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第二章
裂ける観測室
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研究棟奥、観測室の自動扉が警告灯の赤い光に照らされていた。
ヴァルネが駆け込んだとき、室内はすでにざわつき、複数のモニターが点滅していた。
「被験体番号17 の生体反応……乱れすぎている。脳波が波形にならないぞ!」
観測員の一人が、青ざめた顔で叫んだ。
室内中央には、半透明の強化シールドに囲まれた“被験体ブース”がある。
その奥で、被験体17 ――若い男性――が手足を拘束されたまま震えていた。
ただの震えではない。
痙攣でもない。
まるで、何か“影のようなもの”が体内で蠢いているような動きだった。
ヴァルネは息を飲み、シールドに近づいた。
「……顕微感受野のデータを拡大して。細胞レベルで何が起きている?」
「解析中……いや、これは……そんな……」
技術員の声は震えていた。
モニターに映し出された血液細胞は―― 本来存在しない、黒い“濁点”のような粒子に取り囲まれ、まるで“影が細胞に寄生”
しているかのように見えた。
「粒子密度……指数関数的に増加。感染増幅速度が、昨夜の実験データとまったく違
う!こんな……」
ロズィック主任が観測室に飛び込んできて、モニターを覗き込んだ。
「おい、これはどういうことだ!昨夜の安定化処理は成功したはずだ!」
ヴァルネは言い返した。
「データ上では成功でした。でも……あれは“沈黙した”だけで、完全な抑制じゃなか
ったのかもしれない。」
その時―― “影の震え”が、再び足元からヴァルネに襲いかかった。
しゃらり……しゃらり……
影の内側に、黒い砂を流すような音がかすかに響いた。
ヴァルネは思わず膝を折りかける。
「ヴァルネ?大丈夫か?」
ミルカが駆け寄る。
だがヴァルネは答えられなかった。
観測ブースの被験体17 の影が、突然“浮き上がった”のだ。
影が床から離れる――そんな現象は物理的にあり得ない。
だが目の前で起きている。
影は被験体の足元から剥がれ出し、壁に滲むように広がっていく。
そして、影の中央に、黒い穴があいた。
人の顔のようであり、仮面のようでもあり、
その口からは――声がした。 ――ヴァルネ。
「また……俺を呼ぶ……のか?」
ミルカと他の研究員たちは、ただ恐怖に固まっていた。
ミルカでさえヴァルネには聞こえない囁きを感じ取れず、ただ彼の異変を見つめるしかない。
しかし影の声は、ヴァルネだけに届いた。 ――来い。 ――開けろ。 ――見せろ。
影は、強化シールド越しに“手のような影”を伸ばし、内側からガラスを押し破ろうと
している。
ガンッ……ガンッ……!
「ガラスに圧力痕!?そんなバカな……影に質量など……」
ダロフが叫ぶ。
被験体17 は口を開け、何かを吐き出そうとしていた。
その喉奥からは、黒い霧が噴き出し―― 次の瞬間、観測ブース全体が激しく震えた。
ミシミシミシ……
シールドの固定ボルトが軋んでいる。
「ロック強度が……下がってる!?あり得ない……!」
ロズィックが緊急ロックを試みたが、端末はエラーを表示した。
《アクセス拒否――プロトコル変更》
「プロトコルが……書き換えられてる?誰がこんな……!」
ヴァルネは背筋が凍った。
影が……
影がここまで干渉できるはずがない。
だが、影が動いた瞬間から、研究施設の電子ロックが乱れ始めていた。
(あれは……生き物じゃない。もっと……もっと悪い。)
ロシア‐クロアチア紛争を映したニュースの音声が、ふと頭をよぎった。
(もし、あの“影の感染”が人の群れに出たら……国家など一瞬で壊滅する。)
足元の影がヴァルネの思考に同調したかのように、ぞわり、と波紋を走らせた。 ――必要。 ――開けろ。
戦争。 ――広げよ。
戦争。
影はその単語に強く反応している。
まるで、戦火の混乱を求めているかのように。
その瞬間、研究所全体に冷気のような波が走った。
ッパアァァン――ッ!!
観測ブースの一部が破裂した。
黒い霧が噴き出し、研究員たちが悲鳴を上げて後退る。
「後退しろ!遮蔽フィルターを起動しろ!!」
ロズィックの叫びもむなしく、黒い影の霧は床を這い、壁を伝い、まるで意思を持った
生物のように広がり始める。
被験体17 は拘束から抜け出し、ゆっくりと立ち上がった。
だが、彼の目は完全に黒く染まり、白目がなかった。
そして―― 被験体の口が、ありえないほど大きく裂け、闇の声を吐いた。 ――ヴァルネ。
彼を呼んでいる。
ミルカが叫ぶ。
「ヴァルネ!走って!!」
ヴァルネは足を動かした。
影が追う。
黒い霧が床を裂くように蠢く。
研究員たちが逃げ惑う中、ヴァルネは観測室の扉へと走った。
その背後で、ロズィックが叫んでいた。
「閉めろ!扉を閉めろ!!ヴァルネ、早く――!」
だが、扉の影が“立ち上がった”ように見えた。
影の形は――人の腕。
いや、何かもっと古い、禍々しいもの。
その腕が扉を掴み、まるで意思を持ったように動いて、扉を閉じさせまいと押し返して
くる。
「影が……扉を……!」
ミルカが絶叫する。
ヴァルネは振り返った。
観測ブースの中で、被験体17 ――影に憑かれた男が、こちらを見ていた。
その影は黒い海のように広がり、観測室全体を飲み込もうとしている。
ヴァルネ。 ――来い。 ――“開けろ”。
ヴァルネは恐怖に震えながらも、確信してしまっていた。
あれは単なるウイルスではない。 影の“霊”、あるいは深淵からの何か――研究所の実験が呼び覚ました存在だ。
そして、その意志は―― 紛争の渦中にある世界へ、自らを広めようとしている。
扉が悲鳴をあげた。
ヴァルネは力を振り絞り、非常ロックを叩きつけた。
バシュッ……!!
扉が閉まり、シャッターが降りた。
直後、シャッターの向こうから、影の怒りのような“衝撃音”が響いた。
ッッドォォン……ッ!!
床まで震えた。
ミルカがへたり込んだ。
「……こんなの……もう制御できない……」
ヴァルネは震える手を見つめた。
その手の影が、まるで心臓の鼓動のように大きく脈動している。
(あれは俺を呼んでいる……なぜ?
俺に……何を“開けさせたい”?)
研究所の奥では、警報が次々と鳴り始めた。
そして―― 遠くの廊下で、最初の“悲鳴”が上がった。
ヴァルネが駆け込んだとき、室内はすでにざわつき、複数のモニターが点滅していた。
「被験体番号17 の生体反応……乱れすぎている。脳波が波形にならないぞ!」
観測員の一人が、青ざめた顔で叫んだ。
室内中央には、半透明の強化シールドに囲まれた“被験体ブース”がある。
その奥で、被験体17 ――若い男性――が手足を拘束されたまま震えていた。
ただの震えではない。
痙攣でもない。
まるで、何か“影のようなもの”が体内で蠢いているような動きだった。
ヴァルネは息を飲み、シールドに近づいた。
「……顕微感受野のデータを拡大して。細胞レベルで何が起きている?」
「解析中……いや、これは……そんな……」
技術員の声は震えていた。
モニターに映し出された血液細胞は―― 本来存在しない、黒い“濁点”のような粒子に取り囲まれ、まるで“影が細胞に寄生”
しているかのように見えた。
「粒子密度……指数関数的に増加。感染増幅速度が、昨夜の実験データとまったく違
う!こんな……」
ロズィック主任が観測室に飛び込んできて、モニターを覗き込んだ。
「おい、これはどういうことだ!昨夜の安定化処理は成功したはずだ!」
ヴァルネは言い返した。
「データ上では成功でした。でも……あれは“沈黙した”だけで、完全な抑制じゃなか
ったのかもしれない。」
その時―― “影の震え”が、再び足元からヴァルネに襲いかかった。
しゃらり……しゃらり……
影の内側に、黒い砂を流すような音がかすかに響いた。
ヴァルネは思わず膝を折りかける。
「ヴァルネ?大丈夫か?」
ミルカが駆け寄る。
だがヴァルネは答えられなかった。
観測ブースの被験体17 の影が、突然“浮き上がった”のだ。
影が床から離れる――そんな現象は物理的にあり得ない。
だが目の前で起きている。
影は被験体の足元から剥がれ出し、壁に滲むように広がっていく。
そして、影の中央に、黒い穴があいた。
人の顔のようであり、仮面のようでもあり、
その口からは――声がした。 ――ヴァルネ。
「また……俺を呼ぶ……のか?」
ミルカと他の研究員たちは、ただ恐怖に固まっていた。
ミルカでさえヴァルネには聞こえない囁きを感じ取れず、ただ彼の異変を見つめるしかない。
しかし影の声は、ヴァルネだけに届いた。 ――来い。 ――開けろ。 ――見せろ。
影は、強化シールド越しに“手のような影”を伸ばし、内側からガラスを押し破ろうと
している。
ガンッ……ガンッ……!
「ガラスに圧力痕!?そんなバカな……影に質量など……」
ダロフが叫ぶ。
被験体17 は口を開け、何かを吐き出そうとしていた。
その喉奥からは、黒い霧が噴き出し―― 次の瞬間、観測ブース全体が激しく震えた。
ミシミシミシ……
シールドの固定ボルトが軋んでいる。
「ロック強度が……下がってる!?あり得ない……!」
ロズィックが緊急ロックを試みたが、端末はエラーを表示した。
《アクセス拒否――プロトコル変更》
「プロトコルが……書き換えられてる?誰がこんな……!」
ヴァルネは背筋が凍った。
影が……
影がここまで干渉できるはずがない。
だが、影が動いた瞬間から、研究施設の電子ロックが乱れ始めていた。
(あれは……生き物じゃない。もっと……もっと悪い。)
ロシア‐クロアチア紛争を映したニュースの音声が、ふと頭をよぎった。
(もし、あの“影の感染”が人の群れに出たら……国家など一瞬で壊滅する。)
足元の影がヴァルネの思考に同調したかのように、ぞわり、と波紋を走らせた。 ――必要。 ――開けろ。
戦争。 ――広げよ。
戦争。
影はその単語に強く反応している。
まるで、戦火の混乱を求めているかのように。
その瞬間、研究所全体に冷気のような波が走った。
ッパアァァン――ッ!!
観測ブースの一部が破裂した。
黒い霧が噴き出し、研究員たちが悲鳴を上げて後退る。
「後退しろ!遮蔽フィルターを起動しろ!!」
ロズィックの叫びもむなしく、黒い影の霧は床を這い、壁を伝い、まるで意思を持った
生物のように広がり始める。
被験体17 は拘束から抜け出し、ゆっくりと立ち上がった。
だが、彼の目は完全に黒く染まり、白目がなかった。
そして―― 被験体の口が、ありえないほど大きく裂け、闇の声を吐いた。 ――ヴァルネ。
彼を呼んでいる。
ミルカが叫ぶ。
「ヴァルネ!走って!!」
ヴァルネは足を動かした。
影が追う。
黒い霧が床を裂くように蠢く。
研究員たちが逃げ惑う中、ヴァルネは観測室の扉へと走った。
その背後で、ロズィックが叫んでいた。
「閉めろ!扉を閉めろ!!ヴァルネ、早く――!」
だが、扉の影が“立ち上がった”ように見えた。
影の形は――人の腕。
いや、何かもっと古い、禍々しいもの。
その腕が扉を掴み、まるで意思を持ったように動いて、扉を閉じさせまいと押し返して
くる。
「影が……扉を……!」
ミルカが絶叫する。
ヴァルネは振り返った。
観測ブースの中で、被験体17 ――影に憑かれた男が、こちらを見ていた。
その影は黒い海のように広がり、観測室全体を飲み込もうとしている。
ヴァルネ。 ――来い。 ――“開けろ”。
ヴァルネは恐怖に震えながらも、確信してしまっていた。
あれは単なるウイルスではない。 影の“霊”、あるいは深淵からの何か――研究所の実験が呼び覚ました存在だ。
そして、その意志は―― 紛争の渦中にある世界へ、自らを広めようとしている。
扉が悲鳴をあげた。
ヴァルネは力を振り絞り、非常ロックを叩きつけた。
バシュッ……!!
扉が閉まり、シャッターが降りた。
直後、シャッターの向こうから、影の怒りのような“衝撃音”が響いた。
ッッドォォン……ッ!!
床まで震えた。
ミルカがへたり込んだ。
「……こんなの……もう制御できない……」
ヴァルネは震える手を見つめた。
その手の影が、まるで心臓の鼓動のように大きく脈動している。
(あれは俺を呼んでいる……なぜ?
俺に……何を“開けさせたい”?)
研究所の奥では、警報が次々と鳴り始めた。
そして―― 遠くの廊下で、最初の“悲鳴”が上がった。
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