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人界編
疑念
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戦場を駆ける2つの影。
1人は幾千の戦場をこのように駆け巡り、幾多の戦果を挙げ、今や人類の英雄となった若き青年ユリウス・アルベール。彼はこの戦争、大陸戦争を引き起こした人間たちの傲慢さに怒り、この戦場に駆り出され、命を散らす兵士たちを憐れんだ。
人類最強の英雄も、心臓1つの人間1人。死ぬことへの恐れがないわけではないのだ。彼も必死に生きるために眼前の敵を屠った。
もう1人は、このような血生臭い戦場において最も不釣り合いな、可憐な少女である。彼女の名はエクセラ。ドラゴニュートの一族の娘であり、父親を探してこの戦場にやってきたようだ。彼女の父親は、ドラゴニュートの大英雄で、戦場で数多くの武勲を上げながら母親の死んだ彼女を1人で育て続けたそうだ。それに恩義を感じている彼女はある日、戦場に出てから一度も帰ってこない父親を心配し、自ら戦場に出たのだ。しかし、彼女もまたこの戦争に疑問を持っている。何故このような愚かな戦争を続けるのか。それはもうわからないことだ。誰もが己の欲望のために戦い続けている。この戦場に狂気のないものなど存在しないのだ。
「君もなかなかやるな。エクセラ。ルーン魔術の習得がきちんとなされている。お父さんの受けおりかい?」
ユリウスはそんな彼女の戦闘センスに驚嘆していた。遠距離の相手に的確にルーン魔術を使用し、近接戦闘においても体術で確実に仕留める彼女の抜群のセンスには、人類最強の彼の目にも留まるものがあった。
「はい。父がいくらか戦闘の指南をしてくれたもので。」
「それならその強さも納得だ。君のお父さんは、大英雄と呼ばれているのだからね。」
そう言って彼も敵を倒す。敵の波は収まりつつあるが、それでもひっきりなしにやってくる。それら一人一人を確実に仕留めなくては死ぬのは自分たちだと、2人とも肝に命じていた。
生きてこの戦場を抜ける。そして、この世界の真実にたどり着く。そしてこの子の父親を見つけ出す。
そう決意したユリウスの疾走に迷いはなかった。
二人は戦火をくぐり抜け、小高い丘へと登った。ここにはあまり敵兵がいない。多少休むこともできそうだ。
「このあたりで一度休もう。」
彼はエクセラに声をかけた。
「ええ、ありがとう。」
彼女も答える。
「それにしても…酷い光景ね…体が休まっても、気は休まらないわ…」
彼女は、丘から広がる戦場を見ていた。確かにこの光景はなかなか凄惨だ。
兵士がドラゴンに焼かれ、逆に兵士が魔族を容赦なく殺している。断末魔と血の戦場。終わらぬ悪魔の連鎖がそこにある。
「ああ、そうだね…そして、この戦は人間が始めたことだ。本当に、自分たちの愚かさを憎みたくなるよ…」
ユリアスは唇をかんだ。
「いえ、貴方のせいではないわ。貴方はこうして、私のために動いてくれている。人間と人外たちが共存する道を探そうとしてくれている。それだけでも、違うじゃない。」
彼女は穏やかに微笑む。決してユリアスが悪いわけではないと、彼女にはわかっていた。
「ありがとう…いつか必ず、王を止めてみせるよ。」
彼は改めて決意した。暴王を自分が止まると。たとえ断罪されようと。
彼らは少しの休憩を挟んで、もう一度歩き出した。だいぶ戦火からは逃れつつある。彼女の父親は、この戦場にはいないという。本当にそうなのかとも思うが、彼女ほど聡明な女性の父親だ。きっと、この戦争の無意味さを理解して去ったのだろう。或いは始めから参加する気などなかったのかもしれない。
「君の父は、どんな人だったんだ。」
ふと疑問に思い、ユリアスはエクセラに聞いた。
「父は…高潔な軍人でした。ドラゴンからもドラゴニュートからも慕われ、彼の元には多くの部下がいた。彼が戦場に現れればたちまち味方は奮い上がったそうです。ある時は十倍以上の兵力の差のある戦いを勝利に導いたとも言われています。それくらい偉大な人物だったと、私は聞いていて。」
彼女は落ち着いて答えた。実の父とはあまり面識こそなかったが、それでもその姿は目に焼き付いているのだろう。そしてその誇りもまた、気高い父親に倣っていると思われた。
「私も、それなりに英雄視されるが、そのような素晴らしい人物には敵わないな。私はどちらかというと、ただ1人で戦場に立ち戦う方だからね。」
1人独白する。おそらく俺は、この娘の父親のようにはなれない。
「それでも、貴方も英雄として人を導いてきたでしょう?それは誇りを持っていいことですよ。貴方に憧れる人だって必ずいる。」
彼女は力強く言った。その瞳に迷いは一切なかった。
「そう言ってもらえると嬉しいよ。」
少しばかり、自分の名が誇らしくなった。彼女の言葉には、重みがあった。だからこそ、こうして褒められた時に自分が誇らしくなるのだろう。
彼女と俺は森を抜けて、小さな町に出た。ここはおそらく人間領だ。となるとドラゴニュートのエクセラは少々気をつけなくてはならない。もし万が一見つかれば即座に追放されてしまう。それは避けなくてはならない。
「この辺りの宿を探してくる。安く泊まれる場所があればいいのだが。」
そう言ってエクセラを残して街を散策し始めた。野宿も慣れていないわけではないが、宿に泊まれるならばそれに越したことはない。しばらく宿を探すと、一軒の宿泊可能な宿を見つけた。エクセラを呼び、その中へ入る。
「旅のお客かな。今夜は2人かね?」
宿主は白髪染まりの老人であった。老人は客を接待するときの模範とも言える態度で接してくる。
「はい。この子と私の2人です。」
「そちらは、娘さんかな?」
エクセラを見やり、老人が言う。
「いえ!違います…この子はー」
「彼は兄です。」
エクセラが突如発した。驚きで俺は彼女を見るが、彼女は毅然としている。
「おやおや、これは失礼。お兄さんがあまりに大きいものでしたから、てっきり娘なのかと。二枚の宿泊ですな。お部屋はこちらでございます。」
老人はそう言って部屋を案内した。しばらくして部屋に着く。
「ではごゆっくり。」
そう言って部屋の戸を閉める。
「それにしても、何故あの時嘘を?君の父だと勘違いされたのもなかなかだったが、まさか君から兄という言葉が出るとはね。」
ユリアスは苦笑を浮かべながら言った。
「私がドラゴニュートだとバレずにあの場を切り抜けるには、こうするしかないと思いまして…すみません…」
彼女は申し訳なさそうに謝罪する。
「いや、別に君の配慮だったならば咎めないよ。ありがとう。」
俺は彼女の機転に感謝した。ことの運びようによっては最悪の事態も想定されたわけであり、彼女の機転は良い方向に働いたようだ。
部屋はベットが2つとテーブルと椅子のセットが1つという簡素なものだったが、軍のキャンプよりはいくらかマシであった。ユリウスはベットに腰掛けて言う…
「今日は歩き詰めだったな。ゆっくり休むといい。」
「ええ、ありがとう。ただ一つ気になることがある。」
「どうしたんだい?」
エクセラの疑問に、ユリウスは眉をひそめた。
「今はまだ戦争の途中よね。確かに集結しつつあるけれど…普通はもっと町は喧騒に包まれるはず…それなのに、この町は異様に静かなのね。まるで何もないかのように…」
彼女の疑問はもっともであった。戦時中ともなると、町はどことなくざわめくのが普通で実際にその光景をユリウスは何度も見てきた。今日だって、本当は野宿を覚悟していたものだった。それなのにこれほどあっさり宿が見つかり、すんなり泊まることができるのは少々疑問であった。ユリウスは装備のために、軍服を着てはいなかった。そのため軍人だからと言って優先させる義理が生じるはずもない。それがますます疑問を呼んだ。
「確かに、この光景は異様だ。何か国に、見えない力が働いているようにも思う。今の時点ではわからない何かがね…」
やはり、自分の疑問は正しいのかもしれない。ユリウスは感じていた。すると彼女がいきなり放った。
「ねえ、貴方には何が見える?何故この戦争は起きたのかしら?人間の身勝手が引き起こしたと考えられなくもない。ただ人間が暴走したのは、長い歴史の中で見れば、つい最近のことだった。それまでは何もなかったのに、いきなり暴走し出すなんて、どう考えてもおかしいことのように思うわ。人間たちは、まるで見えない何かに突き動かされているかのように見える。」
それが真実なのかはわからない。ただ暴走し続ける人間たちに何かの力が働いていると、疑うには十分であった。
闇夜に、冷たい風が吹き、町はどことなく不穏さを醸し出していた。
明朝、ユリアスは目を覚まし、外に出ていた。澄んだ空気はいつ以来だっただろうか。戦場の血生臭い空気とは違い、心地よいものだった。空は晴れており、今日も旅を続けるのに十分だった。
その時、数枚の紙が空から降ってきた。一つはユリアスの足元に落ちる。それを拾い上げて読むと、そこには衝撃の、いや、ある意味では待ち望んでいたのかもしれない、内容が広がっていた。
『大陸戦争、両軍の損害大のために停戦。』
戦争が、一時的な収束を迎える。この事態をエクセラに告げるべく、ユリアスは宿は戻った。
「戦争が集結!?それは本当!?」
エクセラも驚いたようだ。昨日までの落ち着いたような態度とは変わって、珍しく声が大きくなっていた。
「ああ。この号外に載っている。」
ユリウスは紙を彼女に渡す。彼女はそれに目を通すと、確証を得たように彼を見た。
「それにしても…いきなり停戦をしたのね。今までの王の暴走からはまるで想像もつかない気もする。貴方が一番それを分かっているのではなくて?」
彼女が、今まさにユリウスの疑問とすることを投げかけた。
「確かにそうだ…このタイミングでの停戦において、何もないはずはないんだ…必ず何か変化が起きたはず…なんせ人間は、この戦争で、世界を手中に収めようとしているからね。完璧に世界を収め、自分たちが君臨するものであらんとしている。そして、人外側も人間への復讐心からそう簡単に引き下がるとも思えない。両軍、最後の一兵の血が尽きるまで戦おうとするはずだった。それなのに、いきなりこの停戦は不自然だと感じざるを得ないさ。ただー。」
そこで、ユリウスが一呼吸おく。本当に言いたいことはこれからのようだ。
「それでも、俺はこの戦争が、何者かの陰謀で止められたものだったとしても、一度終結したなら、それでいいと感じている。あの惨劇が、少しでも止まるならね。これから何が起こるかはわからない。ただ生きて帰ってきた兵士たちは確実に両軍に存在している。それは、今は吉報として受け取るべきことだと思うがね。それがたとえ、造られた偽りのものだったとしても。」
彼は正直に心情を話した。この戦争が一度目の終結を迎えたことは、彼にとっては十分に嬉しいことだったのだ。死にゆく兵士たちを戦場で見続けたため、これ以上の犠牲を彼は何よりも案じていた。自分の部下も多くが命を落とした中で、生き残るものが現れることに、彼はこれ以上ない安堵を覚えていた。
「そうね。この停戦は、確かに喜ぶべきものなのかもしれない。生きて帰ってくるのことできた兵士たちにとってはね。」
エクセラも、素直に彼の考えを認めた。彼女以外にもドラゴニュートからは多くの若い兵士たちが戦場に駆り出されていたのを彼女は知っている。その全てが帰ってくるわけではないのかもしれないが、それでも彼らがあの戦場を脱して生きて帰ってくることは、やはり彼女にとって幸福だったのだ。
この世界は生きるか死ぬか。単純だ。そして、戦争から生きて帰ってくること、生きていることこそが、もっとも美しいことなのかもしれない。この、残酷な世界では。
1人は幾千の戦場をこのように駆け巡り、幾多の戦果を挙げ、今や人類の英雄となった若き青年ユリウス・アルベール。彼はこの戦争、大陸戦争を引き起こした人間たちの傲慢さに怒り、この戦場に駆り出され、命を散らす兵士たちを憐れんだ。
人類最強の英雄も、心臓1つの人間1人。死ぬことへの恐れがないわけではないのだ。彼も必死に生きるために眼前の敵を屠った。
もう1人は、このような血生臭い戦場において最も不釣り合いな、可憐な少女である。彼女の名はエクセラ。ドラゴニュートの一族の娘であり、父親を探してこの戦場にやってきたようだ。彼女の父親は、ドラゴニュートの大英雄で、戦場で数多くの武勲を上げながら母親の死んだ彼女を1人で育て続けたそうだ。それに恩義を感じている彼女はある日、戦場に出てから一度も帰ってこない父親を心配し、自ら戦場に出たのだ。しかし、彼女もまたこの戦争に疑問を持っている。何故このような愚かな戦争を続けるのか。それはもうわからないことだ。誰もが己の欲望のために戦い続けている。この戦場に狂気のないものなど存在しないのだ。
「君もなかなかやるな。エクセラ。ルーン魔術の習得がきちんとなされている。お父さんの受けおりかい?」
ユリウスはそんな彼女の戦闘センスに驚嘆していた。遠距離の相手に的確にルーン魔術を使用し、近接戦闘においても体術で確実に仕留める彼女の抜群のセンスには、人類最強の彼の目にも留まるものがあった。
「はい。父がいくらか戦闘の指南をしてくれたもので。」
「それならその強さも納得だ。君のお父さんは、大英雄と呼ばれているのだからね。」
そう言って彼も敵を倒す。敵の波は収まりつつあるが、それでもひっきりなしにやってくる。それら一人一人を確実に仕留めなくては死ぬのは自分たちだと、2人とも肝に命じていた。
生きてこの戦場を抜ける。そして、この世界の真実にたどり着く。そしてこの子の父親を見つけ出す。
そう決意したユリウスの疾走に迷いはなかった。
二人は戦火をくぐり抜け、小高い丘へと登った。ここにはあまり敵兵がいない。多少休むこともできそうだ。
「このあたりで一度休もう。」
彼はエクセラに声をかけた。
「ええ、ありがとう。」
彼女も答える。
「それにしても…酷い光景ね…体が休まっても、気は休まらないわ…」
彼女は、丘から広がる戦場を見ていた。確かにこの光景はなかなか凄惨だ。
兵士がドラゴンに焼かれ、逆に兵士が魔族を容赦なく殺している。断末魔と血の戦場。終わらぬ悪魔の連鎖がそこにある。
「ああ、そうだね…そして、この戦は人間が始めたことだ。本当に、自分たちの愚かさを憎みたくなるよ…」
ユリアスは唇をかんだ。
「いえ、貴方のせいではないわ。貴方はこうして、私のために動いてくれている。人間と人外たちが共存する道を探そうとしてくれている。それだけでも、違うじゃない。」
彼女は穏やかに微笑む。決してユリアスが悪いわけではないと、彼女にはわかっていた。
「ありがとう…いつか必ず、王を止めてみせるよ。」
彼は改めて決意した。暴王を自分が止まると。たとえ断罪されようと。
彼らは少しの休憩を挟んで、もう一度歩き出した。だいぶ戦火からは逃れつつある。彼女の父親は、この戦場にはいないという。本当にそうなのかとも思うが、彼女ほど聡明な女性の父親だ。きっと、この戦争の無意味さを理解して去ったのだろう。或いは始めから参加する気などなかったのかもしれない。
「君の父は、どんな人だったんだ。」
ふと疑問に思い、ユリアスはエクセラに聞いた。
「父は…高潔な軍人でした。ドラゴンからもドラゴニュートからも慕われ、彼の元には多くの部下がいた。彼が戦場に現れればたちまち味方は奮い上がったそうです。ある時は十倍以上の兵力の差のある戦いを勝利に導いたとも言われています。それくらい偉大な人物だったと、私は聞いていて。」
彼女は落ち着いて答えた。実の父とはあまり面識こそなかったが、それでもその姿は目に焼き付いているのだろう。そしてその誇りもまた、気高い父親に倣っていると思われた。
「私も、それなりに英雄視されるが、そのような素晴らしい人物には敵わないな。私はどちらかというと、ただ1人で戦場に立ち戦う方だからね。」
1人独白する。おそらく俺は、この娘の父親のようにはなれない。
「それでも、貴方も英雄として人を導いてきたでしょう?それは誇りを持っていいことですよ。貴方に憧れる人だって必ずいる。」
彼女は力強く言った。その瞳に迷いは一切なかった。
「そう言ってもらえると嬉しいよ。」
少しばかり、自分の名が誇らしくなった。彼女の言葉には、重みがあった。だからこそ、こうして褒められた時に自分が誇らしくなるのだろう。
彼女と俺は森を抜けて、小さな町に出た。ここはおそらく人間領だ。となるとドラゴニュートのエクセラは少々気をつけなくてはならない。もし万が一見つかれば即座に追放されてしまう。それは避けなくてはならない。
「この辺りの宿を探してくる。安く泊まれる場所があればいいのだが。」
そう言ってエクセラを残して街を散策し始めた。野宿も慣れていないわけではないが、宿に泊まれるならばそれに越したことはない。しばらく宿を探すと、一軒の宿泊可能な宿を見つけた。エクセラを呼び、その中へ入る。
「旅のお客かな。今夜は2人かね?」
宿主は白髪染まりの老人であった。老人は客を接待するときの模範とも言える態度で接してくる。
「はい。この子と私の2人です。」
「そちらは、娘さんかな?」
エクセラを見やり、老人が言う。
「いえ!違います…この子はー」
「彼は兄です。」
エクセラが突如発した。驚きで俺は彼女を見るが、彼女は毅然としている。
「おやおや、これは失礼。お兄さんがあまりに大きいものでしたから、てっきり娘なのかと。二枚の宿泊ですな。お部屋はこちらでございます。」
老人はそう言って部屋を案内した。しばらくして部屋に着く。
「ではごゆっくり。」
そう言って部屋の戸を閉める。
「それにしても、何故あの時嘘を?君の父だと勘違いされたのもなかなかだったが、まさか君から兄という言葉が出るとはね。」
ユリアスは苦笑を浮かべながら言った。
「私がドラゴニュートだとバレずにあの場を切り抜けるには、こうするしかないと思いまして…すみません…」
彼女は申し訳なさそうに謝罪する。
「いや、別に君の配慮だったならば咎めないよ。ありがとう。」
俺は彼女の機転に感謝した。ことの運びようによっては最悪の事態も想定されたわけであり、彼女の機転は良い方向に働いたようだ。
部屋はベットが2つとテーブルと椅子のセットが1つという簡素なものだったが、軍のキャンプよりはいくらかマシであった。ユリウスはベットに腰掛けて言う…
「今日は歩き詰めだったな。ゆっくり休むといい。」
「ええ、ありがとう。ただ一つ気になることがある。」
「どうしたんだい?」
エクセラの疑問に、ユリウスは眉をひそめた。
「今はまだ戦争の途中よね。確かに集結しつつあるけれど…普通はもっと町は喧騒に包まれるはず…それなのに、この町は異様に静かなのね。まるで何もないかのように…」
彼女の疑問はもっともであった。戦時中ともなると、町はどことなくざわめくのが普通で実際にその光景をユリウスは何度も見てきた。今日だって、本当は野宿を覚悟していたものだった。それなのにこれほどあっさり宿が見つかり、すんなり泊まることができるのは少々疑問であった。ユリウスは装備のために、軍服を着てはいなかった。そのため軍人だからと言って優先させる義理が生じるはずもない。それがますます疑問を呼んだ。
「確かに、この光景は異様だ。何か国に、見えない力が働いているようにも思う。今の時点ではわからない何かがね…」
やはり、自分の疑問は正しいのかもしれない。ユリウスは感じていた。すると彼女がいきなり放った。
「ねえ、貴方には何が見える?何故この戦争は起きたのかしら?人間の身勝手が引き起こしたと考えられなくもない。ただ人間が暴走したのは、長い歴史の中で見れば、つい最近のことだった。それまでは何もなかったのに、いきなり暴走し出すなんて、どう考えてもおかしいことのように思うわ。人間たちは、まるで見えない何かに突き動かされているかのように見える。」
それが真実なのかはわからない。ただ暴走し続ける人間たちに何かの力が働いていると、疑うには十分であった。
闇夜に、冷たい風が吹き、町はどことなく不穏さを醸し出していた。
明朝、ユリアスは目を覚まし、外に出ていた。澄んだ空気はいつ以来だっただろうか。戦場の血生臭い空気とは違い、心地よいものだった。空は晴れており、今日も旅を続けるのに十分だった。
その時、数枚の紙が空から降ってきた。一つはユリアスの足元に落ちる。それを拾い上げて読むと、そこには衝撃の、いや、ある意味では待ち望んでいたのかもしれない、内容が広がっていた。
『大陸戦争、両軍の損害大のために停戦。』
戦争が、一時的な収束を迎える。この事態をエクセラに告げるべく、ユリアスは宿は戻った。
「戦争が集結!?それは本当!?」
エクセラも驚いたようだ。昨日までの落ち着いたような態度とは変わって、珍しく声が大きくなっていた。
「ああ。この号外に載っている。」
ユリウスは紙を彼女に渡す。彼女はそれに目を通すと、確証を得たように彼を見た。
「それにしても…いきなり停戦をしたのね。今までの王の暴走からはまるで想像もつかない気もする。貴方が一番それを分かっているのではなくて?」
彼女が、今まさにユリウスの疑問とすることを投げかけた。
「確かにそうだ…このタイミングでの停戦において、何もないはずはないんだ…必ず何か変化が起きたはず…なんせ人間は、この戦争で、世界を手中に収めようとしているからね。完璧に世界を収め、自分たちが君臨するものであらんとしている。そして、人外側も人間への復讐心からそう簡単に引き下がるとも思えない。両軍、最後の一兵の血が尽きるまで戦おうとするはずだった。それなのに、いきなりこの停戦は不自然だと感じざるを得ないさ。ただー。」
そこで、ユリウスが一呼吸おく。本当に言いたいことはこれからのようだ。
「それでも、俺はこの戦争が、何者かの陰謀で止められたものだったとしても、一度終結したなら、それでいいと感じている。あの惨劇が、少しでも止まるならね。これから何が起こるかはわからない。ただ生きて帰ってきた兵士たちは確実に両軍に存在している。それは、今は吉報として受け取るべきことだと思うがね。それがたとえ、造られた偽りのものだったとしても。」
彼は正直に心情を話した。この戦争が一度目の終結を迎えたことは、彼にとっては十分に嬉しいことだったのだ。死にゆく兵士たちを戦場で見続けたため、これ以上の犠牲を彼は何よりも案じていた。自分の部下も多くが命を落とした中で、生き残るものが現れることに、彼はこれ以上ない安堵を覚えていた。
「そうね。この停戦は、確かに喜ぶべきものなのかもしれない。生きて帰ってくるのことできた兵士たちにとってはね。」
エクセラも、素直に彼の考えを認めた。彼女以外にもドラゴニュートからは多くの若い兵士たちが戦場に駆り出されていたのを彼女は知っている。その全てが帰ってくるわけではないのかもしれないが、それでも彼らがあの戦場を脱して生きて帰ってくることは、やはり彼女にとって幸福だったのだ。
この世界は生きるか死ぬか。単純だ。そして、戦争から生きて帰ってくること、生きていることこそが、もっとも美しいことなのかもしれない。この、残酷な世界では。
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