奥手な二人は脱いだら淫ら(R15版)

矢崎未紗

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第三章 儚い星空

第12話 学んで考える将来(上)

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 そうしておしゃべりを楽しんだあと、受付開始時間が近くなったので、桃音たち五人は客室を出るとエレベーターに乗り、上層階にあるパーティー会場へ向かった。出入口に用意された受付名簿に各自名前を記入して、一行は会場に入る。

(す……すごい……)

 明るい照明に照らされた会場に入った桃音は、豪勢な内装と景色に感嘆した。
 天井から床までの大きな窓ガラスの外は、夕暮れの気配を感じさせる第一首都特区のきらびやかな景色が広がっている。会場内には白いテーブルクロスの掛かった長机の上にサラダ、マリネ、ローストチキン、寿司、グラタン、パスタ、スープ、パン、炊き込みご飯、ドリンク各種と、数えきれないほどの料理と飲み物が用意されている。立食形式のようだが、会場後方には座れるテーブルと椅子の用意もある。
 会場前方にはスクリーンを背にしたステージ台があり、その左端には演台が設置されていた。きっと新規事業をアピールする者が、そこに立ってプレゼンをするのだろう。

「すごいねえ。こういうパーティーがあるってことはパパから聞いていたけど、参加するのは初めてだからびっくり」
「う……うん……」

 シャインシルバーのAラインタイプのワンピースを着ている結美もまた、桃音の隣で目を見開いていた。

「江梨さん、私たちは秋良あきら様のところに行きますね。またあとで」

 主催者である夫を見つけた美央は江梨たちにそう声をかけると、娘の小百合と共に少し離れた。桃音たち井口家一行も、すでに会場入りしていた暁雄を見つけて、ひとまず合流する。そしてしばらく待っていると、パーティーは華々しく始まった。
 結美の父、暁雄は知り合いが何人か来ているので挨拶をしたり、話し込んだりしている。美央たち以外に知人のいない結美は桃音を誘い、そんな暁雄が立つテーブルへと、何往復かして料理を運んだ。

「私たちみたいな学生っぽい人でも……慣れてる人が多いね」
「そうだね」

 結美と一緒にのんびりと料理を堪能しながら、桃音は呟いた。
 起業を望む若者を集めている交流パーティーということで、二十代前半の若者ほど目をギラギラさせて、積極的に名刺交換をして会話にいそしんでいる。中には既知なのか、顔を見ただけで互いに親しく挨拶をし合う青年と、暁雄くらいの老年の男性という組み合わせもいる。きっと、小百合のように身分の高い家柄の子息などなのだろう。そういう青年や令嬢は血眼になることなどなく、また桃音たちのように恐縮することもなく、実にリラックスしながら誰とでも会話をしている。こういう場での交流には慣れているのだろう。会場内に視線を凝らせば、美央と小百合も、落ち着いた姿勢で何人もの参加者と話をしていた。

(世界が違う……)

 経営者になって多くを稼ぎ、これまで学費など、多大な支援をしてくれた家族に楽をさせて恩返しをしたい。それが桃音の目標だ。経営者になったあかつきには――いや、経営者になりたいのならば、こういった上流の付き合いもできるようにならなければならないだろう。

(怖い……わけじゃないけど……でも……)

 いつかの未来で自分がなろうとしている姿。その姿が、ここにある。年配の参加者は男性が多かったが、もちろん女性もいる。取り巻きの多さを見るに、美央のような会長夫人というわけではなく、その女性自身が何かしらの企業のオーナーなのかもしれない。
 そんなふうに、いつか自分もなれるだろうか。このような場所で、すまし顔で大勢の人と対話できるような経営者になることが、自分の心からの目標だろうか。目指したい姿なのだろうか。

(なんだろう……何か……)

 初めてこのような華やかな場所に来たからだろうか、桃音はうまく言葉にできない違和感を覚えた。それは喉に刺さった魚の小骨のようにちりちりとした痛みがあり、無視をしたくてもできそうにない。

「結美、舟形さん、会長に挨拶に行こうか」

 ある程度食事が進んだところで、暁雄が二人にそう声をかけた。
 暁雄の視線の先には、美央たちがいる。美央の隣で背筋をピンと伸ばして凛々しい表情をしている長身の男性は、会場内でもひときわ目立つオーラを放っているように見えた。

「天蔵会長、こんにちは。今日は家族と、娘の友人も参加させていただき、ありがとうございます」
「ああ、井口か」

 暁雄たち家族三人と、そして桃音に視線を向けながら天蔵会長――この国でも有数の名家であり、天蔵グループを束ねる天蔵家の現当主、天蔵・フィリップ・秋良は相槌を打った。

「お前のところ、昨年度の業績が過去一だったらしいな。よくやった」
「いえ、自分はほとんど何もしていませんよ」
「嘘つけ。まずはいつもみたいに高温で燃えている火中の栗を拾って、膿出しを徹底したんだろう。滞っていた通常業務がだいぶスムーズに回って、それだけのことでも時間外労働が減り、人件費がかなり抑えられたと聞いている。おかげで新規案件も獲得できたとな」
「そうですねえ。とてもよく働いてくれた社員の皆様のおかげですね」

 天蔵商事で営業職として働いていた暁雄は、齢四十を過ぎても平社員とほぼ変わらない、いち主任でしかなかった。ところがこの秋良の取り立てのおかげもあって、かなり遅いタイミングではあったがどんどん出世していった。そして定年退職から五年経った六十五歳の今は、年齢制限のない役員待遇で、天蔵グループの子会社に籍を置いている。それも秋良の計らいだそうで、経営体制や業績に難ありの子会社の立て直しを期待されているそうだ。

「今日は娘の結美のお友達の、舟形・エリーズ・桃音さんも来ています。結美と同じ玉苑スフィア大学に通っていて、経営者になるべく経営学を勉強しているんです」

 暁雄はとても自然に、そう言って桃音を秋良に紹介した。秋良は「へえ?」と言って目を細める。暁雄より少し若く、六十手前くらいの秋良は、桃音がこれまでに出会ったどの年上の男性よりも眼光が鋭く、桃音は背筋に緊張が走るのを感じた。

「なんで経営者なんかになりたいんだ?」

 秋良はシャンパンの入った小さなグラスを手に持ったまま、桃音に問いかけた。

「えっと……家族に……これまでの恩返しをしたいからです」
「恩返し?」
「はい。持病がある母の薬がとても高価で、唯一の稼ぎ手である父は、これまでとても苦労をしてきました。それなのに、もっと難しい勉強がしたいと望む私を私立の中高一貫校に入れてくれました。三つ上の兄と姉は専門学校を出て社会人になり、大学に進学した私の学費を、父と一緒に出してくれています。そんな家族に、恩返しをしたいんです」
「有り体に言うと、報酬が高い経営者になって金を稼ぎまくって、その金を家族に贈与したいってことか」
「えっと……はい……」

 秋良に自分の考えを反芻されて、桃音はおどおどと頷いた。

「つまり、経営者になりたいってのは、目的に対する手段だな?」
「はい……そうです」
「家族に恩返しをしたいという目的に対して、その手段は最適解か? ほかの方法を検討したうえで採択したのか?」
「えっ?」
「考えていないわけないよな? 経営者ってのは、あらゆる情報をインプットしたうえで先を見通して、企業として達成すべき目標を達成させるのが使命だ。目標達成のためにはあらゆる手段が考えられるし、その手段を実行するうえで発生する障害を取り除く方法も、都度検討する必要がある。そもそも、定めるべき目標の内容自体も、十分に吟味しなければならない。意味のない目標を達成しても、ただの徒労だからな。経営をするうえでのリスク管理も、日々変わりゆく社会情勢にアンテナを張っておくことも必要で、常に脳みそがフル回転しているようなもんだ。お前なりに、それくらい頭をフル回転させて考えた結果、〝家族に恩返しをする〟という目的達成のためには〝経営者になる〟という手段が最適だと、そう判断したわけだな?」
「……いえ」

 秋良の厳しい指摘を、桃音は小声で否定した。

(そんなふうに考えたこと……なかったかもしれない)

 学費が高い私立の中高一貫校に通わせてもらった。大学も、桃音が一番に志望した私立の大学に進学させてもらった。父、そして兄と姉には、主に金銭的な面で多大な負担をかけてしまった。母も、持病と闘いながらも家の中のことを一手に引き受けてくれて、いつだって応援してくれた。
 そんな家族を楽にさせたい。それは主に、経済的な面での「楽」を考えていた。
 父はまだ働いているが、時期が来れば定年退職をするし、そうなると舟形家の収入は細くなる。母の薬代は、社会人になった子供たち三人で共同して稼ぐことになるだろう。そうなったとき、自分に高額な収入があれば、兄と姉の負担は減らせる。なんなら、父の代わりに自分が母の薬代を稼ぎたい。さらには、両親が安心して老後を過ごせるように、しっかりと蓄えておきたい。いざとなったら、両親の生活を面倒見られるくらいに。
 そのためには、とにかく稼がなければならない。平社員やちょっとした役職持ちの給料では、きっと全然足りないだろう。だからいっそ、雇われる身ではなく雇う側――すなわち経営者になりたいと思った。けれども――。

「お前の家族は、お前からの恩返しを望んで学費を出したのか? お前の家族が望んでいることは、お前からの恩返しなのか? お前が多くの金を稼ぎ、それを家族に与えることは、本当にお前の家族を豊かにするか?」
「わ、わかりません……でもお金があればっ」
「たいていのことは〝ラク〟になるだろうな。費用を心配せずに薬を調達できるし、お前の父親が働けなくなった老後についても、衣食住を心配しないですむ。まあ、金はあるに越したことはない。それは間違いのない現実だ。でも、お前の視点はそこだけに向いていないか」
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