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二 ママが溶けた(2)
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フローリングにはママが着ていた服が着ていたままのかたちで残されていた。カーディガンの胸元にはオレンジの染みが点々とついている。
(ママが……。ママがトラ丸になっちゃった)
ぼくはぽかんと猫を見つめた。そして、ペットボトルに残ったオレンジの液体を見た。
(きっと、これが身体にかかったからだ。……でもどうしてママだけトラ丸になっちゃったんだろう。ぼくだって餌皿からペットボトルに移すときに手にいっぱいこぼれたのに)
はっとした。ママの場合、液体は口にも入ったのだ。
(きっと飲んでしまったから、トラ丸になっちゃったんだ)
もしそうなら、あのままトイレに流したらとんでもないことになったんじゃないだろうか。
ぼくはしばらく呆然とトイレの床にへたりこんでいたが、ふいに腹の底からむくむくと喜びが湧きあがってきた。
ぼくを虐げるあの女はもういなくなったのだ。そしてかわりに、大事なトラ丸が戻ってきた。嬉しくて嬉しくて叫びたいほどだった。
「おいで、おいで。会いたかったよ……」
ぼくはトラ丸に手を伸ばした。
いつもなら撫でてとばかりに首を伸ばしてくるはずが――トラ丸の全身の毛がぶわっと逆立った。ぎょっとするやいなや、鋭い爪が手の甲に食い込んだ。引っかかれたのだ。
ぼくは驚いて尻餅をついた。トラ丸は牙をむき出し、シャーッと威嚇した。
信じられなかった。トラ丸がぼくを攻撃するなんて。
(……そうだ。どんなに愛しい姿でも、これはママなんだ)
とたんに腹の底から怒りがかっと突き上げてきた。
(蹴っ飛ばしてやろうか。それとも、トイレの水に頭を突っ込んでやろうか)
ぼくの殺気を感じたのか、トラ丸姿のママは耳をぺたりと伏せてじりじりと後ろに下がっていった。
這いつくばって後じさりする姿を人間のママの姿に脳内変換する。
(いつも偉そうなくせに、なんてかっこ悪いんだ)
優越感に体が震えた。
ぼくはそっと屈みこみ、優しく声をかけた。
「ひどいことなんてしないよ。ぼくはママとは違うからね。でもいつ気が変わるかはわからないから、かわいがってもらうためにしっかりぼくに媚びるんだよ。ひっかくとか暴れるとか、許さないんだからね」
ぼくはママを抱き上げた。見た目だけでなく、ずっしりとした重さもトラ丸そのものだった。
(こんなにかわいい姿になれるなんてママは幸せだ。人間のころよりずっといい)
ぼくは耳の付け根の柔毛をつまみながら、ペットボトルの液体を見つめた。オレンジの液体はママのせいで底二センチほどに減ってしまっていた。
無駄には使えない。
(――ケンちゃんにどうやって飲ませようか)
ケンちゃんは同じクラスの男の子だ。勉強はあまりできないが体育がばつぐんにできて、背も高いし、顔も目鼻立ちがはっきりしていてかっこいい。
そして、いじめっ子だった。なのでせっかくかっこいいのに女子には嫌われているし、先生にも目をつけられている。
いつもケンカ腰なので友達もいない。だが、そこがよかった。ぼくもおなじように友達がいないけど、ケンちゃんの場合は孤高の狼のようでかっこよかった。
ぼくはケンちゃんが欲しかった。猫にしてそばにおいておけたら、どんなにいいだろう。
やはり猫は給食に混ぜるのが一番確実で手っ取り早い。クラスのみんなには申し訳ないけど、道連れになってもらうしかない。
(ママが……。ママがトラ丸になっちゃった)
ぼくはぽかんと猫を見つめた。そして、ペットボトルに残ったオレンジの液体を見た。
(きっと、これが身体にかかったからだ。……でもどうしてママだけトラ丸になっちゃったんだろう。ぼくだって餌皿からペットボトルに移すときに手にいっぱいこぼれたのに)
はっとした。ママの場合、液体は口にも入ったのだ。
(きっと飲んでしまったから、トラ丸になっちゃったんだ)
もしそうなら、あのままトイレに流したらとんでもないことになったんじゃないだろうか。
ぼくはしばらく呆然とトイレの床にへたりこんでいたが、ふいに腹の底からむくむくと喜びが湧きあがってきた。
ぼくを虐げるあの女はもういなくなったのだ。そしてかわりに、大事なトラ丸が戻ってきた。嬉しくて嬉しくて叫びたいほどだった。
「おいで、おいで。会いたかったよ……」
ぼくはトラ丸に手を伸ばした。
いつもなら撫でてとばかりに首を伸ばしてくるはずが――トラ丸の全身の毛がぶわっと逆立った。ぎょっとするやいなや、鋭い爪が手の甲に食い込んだ。引っかかれたのだ。
ぼくは驚いて尻餅をついた。トラ丸は牙をむき出し、シャーッと威嚇した。
信じられなかった。トラ丸がぼくを攻撃するなんて。
(……そうだ。どんなに愛しい姿でも、これはママなんだ)
とたんに腹の底から怒りがかっと突き上げてきた。
(蹴っ飛ばしてやろうか。それとも、トイレの水に頭を突っ込んでやろうか)
ぼくの殺気を感じたのか、トラ丸姿のママは耳をぺたりと伏せてじりじりと後ろに下がっていった。
這いつくばって後じさりする姿を人間のママの姿に脳内変換する。
(いつも偉そうなくせに、なんてかっこ悪いんだ)
優越感に体が震えた。
ぼくはそっと屈みこみ、優しく声をかけた。
「ひどいことなんてしないよ。ぼくはママとは違うからね。でもいつ気が変わるかはわからないから、かわいがってもらうためにしっかりぼくに媚びるんだよ。ひっかくとか暴れるとか、許さないんだからね」
ぼくはママを抱き上げた。見た目だけでなく、ずっしりとした重さもトラ丸そのものだった。
(こんなにかわいい姿になれるなんてママは幸せだ。人間のころよりずっといい)
ぼくは耳の付け根の柔毛をつまみながら、ペットボトルの液体を見つめた。オレンジの液体はママのせいで底二センチほどに減ってしまっていた。
無駄には使えない。
(――ケンちゃんにどうやって飲ませようか)
ケンちゃんは同じクラスの男の子だ。勉強はあまりできないが体育がばつぐんにできて、背も高いし、顔も目鼻立ちがはっきりしていてかっこいい。
そして、いじめっ子だった。なのでせっかくかっこいいのに女子には嫌われているし、先生にも目をつけられている。
いつもケンカ腰なので友達もいない。だが、そこがよかった。ぼくもおなじように友達がいないけど、ケンちゃんの場合は孤高の狼のようでかっこよかった。
ぼくはケンちゃんが欲しかった。猫にしてそばにおいておけたら、どんなにいいだろう。
やはり猫は給食に混ぜるのが一番確実で手っ取り早い。クラスのみんなには申し訳ないけど、道連れになってもらうしかない。
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