2 / 2
本気のキスで甘くとかして(下)
しおりを挟む
夜が明けて土曜日。賢人は午前中にジムに行き、いつもよりやや多めにトレーニングをして、しっかりと汗を流した。そして帰宅してコーヒーを淹れて一息つくと、ようやくスマホのソフトウェアキーボードをタップし始めた。しかし、その手つきは恐ろしいほどに遅い。何度も文章を読み返しては削除し、打ち込み、さらに読み返し、それでもまだ、いい文章だとは思えず送信ボタンが押せない。
(女に送る文面をこんなに気にしたのは、いつぶりだ……?)
高校生か、もしくは中学生か。
思春期をむかえて背が伸び、声が変わり、学年一のイケメンになって周囲からもてはやされた頃に、初めてのカノジョができた。あの時はさすがにまだ恋愛経験が少なかったので、相手とのコミュニケーションのとり方には頭を悩ませていたように思う。
だが高校生、大学生、社会人と、年を重ねるごとに賢人の女癖は悪くなっていった。自分が特別な努力をしなくても、いくらでも女性のほうから寄ってくる。そのため、いつの頃からか賢人は、異性に気を遣うということをすっかりしなくなっていた。
それなのに、なぜ柚子相手だと調子が狂うのだろう。
おそらくそれは、柚子が純真すぎるからだ。数合わせの合コンで馬鹿真面目に振る舞い、気遣い、そこに自身の楽しみや何かしらのメリットなど何もないだろうに、自分を後回しにしてでも他者を思いやる。そんな柚子をぞんざいに扱うことは、とても躊躇してしまうのだ。ここ数年間でずいぶんと小さくなったが、まだわずかに賢人の胸の中に残っている良心が痛むとも言える。
(返事……来ねぇな)
悩みに悩みながらも、賢人は柚子に返信をした。それからソファに横になり、スマホを手に取ってしばらく眺める。しかし、柚子からの返信は、すぐには来ない。
土曜日の昼間だし、大学生の柚子はアルバイトでもしているのかもしれない。それとも、自分の送った返信の内容が悪くて、返信しづらいのだろうか。
賢人は柚子から届いたメッセージを今一度読み返し、それから自分が送ったメッセージを読み返した。
<名刺、気付いてもらえてよかった。渡す相手は間違っていない。だから、ほかのメンバーに連絡する必要はない。もしよかったら、今度二人で会えないか>
挨拶も、感謝もないメッセージ。
これではとても事務的で、冷たい印象を与えてしまっただろうか。真面目で丁寧な性格の柚子の目には、礼儀のないメッセージに見えただろうか。それに、デートに誘うのが早すぎたかもしれない。もう少し、別の会話をしてから誘うべきだったかもしれない。これでは、柚子が警戒してしまうかもしれない。柚子からの返信がないのは、いまスマホを操作している暇がないだけなのかもしれないが、自分のこの失礼な文面に眉を顰められたからのような気がする。
自分に自信のある賢人にしては珍しく、自分の送った内容に落ち度しか感じられず、苦悩した。取り消せるなら、このメッセージを取り消したいとさえ思った。
異性に対して、自分はもっとなんでも容易にこなせたはずだ。年下の、しかも大学生の柚子なんて、いつもの自分だったら簡単に籠絡できたはずだ。
それなのになぜ、こんなにも自分の態度に不安を覚え、自信をなくすのだろう。
(相手が……こいつだからか……)
先日の合コンで、女性側の幹事の後輩であるという河合は、あからさまに自分に秋波を送ってきた。そりゃそうだ。顔もよければ学歴もよく、おまけに運動神経も収入もいい。そんな優良な男を放っておくはずがない。柚子でないほうの女子大生も、自分に向けてきた視線の回数は、それはそれはわかりやすいほどに多かった。女性幹事の吉岡も、幹事という立場上、多少遠慮はしていたが、抜け目なく賢人に連絡先を聞いてきた。
だが、柚子だけは違った。柚子だけは男性側にも女性側にも等しく話しかけ、気遣い、場の和を保つことだけに気を向けていた。顔や学歴、収入で相手を値踏みするようなことはしなかった。
そういう相手だと知っているからこそ、自分はこんなにも、いつものようなアプローチができないのだ。それどころか、こちらにまったく気がない柚子の興味を引きたくて、こんなにもやきもきしてしまう。自分の言動が不快に受け取られていないか、必要以上に心配してしまう。
なぜなら、柚子に嫌われたくないから。誰に対しても平等で真面目な彼女に、特別な眼差しでこちらを見てほしいからだ。
(ガキかよ、俺は)
賢人はスマホを、テーブルの上に放り投げるように置いた。それから、目を閉じて昼寝でもしようかと試みてみる。土曜日とはいえ急な仕事で呼び出されることはよくあることなので、休めるうちに休んでおくことが肝要だ。
しかし、手放したスマホがぶるりと震える音がして、賢人は急いで姿勢を正し、スマホを手に取った。
<間違ってはいなかったんですね。えっと、大熊さんとお会いすることはできますが、私、あまりお金がなくて……。できれば、あまり高くないお店とか、お金のかからない場所だと嬉しいのですが……>
(ああ……)
柚子から届いた返事。二つ目のメッセージ。それを読んだ賢人ははっきりと感じた。
いま流れているこの同じ時間に、彼女が自分のことを考えてメッセージを送ってくれたこと。そうして彼女とやり取りができること。今度は二人で会えるかもしれないこと。合コンのあの場で、特定の男性を特別扱いすることなく、男性側も女性側も、あくまでも全員が気持ちよく過ごせるようにとそのことだけに腐心していた彼女が、今は自分だけを見てくれていること。
それらを、自分はこんなにも嬉しく思っている。今はまだ、正直確信は持てていないのだが、自分は間違いなく、柚子を好ましく感じている。
(会ってくれるってことは、脈があるのか? いや、たぶん違うな。あの日のメンツのつながりとかを考えて、角が立たないように一度くらいは誘いに乗ってくれてるだけか……。それに、金か……。全部俺が奢るから問題ない、と言うことは簡単だが……それを簡単に了承するような性格じゃないだろうな)
それからも、賢人は考え続けた。
柚子の言動の意図を。少しでも柚子に好ましく思われるように、自分はどう振る舞えばいいのか。どう接していけば、彼女の意識や視線を独占できるのか。どんな自分なら、真面目な彼女にふさわしいのか。
柄にもないとは思いつつも、そうして柚子のことで頭を悩ませることは、少しも面倒くさくは感じなかった。返信の内容にしろ、デートプランにしろ、柚子に向ける言葉にしろ、何度考えても最良の答えだとは思えず、はがゆく感じたことも多かったが、柚子の心を自分に向けさせたい――その一心だった。
◆◇◆◇◆
「やっ、だめ……そこっ」
知っている。
この入り口の浅いところの、少し左側の上あたり。そこを意識しながらゆっくりと肉棒を出し入れすると、柚子の両足はかわいく震える。快感を覚えるスポットの一つなのだろう。
だから、駄目と言われても賢人はやめなかった。柚子とからめた手をシーツに抑えつけるようにして自重を支え、にちゅ、ぬちゅ、と一定のリズムで腰を引いては、柚子の女の園に水音を立てた。
「あ、あぁっ……んぅ……っ」
柚子と身体を重ねてから二カ月弱。かわいい淫核でイくことならできるが、柚子はまだ、膣内イキをしたことがない。
これまでの賢人は、女性側の快感だとかイったかどうかだとか、それらを丁重に気にすることはしなかった。何人かいたセフレたちは皆、賢人にとってはただの性欲発散相手にすぎず、彼女たちの満足感など、自分の知るところではない。大事なのは自分が気持ちいいかどうか、それだけだった。
だが、柚子は違う。本気で好きになったこの女の子には、うんと気持ちよくなってほしい。自分のこの身体に、この淫乱な肉根に蹂躙される心地よさに、夢中になってほしい。
「気持ちよさそうだな、柚子? こっちもさわってやろうか」
賢人は意地悪げな表情を浮かべると、柚子のむき出しの乳首を舌の表面全体でぺろりと舐る。それから、桜色のその粒を口の中に含み、口内の粘膜で包みながらやさしく舐めしゃぶった。
「やっ、だめぇ……っ!」
蜜泉をゆっくりと賢人の分身でこすられながら乳房を食まれてしまった柚子は、助けを求めるような甘い声を上げた。泣き出しそうな瞳が賢人を見つめるが、賢人は柚子を見ずに目を閉じたまま、腰を振る動きと、柚子の乳首をあむあむと愛撫する口の動きに集中している。
「けっ、賢人……さんっ」
「なんだよ」
「へ、変に……なっちゃうから……っ」
「なればいい。一番気持ちのいいとこに行けよ」
賢人は上体を起こすと、柚子の腰をがしっと掴んだ。そして、柚子の膣穴を強烈なピストンで穿つ。
「あっ……あぁっ、んぅ……や、ああっ……!」
柚子は口を半開きにして喘ぐことしかできないが、その表情を見下ろす賢人はほの暗い征服欲が満たされていく心地がして、ひどく興奮した。
「柚子……っ、イく……!」
そして賢人はコンドーム越しに、柚子の温かな母の海に子種を射出した。
浅い呼吸を何度か繰り返してから、賢人は肉竿を引き抜き、避妊具の始末をする。それから柚子の隣に横になり、けだるくて動けないでいる柚子の身体を横向きにさせて背後からぎゅっと抱きしめた。
「もう少しでイけそうだな」
「え……?」
「柚子に中イキをさせられそうだ、ってことだ」
「そっ……いえ、あの……」
「悪いな、毎回俺ばかり気持ちよくて」
「いえ……そんなことないです」
柚子は寝返りを打つと、賢人と向き合うように横向きになった。
賢人と付き合い始めてから約七カ月。セックスをするようになってからはまだ二カ月も経っていないが、賢人にされる前戯で、柚子は何度も快楽の頂を昇った。たしかに、男性器の挿入による刺激で法悦をむかえたことはまだないが、頭の中が真っ白になるような気持ちよさは、何度も賢人に与えてもらっている。
「柚子は奥ゆかしいからなあ……してほしいことがあれば、いつでも言えよ?」
「あの、その……すみません、私……受け身ってこと……ですよね」
「いや、受け身だとは思っていないが……お前、自己主張するの、得意じゃないだろ。で、俺のほうは細やかに察するのが得意じゃない。だから、俺が気付かない間にお前が不満を抱え込んでいないか、心配なんだ」
賢人はそう言うと、柚子のひたいにちゅ、とキスをした。
察することが得意ではないと賢人は言うが、その前提に立ってあれこれと考えて気遣ってくれるので、柚子としては不満など何もない。むしろ彼の言うとおり、適切な自己主張ができない自分のほうこそ、気付かないところで彼に不快感を与えていないか心配だった。
「なあ、俺の名刺にはいつ気付いたんだ?」
「え?」
「合コンの時のだよ」
賢人は柚子の腰に回した手で柚子の背中をなでながら尋ねた。そうして柚子の身体にふれているだけで、賢人の心は癒されていく。平日の間に疲れきった身体が、とてつもないスピードで回復していくようだ。
「えっと……三、四日あとだったと思います」
「そんなに早かったのか? でも、連絡をくれるまで一カ月近くあったよな?」
「それは……えっと、まずは一人で考えて悩んでいて……それからやっと、あの時一緒に合コンに参加した友達に相談できて……でも、渡す相手を絶対に間違えていると思ったので……先に女性幹事の方に連絡を入れるべきか、さらに悩んでいまして……」
「絶対に、か。さすがに、俺はそんなミスはしないんだけどな?」
「だ、だって……」
あの合コンの参加メンバーで、賢人は誰よりも目立っていた。柚子は、自分はただの数合わせの参加者だと思っていたので誰のことも贔屓目に見るつもりはなかったのだが、気を付けていないとつい目を奪われるほどに、賢人の外見は整っている。おまけに、高校のサッカー部では全国大会に出場してプロの道も見えるほどという運動神経の持ち主で、学歴も、勤めている会社のレベルの高さも言わずもがな。
そんな人が、「連絡してほしい」というメッセージ付きの名刺を、初対面の女子大生のバッグにさりげなく入れるなんて、絶対にあり得ないことだと思ったのだ。
「まあ……同じだから許すか」
「同じ……ですか?」
「ああ。お前がくれたメッセージになんて返すか……なんなら、そのあとどうやって距離を詰めていくか……俺もわりと必死に考えて悩んだからな」
「そ、そうなんですか? そんなふうには見えないです……」
賢人はいつだって最適解を選んでいる。柚子にはそう見えていた。
経験豊富ゆえになんでも知っていて、どうすればいいのか最初から答えがわかっている。これが学生と社会人の違いかと思うほどだ。「必死で悩んでいる」ように見えたことはない。
「お前に関することだけは、いつだって必死だよ」
賢人はそう言って、柚子の頭を自分の胸に抱き込んだ。ゆっくりととけ合っていくような互いの体温が、眠気を誘うようだ。
「今だって、どうやったら柚子がその丁寧語をやめてくれるのか、必死で考えてるんだぜ?」
「えっ……そ、それは……」
「それに、どうやったら柚子をもっと気持ちよくさせられるのかも、毎度考えてる」
「なっ、も、もう……っ! 恥ずかしいから……言わないでください」
「嫌だ。俺がいつだって必死なこと、知っておいてもらわないとな。でないとまた、『遊びですか?』なんて勘違いされて泣かれちまう」
「そ、それも……もぉっ!」
賢人の腕の中で、柚子は困り顔になった。
柚子にはそう見えないのだが、賢人は自己申告のとおり、決して何もかもが余裕なわけではないのだろう。
こんな素敵な人から愛されているのだと、もう少し自信を持てるようになりたい。賢人がこうして示してくれる愛情表現を、ちゃんと受け止められる心の器を持ちたい。
意地悪い笑みを浮かべながらも、とかされてしまいそうなほどの甘くて本気のキスをしてくる賢人に、柚子はそう思うのだった。
(女に送る文面をこんなに気にしたのは、いつぶりだ……?)
高校生か、もしくは中学生か。
思春期をむかえて背が伸び、声が変わり、学年一のイケメンになって周囲からもてはやされた頃に、初めてのカノジョができた。あの時はさすがにまだ恋愛経験が少なかったので、相手とのコミュニケーションのとり方には頭を悩ませていたように思う。
だが高校生、大学生、社会人と、年を重ねるごとに賢人の女癖は悪くなっていった。自分が特別な努力をしなくても、いくらでも女性のほうから寄ってくる。そのため、いつの頃からか賢人は、異性に気を遣うということをすっかりしなくなっていた。
それなのに、なぜ柚子相手だと調子が狂うのだろう。
おそらくそれは、柚子が純真すぎるからだ。数合わせの合コンで馬鹿真面目に振る舞い、気遣い、そこに自身の楽しみや何かしらのメリットなど何もないだろうに、自分を後回しにしてでも他者を思いやる。そんな柚子をぞんざいに扱うことは、とても躊躇してしまうのだ。ここ数年間でずいぶんと小さくなったが、まだわずかに賢人の胸の中に残っている良心が痛むとも言える。
(返事……来ねぇな)
悩みに悩みながらも、賢人は柚子に返信をした。それからソファに横になり、スマホを手に取ってしばらく眺める。しかし、柚子からの返信は、すぐには来ない。
土曜日の昼間だし、大学生の柚子はアルバイトでもしているのかもしれない。それとも、自分の送った返信の内容が悪くて、返信しづらいのだろうか。
賢人は柚子から届いたメッセージを今一度読み返し、それから自分が送ったメッセージを読み返した。
<名刺、気付いてもらえてよかった。渡す相手は間違っていない。だから、ほかのメンバーに連絡する必要はない。もしよかったら、今度二人で会えないか>
挨拶も、感謝もないメッセージ。
これではとても事務的で、冷たい印象を与えてしまっただろうか。真面目で丁寧な性格の柚子の目には、礼儀のないメッセージに見えただろうか。それに、デートに誘うのが早すぎたかもしれない。もう少し、別の会話をしてから誘うべきだったかもしれない。これでは、柚子が警戒してしまうかもしれない。柚子からの返信がないのは、いまスマホを操作している暇がないだけなのかもしれないが、自分のこの失礼な文面に眉を顰められたからのような気がする。
自分に自信のある賢人にしては珍しく、自分の送った内容に落ち度しか感じられず、苦悩した。取り消せるなら、このメッセージを取り消したいとさえ思った。
異性に対して、自分はもっとなんでも容易にこなせたはずだ。年下の、しかも大学生の柚子なんて、いつもの自分だったら簡単に籠絡できたはずだ。
それなのになぜ、こんなにも自分の態度に不安を覚え、自信をなくすのだろう。
(相手が……こいつだからか……)
先日の合コンで、女性側の幹事の後輩であるという河合は、あからさまに自分に秋波を送ってきた。そりゃそうだ。顔もよければ学歴もよく、おまけに運動神経も収入もいい。そんな優良な男を放っておくはずがない。柚子でないほうの女子大生も、自分に向けてきた視線の回数は、それはそれはわかりやすいほどに多かった。女性幹事の吉岡も、幹事という立場上、多少遠慮はしていたが、抜け目なく賢人に連絡先を聞いてきた。
だが、柚子だけは違った。柚子だけは男性側にも女性側にも等しく話しかけ、気遣い、場の和を保つことだけに気を向けていた。顔や学歴、収入で相手を値踏みするようなことはしなかった。
そういう相手だと知っているからこそ、自分はこんなにも、いつものようなアプローチができないのだ。それどころか、こちらにまったく気がない柚子の興味を引きたくて、こんなにもやきもきしてしまう。自分の言動が不快に受け取られていないか、必要以上に心配してしまう。
なぜなら、柚子に嫌われたくないから。誰に対しても平等で真面目な彼女に、特別な眼差しでこちらを見てほしいからだ。
(ガキかよ、俺は)
賢人はスマホを、テーブルの上に放り投げるように置いた。それから、目を閉じて昼寝でもしようかと試みてみる。土曜日とはいえ急な仕事で呼び出されることはよくあることなので、休めるうちに休んでおくことが肝要だ。
しかし、手放したスマホがぶるりと震える音がして、賢人は急いで姿勢を正し、スマホを手に取った。
<間違ってはいなかったんですね。えっと、大熊さんとお会いすることはできますが、私、あまりお金がなくて……。できれば、あまり高くないお店とか、お金のかからない場所だと嬉しいのですが……>
(ああ……)
柚子から届いた返事。二つ目のメッセージ。それを読んだ賢人ははっきりと感じた。
いま流れているこの同じ時間に、彼女が自分のことを考えてメッセージを送ってくれたこと。そうして彼女とやり取りができること。今度は二人で会えるかもしれないこと。合コンのあの場で、特定の男性を特別扱いすることなく、男性側も女性側も、あくまでも全員が気持ちよく過ごせるようにとそのことだけに腐心していた彼女が、今は自分だけを見てくれていること。
それらを、自分はこんなにも嬉しく思っている。今はまだ、正直確信は持てていないのだが、自分は間違いなく、柚子を好ましく感じている。
(会ってくれるってことは、脈があるのか? いや、たぶん違うな。あの日のメンツのつながりとかを考えて、角が立たないように一度くらいは誘いに乗ってくれてるだけか……。それに、金か……。全部俺が奢るから問題ない、と言うことは簡単だが……それを簡単に了承するような性格じゃないだろうな)
それからも、賢人は考え続けた。
柚子の言動の意図を。少しでも柚子に好ましく思われるように、自分はどう振る舞えばいいのか。どう接していけば、彼女の意識や視線を独占できるのか。どんな自分なら、真面目な彼女にふさわしいのか。
柄にもないとは思いつつも、そうして柚子のことで頭を悩ませることは、少しも面倒くさくは感じなかった。返信の内容にしろ、デートプランにしろ、柚子に向ける言葉にしろ、何度考えても最良の答えだとは思えず、はがゆく感じたことも多かったが、柚子の心を自分に向けさせたい――その一心だった。
◆◇◆◇◆
「やっ、だめ……そこっ」
知っている。
この入り口の浅いところの、少し左側の上あたり。そこを意識しながらゆっくりと肉棒を出し入れすると、柚子の両足はかわいく震える。快感を覚えるスポットの一つなのだろう。
だから、駄目と言われても賢人はやめなかった。柚子とからめた手をシーツに抑えつけるようにして自重を支え、にちゅ、ぬちゅ、と一定のリズムで腰を引いては、柚子の女の園に水音を立てた。
「あ、あぁっ……んぅ……っ」
柚子と身体を重ねてから二カ月弱。かわいい淫核でイくことならできるが、柚子はまだ、膣内イキをしたことがない。
これまでの賢人は、女性側の快感だとかイったかどうかだとか、それらを丁重に気にすることはしなかった。何人かいたセフレたちは皆、賢人にとってはただの性欲発散相手にすぎず、彼女たちの満足感など、自分の知るところではない。大事なのは自分が気持ちいいかどうか、それだけだった。
だが、柚子は違う。本気で好きになったこの女の子には、うんと気持ちよくなってほしい。自分のこの身体に、この淫乱な肉根に蹂躙される心地よさに、夢中になってほしい。
「気持ちよさそうだな、柚子? こっちもさわってやろうか」
賢人は意地悪げな表情を浮かべると、柚子のむき出しの乳首を舌の表面全体でぺろりと舐る。それから、桜色のその粒を口の中に含み、口内の粘膜で包みながらやさしく舐めしゃぶった。
「やっ、だめぇ……っ!」
蜜泉をゆっくりと賢人の分身でこすられながら乳房を食まれてしまった柚子は、助けを求めるような甘い声を上げた。泣き出しそうな瞳が賢人を見つめるが、賢人は柚子を見ずに目を閉じたまま、腰を振る動きと、柚子の乳首をあむあむと愛撫する口の動きに集中している。
「けっ、賢人……さんっ」
「なんだよ」
「へ、変に……なっちゃうから……っ」
「なればいい。一番気持ちのいいとこに行けよ」
賢人は上体を起こすと、柚子の腰をがしっと掴んだ。そして、柚子の膣穴を強烈なピストンで穿つ。
「あっ……あぁっ、んぅ……や、ああっ……!」
柚子は口を半開きにして喘ぐことしかできないが、その表情を見下ろす賢人はほの暗い征服欲が満たされていく心地がして、ひどく興奮した。
「柚子……っ、イく……!」
そして賢人はコンドーム越しに、柚子の温かな母の海に子種を射出した。
浅い呼吸を何度か繰り返してから、賢人は肉竿を引き抜き、避妊具の始末をする。それから柚子の隣に横になり、けだるくて動けないでいる柚子の身体を横向きにさせて背後からぎゅっと抱きしめた。
「もう少しでイけそうだな」
「え……?」
「柚子に中イキをさせられそうだ、ってことだ」
「そっ……いえ、あの……」
「悪いな、毎回俺ばかり気持ちよくて」
「いえ……そんなことないです」
柚子は寝返りを打つと、賢人と向き合うように横向きになった。
賢人と付き合い始めてから約七カ月。セックスをするようになってからはまだ二カ月も経っていないが、賢人にされる前戯で、柚子は何度も快楽の頂を昇った。たしかに、男性器の挿入による刺激で法悦をむかえたことはまだないが、頭の中が真っ白になるような気持ちよさは、何度も賢人に与えてもらっている。
「柚子は奥ゆかしいからなあ……してほしいことがあれば、いつでも言えよ?」
「あの、その……すみません、私……受け身ってこと……ですよね」
「いや、受け身だとは思っていないが……お前、自己主張するの、得意じゃないだろ。で、俺のほうは細やかに察するのが得意じゃない。だから、俺が気付かない間にお前が不満を抱え込んでいないか、心配なんだ」
賢人はそう言うと、柚子のひたいにちゅ、とキスをした。
察することが得意ではないと賢人は言うが、その前提に立ってあれこれと考えて気遣ってくれるので、柚子としては不満など何もない。むしろ彼の言うとおり、適切な自己主張ができない自分のほうこそ、気付かないところで彼に不快感を与えていないか心配だった。
「なあ、俺の名刺にはいつ気付いたんだ?」
「え?」
「合コンの時のだよ」
賢人は柚子の腰に回した手で柚子の背中をなでながら尋ねた。そうして柚子の身体にふれているだけで、賢人の心は癒されていく。平日の間に疲れきった身体が、とてつもないスピードで回復していくようだ。
「えっと……三、四日あとだったと思います」
「そんなに早かったのか? でも、連絡をくれるまで一カ月近くあったよな?」
「それは……えっと、まずは一人で考えて悩んでいて……それからやっと、あの時一緒に合コンに参加した友達に相談できて……でも、渡す相手を絶対に間違えていると思ったので……先に女性幹事の方に連絡を入れるべきか、さらに悩んでいまして……」
「絶対に、か。さすがに、俺はそんなミスはしないんだけどな?」
「だ、だって……」
あの合コンの参加メンバーで、賢人は誰よりも目立っていた。柚子は、自分はただの数合わせの参加者だと思っていたので誰のことも贔屓目に見るつもりはなかったのだが、気を付けていないとつい目を奪われるほどに、賢人の外見は整っている。おまけに、高校のサッカー部では全国大会に出場してプロの道も見えるほどという運動神経の持ち主で、学歴も、勤めている会社のレベルの高さも言わずもがな。
そんな人が、「連絡してほしい」というメッセージ付きの名刺を、初対面の女子大生のバッグにさりげなく入れるなんて、絶対にあり得ないことだと思ったのだ。
「まあ……同じだから許すか」
「同じ……ですか?」
「ああ。お前がくれたメッセージになんて返すか……なんなら、そのあとどうやって距離を詰めていくか……俺もわりと必死に考えて悩んだからな」
「そ、そうなんですか? そんなふうには見えないです……」
賢人はいつだって最適解を選んでいる。柚子にはそう見えていた。
経験豊富ゆえになんでも知っていて、どうすればいいのか最初から答えがわかっている。これが学生と社会人の違いかと思うほどだ。「必死で悩んでいる」ように見えたことはない。
「お前に関することだけは、いつだって必死だよ」
賢人はそう言って、柚子の頭を自分の胸に抱き込んだ。ゆっくりととけ合っていくような互いの体温が、眠気を誘うようだ。
「今だって、どうやったら柚子がその丁寧語をやめてくれるのか、必死で考えてるんだぜ?」
「えっ……そ、それは……」
「それに、どうやったら柚子をもっと気持ちよくさせられるのかも、毎度考えてる」
「なっ、も、もう……っ! 恥ずかしいから……言わないでください」
「嫌だ。俺がいつだって必死なこと、知っておいてもらわないとな。でないとまた、『遊びですか?』なんて勘違いされて泣かれちまう」
「そ、それも……もぉっ!」
賢人の腕の中で、柚子は困り顔になった。
柚子にはそう見えないのだが、賢人は自己申告のとおり、決して何もかもが余裕なわけではないのだろう。
こんな素敵な人から愛されているのだと、もう少し自信を持てるようになりたい。賢人がこうして示してくれる愛情表現を、ちゃんと受け止められる心の器を持ちたい。
意地悪い笑みを浮かべながらも、とかされてしまいそうなほどの甘くて本気のキスをしてくる賢人に、柚子はそう思うのだった。
1
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
【完結】ゆるぎとはな。
海月くらげ
恋愛
「せんせえ、もうシよ……?」
高校生の花奈と、聖職者であり高校教師の油留木。
普段穏やかで生徒からも人気のある油留木先生。
そんな男が花奈にだけ見せる表情がある。
教師×生徒 禁断TL小説
鬼上官と、深夜のオフィス
99
恋愛
「このままでは女としての潤いがないまま、生涯を終えてしまうのではないか。」
間もなく30歳となる私は、そんな焦燥感に駆られて婚活アプリを使ってデートの約束を取り付けた。
けれどある日の残業中、アプリを操作しているところを会社の同僚の「鬼上官」こと佐久間君に見られてしまい……?
「婚活アプリで相手を探すくらいだったら、俺を相手にすりゃいい話じゃないですか。」
鬼上官な同僚に翻弄される、深夜のオフィスでの出来事。
※性的な事柄をモチーフとしていますが
その描写は薄いです。
放課後の保健室
一条凛子
恋愛
はじめまして。
数ある中から、この保健室を見つけてくださって、本当にありがとうございます。
わたくし、ここの主(あるじ)であり、夜間専門のカウンセラー、**一条 凛子(いちじょう りんこ)**と申します。
ここは、昼間の喧騒から逃れてきた、頑張り屋の大人たちのためだけの秘密の聖域(サンクチュアリ)。
あなたが、ようやく重たい鎧を脱いで、ありのままの姿で羽を休めることができる——夜だけ開く、特別な保健室です。
義妹のミルク
笹椰かな
恋愛
※男性向けの内容です。女性が読むと不快になる可能性がありますのでご注意ください。
母乳フェチの男が義妹のミルクを飲むだけの話。
普段から母乳が出て、さらには性的に興奮すると母乳を噴き出す女の子がヒロインです。
本番はありません。両片想い設定です。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる