちなわたしに料理人であるトーレスが懐かしいものを作ってくれた。
レーズンパンを使ったパンプティングだ。
体調が悪いときでも、セーラーディン島で作られた淡い翠の陶器で作られたこれなら食べられるのでしょっちゅう作ってもらっていた。
「お嬢が痩せちまうとオレが怒られるからな」
父と変わらない年齢のトーレスに子供のように頭を乱されて食べるパンプティングは優しい味がした。
息抜きをさせてもらったわたしはまたアシュリーとともに、ファネットゥ王女に立ち向かうのだった。
もともと公太子の婚約者だったわたしが適任だろうというのが、議会によって決定された。
反論しようと思った、けれどわたしを教育してくれた大公妃に任せるわけにもいかず、そしてわたし以外に適任がいないのも事実だったため渋々了承した。
ファネットゥ王女が間者とも限らない。そんな人に敬愛する大公妃の手をわずらわせることはわたしも嫌だ。
婚約が決まってからわたしの体調の加減を見ながら厳しくも優しく教育してくれた大公妃はわたしにとっては母親も同然。
リーレイの弟ジェスリーの婚約者、シャーロットの教育もまだ途中で大公妃はお忙しいのだ。
そして公国ではこれまで他国の后を迎え入れたことがない。
だから大公妃以外に后教育のできる人材はわたしだけだった。
コースティ家の公都の屋敷は王宮から少し離れた小高い丘にある。
大きな石造りの強固な造りは、サウスラーザンの要塞とどことなく似ている。
四方にある尖塔にまで蔦が伸び、屋敷の背にある森とともにその無骨さを和らげている。
万が一王宮とコースティ家、どちらかが火事や暴徒による襲撃があったとしてもどちらかが残れば国としての機能は保てるとの判断をされたからである。
コースティ家の屋敷というよりは国の施設に近い。
普段はサウスラーザンの要塞で過ごしているためこちらは仮の家、というのがわたしの印象だ。
なので、この屋敷に今いるのはわたしと将来の補佐官である侍従のフィン、それから料理人のトーレスと侍女が数名。
ファネットゥ王女が連れてきた侍女はその倍。
部屋を用意するだけでも一苦労だった。
なぜこの屋敷にコースティ家の人間がわたししかいないのかというとこれには深い深い事情がある。
まず、母は十五歳の頃に他界している。覚えているのは病弱な母の青白い顔と、それを嘆き悲しむ兄の姿である。
そのころのわたしもまた身体が弱く、臥せっていることが多かった。
兄は母とわたし両方を見舞っては悲しい顔をしていた。
その兄は次期辺境伯にも関わらず、争い事が苦手な心優しい青年だった。優しすぎたのだ。
母が亡くなると、わたしも同じ病なのではないかと心配した兄は、その治療法を求めて旅に出てしまった。
実際、わたしの身体が弱い理由は母とは違ったのでその旅には何の価値もなかった。いや、他の患者がいるかもしれないので役に立たないことはないかもしれないが、それでもおかげでわたしは途方に暮れた。
次期辺境伯が失踪したも同然なのだから。
ちなみに父はサウスラーザンの砦からほとんど離れることは出来ず、おかげでわたしはこの屋敷の主となったのである。
ファネットゥ王女は何も知らない無垢な、子供だった。
クラメール王国では珍しい色の白い彼女は王家の家族、王宮内でとても可愛がられていたのだろう。
王女だから生活の一切を侍女が行うのは、良い。
だが、ファンデラント公国の歴史や文化、クラメール王国との違い、両国の戦争の経緯など何も知らないとはどういうことなのだ。
さすがにわたしもそこまで暇じゃない。教えなければならないことは山ほどある。宮殿儀礼や公国の法律、基本理念。
なので助っ人を召喚した。
それがアシュリー。
おとぎ話でヒロインと結ばれるアシュリー次期辺境伯だ。
わたしの現在の婚約者だ。
ファネットゥ王女とリーレイの婚約によりわたしの婚約者がいなくなった。わたしとしては一人でも良かったのだが、父が押し付けてきたのが彼だ。
アシュリーとはもともと友人だったのでいまさらお互いに恋をすることは不可能に近い。お互いその認識に間違いはなかった。
そして彼ならばファネットゥ王女と過ちを犯すこともないだろうことも分かっていた。
淡い茶色い髪は穏やかな顔と相まって彼をより優しい人に見せていた。
そんな彼とともに行ってもファネットゥ王女の教育は遅々として進まなかった。
これでは婚約者どころか宮殿内へあげることもままならない。
価値観の違いを目の当たりにしてわたしはまたも途方に暮れた。
目まぐるしい日々が続いたおかげで食事を残しがちなわたしに料理人であるトーレスが懐かしいものを作ってくれた。
レーズンパンを使ったパンプティングだ。
体調が悪いときでも、セーラーディン島で作られた淡い翠の陶器で作られたこれなら食べられるのでしょっちゅう作ってもらっていた。
「お嬢が痩せちまうとオレが怒られるからな」
父と変わらない年齢のトーレスに子供のように頭を乱されて食べるパンプティングは優しい味がした。
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