落ちこぼれの貴族、現地の人達を味方に付けて頑張ります!

ユーリ

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一章

何で!!?

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「父様…大丈夫かな…」

森に白い息が落ちる。さっきまで傍にいた温もりが離れた途端、胸の奥が急に心細さでいっぱいになる。でも、さっきの父様は、どこか“静かに怒っている”ように見えた気がした。

「父上には無用の心配だ。それよりも、此処では休めない。移動するぞ」

そんな僕の不安を断ち切るように、兄様が短く告げる。けれど、その声音はいつもより硬く、張り詰めて聞こえた。

「…あの人達はどうするの?」

恐る恐る尋ねると、地面に倒れたまま動かない男達に、兄様は冷ややかな視線を倒れ伏した男たちへ向けた。

「今は運ぶ手段がないからな。だから、ここに残していく。アクアの攻撃を受け、しばらく身動きは出来ないはずだ。だから、町へ戻ってから回収を依頼すればいい……」

淡々と告げる兄様の声には、ここ最近、兄様から感じることがなかった“怖さ”を感じる。でも、悪い人間だと分かっていても、こんな森の中に置き去りにして大丈夫なのかと、僕は自然と見つめてしまう。すると、その視線遮るように、兄様が僅かに動き言った。

「盗賊を見逃せば、他の者に被害が及ぶ。だからこそ、容赦するわけにはいかない。……こうなるのが嫌なら、最初から盗賊にならなければいいだけだ」

兄様は正論を告げながら、僕から隠した男達を後ろ目で見下ろしていた。その横顔はいつものように無表情に近い。けれど、僕が言葉を失って俯いたのに気づいたのか、ほんの一瞬だけ、兄様の眉がわずかに緩んだ。

怒っているでも、呆れているでもなく。ただ、僕の気持ちを察して、強さを少しだけ和らげたような、そんな微かな変化。だけど、それは一瞬のことで、すぐにまた元の表情へ戻ってしまった。でも、その柔らかさは、僕の中にあった怖さを少しだけ軽くした。

そんな時、空から雪が舞い落ちてきた。白い雪片が兄様の銀髪に触れ、淡い光を反射する。その姿は、この状況とは似つかわしくないくらい、どこか現実離れしていて綺麗だった。兄様は、そんな雪を一瞥すると言った。

「…雪も降り出したから急ごう。母上は、リュカと乗りますか?」

それまで、僕達のやり取りを静かに見守っていた母様に、兄様が問い掛ければ、小さな笑みを浮かべながら、静かに首を振った。

「いいえ。今回の事を、ラクスの領主にも報告した方がいいと思うから、私は領主の所に行ってから宿に戻るわ。だから、あなた達は先に宿に行っていて」

「…大丈夫ですか?」

あまり感情を表に出さない兄様が、眉を寄せながら心配を口にする。

「大丈夫よ。私だって、学院の授業で魔物討伐とかにも行ったことがあるのよ。だから、今度は不覚を取らないわ。それに、今はイグニスも一緒だから」

母様告げた言葉に、兄様はキッとした視線をイグニスへと静かに向ける。

「イグニス…分かってるな…?」

その言葉に、少し身を低めて寝そべっていた姿勢から、身体を縦に伸ばし、他は硬直してしまったかのように、首だけを上下に振っていた。

そんな様子に、母様は多少苦笑を漏らしながらも、赤い龍の翼を掴むと、ひらりと飛び乗った。夜の雪の中に赤い龍が映え、母様の茶色の髪がなびき、青い瞳が雪の光を淡く返している。龍に乗るその姿は、普段とは違っていて、どこか勇ましく見えた。

「リュカ。オルフェといればもう安全だから安心して。でも、私達が戻るまで、宿から出ては駄目よ。オルフェも、リュカの事をお願いね」

「…はい」

「イグニスも、町までよろしくね」

僕達に声を掛け終わると、イグニスにも軽く声を掛け、それに返事をするように、短く咆哮を上げると、翼を広げて飛び立っていた。

母様の背を見送りながら、心細い思いをしていると、兄様は小さく息を吐いて、そっと僕へと視線を向けた。

「リュカ…私達も行くぞ。此処は、冷えるうえ、不愉快な者が多い…」

兄様は青い龍。アクアに視線を向け、こちらに来るよう呼ぶと、近寄って来たアクアの背に飛び乗る。すると、手を差し出してくる。

「…捕まれ」

その姿は、物語に出てくるような白馬に乗った王子様みたいだった。でも、その手を取れば、冷たい風の中にあっても、その大きな手は確かに温かくて、空想の存在じゃないと教えてくれる。

そのまま引き上げられると、ふわっと体が浮く。けれど、それは一瞬だけで、すぐに導かれるように兄様の腕の中に収まり、包まれるようにして座らされる。

背中を預けた先には、雪の冷たさとは対照的な、ひどく安心できる温もりがあった。その温もりに、胸の奥で固まっていた不安が、少しずつほどけていく。

「行くぞ…」

短く呟いた言葉を受け、大きな翼がゆっくりと羽ばたく。すると、下に引っ張られるような感覚がした後に、ふわり、と体が浮くような浮遊感が襲う。

高いところが苦手なわけじゃないのに、足がすくむような感覚に恐怖が湧く。でも、兄様の腕の中にいると、徐々に怖さよりも落ち着いて来て、ゆっくりと目を開ければ、一気に視界が開けた。

森を覆うほどの黒の中で、淡く振ってる白い雪。その中を、青い龍が一直線に進む様子は、自分も物語の世界に入り込んだようだった。

(…すごい。それに、空ってこんなに広いんだ)

景色に見入っていると、ふっと、雪が舞う空を飛んでいるのに、全く寒くないことに気付いた。それに、凄く速いのに、不思議と風もほとんど感じない。

「…不思議だなぁ?」

「…どうかしたか?」

声を漏らせば、兄様の声がすぐ後ろから声を返してきた。

「な、何でもない!」

僕が答えれば、兄様はそれ以上追及せず、「そうか」とだけ答えた。僕が怯えていないか兄様なりに、僕の様子を気遣ってくれているのが分かると、胸が暖かくなって、それだけで心が落ち着く。

しばらくすると、遠目に町の灯りらしき物が見え始め、近づくにつれて町の様相も見えて来る。だけど、町の外で降りることなく、町の中にある宿の前へと降り立つ。すると、深夜にも関わらず、多くの町の人達がおり、怯えたような顔で僕達を見ていたので、不安になってしまった。

「兄様…やっぱり、龍に乗ったまま町の中に入るのは、不味かったんじゃ…」

「今さらだ…」

周りからの視線をまったく気にしていないというよりも、むしろ、いつも通りだ。そんな兄様が、ちょっとだけ羨ましい。

宿に入ると、早々に鍵を受け取って部屋へ行くと、その扉を開けた。

「まだ、夜も遅いから休め…」

僕に声を掛けながらも、自分は休む気がないのか、窓辺の椅子に腰掛けると、外を警戒するように視線を向けていた。

「兄様は休まないの…?」

「念のためにな…」

僕の安全のために眠らないつもりなんだと思うと、その事実が嬉しい反面、申し訳なさで胸が痛んだ。

「ごめんなさい…」

「…何で謝る?」

兄様は本気で分からないという顔をしていた。

「…何も役に、立たないから」

そう言った瞬間、兄様の表情が僅かに揺れた気がする。

「リュカには、それを求めていない。だから、今のままでいい…」

兄様は淡々と言うけれど、その言葉の裏に“気遣い”があるのが分かった。僕の胸に、じんわりと温かいものが広がる。だからこそ、今まで聞けなかったことを勇気を出して口にする。

「……兄様は……僕のこと、嫌い……?」

その一言を聞いた瞬間、兄様の肩がびくりと揺れた。普段ほとんど表情を変えない兄様が、はっきりと動揺している。

「はっ!?そんな……。また、誰かに何か言われたのか……?」

最初は驚きの声を漏らすけれど、前の件を思い出したのか、声には怒りの色がわずかに混じっていた。けれど、僕を怯えさせまいとするように、兄様はすぐに迷ったような表情に変わる。怒るべきか、慰めるべきか、どう言葉を選べばいいのか分からず、戸惑っているようだった。

(あの時、怒ってくれなかったと思ってた……)

今の兄様の反応を見る限り、そうじゃなかったんだと分かって、胸が少しあたたかくなった。そんな兄様の姿に背を押されるように、僕は再び勇気を振り絞る。

「ち、違うの。そうじゃなくて……。兄様が、僕のこと……睨むみたいに見てくる時があったから……」

そう告げると、兄様は一瞬きょとんとした後、どこか言い訳を探すような声を漏らした。

「いや……あれは……」

だが、言葉の続きを見つけられないまま、眉間に深いシワを寄せ、珍しく動揺を隠せない様子で黙り込んでしまった。その沈黙が怖くて、僕は兄様の顔を、恐る恐る、そっと窺った。

すると、兄様は何かを覚悟したような顔で、静かに口を開いた。

「……あれは、私の悪いクセだ」

「クセ……?」

「考え事をしていると、無意識に“睨むような目”になるらしくてな。周囲からも、直せとよく言われているんだが……どうにも上手くいかない」

自身の欠点を晒すは嫌なのか、そこで兄様は言葉を切り、どこか気まずそうに視線をそらした。けれど、そのまま逃げるように言葉を濁すのではなく、その場の勢いに任せるように続けた。

「リュカ。この際だから言っておく。……私は、その……大切な弟として……嫌っていない」

何を言われるのかと身構えていた僕は、思いもよらぬ言葉に思わず瞬きをする。不器用過ぎるまえの愛情表現の言葉に、兄様は少し薄暗い部屋でも分かるほど赤くなっていた。

「……なら、僕のこと好き?」

「――っ!」

その問いは、兄様にとってあまりにも難しかったようで、素直に言葉にはできないみたいだったけれど、兄様は顔を赤くしたまま、ほんの僅かに、でも確かに頷いた。

その仕草が嬉しくて、気づけば僕は兄様にぎゅっと抱きついていた。兄様は驚いたように僅かに体をこわばらせたが、すぐに受け止めてくれるように腕を回してくれた。

母様やフェリコ先生が言っていた通り、兄様は不器用だけれど、とても優しい人なのだと思う。そんなことを兄様の腕の中で感じていると、少し照れから立ち直った兄様が、ゆっくりと僕に声をかけてきた。

「リュカ……その……また……ピアノを聞かせてくれないか?」

「兄様、僕のピアノ聞いたことありましたっけ?」

「……書庫で聞いていた」

僕が顔を上げれば、それから顔を隠すように、そっぽを向かれてしまった。けれど、言われてみれば、書庫とピアノの部屋は近かったことを思い出す。

「じゃあ兄様は、僕のピアノ……どう思いましたか?」

「……リュカが弾くピアノは……聞いてて、楽しい」

兄様は目をそらしたまま、それでも今度は素直に言ってくれた。

「本当ですか!? なら、屋敷に戻ったら兄様のために弾きますね!!」

そう言うと、兄様はふとこちらに視線を向け、ほんの僅かに口角を上げながら、僕へと微笑みを返してくれた。普段ほとんど表情を崩さない兄様の笑みは、見慣れないだけに衝撃が大きかった。それに耐えきれなかった僕は、思わず兄様の胸に顔を隠した。

(……恥ずかしい……)

兄様の胸元に視線を落とした時、ふと、兄様の右手が目に入った。

「兄様!右手!怪我してますよ!!」

僕が思わず声を上げると、兄様は何でもないことのように視線を落とした。

「ああ……屋根を壊した時の破片で切れたんだろう。かすり傷だ、問題ない」

そう言うものの、兄様の右手には2~3センチほどの切り傷がしっかり残っていた。血は止まっているけれど、どう見ても“問題ない”とは言い難い。

「ダメです!手を貸してください!!」

僕は兄様の手をそっと掴み、両手で包み込むようにして魔力を込めた。淡い光が兄様の右手を包み、切り傷は瞬く間に塞がっていく。

「僕だってこれくらいは出来るんですよ!!だから、兄様達が怪我しても治せるようになって……今度は僕が助けられるようになります!!」

僕が胸を張ってそう言うと、兄様は一瞬だけ目を見開き、それから静かに頷いた。

「それなら、私はリュカを守れるよう、もっと強くなろう」

まるで騎士の誓いの言葉みたいに、兄様の姿は凛としていて、自然と顔が赤くなる。その直後、兄様の右手が、ぱっ、と強い光を放った。

「えっ……?」

光は一瞬だけ部屋全体を照らし、すぐにすうっと消えていくと、兄様の右手の甲には、召喚獣に刻まれるものと同じ“契約紋”が浮かび上がっていた。頭が真っ白になり、僕は思わず叫び声を上げた。

「なんでーーー!!??」

僕の驚愕だけが、そのまま宿の一室に反響していた。
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