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大嫌いな君は空を見る ~健太編~
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* * *
4年後、夏――。
俺の住む高円寺の風呂無しアパートに、聡が訪ねてきた。
「ごめん、健太」
部屋に入るなり土下座をする聡を見て「ああ、くるべき時がきたな」と思った。
「頭上げろよ……バンドのことか?」
聡は泣いていた。
上京して4年。この町は甘くなかった。
俺たちレベルのバンドは腐るほどいたし、オーディションにはことごとく落ちた。集客も思うようにいかず、ワンマンライブなんて夢のまた夢。せっかく対バンに入れて貰っても、銀紙少年の出番になると客が帰る。そんなことも珍しくない。
「あのな健太……玲奈がな……妊娠した」
「そっか、……就職とかするのか」
「ごめん」
東京来てすぐにできた聡の恋人は、美登里ちゃんとは真逆の派手な女だった。すぐに別れるだろうと思っていたけど。……そうか……父親になんのか。
「なあ、聡」
俺は、聡の顔を覗き込んで笑った。
「銀紙少年、解散ライブ。ワンマンで派手にぶちかそうや!」
薄い壁の向こう、隣の部屋から、ビートルズの『In My Life』が聴こえた。
『ぼくは忘れやしない
これまでに見たさまざまな土地
変わってしまったところや
いまもなお、そのままのところ
それぞれの地には恋人や
友だちの思い出が結びついてる
死んでしまった人やまだ生きてる人
イン・マイ・ライフ
みんなが好きだよ』
8
* * *
結局、解散ライブはやらなかった。金がなかったからだ。
雄一郎と大輔は東京で就職したけど、俺は田舎に戻ってオヤジのあとを継ぐことにした。
祥子には連絡していない。オヤジにも口止めしてある。
アイツのことだ。「おい負け犬、尻尾巻いて帰って来たんか」とかなんとか言って、俺の傷をえぐるに違いないのだから。
「健太、配達行って来てくれ」
「おお、場所は?」
「東町の保育園、園のお祭りで注文貰ったんや」
「了解」
オヤジに言われて、打ちたてのうどん玉を並べたケースを、ライトバンの荷台に積んだ。
「気いつけてなあ」
やたら嬉しそうに手を振るオヤジに見送られ、走ること10分。目的の保育園に到着した。
まだ早朝ということもあって、園児の姿はない。
「一源です。うどん80玉、お持ちしました」
玄関口で声を張り上げると、廊下の奥から「はあい」という若い女の声がした。
え……この声。ヤバい。そういえばアイツ、保母さんになるって……。
「健太!?」
逃げ出そうと背中を向けた瞬間、背後から呼ばれる。
「お、おう」
「ちょっ……アンタ、帰って来たん?」
「まあ……な」
「いつ帰ったんよ」
「2ヶ月前」
4年ぶりに会う祥子は、すっかり大人の女だった。
クソッ、赤いエプロンが似合い過ぎてヤバい。
「で?……ただのうどん屋で終わってええの」
なんや、その全てを見透かしたみたいな顔。
「アホのくせに、いっちょ前に凹んでんなや」
「なっ…….」
外見は変わっても、口の悪さは健在だ。
「うどん、どこに運びましょうか」
こんな女は相手にせず、サッサと帰ろう。
棒読みで言い捨てながらライトバンにうどんを取りに戻ると、祥子の声が追って来た。
「健太、まだ終わっとらんからな、あんたは、まだまだこれからや!」
ふっ……と、視聴覚室での思い出が蘇る。
『健太なんか大嫌いや。けど……絶対に夢、叶えてな』
そう言って、泣きながら笑った祥子。
ああ、そうだった。俺は、祥子に約束したんだ。
絶対に夢を叶えると――。
振り返ると祥子は、あの日と同じように泣きながら笑っていた。
そうや……俺は、まだ終われない――。
4年後、夏――。
俺の住む高円寺の風呂無しアパートに、聡が訪ねてきた。
「ごめん、健太」
部屋に入るなり土下座をする聡を見て「ああ、くるべき時がきたな」と思った。
「頭上げろよ……バンドのことか?」
聡は泣いていた。
上京して4年。この町は甘くなかった。
俺たちレベルのバンドは腐るほどいたし、オーディションにはことごとく落ちた。集客も思うようにいかず、ワンマンライブなんて夢のまた夢。せっかく対バンに入れて貰っても、銀紙少年の出番になると客が帰る。そんなことも珍しくない。
「あのな健太……玲奈がな……妊娠した」
「そっか、……就職とかするのか」
「ごめん」
東京来てすぐにできた聡の恋人は、美登里ちゃんとは真逆の派手な女だった。すぐに別れるだろうと思っていたけど。……そうか……父親になんのか。
「なあ、聡」
俺は、聡の顔を覗き込んで笑った。
「銀紙少年、解散ライブ。ワンマンで派手にぶちかそうや!」
薄い壁の向こう、隣の部屋から、ビートルズの『In My Life』が聴こえた。
『ぼくは忘れやしない
これまでに見たさまざまな土地
変わってしまったところや
いまもなお、そのままのところ
それぞれの地には恋人や
友だちの思い出が結びついてる
死んでしまった人やまだ生きてる人
イン・マイ・ライフ
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結局、解散ライブはやらなかった。金がなかったからだ。
雄一郎と大輔は東京で就職したけど、俺は田舎に戻ってオヤジのあとを継ぐことにした。
祥子には連絡していない。オヤジにも口止めしてある。
アイツのことだ。「おい負け犬、尻尾巻いて帰って来たんか」とかなんとか言って、俺の傷をえぐるに違いないのだから。
「健太、配達行って来てくれ」
「おお、場所は?」
「東町の保育園、園のお祭りで注文貰ったんや」
「了解」
オヤジに言われて、打ちたてのうどん玉を並べたケースを、ライトバンの荷台に積んだ。
「気いつけてなあ」
やたら嬉しそうに手を振るオヤジに見送られ、走ること10分。目的の保育園に到着した。
まだ早朝ということもあって、園児の姿はない。
「一源です。うどん80玉、お持ちしました」
玄関口で声を張り上げると、廊下の奥から「はあい」という若い女の声がした。
え……この声。ヤバい。そういえばアイツ、保母さんになるって……。
「健太!?」
逃げ出そうと背中を向けた瞬間、背後から呼ばれる。
「お、おう」
「ちょっ……アンタ、帰って来たん?」
「まあ……な」
「いつ帰ったんよ」
「2ヶ月前」
4年ぶりに会う祥子は、すっかり大人の女だった。
クソッ、赤いエプロンが似合い過ぎてヤバい。
「で?……ただのうどん屋で終わってええの」
なんや、その全てを見透かしたみたいな顔。
「アホのくせに、いっちょ前に凹んでんなや」
「なっ…….」
外見は変わっても、口の悪さは健在だ。
「うどん、どこに運びましょうか」
こんな女は相手にせず、サッサと帰ろう。
棒読みで言い捨てながらライトバンにうどんを取りに戻ると、祥子の声が追って来た。
「健太、まだ終わっとらんからな、あんたは、まだまだこれからや!」
ふっ……と、視聴覚室での思い出が蘇る。
『健太なんか大嫌いや。けど……絶対に夢、叶えてな』
そう言って、泣きながら笑った祥子。
ああ、そうだった。俺は、祥子に約束したんだ。
絶対に夢を叶えると――。
振り返ると祥子は、あの日と同じように泣きながら笑っていた。
そうや……俺は、まだ終われない――。
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