ヒオクダルスの二重螺旋

矢崎未紗

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第18話 潜入の操言士と涙の別れ

2.地下(下)

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 ラフーア、ポーレンヌ、カルディッシュ、ンディフ墓地、ロムザの街――怪魔が襲った幾多の都市部。そのたびに傷つき、泣き叫んだ人々。あんな状況を見るのはもうたくさんだ。その状況をもたらす原因である四分力も、人の手には要らない。
 弟子の紀更に続けて、王黎も真剣な眼差しで二人に言った。

「お二人はこの場所と、〝プレカ〟という操文で扉が出現したことを必ず優大王子に伝えてください。それと、優大王子は絶対に死なせてはいけません。ピラーオルドは要りませんが、優大王子はこの先の世界に必要です」
「わかったよ。まあ、アタイにアンタらを止める権利はないからねえ」
「王黎さん、紀更さん、どうぞお気を付けて。次に会う時はもう少しゆっくりお話ししましょうね」

 ターニャとスラヴェナはそう言って紀更たちに笑顔を向ける。どうかこれが、今生の別れにならないようにと祈りを込めて。

「先頭はわたしが行こう。紀更殿と王黎殿は中央に、ルーカス、殿を頼むぞ」
「はい」

 そんな二人に背中を向けた紀更たちは、エリックを先頭に扉の中へと入っていく。
 その後ろ姿を、フォスニアの操言士二人は静かに見送った。


     ◆◇◆◇◆


「っ……来た……来る、来るよ」

 玉座にいる男が、吐息を漏らすような喋り方で歓喜の声を上げる。
 その男を見上げて、馬龍は頷いた。

「どうやって出迎えましょうか」
「そう……そうだね……出迎え……もてなす……いや、どうしようか」

 すると、馬龍の隣にいたライオスが叫んだ。

「オレが行く! あの黒髪の傭兵、ぶっ殺してやる!」
「ああ、ライオス。それはやめておくれ。彼は紀更くんの魂を傷つけるための大切な道具なんだ」
「ハアァ? うるせぇぞ、カギソ。お前がやんなくても闇の子は闇神様の前に差し出せばいいんだろ!」
「二人とも、静かに。闇神様が何かおっしゃられる」

 馬龍は言い合うライオスとカギソを制止した。

「そう……ここへ……逢いたい……逢いたいよ……久しぶりに……とても、久しぶりに……誰も、邪魔……許さない……連れて、きて……闇の子だけ……ほかは……要らない」
「仰せのままに」

 馬龍は頭を下げて、恭しく命令を受けた。


     ◆◇◆◇◆


「ずいぶん深いですね」

 扉の先は、かなり急斜面の下り坂になっていた。左右の壁は冷たい普通の石でできており、下り坂は時々不自然に右へ左へ曲がった。
 明かりがないので、王黎と紀更が操言の力で光の球体を作り出し、その光球を頼りにしながら一行は慎重に歩いた。

「王黎、お前、サーディアに忍び込んだことがあるんだよな。何しに来たんだ」
「もしかして、その時も特務だったんですか」

 サーディアに忍び込んだことがある。王黎から衝撃のその過去を紀更が聞いたのは、ンディフ墓地で馬龍たちと戦ったあと、キフェラ集落の共同営舎で休んでいた時だ。その時は深く訊かなかったが、なぜ王黎がサーディアへ行く必要があったのだろうか。理由として考えられるのは、操言士団から何か特別任務を言い渡されたから、というものぐらいだ。

「うーん……あえて言うことじゃないから黙っていたけどね」

 王黎は自分のうしろを歩く最美をちらっとうかがってから静かに告げた。

「マークがセカンディア出身であるように、最美はサーディア出身の言従士なんだ」
「えっ……ええっ!?」

 まったく予想していなかった事実に、紀更は声を上げて驚いた。暗く狭い下り坂の通路に、紀更の声が反響する。

「もちろん、最美は国民登録をしているから今は正式なオリジーア人だよ。僕は最美の出身国のことを知りたくて、サーディアに行ったんだ」
「え、あっ……そう、だったんですね」
「その時はイェノームの城下町を少し歩いたくらいで、まあ、たいしたことは知ることができなかったんだけどね。あ、そういえば」

 王黎はふと過去のことを思い出したのか、呟くように語った。

「今日も地下にいる……自分も呼ばれてみたい……そこに行けば若返る。そんな会話を聞いたような聞いてないような」
「なんだそれ。サーディア国民にとってこの地下は有名なのか?」

 ユルゲンが尋ねると、王黎は首を横に振った。

「うろ覚えだけど、いい服を着た裕福そうな人たちの会話だったから、彼らは貴族だったんだろうね。その会話も、いま思えばピラーオルドの術、レプティトゥイールスのことかもしれない。サーディアのお貴族様は、自分たちの裕福な生活が未来永劫続くことを御所望で、そのためにピラーオルドの活動を認めているのかもしれない」
「レプティ……不老不死」

 自分の魂を新しい身体へ入れ替え、長い時を生き永らえる術。その新しい身体は、いったいどこから持ってくるのか。そのことを考えると、紀更の身体はぶるりと震える。
 ピラーオルドの存在を容認するサーディアの貴族たちが、レプティトゥイールスについてどこまで詳しく知っているかはわからない。だが、もしもある程度知っていてその術を自分たちにも、と望んでいるのなら、心底国民のためにならない存在だ。

「一般市民から搾取する生活は楽で、そりゃ手放したくはないよね。できるなら老いることもなく死ぬこともなく、ずっと続けていたいだろうさ」
「でも民からすれば、冗談じゃありません」
「うん、そのとおり。だからサーディアは陰鬱で腐ってる、嫌な国だよ」

 王黎は大人げなく、嫌悪感をあからさまに表現した。

「行き止まりだ」

 その時、先頭を歩いていたエリックの足が止まり、順に全員が歩を止めた。
 王黎はエリックに近付き、手のひらに乗せていた光球を行き止まりの壁に近付ける。

「壁ですね。ドアはない」
「迷ったはずはない。間違いなく一本道だったぞ」
「ということは、ここしかないですね」

 王黎は操言の力を使い、手のひらの光球を消した。紀更が持つ光だけになり、互いの存在がなんとなく見えるだけの暗さになる。

【プレカ】

 紀更が地上で使ったように、王黎も操文を唱えた。すると、シャララシャララという大量の砂が流れるような音がして、目の前の石の壁が崩れて消えた。

「ん~、正解。でもヤな流れだなあ」

 崩れた壁の向こうは広い空間になっていた。紀更の実家の呉服屋「つむぎ」が、四、五軒分くらいは入りそうなほど、縦にも横にも広い。その空間を支える四隅の柱は太く、そのすべてに明灯器がかかげられており、空間の中は全体が見えるほど明るかった。しかし、明灯器の明るさは太陽のようなあたたかい暖色ではなく、冷たい真冬の月のような青白い明るさだ。

「王黎師匠、それは、ピラーオルドも操文を使えるようだから、でしょうか」
「そうだよ」

 王黎は紀更を振り向いて苦笑した。

「地上の扉、それと今の壁。やだねぇ、まだ僕らが自由に使えない操文を、ピラーオルドはもしかしたら自由自在に使えるのかもしれない」

 多くの言葉ではなく、ある特定の一言を唱えるだけで操言の力が使える操文。それは、今までのやり方に比べると様々な利点がある。

(言葉を紡ぐ時間の短縮……それに、自分がイメージしたことが相手に知られないですむ。それは操言士同士の戦いの場合、とても有利だわ)

 紀更はラテラスト平野での戦いを思い出す。
 あの時、ライオスが使った言葉を逆手にとって、紀更はなんとか反撃をした。相手の言葉が聞き取れれば、対抗策を考えやすい。しかしそれは同時に、自分の言葉が相手に利用される可能性もあるということだ。その点、操文ならばその可能性はほぼない。

「王黎殿、どうする。見たところ、ここはダンスホールのようだ。もしも一般的な城の造りを基本にしているなら、別の部屋に続く道があるはずだ」
「僕らがたどり着きたいのは闇神様のところです。地上の王城を模しているなら、闇神様は玉座の間にいる、と考えられますね」
「エリックさん、二手に分かれますか」

 ルーカスはホールの奥を指差した。柱の陰に隠れて、左右それぞれに扉が見える。

「いや、分散は賢明ではない。仕方ない、まずは右手に進んでみるか」

 エリックがそう判断し、空間の中央へと歩き出して数歩進んだその時。

【氷柱、凝固。逆円錐十人兄弟を連れて、天より落ちろ】
――シュイン……ドスッ、ドスッ!

 空間の上空に逆円錐形の大きな氷柱が出現し、無秩序に床に向かって落ちてきた。そのひとつが自分たちに当たりそうになったため、紀更たちは悲鳴を上げながら散開した。

「きゃっ!」
「紀更様!」
「我が君っ!」

 紀更には紅雷が、王黎には最美が瞬時に寄り添い、主の無事を確かめる。
 散らばったところで王黎以外の男四人は、それぞれ得物を鞘から抜いて構えた。

「ようやく来たか。待っていたぞ、王黎!」
「馬龍!」

 ダンスホールの前方に現れた人影に向かって王黎は叫んだ。
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