ヒオクダルスの二重螺旋

矢崎未紗

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第11話 無声の操言士と二人の動揺

4.来襲(下)

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「おい、まだかよ」
「まだよ。あんただって臭いでわかるでしょ」
「そろそろ煙の臭いの方が増してきて鼻が利かねぇんだよ」

 カルディッシュ城下町の東部、徐々に燃え広がっていく牧草地帯の炎の明かりを尻目に、アンジャリとライオスは闇に潜んでいた。

「カルーテは何匹放ったんだ?」
「十匹ぐらいよ。でも、改具月石で力を吸い取れた祈聖石の数は少ないし、そう自由に動き回れはしないわね。火事だけじゃ陽動にも限界があるけど、今回はこれ以上街中に怪魔を放てないわ」
「それで、闇の子は?」

 一秒でも早く戦いたいライオスは、はやる気持ちを隠すことなくアンジャリに尋ねた。
 アンジャリはズボンのポケットから細い鉄紐に縛られた手のひらサイズの石――改具月石を取り出した。

「まだ反応してない。操言の力を使っていないのね」
「もっとカルーテを送り込んでおくべきだったんじゃねぇのか。そうしたら、闇の子もさっさと操言の力を使っただろうよ」
「連れてくる怪魔は多くなくていいってあんたが言ったんでしょ! ウガラスノ樹林の中に何匹かいたから改具月石で操作して街中に連れてこれたけど。それでも、祈聖石の守りを突破するのはたいへんだったんだから!」

 アンジャリの苦労も知らず文句を垂れるライオスにアンジャリは苛立ち、青筋を立てた。
 浅慮で考えなしのライオスの尻拭いは、たいていアンジャリに押し付けられる。ピラーオルドに加わる前も、気付けば怠惰な仲間の面倒を見ざるを得ない状況がしばしばあったが、こうして文句を言いつつも見捨てずにその尻拭いをしっかりとしてしまうのだから、つくづく損な気質だとアンジャリは我ながらに思う。

(放っておけばいいのにそれができなくて、結局面倒を見る羽目に……ああ、もう)
「おい、明滅してんぞ!」

 アンジャリが深いため息をついて目を閉じている間に、手のひらの中にあった改具月石が強く明滅し始めた。

「来た! 闇の子よ! いい、ライオス。私が囮になってあげるんだから、作戦通りにしてちょうだいよ」
「ああ、この前の借りは返してやる!」
「借りを返すんじゃなくて、闇の子を捕まえるのよ! 本当にわかってんの!?」

 アンジャリの甲高い小言も聞かず、ライオスは人目につかないよう闇の中を駆け出した。
 明滅する改具月石を頼りに、アンジャリもあとを追う。
 二人が目指すのはウガラスノ樹林に接した東国道、カルディッシュ城下町の北部だ。


     ◆◇◆◇◆


 紀更たち五人は街中で数匹のカルーテを斃したあと、東国道に出た。幸いなことに紀更たちの目に見える範囲で死者はなく、カルーテに噛まれた負傷者は数人いたが命に別状はないようだった。

「師匠さん!」

 民家がなくなり、樹林の暗さが際立つ国道に紀更たちがたどり着くなり、紅雷が戻ってきて叫ぶ。そして紅雷はぽふんと音を立ててミズイヌ型になった。

「煙の臭いでわかりづらいけど近くにいます!」

 主語がなくとも全員に伝わる。これまでに遭遇したピラーオルドの誰かが近くにいるのだ。

【光の神、カオディリヒス】

 王黎は手のひらを合わせ、目を閉じて集中した。

【内に秘めたる炎の熱、目を焦がすまばゆき光、其が力の一端を我が手に授け給え。光まといし球体の、あたり照らすは陽の光線、闇を払いて我らに味方す、愛しき守りの御力なり】

 王黎が言葉を紡いで操言の力を使うと、王黎の頭上に太陽のように自ら輝く光の玉が出現した。それは王黎を中心として半径十メイほどを照らし出し、闇の中にまぎれていた一人の女性の存在を紀更たちに視認させた。

「こんばんは、闇の子。会いに来たわ」

 眼鏡をかけ、前髪をセンターラインで左右に分けたお団子ヘア。切れ長の細い眉とグレーの瞳。女性にしては背が高く、動きやすそうなパンツルック。それは間違いなく、ポーレンヌ城下町で馬龍やローベルと共にいた女性だった。

「こんばんは、ピラーオルドさん。僕の記憶が正しければあなたはアンジャリさんですかね。わざわざご苦労様です。せっかくですからゆっくりとお話でもしますか」

 余裕そうな笑みを浮かべるアンジャリに対して、王黎はポーレンヌで馬龍にもそうしたように、少しでも情報を引き出そうと対話を試みた。

「そうね、いいわよ。ただし、あなたがおとなしくあたしたちに付いてきてくれたら、ねっ!」

 アンジャリは怪しく笑うと、何かを持っている手に力を込めた。

【出でよ、闇のしもべたち!】

 次の瞬間、アンジャリの背後にはなだ色の光を放つ不気味な三日月形が現れた。そしてその光が消えると、何もなかったはずの空間に怪魔ドサバト二匹、キヴィネ一匹が出現した。

「紅雷、ルーカスくんはドサバト、ユルゲンくんはキヴィネ! 紀更、三人の支援だ!」
「はいっ!」
「了解ですっ!」

 相手の戦力を瞬時に把握した王黎が、戦闘形態の指示を出す。紀更とルーカスは自分を鼓舞するためにあえて返事を声にした。アタッカーの三人は怪魔と一対一で向き合うように向かって左手からルーカス、紅雷、ユルゲンの順で散開し、前衛に立つ。その少しうしろに紀更、そしてエリックに背後を守られた王黎という並びになる。
 八対の節足を持つ巨大な蜘蛛のようなシルエットのドサバトと、鉄のような素材でできた大きな箱を不格好に組み合わせたキヴィネは、心なしかこれまでに見た個体よりも大きい気がした。

【清らかなる純白の輝きよ、邪なる悪を滅し屠る神気となりて、ルーカスさんの剣、紅雷の爪、ユルゲンさんの両刀に聖なる力を授け給え!】

 紀更はまず、前衛三人の攻撃が怪魔に通るように操言の加護を授けた。ルーカスの剣、ミズイヌ型の紅雷の爪、そしてユルゲンの両刀それぞれに、怪魔を切り裂いて屠る光の力を付与するように。
 通常よりも強い攻撃力を備えたそれぞれの得物で、三人は怪魔に立ち向かっていく。しかし紀更のその加護を無効化すべく、アンジャリも操言の力を使った。

【純白の輝きは曇り、霞み、濁り、穢れて重く、まとわりつく!】
「っ、やだっ!」

 紅雷が悲鳴を上げた。アンジャリの操言の力のせいで紀更が付与した加護がなくなり、自分の爪なのにとても重たく汚らわしさを感じたのだ。ドサバトにいくらかダメージを与えたあとだったが斃すにはいたらず、紅雷は一歩後退り、ドサバトと距離をとった。

【輝きは消えず! 我が言従士紅雷には常に我が操言の力が寄り添い、其が力は悪しき怪魔を引き裂かん!】

 すぐに紀更は、再度紅雷に向けて操言の加護を放った。

「紅雷、頑張って! あなたには私の操言の力だけが届くから!」
「うぅ~っ、はいっ!」

 口から粘液や泥水を吐き出すドサバトの攻撃を避けながらなんとかドサバトに近付いてミズイヌの爪でダメージを与えようとする紅雷に、紀更は声援を送る。
 その左隣ではルーカスが同じように、ドサバトの攻撃を避けたり受け止めたりしながらドサバトの節足を切り落としていた。

(ユルゲンさんっ)

 心配なのはドサバトよりも強いキヴィネを一人で相手にしているユルゲンだ。電撃という強い攻撃をしてくるうえに、鉄の箱でできた硬い身体は普通の武器ではダメージを与えることができない。しかも、一人でそのキヴィネを相手にしなければならないのだ。

(攻撃だけじゃなくて、防御とほかの加護も与えなきゃ!)

 もっと速く、もっと高く動けるように、ユルゲンの脚力を強化する。さらに、もしもキヴィネの電撃を食らっても痛手にならないように、電撃一回分くらいははじくことができるような盾の護りをユルゲンの周囲に作っておきたい。紀更はそれらの効果をイメージし、適切な言葉を選びながら操言の力を使った。
 しかし、操言の力を使うのは紀更だけではない。アンジャリもまた、紅雷やルーカスによって攻撃される怪魔に向かって操言の力を使った。

【傷ついた魂は夜を数え、眠りを貪り、闇の中で星に癒される!】

 生きとし生ける者が睡眠という休息をとって心身を休めるイメージを伴ったアンジャリの言葉によって、紅雷たち三人が怪魔に与えた傷は回復されてしまう。

(アンジャリさんも操言士……操言士が怪魔の傷を癒すなんて!)

 仲間の支援に徹する操言士の紀更と、同じく怪魔の支援に徹する操言士のアンジャリ。
 互いに直接攻撃はしないが、どれだけ味方をサポートできるか、間接的な操言士同士の戦いとなっていく。

「紀更、まずは紅雷からだ! キミの力を一番強く受け取れる!」
「はいっ!」

 紀更の背後から、王黎が助言を送る。王黎が操言の力を使う声は聞こえないが、紀更だけでは操言の加護が間に合わないので、王黎は紀更に指示をしながら主にユルゲンに対して防御の加護を与えているようだった。そのおかげで、どうにかユルゲンはキヴィネからの攻撃をかわしつつ、一手、二手と次々に攻撃の手を与えられている。
 その王黎の背後では、エリックが前衛の戦闘の様子を気にしながらもアンジャリ以外にピラーオルドの人間がいないか、周囲の気配を探っていた。

(紅雷……)

 紀更は焦る胸中をなんとか冷静に保ちつつ、だが急いで考えた。
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