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本気のキスで甘くとかして(上)
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R18短編『本気のキスは甘くとろけて(リメイク版)』
https://www.alphapolis.co.jp/novel/346348421/194770629
の続編です
______________________________
「大熊、今度合コンするからお前も参加な。日付はあとで連絡するからヨロシク」
社会人四年目、初夏のある日。
社員食堂で定食を頬張っていた賢人は、二つ上の先輩である岡村宜仁に肩をたたかれてそう命じられた。体育会系で上下関係に厳しい会社なので、賢人が岡村にできる返事は「はい、わかりました」のみだ。拒否権など存在しない。
この国で最も権威のある大学を卒業した大熊賢人は、業界最大手の証券会社に入社した。もう四年目だが、まだまだ一人前には程遠く、様々な案件を先輩や上司と共に忙しくこなしている段階だ。
すでに同期の半数が辞職したが、高校卒業までサッカー部に所属していた賢人は体力も負けん気もあり、上下関係の厳しい体育会系の雰囲気には嫌でも慣れている。理不尽なことは数えきれないし、接待キャバクラや付き合い飲み会の数も多いが、その分成果が出た際の評価と報酬は明確に与えられるので、実力主義の社風は自分に合っていると思いながら、激務の続く日々を過ごしていた。
(合コンって……めんどくせぇな)
賢人に声をかけたあと、岡村は颯爽と立ち去っていった。おそらく賢人にしたのと同じように、合コンに参加するようにと、ほかの後輩に声をかけに行ったのだろう。
芸能界に興味はありませんかとスカウトから声をかけられたこともある賢人は、とてもクールな顔つきをしている。決して愛想のある顔ではないのだが、整っているのに男らしさが滲み出るような、非常に目を奪われる顔立ちだ。それでいてスポーツをやっていたこともあり、背が高くてたくましい印象のある体つきもしているので、異性からとてつもなくモテる。「カノジョじゃなくていい、セフレかそれ以下でもいいから」などと言って、たまに賢人とセックスをするだけの関係で満足する女性もいるくらいだ。
そのせいと言うべきか、それとも元来冷酷な性格だからなのか、高校生の頃から賢人は、異性と誠実に付き合った試しがない。誰か一人の女性と付き合っている体裁なのに、ほかの女性から誘われて気が向けば、すぐに身体の関係を結んだ。そのことを恋人に責められたら、いとも簡単に「じゃあ別れよう」と告げた。するとたいてい、女性のほうが「別れたくない」と言って拒む。「なら、俺の好きにさせろ」と賢人は言って、自由奔放に遊び惚けた。
社会人になってからは明確に特定の誰かと付き合うことはなく、好みの外見で都合のいい女性を何人かキープしている。鬱陶しいことを言ってきたらすぐに切るので、いま賢人とつながっている女性は誰もが皆、賢人とのことは遊びだと割り切ってくれている。
つまり、賢人は女関係に困っていない。合コンをして新しい出会いを得たいなどとは、微塵も思っていないのである。それどころか、少なからず相手に配慮することを求められる合コンなど、非常に面倒くさく思う。そんなことをしなくても、セックスをする相手はいくらでもいる。賢人にないのは、多忙ゆえのプライベートの時間くらいなものだ。
だが、先輩の言うことは絶対だ。拒否権などないのだから合コンには参加するべきだし、もちろん先輩である岡村の顔を立てるためにも、それ相応の振る舞いをしなければならない。
心底面倒くさいと思いつつも、賢人は後日、岡村から送られてきた合コンの日時を確認し、それに必ず参加できるように仕事を調整するのだった。
◆◇◆◇◆
「証券会社って、超ブラックってイメージなんですけど……実際どうなんですか?」
そうしてやって来た合コン当日。
男性側のメンバーは幹事の岡村と賢人、それから賢人の同期の牧と後輩の石田。女性側のメンバーは、岡村と仕事で知り合ったという商社の営業職の吉岡道子とその後輩の河合八重。それから、まだ大学生である吉岡の妹――が所属しているサークルの後輩の大西真帆と、その友人で同じく大学生の指原柚子。
男性陣はわかりやすい関係性だが、女性陣はどうもつながりがあるようでないような、不思議な関係だ。そう思って話を聞くと、参加予定だった大学四年生の二名が欠席になってしまったため、大西真帆と指原柚子という三年生の二人が、吉岡の妹経由で急遽呼ばれたらしい。
先輩である岡村の手前、ただでさえ雑な対応はできないのに、大学生相手となると、ますますおざなりな対応はできない。何か問題が起きたら、最初に責任を問われるのは大学生ではなく社会人のほうだからだ。
賢人は最初、決して表情には出さないものの、面倒くささに拍車がかかったと、忌々しく思った。
「まあ、世間一般的にイメージされていることは、ほぼそのままだと思うよ。ただ、認知されていない、いい面もあるけどね」
社会人の河合八重からの質問に、岡村は苦笑しながら答えた。
合コンの会話はそうして、幹事である吉岡道子とその後輩の河合がほとんど、時たま大西という女子大生が進めていた。
(あいつ……指原とかいう奴は、ほとんど何も話さねぇな)
テーブル席の一番端に座っている指原という女子大生は、ほかの誰かの話に相槌を打ったり表情を変えたりはしているが、積極的に自分から話すということはなかった。
連携がとれていないからなのか、吉岡と河合が指原に話題を振るということもなく、合コンという場に来ている意義をまったく果たしていない。大西という女子大生のほうは、学生ながらも懸命に、社会人たちの話題に加わろうとしているのに。
(まあ、数合わせで呼ばれたんじゃ当然か)
賢人は岡村を持ち上げつつ、同期の牧や後輩の石田の良さをアピールするようにアシストもしてやりつつ、しかし河合からあからさまに送られてくる秋波は、のらりくらりとかわしていた。
だが、食事も半分を過ぎると互いの読み合いが始まったのか、少しずつ会話がぎこちなくなってくる。理想の恋人や結婚観など、ぶっちゃけた会話が多くなってくるが、互いに手の内を見せたくはないのか、それとも着飾ったいい部分だけを見せたいのか、曖昧な答えが多くて会話が広がりもしないし進みもしない。
そうして場の空気が淀んでくると、指原という女子大生がさっと何気ない話題を持ち出して、和やかな会話がゆっくりと繰り広げられた。
就職活動が来年始まるので、どう進めたらいいのか。一人暮らしをするとしたら、どんなタイミングがいいのか。社会人になっても趣味は続けられるのか。健康のために気を付けていることはあるか。
大学生でも社会人でも広げられるそうした話題を、誰かを上げたり下げたりすることもなく、指原は慎重に掘り下げていく。おかげで、男性陣も女性陣も、必要以上にギラギラすることもなく、かといって自分を隠したり偽ったりすることもなく、自然な自己開示ができたようだった。
(こいつ……すげぇ気を遣うな。女の側も、半分は知らない相手だろうに)
数合わせのために呼ばれた合コンでさぞや居心地が悪いだろうに、指原という子は誰よりもさりげなく、しかし素早く、空いた皿やグラスを片したり、次の飲み物を店員に頼んだりしている。そこに「自分を好く見せよう」という打算がないことは、容易にわかる。そういう打算がある者は、自分の気遣いに対する相手からの反応や褒め言葉を期待している表情を浮かべるものだが、指原という子に、そうした見返りを求める表情や空気は一切ないのだ。
(もっと気楽にやりゃいいのにな)
食後のデザートを誰よりも早くたいらげた賢人は、お手洗いへと一人席を立った。そして、男子トイレの鏡の前で、ふと考える。
指原はとてつもなく生真面目な性格なのだろう。主に異性関係に対して派手に、そしてある意味とてつもなくだらしなく生きてきた賢人は、初対面の相手にすら律儀に誠実に対応しようとする指原に、自分とは真逆の性質を感じた。
だからなのか、四人の中で誰が一番印象に残ったかと問われたら、間違いなく指原だ。見た目はとても普通の女子大生で、賢人がこれまでに関係してきた女性のようにとびきり美しいわけでも、ナイスバディなわけでも、アイドルのような愛らしさがあるわけでもない。不細工というわけではないが、電車に乗れば同じ車両内に、五人くらいは似たような雰囲気の女性がいそうな、とても平凡な容姿だ。
だが、生真面目すぎるあの態度が、丁寧すぎるあの気遣いが、やけに気になる。それは「生きづらくないのか」という心配であるような気もするし、しかし、「惹かれている」という感覚でもあるような気がした。
(惚れた……わけじゃねぇよな)
賢人は自分自身に問うてみる。
指原の言動は好ましく思うが、好いた惚れたという感覚とは少し違うと思う。
だがここ数年間、ろくな恋愛をしていないせいで、自分は普通の恋愛感情がわからなくなっている気もする。いまわかるのは、必要以上に他人を気遣う指原との縁が今日限りになってしまうのはなぜか嫌だと思う、ということだけだ。
(どうする……)
惚れたわけではない――と思う。だが、何もせずに縁が切れるのは嫌だ。とはいえ、会社の先輩や同僚がいる中で堂々とアピールするのは、なんだか気が引ける。相手が指原でなければいつものように、一晩限りの相手として自信たっぷりに遠慮なく誘うことはできるかもしれないが、これまで繰り返してきた不埒なその態度と関係を、真面目な彼女には向けたくないと思う。
ほかの者たちに気付かれず、なおかつ軽薄なアプローチだと思われないように指原の気を引くには、どうしたらよいのだろうか。
少しの間考えた賢人は、胸ポケットにしまってある名刺入れとボールペンを取り出した。そして、自分の名刺の裏に自分のプライベート用のスマホの電話番号と、短いメッセージを書き込む。その名刺をスマホのレザーカバーの隠しポケットに挟むと、賢人はようやくお手洗いを出て席に戻った。
仕事関係の飲み会の場合、二次会は必ず実施されるし、賢人も二次会までは必ず参加するようにしている。しかし今回は、女性側の参加者二名が大学生ということもあってか、幹事の岡村が一次会での解散を決めた。
賢人は河合八重から連絡先を教えてほしいとしつこく頼まれたが、「次の機会があったらな」と言ってはぐらかした。
残念ながら、河合はおそらく厄介な女だ。一晩限りだとかセフレにすぎないだとか、そういった分別や割り切りはできないくせに、恋愛や男が異様に好きで、常に異性とつながっていないと情緒不安定になるタイプだ。そういう手合いとは、気軽な大人の関係になることは難しい。指原のことがなかったとしても、河合をキープ女の一人にするつもりは毛頭なかった。
各々手荷物を持って店を出る。そして、最寄りの駅までそろって歩く。そのわずかな時間に賢人は指原にすっと近付き、彼女が持っていたバッグに、スマホの隠しポケットから取り出した例の名刺を気付かれないように入れた。
(気付くのがいつになるか……気付いても、連絡が来るかどうか……)
駅に着くと、一行は解散となった。電車に乗った賢人は念のため河合を警戒し、二つ先の駅で降りると、駅ビルの中に用もなくふらりと入る。そしてまだ開いていた本屋で経済雑誌を軽く立ち読みしてから、一人暮らしのマンションへと帰宅した。
そんな合コンから一週間、二週間、三週間が経っても、賢人のプライベート用のスマホに指原から連絡が来ることはなかった。何人かのセフレや、仕事の付き合いでよく行くキャバクラのキャストからは誘いの連絡が来たが、どの女性とも会う気持ちにはなれず、「忙しいから無理」と、賢人は誰に対しても同じ文面で返した。
残念ながら、指原との縁はつながらない。あの日限りだった。
賢人がそう思って諦めようとした、合コンから一カ月近くが経った頃のこと。
ある金曜日、終電の三本前の電車に乗って会社から帰宅途中だった賢人は、仕事用スマホとは別の、プライベート用スマホのアプリに新着情報を表す赤いマークが付いていることに気が付いた。それは普段使っている連絡用アプリではなく、スマホの電話番号宛に送られてくるショートメッセージを見るためのアプリだ。
疲れてぼうっとしていた賢人は、無表情でアプリのアイコンをタップした。しかし、パッと目に飛び込んできた少し長めの文の中に「指原」という文字を見つけると、急いでスマホから視線を外した。柄にもなく、急に心臓が早鐘を打ち始めていた。
(なっ……マジか……)
自分の中に生まれた動揺をなんとか抑えつつ、賢人は恐る恐る、スマホに視線を戻す。そして、送られてきたメッセージを一字一句、丁寧に読み込んだ。
<こんばんは。先日吉岡さん主催の飲み会でご一緒させていただいた、指原柚子です。バッグの中に大熊さんの名刺があったことに気付いて連絡をさせていただいたのですが……もしかしたら、名刺を渡す相手をお間違いなのではないかと思って……。もしそうなら、渡したかったお相手に、大熊さんへ連絡するように私から伝えます>
色気ゼロの文面。しかも、賢人が連絡をとりたかった相手は自分ではなく、別の女性ではないかと懸念している内容。自分が合コン相手からアプローチされるとは、まったく思っていないようだ。
たったそれだけのメッセージだが、そこに指原の――柚子の生真面目さと、自分への自信のなさを感じる。その印象は、合コンのあの日と変わらない。
(なんて……)
なんて返事をすべきか。賢人は考えた。電車を降りて、コンビニで内容も見ずに弁当を買って、自宅マンションへと歩きながらもずっとスマホの画面を見つめながら、とにかく考えた。
だが、仕事で疲れきった頭はうまく回らず、まったく考えがまとまらない。かろうじて出せた答えは、「今夜はもう遅いから、いま返信するのは印象がよくないだろう」ということだった。
帰宅した賢人はシャワーを浴びて弁当を食べて、そして早々にベッドに寝転ぶ。しかし、その視線はできる限りずっと、スマホに向けられていた。
R18短編『本気のキスは甘くとろけて(リメイク版)』
https://www.alphapolis.co.jp/novel/346348421/194770629
の続編です
______________________________
「大熊、今度合コンするからお前も参加な。日付はあとで連絡するからヨロシク」
社会人四年目、初夏のある日。
社員食堂で定食を頬張っていた賢人は、二つ上の先輩である岡村宜仁に肩をたたかれてそう命じられた。体育会系で上下関係に厳しい会社なので、賢人が岡村にできる返事は「はい、わかりました」のみだ。拒否権など存在しない。
この国で最も権威のある大学を卒業した大熊賢人は、業界最大手の証券会社に入社した。もう四年目だが、まだまだ一人前には程遠く、様々な案件を先輩や上司と共に忙しくこなしている段階だ。
すでに同期の半数が辞職したが、高校卒業までサッカー部に所属していた賢人は体力も負けん気もあり、上下関係の厳しい体育会系の雰囲気には嫌でも慣れている。理不尽なことは数えきれないし、接待キャバクラや付き合い飲み会の数も多いが、その分成果が出た際の評価と報酬は明確に与えられるので、実力主義の社風は自分に合っていると思いながら、激務の続く日々を過ごしていた。
(合コンって……めんどくせぇな)
賢人に声をかけたあと、岡村は颯爽と立ち去っていった。おそらく賢人にしたのと同じように、合コンに参加するようにと、ほかの後輩に声をかけに行ったのだろう。
芸能界に興味はありませんかとスカウトから声をかけられたこともある賢人は、とてもクールな顔つきをしている。決して愛想のある顔ではないのだが、整っているのに男らしさが滲み出るような、非常に目を奪われる顔立ちだ。それでいてスポーツをやっていたこともあり、背が高くてたくましい印象のある体つきもしているので、異性からとてつもなくモテる。「カノジョじゃなくていい、セフレかそれ以下でもいいから」などと言って、たまに賢人とセックスをするだけの関係で満足する女性もいるくらいだ。
そのせいと言うべきか、それとも元来冷酷な性格だからなのか、高校生の頃から賢人は、異性と誠実に付き合った試しがない。誰か一人の女性と付き合っている体裁なのに、ほかの女性から誘われて気が向けば、すぐに身体の関係を結んだ。そのことを恋人に責められたら、いとも簡単に「じゃあ別れよう」と告げた。するとたいてい、女性のほうが「別れたくない」と言って拒む。「なら、俺の好きにさせろ」と賢人は言って、自由奔放に遊び惚けた。
社会人になってからは明確に特定の誰かと付き合うことはなく、好みの外見で都合のいい女性を何人かキープしている。鬱陶しいことを言ってきたらすぐに切るので、いま賢人とつながっている女性は誰もが皆、賢人とのことは遊びだと割り切ってくれている。
つまり、賢人は女関係に困っていない。合コンをして新しい出会いを得たいなどとは、微塵も思っていないのである。それどころか、少なからず相手に配慮することを求められる合コンなど、非常に面倒くさく思う。そんなことをしなくても、セックスをする相手はいくらでもいる。賢人にないのは、多忙ゆえのプライベートの時間くらいなものだ。
だが、先輩の言うことは絶対だ。拒否権などないのだから合コンには参加するべきだし、もちろん先輩である岡村の顔を立てるためにも、それ相応の振る舞いをしなければならない。
心底面倒くさいと思いつつも、賢人は後日、岡村から送られてきた合コンの日時を確認し、それに必ず参加できるように仕事を調整するのだった。
◆◇◆◇◆
「証券会社って、超ブラックってイメージなんですけど……実際どうなんですか?」
そうしてやって来た合コン当日。
男性側のメンバーは幹事の岡村と賢人、それから賢人の同期の牧と後輩の石田。女性側のメンバーは、岡村と仕事で知り合ったという商社の営業職の吉岡道子とその後輩の河合八重。それから、まだ大学生である吉岡の妹――が所属しているサークルの後輩の大西真帆と、その友人で同じく大学生の指原柚子。
男性陣はわかりやすい関係性だが、女性陣はどうもつながりがあるようでないような、不思議な関係だ。そう思って話を聞くと、参加予定だった大学四年生の二名が欠席になってしまったため、大西真帆と指原柚子という三年生の二人が、吉岡の妹経由で急遽呼ばれたらしい。
先輩である岡村の手前、ただでさえ雑な対応はできないのに、大学生相手となると、ますますおざなりな対応はできない。何か問題が起きたら、最初に責任を問われるのは大学生ではなく社会人のほうだからだ。
賢人は最初、決して表情には出さないものの、面倒くささに拍車がかかったと、忌々しく思った。
「まあ、世間一般的にイメージされていることは、ほぼそのままだと思うよ。ただ、認知されていない、いい面もあるけどね」
社会人の河合八重からの質問に、岡村は苦笑しながら答えた。
合コンの会話はそうして、幹事である吉岡道子とその後輩の河合がほとんど、時たま大西という女子大生が進めていた。
(あいつ……指原とかいう奴は、ほとんど何も話さねぇな)
テーブル席の一番端に座っている指原という女子大生は、ほかの誰かの話に相槌を打ったり表情を変えたりはしているが、積極的に自分から話すということはなかった。
連携がとれていないからなのか、吉岡と河合が指原に話題を振るということもなく、合コンという場に来ている意義をまったく果たしていない。大西という女子大生のほうは、学生ながらも懸命に、社会人たちの話題に加わろうとしているのに。
(まあ、数合わせで呼ばれたんじゃ当然か)
賢人は岡村を持ち上げつつ、同期の牧や後輩の石田の良さをアピールするようにアシストもしてやりつつ、しかし河合からあからさまに送られてくる秋波は、のらりくらりとかわしていた。
だが、食事も半分を過ぎると互いの読み合いが始まったのか、少しずつ会話がぎこちなくなってくる。理想の恋人や結婚観など、ぶっちゃけた会話が多くなってくるが、互いに手の内を見せたくはないのか、それとも着飾ったいい部分だけを見せたいのか、曖昧な答えが多くて会話が広がりもしないし進みもしない。
そうして場の空気が淀んでくると、指原という女子大生がさっと何気ない話題を持ち出して、和やかな会話がゆっくりと繰り広げられた。
就職活動が来年始まるので、どう進めたらいいのか。一人暮らしをするとしたら、どんなタイミングがいいのか。社会人になっても趣味は続けられるのか。健康のために気を付けていることはあるか。
大学生でも社会人でも広げられるそうした話題を、誰かを上げたり下げたりすることもなく、指原は慎重に掘り下げていく。おかげで、男性陣も女性陣も、必要以上にギラギラすることもなく、かといって自分を隠したり偽ったりすることもなく、自然な自己開示ができたようだった。
(こいつ……すげぇ気を遣うな。女の側も、半分は知らない相手だろうに)
数合わせのために呼ばれた合コンでさぞや居心地が悪いだろうに、指原という子は誰よりもさりげなく、しかし素早く、空いた皿やグラスを片したり、次の飲み物を店員に頼んだりしている。そこに「自分を好く見せよう」という打算がないことは、容易にわかる。そういう打算がある者は、自分の気遣いに対する相手からの反応や褒め言葉を期待している表情を浮かべるものだが、指原という子に、そうした見返りを求める表情や空気は一切ないのだ。
(もっと気楽にやりゃいいのにな)
食後のデザートを誰よりも早くたいらげた賢人は、お手洗いへと一人席を立った。そして、男子トイレの鏡の前で、ふと考える。
指原はとてつもなく生真面目な性格なのだろう。主に異性関係に対して派手に、そしてある意味とてつもなくだらしなく生きてきた賢人は、初対面の相手にすら律儀に誠実に対応しようとする指原に、自分とは真逆の性質を感じた。
だからなのか、四人の中で誰が一番印象に残ったかと問われたら、間違いなく指原だ。見た目はとても普通の女子大生で、賢人がこれまでに関係してきた女性のようにとびきり美しいわけでも、ナイスバディなわけでも、アイドルのような愛らしさがあるわけでもない。不細工というわけではないが、電車に乗れば同じ車両内に、五人くらいは似たような雰囲気の女性がいそうな、とても平凡な容姿だ。
だが、生真面目すぎるあの態度が、丁寧すぎるあの気遣いが、やけに気になる。それは「生きづらくないのか」という心配であるような気もするし、しかし、「惹かれている」という感覚でもあるような気がした。
(惚れた……わけじゃねぇよな)
賢人は自分自身に問うてみる。
指原の言動は好ましく思うが、好いた惚れたという感覚とは少し違うと思う。
だがここ数年間、ろくな恋愛をしていないせいで、自分は普通の恋愛感情がわからなくなっている気もする。いまわかるのは、必要以上に他人を気遣う指原との縁が今日限りになってしまうのはなぜか嫌だと思う、ということだけだ。
(どうする……)
惚れたわけではない――と思う。だが、何もせずに縁が切れるのは嫌だ。とはいえ、会社の先輩や同僚がいる中で堂々とアピールするのは、なんだか気が引ける。相手が指原でなければいつものように、一晩限りの相手として自信たっぷりに遠慮なく誘うことはできるかもしれないが、これまで繰り返してきた不埒なその態度と関係を、真面目な彼女には向けたくないと思う。
ほかの者たちに気付かれず、なおかつ軽薄なアプローチだと思われないように指原の気を引くには、どうしたらよいのだろうか。
少しの間考えた賢人は、胸ポケットにしまってある名刺入れとボールペンを取り出した。そして、自分の名刺の裏に自分のプライベート用のスマホの電話番号と、短いメッセージを書き込む。その名刺をスマホのレザーカバーの隠しポケットに挟むと、賢人はようやくお手洗いを出て席に戻った。
仕事関係の飲み会の場合、二次会は必ず実施されるし、賢人も二次会までは必ず参加するようにしている。しかし今回は、女性側の参加者二名が大学生ということもあってか、幹事の岡村が一次会での解散を決めた。
賢人は河合八重から連絡先を教えてほしいとしつこく頼まれたが、「次の機会があったらな」と言ってはぐらかした。
残念ながら、河合はおそらく厄介な女だ。一晩限りだとかセフレにすぎないだとか、そういった分別や割り切りはできないくせに、恋愛や男が異様に好きで、常に異性とつながっていないと情緒不安定になるタイプだ。そういう手合いとは、気軽な大人の関係になることは難しい。指原のことがなかったとしても、河合をキープ女の一人にするつもりは毛頭なかった。
各々手荷物を持って店を出る。そして、最寄りの駅までそろって歩く。そのわずかな時間に賢人は指原にすっと近付き、彼女が持っていたバッグに、スマホの隠しポケットから取り出した例の名刺を気付かれないように入れた。
(気付くのがいつになるか……気付いても、連絡が来るかどうか……)
駅に着くと、一行は解散となった。電車に乗った賢人は念のため河合を警戒し、二つ先の駅で降りると、駅ビルの中に用もなくふらりと入る。そしてまだ開いていた本屋で経済雑誌を軽く立ち読みしてから、一人暮らしのマンションへと帰宅した。
そんな合コンから一週間、二週間、三週間が経っても、賢人のプライベート用のスマホに指原から連絡が来ることはなかった。何人かのセフレや、仕事の付き合いでよく行くキャバクラのキャストからは誘いの連絡が来たが、どの女性とも会う気持ちにはなれず、「忙しいから無理」と、賢人は誰に対しても同じ文面で返した。
残念ながら、指原との縁はつながらない。あの日限りだった。
賢人がそう思って諦めようとした、合コンから一カ月近くが経った頃のこと。
ある金曜日、終電の三本前の電車に乗って会社から帰宅途中だった賢人は、仕事用スマホとは別の、プライベート用スマホのアプリに新着情報を表す赤いマークが付いていることに気が付いた。それは普段使っている連絡用アプリではなく、スマホの電話番号宛に送られてくるショートメッセージを見るためのアプリだ。
疲れてぼうっとしていた賢人は、無表情でアプリのアイコンをタップした。しかし、パッと目に飛び込んできた少し長めの文の中に「指原」という文字を見つけると、急いでスマホから視線を外した。柄にもなく、急に心臓が早鐘を打ち始めていた。
(なっ……マジか……)
自分の中に生まれた動揺をなんとか抑えつつ、賢人は恐る恐る、スマホに視線を戻す。そして、送られてきたメッセージを一字一句、丁寧に読み込んだ。
<こんばんは。先日吉岡さん主催の飲み会でご一緒させていただいた、指原柚子です。バッグの中に大熊さんの名刺があったことに気付いて連絡をさせていただいたのですが……もしかしたら、名刺を渡す相手をお間違いなのではないかと思って……。もしそうなら、渡したかったお相手に、大熊さんへ連絡するように私から伝えます>
色気ゼロの文面。しかも、賢人が連絡をとりたかった相手は自分ではなく、別の女性ではないかと懸念している内容。自分が合コン相手からアプローチされるとは、まったく思っていないようだ。
たったそれだけのメッセージだが、そこに指原の――柚子の生真面目さと、自分への自信のなさを感じる。その印象は、合コンのあの日と変わらない。
(なんて……)
なんて返事をすべきか。賢人は考えた。電車を降りて、コンビニで内容も見ずに弁当を買って、自宅マンションへと歩きながらもずっとスマホの画面を見つめながら、とにかく考えた。
だが、仕事で疲れきった頭はうまく回らず、まったく考えがまとまらない。かろうじて出せた答えは、「今夜はもう遅いから、いま返信するのは印象がよくないだろう」ということだった。
帰宅した賢人はシャワーを浴びて弁当を食べて、そして早々にベッドに寝転ぶ。しかし、その視線はできる限りずっと、スマホに向けられていた。
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