奥手な二人は脱いだら淫ら(R15版)

矢崎未紗

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第三章 儚い星空

第11話 切り替えて飛び込む世界(上)

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「はい、できた。眉の形と色を少し変えてみたけど、どうかな」

 大学が夏休みに入って最初の日曜日。桃音は結美の自宅に遊びに来ていた。高校生の頃もよくこうして結美の家に遊びに行っては、結美と結美の母からスキンケアやメイクについて教えてもらったものだ。

「うーん……ちょっと違和感……」
「見慣れてないからかなあ。多少は大人っぽくなったと思うんだけど」

 結美の部屋のローテーブルの上に置かれたメイクアップミラーに自分の顔を映し、桃音は角度を変えながら自分の顔を観察する。たしかに、いつもの眉よりはキリッとした印象に見えるが、それが自分に似合っているかどうかはわからなかった。

「お化粧で頑張ってみるけど、やっぱり子供っぽいなあ。着てる服も、全然大人っぽくないよね……」

 いつもならメイク上手の結美にメイクをしてもらうと高揚するのだが、今日はなかなかそうならない。今の桃音の心をどんよりと重くしている懸案事項は、メイクの力ではすっきりと晴れてくれないようだ。

「服は桃音に似合ってるからいいと思うよ? ミニスカとか花柄とか、むしろ若い頃じゃないと着られないものだと思うし、大人っぽさを意識しすぎて地味なものにすると、むしろ華やかさがなくなって印象が悪いと思う」
「そっかあ……でも、結美ちゃんにメイクしてもらっても、顔の幼い印象が変えられない……どうしたらいいの?」
「生まれつきの顔立ちの作りは、どう頑張ってもなかなか変えられないからねえ。たとえば、メイクで多少離れているように見せることはできても、左右の眼球が近い位置に配置されているのは美容整形手術でも変えられないと思う。骨格レベルの問題だからね」
「私、骨格レベルで子供っぽいんだね……」
「ちょっと、そうは言ってないでしょ! 今の話は一般論! もうっ、桃音、今日は特にマイナス思考すぎじゃない!?」
「だって……連絡、まだ何もないんだもん」

 桃音はそう返すと、がっくりと肩を落として俯いた。
 謙志と最後にえっちなことをしてから、もう三週間以上が経っていた。キャンパス内や部室で謙志の姿を一度か二度、見かけたことはあったがろくに話せず、かといって謙志から個人的に連絡が来ることもないまま淡々と日々が過ぎてしまい、桃音は心を重たくしながらやきもきとしていた。

「約束……忘れてるのかなあ」
「でも、デートに誘ってくれたのは松浦先輩のほうだったんでしょ? それなら、さすがに忘れてるってことはないと思うけど」
「デート……デート……かなあ」
「まごうことなきデートでしょ! 若い男女が二人で出かけるんだから!」
「でも、ただの合宿の買い出し……とも言えるし」

 夏合宿に向けて、桃音に防寒着の購入を勧めた謙志は、中古のアウトドア用品を扱っている店に今度一緒に行こうと誘ってくれた。その約束の日は夏休みに入ってからということになっていて、謙志が連絡をしてくれるはずと思っているので、桃音は、自分からは何も連絡できずにいた。
 夏休みに入ってから桃音がバイトを増やし、買い物の予算が見えてからのほうがいいだろう、とも謙志は言っていた。だから、桃音がある程度バイトするのを待っているのかもしれない。そう思うとますます、急かすように自分から連絡することは気が引ける。だから謙志からの連絡が欲しくて、毎日とても長い一日を過ごしていた。

「買い出しは口実。本音は、桃音とデートがしたい。以上!」
「以上……って」
「絶対そう! 松浦先輩も、絶対に桃音のことが好き! はぁ~……奥手な桃音はともかく、なんで松浦先輩も告白してくれないのかなあ」

 ローテーブルの上にメイク用品を広げたまま、結美は大きなため息をついた。

「松浦先輩も、桃音と同じレベルで奥手なのかしら」
「うーん……そうなのかなあ」
「破廉恥なことはできるのに、なんで告白はできないのよ、お二人さん!」

 結美がそう言うと、桃音は顔を真っ赤にした。
 そうなのだ。桃音と謙志はもう三回も、本番行為ではないがえっちな行為をしている。それをするだけの勢いと度胸はあるのに、なぜ告白はできないのか。前者のほうが、むしろハードルが高いのに。

「まあ、でも……あれかなあ。桃音をデートに誘ってくれたということは、今度こそ……かなあ」

 先日、将樹が無理やり作った機会で、桃音と謙志は二人きりになったはずだった。結美としてはそこで謙志が桃音に告白するのかと思ったが、後日桃音から聞いた話では、「また部屋に来てほしい」という、つまりはえっちのお誘いだったわけで、結美としては少しばかり謙志に落胆した。謙志のほうは、桃音を「都合のいいえっち友達」扱いするつもりなのだろうかと憤りもした。
 だが、謙志の性格や印象を考えると、そんな器用なことができるとは思えず、「告白したかったけどできなかった意気地なし」という評価を、結美は謙志に与えることにしたのだった。

「そういえば、光希お姉ちゃんにはこう言われたの。いつか好きって気持ちがあふれて、自然に言えちゃうかもしれないねって」
「ああ……わかるかも。うーん……ってことは、まだまだ二人とも、好きって気持ちが足らないってことかなあ」
「ええ、そんな……。もう、こんなに好き……なのに」

 桃音は段々と消えていくような声で呟いた。
 キャンパス内でも、謙志の部屋でも、視界に謙志が入ると嬉しくなる。体温が上がるくらいに、全身が喜びで活気づく。どんな些細なことでも、彼と会話ができれば嬉しい。身体と身体がふれ合えたらもっと嬉しい。謙志の部屋を出る瞬間はとても淋しくて、離れがたくて、駅に向かう歩調がやけにゆっくりになってしまう。改札で別れを告げ、手を振ってホームに向かうけれど、名残惜しくて振り向いてしまう。その時、謙志がこちらを見てくれていたら舞い上がるほどに嬉しい。だけど同時に切ない。どうしてもっと一緒にいられないのだろうかと――どうして離れなければならないのだろうかと、はっきりとした欲求不満を覚えてしまう。
 こんなにも切なく恋焦がれているのに、好きという気持ちがまだ足りない、なんていうことはあるのだろうか。この気持ちは、今以上に増大するというのだろうか。

「それなら、桃音から連絡すればいいのに。約束のデート、何日にしましょうか、って」
「でっ……でき……ない……」
「もぉ~! なんでよ~? デートに向けて、少しでもかわいくしようって努力はしてるのに」
「それは……だって……私じゃ松浦先輩と……釣り合わないから」
「またそれを言う~! 外見が釣り合ってないカップルなんて、たくさんいるよー。でも、それでいいんだよ。だって、外見が釣り合ってるから付き合ってるんじゃないもん。相手のことが、お互いにすごく好きだから付き合ってるんでしょ。釣り合いなんて気にするのは外野だけだよ。桃音、自分が自分の外野になっちゃだめ!」
「でも……少しでも松浦先輩に……」
「好かれたいって? もう十分、好かれてると思うけどなあ。松浦先輩が、もっと大人っぽくて美人系のメイクと服にしてほしい、って要望したならわかるけど……そうじゃないでしょ。今の桃音のありのままを、松浦先輩は好きになってると思うよ?」
「うぅ……そうかなあ」

 結美は何度でも、桃音の背中を押して応援する。謙志は桃音のことを好きなはずだと、肯定してくれる。それなのにどうしても自信が持てない自分を、桃音は結美に対してなんだか申し訳なく思った。

「そうだ! いいことを思いついた! 松浦先輩からの連絡も来ないし、いっそ気晴らしに、別世界に行ってみよう!」
「えっ、別世界?」
「うんっ! 桃音、リビングに行こっ」

 結美はそう言うと立ち上がり、部屋のドアを開ける。その結美の背中に続いて桃音も部屋を出ると、二人は階段を下りて一階のリビングに向かった。そこでは、結美の両親がソファに隣り合って座っており、一緒にテレビを見ていた。

「ねえ、パパ! 今度のパーティー、桃音も一緒に行っていい?」
「えっ!? 結美ちゃん、パーティーって何!?」
「構わないけど……今から準備とかできるかい?」

 結美の父、井口・カール・暁雄はのんびりとした口調で尋ねた。
 御年六十五歳の暁雄は、天蔵グループの系列会社で役員を務めている元営業マン。妻の井口・パウリーナ・江梨と結婚したあと、絵に描いたような大器晩成の出世をしたが、元来の穏やかな性格は多忙を重ねても損なわれず、家族にも他人にもとても優しい人だ。

「四日後にね、天蔵家主催のパーティーがあるの」

 結美はソファに座るように桃音をうながしながら、にこやかな笑顔で説明した。

「毎年夏にやってるんだけど、なんていうのかな……交流パーティーみたいな? それがちょっと、趣向が珍しくてね。若者の参加に積極的なの。新規ビジネスを提案して起業する意思を示す若者を集めて、そういう新しいビジネスに投資してみたい経営者も集めて、って感じの」
「す、すごい……」
「まあ、そういうマッチングは実際には数少なくて、基本的にはただ交流を深めるだけらしいけど……。参加可能なのは、高校を卒業した成人なの。だから、今年初めて私も行くんだけど……桃音も一緒に行こうよ」
「えぇっ!? そんな、でも……」
「パパ、一人くらいなら友達を連れていってもいいよね? 桃音はほら、将来経営者になりたくて大学で学んでるくらいだし、ただの見学のつもりの私よりも参加意義があるし!」
「大丈夫だよ。でも、舟形さんのほうが大丈夫かな?」
「うーん……桃音、ドレスを持ってたりとか」
「ないないっ! そんな畏まった服、持ってないし買えないよ!」
「あら……じゃあ、美央さんにお世話を焼いてもらったらどうかしら」
「美央……さん?」

 桃音が誰だろうかと思って不思議そうな顔をすると、結美の母、江梨はソファから立ち上がり、どこかに置きっぱなしだったスマホを手に取って戻ってきた。
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