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第10話 宿娘の紹介
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「……あっ、おはようございます! ユーリさん」
「おはよう、レリア」
次の日、宿の二階から朝食の匂いにつられて降りていくと、一階の食堂では何人かの客たちが既に食事を取っていた。
彼らのもとに忙しく朝食を運んだり、注文を聞いたりしている従業員の中に、昨日私の接客をしてくれた少女、レリアがいて、私に挨拶してくれたのだった。
昨日、夕食時に色々話し込んだので、その時に名前も含めて聞いたのだ。
彼女はやはり、この宿……《森の畔亭》を切り盛りする一家の家族であり、末娘に当たるのだという。
三人兄妹だと言うことだが、一番上の兄は修行のために別の宿……具体的にはこの町でも一流と言われる、大店に働きに出ており、姉は既に結婚して家を出ているのでいないのだという。
彼女以外の宿の従業員は、主人であるエドと、その妻であるデイナ、それにレリアの従兄弟に当たるギーレという青年の三人が血縁関係にあり、それ以外に何人か人を雇っているという。
それほど規模は大きくないとはいえ、やはり四人だけでやるには厳しい大きさだと言うのは理解できる。
今も厨房ではエドとギーレ、それにもう一人、ギーレと同じくらいと思しき青年が忙しく働いているのだから。
食堂でもレリアともう二人、二十台半ばほどの女性が働いていて、やはり忙しそうだった。
しかし、いずれの従業員も私が席につくとしっかりと気づいて、すぐに朝食を運んできてくれる。
「今日のメニューはすじ肉の煮込みと黒パン、それにサラダです」
レリアがそう説明してくれる。
明るい笑顔と、好意的な視線に私も自然に笑顔になる。
ちなみにメニューについては基本的に統一されている。
選ぶ自由はないが、これだけでは足りないので、追加で金を払うから、と言った感じで頼む者もそれなりにいる。
あとは、朝っぱらから酒を注文する豪のものとかもいないではない。
私はそのいずれでもないので、これで十分満足だが。
本当に安い宿だと朝食なんて出ないこともザラだし、出たとしても塩味の水かな、と言うことも少なくない。
それと比べると随分なご馳走である。
私に否やがあるはずもなかった。
味も本当によく、手早く食事を片付ける。
元貴族令嬢にあるまじき早食いではあるが、もう私は平民なのだ。
時は金なりの精神で行かなければ。
もちろん、食事を楽しむべき時は楽しむつもりはあるが、今の私は無職で金を稼げるアテもない状態にある。
せめてその辺りにしっかりとした目処がついてからでなければ、のんびりとしていられないのだった。
「……ごちそうさま、レリア」
立ち上がり、食器を持って返却口にまで行くと、洗い物をしていたレリアが受け取ってくれたが、彼女は驚いた顔で、
「えっ、もう食べ終わったんですか?」
と聞いてくる。
女性でここまでさっさと食べる人は少数なのだろうな。
私も昔は急いだところでこの三倍は時間がかかっていた。
しかし今では普通に食べてもこんなものなのだ。
慣れというのは恐ろしい、と少しだけ思おう。
「ええ。仕事柄、あまりゆっくりとは食べないように体が出来ちゃっているのよね……よくないとは思うのだけど、今日のところは出かけたいところがあるというのもあって」
「確か、鍛冶屋さんとか、魔道具屋さんとかに行かれるってお話でしたね」
「そうなの。明日には依頼を受け始めるつもりだから、そのために色々と準備をしたくて……そうだ、レリアはどこかいい店の心当たりはない?」
こう聞いたのは、世間話の延長であると同時に、実際に興味があったからだ。
鍛冶屋も魔道具屋も、昨日、ゴドールからいくつかおすすめを聞いてはいるのだが、宿の娘から見てのいい店、となるとまた違うかもしれないと思ってのことだった。
これにレリアは頷いて、
「そうですねぇ。鍛冶屋さんだと、ブレンカさんのところがお勧めですよ。ドワーフの方なので、ちょっとだけ気難しいところがあるのですけど、腕は確かですから」
「へぇ、ドワーフ。珍しいわね」
ドワーフの鍛冶屋、というのが一流の腕を持っている、というのは一般人から見ても有名な話だが、これは事実だ。
もちろん、ドワーフとはいえ、修行中の身の者も大勢いるから、全てのドワーフの鍛治師が、というわけではない。
ただ、一人で店を持てるようなドワーフの腕がよくない、ということは滅多にないのも事実だ。
しかし彼らは数が少なく、どこにでもいるような存在ではない。
私がつい先日まで住んでいた王都にはいたが、それでも数人しかいなかったくらいだ。
ジュールがシガラ森林国第一の都市とはいえ、首都というわけでもないのでいなかったとしても普通なのだった。
「これはいい情報を聞いたわね……早速行ってみたいと思うわ」
「はい! ちなみにですけど、何を買うんですか? 杖とかでしょうか?」
この質問は、私が戦士というよりも魔術師に見えるからだろう。
私はこれでそれなりに戦えるが、外見的には通常の貴婦人と変わったところはない。
そのため、その辺の冒険者と比較するとかなり華奢に見えるため、戦士だ、とはとてもではないが思えないのだ。
しかし、実際には私は魔術も使うが、同時に武器も使った近接戦闘も行う戦士でもある。
だから私は言った。
「剣か槍かしら。ハルバードなんかも使えるけれど、これから迷宮にも潜って行きたいと思っているし、パーティーとか組むつもりがあまりないから、取り回しのいい武器を買うと思うわ」
「えっ、剣で……戦えるんですか?」
「魔術も得意だけど、剣も好きよ。その辺の男には負けないわ」
「……すごい、かっこいいですね! 私も戦えたらなぁ……」
「修行すれば誰でも戦えるようになるわよ。護身術くらいだったら暇な時教えてあげるわよ?」
「本当ですか? でしたら、お暇な時、よろしくお願いします」
「ええ。それじゃ、鍛冶屋の場所を推しててもらえるかしら」
「はい! 場所は市場に向かう大通りをしばらく歩いて……それで……」
道順をしっかりと覚えた私は、そのまま宿を出て、件の鍛冶屋へと向かったのだった。
「おはよう、レリア」
次の日、宿の二階から朝食の匂いにつられて降りていくと、一階の食堂では何人かの客たちが既に食事を取っていた。
彼らのもとに忙しく朝食を運んだり、注文を聞いたりしている従業員の中に、昨日私の接客をしてくれた少女、レリアがいて、私に挨拶してくれたのだった。
昨日、夕食時に色々話し込んだので、その時に名前も含めて聞いたのだ。
彼女はやはり、この宿……《森の畔亭》を切り盛りする一家の家族であり、末娘に当たるのだという。
三人兄妹だと言うことだが、一番上の兄は修行のために別の宿……具体的にはこの町でも一流と言われる、大店に働きに出ており、姉は既に結婚して家を出ているのでいないのだという。
彼女以外の宿の従業員は、主人であるエドと、その妻であるデイナ、それにレリアの従兄弟に当たるギーレという青年の三人が血縁関係にあり、それ以外に何人か人を雇っているという。
それほど規模は大きくないとはいえ、やはり四人だけでやるには厳しい大きさだと言うのは理解できる。
今も厨房ではエドとギーレ、それにもう一人、ギーレと同じくらいと思しき青年が忙しく働いているのだから。
食堂でもレリアともう二人、二十台半ばほどの女性が働いていて、やはり忙しそうだった。
しかし、いずれの従業員も私が席につくとしっかりと気づいて、すぐに朝食を運んできてくれる。
「今日のメニューはすじ肉の煮込みと黒パン、それにサラダです」
レリアがそう説明してくれる。
明るい笑顔と、好意的な視線に私も自然に笑顔になる。
ちなみにメニューについては基本的に統一されている。
選ぶ自由はないが、これだけでは足りないので、追加で金を払うから、と言った感じで頼む者もそれなりにいる。
あとは、朝っぱらから酒を注文する豪のものとかもいないではない。
私はそのいずれでもないので、これで十分満足だが。
本当に安い宿だと朝食なんて出ないこともザラだし、出たとしても塩味の水かな、と言うことも少なくない。
それと比べると随分なご馳走である。
私に否やがあるはずもなかった。
味も本当によく、手早く食事を片付ける。
元貴族令嬢にあるまじき早食いではあるが、もう私は平民なのだ。
時は金なりの精神で行かなければ。
もちろん、食事を楽しむべき時は楽しむつもりはあるが、今の私は無職で金を稼げるアテもない状態にある。
せめてその辺りにしっかりとした目処がついてからでなければ、のんびりとしていられないのだった。
「……ごちそうさま、レリア」
立ち上がり、食器を持って返却口にまで行くと、洗い物をしていたレリアが受け取ってくれたが、彼女は驚いた顔で、
「えっ、もう食べ終わったんですか?」
と聞いてくる。
女性でここまでさっさと食べる人は少数なのだろうな。
私も昔は急いだところでこの三倍は時間がかかっていた。
しかし今では普通に食べてもこんなものなのだ。
慣れというのは恐ろしい、と少しだけ思おう。
「ええ。仕事柄、あまりゆっくりとは食べないように体が出来ちゃっているのよね……よくないとは思うのだけど、今日のところは出かけたいところがあるというのもあって」
「確か、鍛冶屋さんとか、魔道具屋さんとかに行かれるってお話でしたね」
「そうなの。明日には依頼を受け始めるつもりだから、そのために色々と準備をしたくて……そうだ、レリアはどこかいい店の心当たりはない?」
こう聞いたのは、世間話の延長であると同時に、実際に興味があったからだ。
鍛冶屋も魔道具屋も、昨日、ゴドールからいくつかおすすめを聞いてはいるのだが、宿の娘から見てのいい店、となるとまた違うかもしれないと思ってのことだった。
これにレリアは頷いて、
「そうですねぇ。鍛冶屋さんだと、ブレンカさんのところがお勧めですよ。ドワーフの方なので、ちょっとだけ気難しいところがあるのですけど、腕は確かですから」
「へぇ、ドワーフ。珍しいわね」
ドワーフの鍛冶屋、というのが一流の腕を持っている、というのは一般人から見ても有名な話だが、これは事実だ。
もちろん、ドワーフとはいえ、修行中の身の者も大勢いるから、全てのドワーフの鍛治師が、というわけではない。
ただ、一人で店を持てるようなドワーフの腕がよくない、ということは滅多にないのも事実だ。
しかし彼らは数が少なく、どこにでもいるような存在ではない。
私がつい先日まで住んでいた王都にはいたが、それでも数人しかいなかったくらいだ。
ジュールがシガラ森林国第一の都市とはいえ、首都というわけでもないのでいなかったとしても普通なのだった。
「これはいい情報を聞いたわね……早速行ってみたいと思うわ」
「はい! ちなみにですけど、何を買うんですか? 杖とかでしょうか?」
この質問は、私が戦士というよりも魔術師に見えるからだろう。
私はこれでそれなりに戦えるが、外見的には通常の貴婦人と変わったところはない。
そのため、その辺の冒険者と比較するとかなり華奢に見えるため、戦士だ、とはとてもではないが思えないのだ。
しかし、実際には私は魔術も使うが、同時に武器も使った近接戦闘も行う戦士でもある。
だから私は言った。
「剣か槍かしら。ハルバードなんかも使えるけれど、これから迷宮にも潜って行きたいと思っているし、パーティーとか組むつもりがあまりないから、取り回しのいい武器を買うと思うわ」
「えっ、剣で……戦えるんですか?」
「魔術も得意だけど、剣も好きよ。その辺の男には負けないわ」
「……すごい、かっこいいですね! 私も戦えたらなぁ……」
「修行すれば誰でも戦えるようになるわよ。護身術くらいだったら暇な時教えてあげるわよ?」
「本当ですか? でしたら、お暇な時、よろしくお願いします」
「ええ。それじゃ、鍛冶屋の場所を推しててもらえるかしら」
「はい! 場所は市場に向かう大通りをしばらく歩いて……それで……」
道順をしっかりと覚えた私は、そのまま宿を出て、件の鍛冶屋へと向かったのだった。
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