10 / 37
【高校生編】
転校生
しおりを挟む
* * *
菅原君は数日で、クラスの中心的な存在になった。
高貴で都会的な空気をまといながら、けれども決して自慢したり周りを見下したりすることがなく、むしろ謙虚であったからだ。
女子にチヤホヤされながら、男子にも好かれているのだから、この先の高校生活、なんの心配もなく楽しく過ごせるだろう。
これ以上望むことはないはずだ。
ないはずなのに、やたらと私に絡んでくる。
この日も、校舎裏のベンチでパンをかじろうとしていた私のもとに、彼は突然現れた。
「片桐さん、隣いい?」
「っ……菅原君、どうしてこんな所に?」
「ひとりで出ていく姿が見えたから、気になってさ」
なにそれ、尾行したってこと?
胸の奥に不快な感情が生まれる。
けれども彼は悪びれる様子もなく、当然のように私の隣に座った。
「お昼、それだけ?」
他意はないのだろう。
私が手にしているコッペパンを見て、無邪気に聞いてくる。
「パン1個だけで足りるの?」
足りなくても購買で一番安いこのパンを買うのがせいいっぱいなのだから、仕方がない。
そんな極貧生活、菅原君には想像もつかないだろうけど。
「……片桐さん?」
黙っていると、不意に顔を覗き込まれる。
それを避けてベンチの端まで移動すると、彼は小さなため息をついた。
「相変わらずだなあ、なにか気に障ることした?」
「そうだね、少なくとも今現在は不愉快」
「僕のことそんなに嫌い? 嫌われるほど喋ってもないと思うけど」
今度は私がため息をつく番だ。
「べつに嫌ってはいないよ」
「だったら、なにが気に入らないのさ」
ほとんどの生徒は教室や食堂で昼食を取る。
山が近く虫も多いこんな場所へ来るのは、ひとりになりたいからだと、どうして分からないのだろう。
「私、別の場所で食べるから」
「待って!」
立ち上がりかけた途端、強い口調で引き止められる。
「なに?」
「これ、一緒に食べようと思って」
言いながら彼は、茶色い紙袋を差し出した。
「うちのお手伝いさん、パン作りにハマっててさ」
「――お手伝いさん?」
聞きなれない言葉に思わず反応してしまう。
彼は、気にする様子もなく小さくうなずいて続ける。
「意外と美味しいんだ。クロワッサンとベーグルのサンドイッチ」
紙袋の中から取り出されたそれは、野菜やお肉が大量にサンドされて、お洒落なフィルムに包まれている。
ほのんのりと艶を帯びたベーグルからのぞく、肉厚のサーモンやチーズ。
豪快に開かれたクロワッサンの断面には、色鮮やかなサラダや卵、ハムなどがぎっちりと詰め込まれ、その隙間に粒マスタードが見え隠れしている。
コクン、と喉が鳴った。
我ながら情けないと思うけど、次々と目の前に並べられるサンドイッチから目が離せなくなってしまう。
「片桐さんは何が好き? おすすめはローストビーフと紫玉ねぎのベーグルサンドかな」
ベーグルなんて生まれてから一度も食べたことがない。
こんなきれいなサンドイッチ、テレビや雑誌でしか見たことがない。
それなのに、差し出されたベーグルサンドを受け取ることができなかった。
「……いらない」
喉の奥から絞り出したその声は、ひどくかすれていて。
「ごめん」
聞き取れるかどうかという、小さな声で謝るのが精一杯だった。
答えを聞く前に私はその場から走り出す。
そうでもしないと劣等感に押しつぶされそうだったから。
菅原君は悪くない。ただ、私とランチをしたかっただけだ。
だけど気付いてしまった。菅原君を避けたい本当の理由。
それは理子と揉めるのが面倒だとか、そんなことじゃない。
彼のすべてが、私を卑屈にさせるからだ。
糊のきいた制服、上質だと一目で分かるシンプルな腕時計。育ちのよさを感じさせる佇まいに、言葉の選び方。
何もかもが輝いていて、まぶしすぎて。
そして……みじめになる。
「……あ」
菅原君が見えなくなる場所まで逃げてから、90円で買ったコッペパンを置き忘れてきたことに気が付いた。
でも、それを取りに戻る気にはどうしてもなれなかった。
菅原君は数日で、クラスの中心的な存在になった。
高貴で都会的な空気をまといながら、けれども決して自慢したり周りを見下したりすることがなく、むしろ謙虚であったからだ。
女子にチヤホヤされながら、男子にも好かれているのだから、この先の高校生活、なんの心配もなく楽しく過ごせるだろう。
これ以上望むことはないはずだ。
ないはずなのに、やたらと私に絡んでくる。
この日も、校舎裏のベンチでパンをかじろうとしていた私のもとに、彼は突然現れた。
「片桐さん、隣いい?」
「っ……菅原君、どうしてこんな所に?」
「ひとりで出ていく姿が見えたから、気になってさ」
なにそれ、尾行したってこと?
胸の奥に不快な感情が生まれる。
けれども彼は悪びれる様子もなく、当然のように私の隣に座った。
「お昼、それだけ?」
他意はないのだろう。
私が手にしているコッペパンを見て、無邪気に聞いてくる。
「パン1個だけで足りるの?」
足りなくても購買で一番安いこのパンを買うのがせいいっぱいなのだから、仕方がない。
そんな極貧生活、菅原君には想像もつかないだろうけど。
「……片桐さん?」
黙っていると、不意に顔を覗き込まれる。
それを避けてベンチの端まで移動すると、彼は小さなため息をついた。
「相変わらずだなあ、なにか気に障ることした?」
「そうだね、少なくとも今現在は不愉快」
「僕のことそんなに嫌い? 嫌われるほど喋ってもないと思うけど」
今度は私がため息をつく番だ。
「べつに嫌ってはいないよ」
「だったら、なにが気に入らないのさ」
ほとんどの生徒は教室や食堂で昼食を取る。
山が近く虫も多いこんな場所へ来るのは、ひとりになりたいからだと、どうして分からないのだろう。
「私、別の場所で食べるから」
「待って!」
立ち上がりかけた途端、強い口調で引き止められる。
「なに?」
「これ、一緒に食べようと思って」
言いながら彼は、茶色い紙袋を差し出した。
「うちのお手伝いさん、パン作りにハマっててさ」
「――お手伝いさん?」
聞きなれない言葉に思わず反応してしまう。
彼は、気にする様子もなく小さくうなずいて続ける。
「意外と美味しいんだ。クロワッサンとベーグルのサンドイッチ」
紙袋の中から取り出されたそれは、野菜やお肉が大量にサンドされて、お洒落なフィルムに包まれている。
ほのんのりと艶を帯びたベーグルからのぞく、肉厚のサーモンやチーズ。
豪快に開かれたクロワッサンの断面には、色鮮やかなサラダや卵、ハムなどがぎっちりと詰め込まれ、その隙間に粒マスタードが見え隠れしている。
コクン、と喉が鳴った。
我ながら情けないと思うけど、次々と目の前に並べられるサンドイッチから目が離せなくなってしまう。
「片桐さんは何が好き? おすすめはローストビーフと紫玉ねぎのベーグルサンドかな」
ベーグルなんて生まれてから一度も食べたことがない。
こんなきれいなサンドイッチ、テレビや雑誌でしか見たことがない。
それなのに、差し出されたベーグルサンドを受け取ることができなかった。
「……いらない」
喉の奥から絞り出したその声は、ひどくかすれていて。
「ごめん」
聞き取れるかどうかという、小さな声で謝るのが精一杯だった。
答えを聞く前に私はその場から走り出す。
そうでもしないと劣等感に押しつぶされそうだったから。
菅原君は悪くない。ただ、私とランチをしたかっただけだ。
だけど気付いてしまった。菅原君を避けたい本当の理由。
それは理子と揉めるのが面倒だとか、そんなことじゃない。
彼のすべてが、私を卑屈にさせるからだ。
糊のきいた制服、上質だと一目で分かるシンプルな腕時計。育ちのよさを感じさせる佇まいに、言葉の選び方。
何もかもが輝いていて、まぶしすぎて。
そして……みじめになる。
「……あ」
菅原君が見えなくなる場所まで逃げてから、90円で買ったコッペパンを置き忘れてきたことに気が付いた。
でも、それを取りに戻る気にはどうしてもなれなかった。
0
あなたにおすすめの小説
禁断溺愛
流月るる
恋愛
親同士の結婚により、中学三年生の時に湯浅製薬の御曹司・巧と義兄妹になった真尋。新しい家族と一緒に暮らし始めた彼女は、義兄から独占欲を滲ませた態度を取られるようになる。そんな義兄の様子に、真尋の心は揺れ続けて月日は流れ――真尋は、就職を区切りに彼への想いを断ち切るため、義父との養子縁組を解消し、ひっそりと実家を出た。しかし、ほどなくして海外赴任から戻った巧に、その事実を知られてしまう。当然のごとく義兄は大激怒で真尋のマンションに押しかけ、「赤の他人になったのなら、もう遠慮する必要はないな」と、甘く淫らに懐柔してきて……? 切なくて心が甘く疼く大人のエターナル・ラブ。
Can't Stop Fall in Love
桧垣森輪
恋愛
社会人1年生の美月には憧れの先輩がいる。兄の親友であり、会社の上司で御曹司の輝翔先輩。自分とは住む世界の違う人だから。これは恋愛感情なんかじゃない。そう思いながらも、心はずっと彼を追いかけていた───
優しくて紳士的でずっと憧れていた人が、実は意地悪で嫉妬深くて独占欲も強い腹黒王子だったというお話をコメディタッチでお送りしています。【2016年2/18本編完結】
※アルファポリス エタニティブックスにて書籍化されました。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
【完結】エリート産業医はウブな彼女を溺愛する。
花澤凛
恋愛
第17回 恋愛小説大賞 奨励賞受賞
皆さまのおかげで賞をいただくことになりました。
ありがとうございます。
今好きな人がいます。
相手は殿上人の千秋柾哉先生。
仕事上の関係で気まずくなるぐらいなら眺めているままでよかった。
それなのに千秋先生からまさかの告白…?!
「俺と付き合ってくれませんか」
どうしよう。うそ。え?本当に?
「結構はじめから可愛いなあって思ってた」
「なんとか自分のものにできないかなって」
「果穂。名前で呼んで」
「今日から俺のもの、ね?」
福原果穂26歳:OL:人事労務部
×
千秋柾哉33歳:産業医(名門外科医家系御曹司出身)
もつれた心、ほどいてあげる~カリスマ美容師御曹司の甘美な溺愛レッスン~
泉南佳那
恋愛
イケメンカリスマ美容師と内気で地味な書店員との、甘々溺愛ストーリーです!
どうぞお楽しみいただけますように。
〈あらすじ〉
加藤優紀は、現在、25歳の書店員。
東京の中心部ながら、昭和味たっぷりの裏町に位置する「高木書店」という名の本屋を、祖母とふたりで切り盛りしている。
彼女が高木書店で働きはじめたのは、3年ほど前から。
短大卒業後、不動産会社で営業事務をしていたが、同期の、親会社の重役令嬢からいじめに近い嫌がらせを受け、逃げるように会社を辞めた過去があった。
そのことは優紀の心に小さいながらも深い傷をつけた。
人付き合いを恐れるようになった優紀は、それ以来、つぶれかけの本屋で人の目につかない質素な生活に安んじていた。
一方、高木書店の目と鼻の先に、優紀の兄の幼なじみで、大企業の社長令息にしてカリスマ美容師の香坂玲伊が〈リインカネーション〉という総合ビューティーサロンを経営していた。
玲伊は優紀より4歳年上の29歳。
優紀も、兄とともに玲伊と一緒に遊んだ幼なじみであった。
店が近いこともあり、玲伊はしょっちゅう、優紀の本屋に顔を出していた。
子供のころから、かっこよくて優しかった玲伊は、優紀の初恋の人。
その気持ちは今もまったく変わっていなかったが、しがない書店員の自分が、カリスマ美容師にして御曹司の彼に釣り合うはずがないと、その恋心に蓋をしていた。
そんなある日、優紀は玲伊に「自分の店に来て」言われる。
優紀が〈リインカネーション〉を訪れると、人気のファッション誌『KALEN』の編集者が待っていた。
そして「シンデレラ・プロジェクト」のモデルをしてほしいと依頼される。
「シンデレラ・プロジェクト」とは、玲伊の店の1周年記念の企画で、〈リインカネーション〉のすべての施設を使い、2~3カ月でモデルの女性を美しく変身させ、それを雑誌の連載記事として掲載するというもの。
優紀は固辞したが、玲伊の熱心な誘いに負け、最終的に引き受けることとなる。
はじめての経験に戸惑いながらも、超一流の施術に心が満たされていく優紀。
そして、玲伊への恋心はいっそう募ってゆく。
玲伊はとても優しいが、それは親友の妹だから。
そんな切ない気持ちを抱えていた。
プロジェクトがはじまり、ひと月が過ぎた。
書店の仕事と〈リインカネーション〉の施術という二重生活に慣れてきた矢先、大問題が発生する。
突然、編集部に上層部から横やりが入り、優紀は「シンデレラ・プロジェクト」のモデルを下ろされることになった。
残念に思いながらも、やはり夢でしかなかったのだとあきらめる優紀だったが、そんなとき、玲伊から呼び出しを受けて……
あいにくですが、エリート御曹司の蜜愛はお断りいたします。
汐埼ゆたか
恋愛
旧題:あいにくですが、エリート御曹司の蜜愛はお受けいたしかねます。
※現在公開の後半部分は、書籍化前のサイト連載版となっております。
書籍とは設定が異なる部分がありますので、あらかじめご了承ください。
―――――――――――――――――――
ひょんなことから旅行中の学生くんと知り合ったわたし。全然そんなつもりじゃなかったのに、なぜだか一夜を共に……。
傷心中の年下を喰っちゃうなんていい大人のすることじゃない。せめてもの罪滅ぼしと、三日間限定で家に置いてあげた。
―――なのに!
その正体は、ななな、なんと!グループ親会社の役員!しかも御曹司だと!?
恋を諦めたアラサーモブ子と、あふれる愛を注ぎたくて堪らない年下御曹司の溺愛攻防戦☆
「馬鹿だと思うよ自分でも。―――それでもあなたが欲しいんだ」
*・゚♡★♡゚・*:.。奨励賞ありがとうございます 。.:*・゚♡★♡゚・*
▶Attention
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる