ヒオクダルスの二重螺旋

矢崎未紗

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第11話 無声の操言士と二人の動揺

2.長老(下)

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――世界はこれから変わろうとしている。その変化の渦の中心にいるのは特別な操言士……紀更さん、あなたなのでしょう。塔はあなたに何かを望んでいます。
「なんて、私は大げさに考えてしまうんです。気を悪くさせたらごめんなさいね」

 最後に少しだけいたずらっぽく、エレノアはほほ笑んだ。
 その時、ムクトルの指先がまた、エレノアの持つ木の板の上を軽やかに踊り始めた。

「紀更、学べ、考えよ。きっと、集まる。答え……意味、理由」
(学んで考え続ければ、答えも意味も理由も、私に集まってくる……)

 単語の羅列だけでも、ムクトルの言いたいことが伝わってくる。
 ムクトルは、きっととてもおしゃべりな性格なのだろう。自分の声で話せないことが、言葉を紡げないことが、彼にとっていったいどれほど悔しいことか。

「怪魔、増える……操言士、誘拐……ピラーオルド、カルディッシュ……解明、続ける……気になる、こと、すべて……手掛かり。大事、忘れ、ない」
「はい」

 怪魔が増え、ピラーオルドによる操言士誘拐が続く世界の情勢。しかしカルディッシュの操言士たちは、いまこの国に起きている事象の解明を続けるという。
 気になることはすべてが手掛かりだ。大事にして忘れてはならない。学び得たこと、知り得たこと、そして自分の頭で考えたことをパズルのピースのようにつなぎ合わせていけば、きっと見つかるだろう。なぜ自分は後天的に操言の力を授かったのか、初代操言士はどんな人物だったのか、それらの答えが。

「紀更、師匠……似ない、よい」
「ん? ムクトルさん?」

 ムクトルの手が止まり、今度はにんまりと意地悪げな笑顔を浮かべて王黎の方を見る。
 それ以上ムクトルが手を動かさないと見て取ったエレノアは、木の板を棚に戻しながらくすくすと笑った。

「そうですね。紀更さんは師匠の王黎さんに似ないで、素直なままでいてもらいたいですね」
「僕も素直な子ですよ?」
「そうでしょうか。あなたのお腹の底は深すぎて、私にはいつまで経っても見えません」
「うーん」

 困ったようにぽりぽりと頬をかく王黎に、タクトが仕切り直す。

「紀更さんに伝える話はこんなところでいいかな」
「はい。タクトさん、ありがとうございます」
「あ、ありがとうございます」

 座ったままだったが、王黎に続いて紀更もタクトにお礼を述べた。

「ちなみに、騎士団と平和民団の方々は、快晴革命については知らぬふりをしておいた方がいい。へたに喋ると面倒なことになるだろうから、黙していることを勧めるよ」

 タクトがそう言うとユルゲンは「だろうな」と短く同意した。
 それから、タクトは再び王黎に尋ねた。

「王黎、今日と明日くらいはまだカルディッシュにいるだろう?」
「そうですね。祈聖石巡りが一番の目的ですからね」
「時間があるならぜひエレノアに、君がこれまでに見た新たなものを教えてやってくれないか。何やら、面白い場所に行ったんだって? 噂は聞こえているよ」
「おかしいですねえ。ぺらぺらと喋ってはいないはずなんですが」

 始海の塔に行ったことは王都の操言士団の幹部会には話したが、それ以外の操言士にはそう簡単に話をしていない。しかし、そもそも始海の塔への道のりにゼルヴァイス操言支部やゼルヴァイス城の城主の力を借りている以上、地獄耳のタクトに聞こえてしまったとしても不思議ではない。
 ごまかして逃げようとする王黎に、タクトの眼鏡のレンズが光った。

「君のその頭の中に入っている情報、どこの誰のおかげかわかっているよね?」
「ええ、はい、わかっております」

 王黎はお茶を濁したいようだったが、眼鏡のフレームの位置を直しながら王黎の逃げを許さないタクトの気迫に負けて渋々頷いた。

「それじゃ、そろそろ行こうか」

 王黎はそう言って長く下ろしていた腰を浮かせると、ソファから立ち上がった。

「あの、タクトさん。その本はカルディッシュの図書室に置いてください」

 支部長室を出る直前で、紀更はうっかり忘れかけていたことに気付く。『空白の物語Ⅰ』は、王都中央図書館からカルディッシュ城の図書室に移動させるという名目でイレーヌから預かったのだ。ここでタクトに託せば、頼まれたことは完了する。
 しかし、タクトは『空白物の物語Ⅰ』をなぜか紀更に返却した。

「いや、君が持っていなさい。ムクトル殿も言っていただろう。紀更さんがその本を持つべきだと言った、リカルドが正しいと。リカルドのことは僕も知っている。彼もまた、鳳山殿のように歴史に関わろうとする操言士の一人だ。ユニークな子だけど、彼の感覚を僕は信じるよ」
「でも」
「大丈夫。もしも王都中央図書館に何か言われたら、君から本を預かったと答えておくよ。ムクトル殿、鳳山殿、そしてもっと昔に生きたロゴイエマレス。この国の過去に思いを馳せた彼らのためにも、〝歴史的に例のない特別な操言士〟の君が持つといい。もしかしたら何かの役に立つかもしれない」
「……はい」

 気持ちのおさまりどころが少し悪かったが、そんな風に言われては引き下がるしかない。紀更はリカルドから託された『空白の物語Ⅰ』をショルダーバッグにしまい込むと、タクト、ムクトルに別れを告げて支部長室を退出した。


     ◆◇◆◇◆


 豊穣の村エイルーを飛び立った最美は、王都ベラックスディーオに舞い戻るとまず操言士団本部の守護部会館に向かった。王黎から、今回は最初に守護部部長のラファルを訪ねるように厳命されていたからだ。

「ミッチェル様、ラファル様にお会いしたいのですが」

 守護部会館の中を歩き、休憩室にいた大柄な操言士ミッチェルを見つけた最美は彼に声をかけた。祈聖石巡礼の旅に出たはずの王黎の言従士が一人で戻ってきたので、ミッチェルは一瞬怪訝そうな顔をした。しかしすぐに何かを察して、最美と共に部長執務室へ向かった。

「ラファル部長、王黎の言従士最美がお会いしたいと」
「最美? いいぞ」

 ドアの外から声をかけ、了承を得られたので最美とミッチェルは部長執務室に入る。中にはラファルが一人いるだけで、タイミングとしてはちょうどよかったようだ。

「失礼します。お忙しいところ、事前連絡もなく申し訳ありません」
「構わん。お前さんが一人で戻ってきたということは急ぎだな?」

 話しながら三人はソファに座り、本題を急ぐ。
 最美は淡々と告げた。

「わたくしが王都へ戻ったのは、我が君からの手紙を操言士団に届けるためです」
「操言士団幹部会……いや、コリン団長にか」
「そうです。ですが、その前に必ずラファル様を訪ねるよう、我が君から命を受けて参りました」
「ということは、王黎はきっちり俺を巻き込んでくれるつもりのようだな。何があった?」

 ラファルから問われると、最美は事実だけを説明した。
 豊穣の村エイルー付近で、ピラーオルドの北方幹部ライオスと交戦したこと。ライオスは操言の力を使ったが、メヒュラであったこと。紅雷と一緒にそのライオスを追跡したところ、不自然に臭いが途切れたこと。そして臭いが途切れたその付近に、見慣れない円形の鋳物があったこと。

「王都を出て数日で、ピラーオルドと接触か。やっこさん、まるで王黎たちが王都から出てくるのを待ち構えていたかのようだな。それとも完全に偶然か? ったく、ライアン王やコリン団長の判断は正しかったってことか」
「最美、王黎はそのライオスって奴について、何か言っていなかったかしら?」

 ミッチェルが最美に尋ねると最美は頷いた。

「ライオスは操言の力を使いましたが、彼の言動およびメヒュラであるという事実を考えると、ライオスは操言士ではなく言従士ではないかと」
「操言の力を使う言従士か……ンなもん、あり得ない。とまあ、一刀両断したいところだが王黎の推測は否定しないでおこう。肯定もしないがな」
「謎の鋳物の場所へはわたくしが案内できます。騎士団の護衛をつけたうえで操言士団に調査をしてほしいというのが、我が君からの要望です」
「わかった。俺も同席する。ミッチェル、幹部会の誰でもいいからつかまえて、幹部操言士を集めるように言ってくれ。最悪、コリン団長さえいればいい」
「ええ、わかったわ」

 ミッチェルはそう言うと退席して、すぐに操言士団本館に向かった。


     ◆◇◆◇◆
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