29 / 30
29.
しおりを挟む結婚式当日。
式場のロビーには、親族や友人たちが集まり、
賑やかだった。
彰は、親族席の隅で
スーツのネクタイを軽く引っ張りながら、
落ち着かない気持ちを抑え込んでいた。
沙耶子の晴れ姿を見れば、
すべてに決着がつく───そう思っていたのに、
胸の奥は妙な空虚感で満たされている。
「彰くん、久しぶりやなぁ」
突然声をかけられ、顔を上げると、
久しぶりに会う遠い親戚がにこやかに近づいてきた。
「ああ、お久しぶりです」
軽く会釈を返すと、隣に立ち
前方の新郎新婦の席を見ながら呟いた。
「沙耶子ちゃん、綺麗やったなぁ、
洋介くんも、しっかりしとるし、ええ旦那さんや」
「……そうですね」
彰は小さく頷く。
彼はどこか感慨深げに続けた。
「それにしても、最初見た時びっくりしたわ、
洋介くん、彰くんに似とるやんか」
「え……?」
思わず聞き返すと、笑いながら言う。
「沙耶子ちゃんのばあちゃんも言うとったで、
最初に洋介くん見た時、
『なんや彰みたいやなぁ』ってな」
「……はあ」
彰は曖昧に返事をしながら、
遠く新郎新婦の控え室を見つめた。
───やっぱり似ている、のか。
黒髪で、穏やかな目元。
背格好も、そう変わらない。
「人は、無意識に似た人を
選ぶもんなんかもしれんなぁ」
その言葉が、やけに胸に刺さる。
「そろそろ始まるわな、席戻らなな」
その時、会場の奥からスタッフの声が聞こえた。
みんな祝福ムードでいっぱいの中、
自分だけが空っぽな気がした。
父親の気持ちとはまた違ったそれを振り払うように
目を閉じて、軽く息を吸う。
鼻腔には、
様々な香りが入り混じった匂いが広がった。
───ああ、もう一本、
煙草吸ってくればよかったな。
会場が一斉に静まり返り、
やがて扉がゆっくりと開く。
新郎の洋介が、緊張した面持ちで立っていた。
そして、その隣に───
純白のウェディングドレスに包まれた沙耶子がいた。
ヴェール越しでもわかる、柔らかい微笑み。
彰の知っている沙耶子よりも、
ずっと大人びて見えた。
「……」
何かを言葉にしようとしても、喉が詰まる。
ずっと守ってきた。
子どもの頃から、妹のように、
時には実の娘のように、沙耶子を見守ってきた。
けれど、もう彼女は
自分の手の届かない場所へ行ってしまう。
いや───
それを望んでいたのは、自分だったはずだ。
ふいに、沙耶子の目がこちらを向いた。
ほんの一瞬。
けれど、その一瞬が永遠のように感じられた。
沙耶子の唇が、わずかに動いた。
「……ありがとう」
声にはならなかったが、
確かにそう言ったように見えた。
彰は、静かに目を伏せた。
新郎新婦が祭壇へと歩を進める中、
会場は祝福の拍手に包まれる。
───これで、よかったんや。
そう、何度も自分に言い聞かせながら、
彰は静かに手を叩いた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる