クラスメイトの王子様系女子をナンパから助けたら。

桜庭かなめ

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特別編

第9話『バイト先に行ってきた。』

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 7月24日、水曜日。
 午後1時半過ぎ。
 俺は今、清王せいおう線という電車に乗って都心方面に向かっている。千弦と星野さんのバイト先に行くために。
 今日、都心にある国立武道館こくりつぶどうかんという場所で、7人組女性アイドルグループ・ニジイロキラリのライブが開催される。
 ニジイロキラリは若い世代を中心に人気があり、ドーム公演も成功させたグループだ。毎年夏に国立武道館でライブをするのが恒例になっている。
 俺はニジイロキラリは知っており、アニメの主題歌になった曲を中心にいくつか好きな曲がある。千弦と星野さんは俺よりもたくさん好きな曲があるとのこと。
 千弦と星野さんはこのライブスタッフのバイトをしている。星野さんがこのバイトの求人を見つけて千弦を誘い、2人で一緒に応募したら採用されたとのこと。ライブは今日と明日開催され、両日とも採用された。ちなみに、2人は1年生の頃から、長期休暇や長め連休のときには単発や短期のバイトを一緒にしている。
 千弦と星野さんの担当は物販の接客。国立武道館のすぐ側に物販のテントを設け、そこで2人は接客をするとのことだ。
 今日は俺は喫茶店のバイトのシフトに入っていないため、千弦と星野さんがバイトしている様子を見に行くことに。また、ライブのチケットを持っていない俺でも物販ブースは利用できるので、物販で最新アルバムを買うつもりだ。
 ちなみに、物販ブースに行くことは千弦と星野さんに伝えてある。その際、スタッフ用のTシャツを着た2人の自撮り写真が送られた。2人曰く、Tシャツはメンバーカラーと同じ全7色用意されており、千弦は青、星野さんは赤のTシャツを着ている。
 途中で地下鉄に乗り換え、自宅の最寄り駅の調津ちょうつ駅から40分ほどで国立武道館の最寄り駅の八段下はちだんした駅に到着した。ニジイロキラリの曲を聴いていたので、ここまであっという間だったな。
 地下の駅だけど、電車から降りると結構暑さを感じた。
 国立武道館に一番近い出口から、八段下駅を出た。

「暑いな……」

 今日もよく晴れているため、外に出るとかなり暑い。千弦と星野さんは日陰になるテントの下で接客しているけど、それでも結構暑そうだ。

「国立武道館はこちらの方向になりまーす!」

 と、黄色いスタッフTシャツを着た男性が、国立武道館の方向を示すプラカードを持ちながらそう呼びかけている。炎天下の中お疲れ様です。
 所々にいるスタッフの方の案内に従い、俺は国立武道館の前まで辿り着いた。

「武道館に来たな……」

 これまで、国立武道館にはライブやコンサートで何回か来たことがある。ただ、とても有名で歴史もある建物なので、武道館の前に来ると毎回「武道館に来たな……」と思わされる。
 開場前なのか、武道館の前には人がたくさんいる。
 武道館の入口には、ニジイロキラリのライブの横断幕が掲げられている。今回の目的はライブではなく千弦と星野さんのバイトの様子を見に来たことだけど、ここまで来た記念にスマホで写真を撮った。
 物販ブースの案内があったので、それに従って武道館の横を歩いていく。

「あそこか」

 大きなテントを見つけた。テントにはグッズのラインナップが描かれたポスターが設置されている。
 テントの前には長蛇の列ができていて。女性アイドルグループなのもあって男性が多めだけど、女性もそれなりにいる。
 千弦と星野さんがいるかどうか確認するため、テントの近くまで行く。
 テントの中には様々な色のTシャツを来ている人が。全7色あるそうなので、テントの中は結構カラフルだ。
 千弦と星野さんは接客担当だと聞いている。なので、カウンターを見ると、

「こちらが商品になります。ありがとうございました!」

「ライブTシャツのLサイズお一つと、タオルお一つですね。少々お待ちください」

 カウンターで接客している千弦と星野さんを見つけた。2人は隣同士のカウンターで接客をしている。2人ともいい笑顔だし、落ち着いた様子で接客している。これも、1年の頃から単発や短期のバイトを何度もした経験によるものだろう。
 ちなみに、千弦と星野さんが接客する姿を見るのは初めてだ。仕事をしているので、2人が普段よりも大人っぽく見えた。

「あのカウンターにいる青いTシャツと赤いTシャツの子可愛くないか?」
「可愛いよな。2人のどっちかに接客されたかった……」
「俺も……」

「青いTシャツと赤いTシャツの女の子凄く良くない?」
「そうだねっ! 2人とも素敵だよね。私……青いTシャツの子の方が好みかな。背が高くて美人だし」
「そっか。あたしは赤いTシャツの子の方がいいな。物凄く可愛いし」

 といった会話が男女問わず聞こえてくる。スタッフTシャツの色からして千弦と星野さんのことだろう。千弦と星野さんはかなり可愛いので、自然と注目されるのだと思う。
 千弦と星野さんの姿を確認したところで、俺は物販ブースの列に最後尾に向かう。
 並び始めてから数分ほどして、

「今から並ぶと、カウンターまで2時間ほどかかります」 

 というアナウンスが。長蛇の列だし、2時間ほどかかるのも納得である。俺も2時間待つと思った方がいいな。
 炎天下の中で並ぶけど、まあ、週末には海水浴に行くし、暑さに慣れるのにちょうどいい機会だと思っておこう。
 それに、以前、国立武道館に来たときのライブやコンサートの物販も長蛇の列だったし、夏には大規模な同人誌即売会があり、そこで限定グッズを並ぶために何時間も並んだ経験もある。なので、2時間並ぶのは嫌だとは思わない。
 塩タブレットを食べたり、麦茶を飲んだりするなど熱中症対策をしながら、音楽を聴いたり、スマホでWeb小説を読んだりして列での時間を過ごす。それもあり、気付けばカウンターがはっきり見えるところまで来ていた。
 今もカウンターでは千弦と星野さんが接客の仕事をしている。笑顔で接客する2人の姿はとても素敵だ。千弦か星野さんが担当するカウンターに行きたいな。 
 それからも列を並んでいき、次の次が俺の番になった。
 千弦の方を見ていると、

「ありがとうございました!」

 と言って、女性のお客さんが千弦の前から立ち去ってしまった。ここまで来たけど、俺の前にいる男性が千弦のカウンターに行ってしまいそうだ。そう思っていたら、

「こちらにどうぞー」

 と、別のカウンターに立つ女性のスタッフさんが手を挙げた。その女性のカウンターは、千弦のカウンターよりも近い場所にあって。だからか、俺の前にいる男性はその女性がいるカウンターに向かった。

「こちらにどうぞ!」

 千弦の弾んだ声が響き渡る。
 千弦の方を見ると、千弦は満面の笑顔で右手を挙げていた。凄く運がいいと思いながら、俺は千弦が担当するカウンターに向かった。

「いらっしゃいませ、洋平君!」
「暑い中お疲れ様、千弦。……星野さんもお疲れ様」

 星野さんはちょうど接客が終わったところなので、千弦だけでなく星野さんにも労いの言葉をかけた。

「ありがとう、洋平君!」
「ありがとう、白石君」

 千弦と星野さんは可愛らしい笑顔でそう答えた。暑い中働いているからか、2人の額には汗が浮かんでおり、頬はほんのりと赤くなっている。

「次の方、こちらのカウンターにどうぞ」

 星野さんはそう言うと、星野さんの担当するカウンターには女性がやってきた。

「千弦のカウンターに来られて良かった。千弦か星野さんのカウンターに行きたいと思っていたから。運が良かったよ」
「私も洋平君が来てくれて良かったよ。さっきの人の接客が終わったとき、洋平君の前にいた人が先頭だったから惜しかったって思っていたけど、別のカウンターの人が『どうぞ!』って言ったときは『やった!』って思った」
「そうか。……接客する千弦を今日初めて見たけど、凄くいい笑顔で接客しているな。星野さんも」
「ありがとう。1年生のときから、単発や短期のバイトで接客は何度もしているからね。彩葉ちゃんが隣にいるし」
「そうか」

 親友が隣にいるのは大きいよな。心強いと思う。きっと、星野さんも同じように思っているんじゃないだろうか。

「千弦。長時間並ぶと思って、熱中症対策に塩タブレットをたくさん持ってきているんだ。休憩のときに星野さんと一緒に食べて。ささやかだけど差し入れだ」
「ありがとう!」

 俺はバッグから個別包装された塩タブレット数粒を取り出し、千弦に手渡した。千弦も星野さんも汗を掻いているし、これが少しでも2人の力になったら幸いだ。

「そろそろ注文するよ。後ろにお客さんがたくさん並んでいるし」
「うん、分かった。……ご注文をお伺いします」

 接客モードになったのか、千弦は敬語でそう言ってくれる。普段はタメ口で話しているので、新鮮でいいな。

「最新アルバムの初回限定盤を一つお願いします」
「最新アルバムの初回限定盤お一つですね。以上でよろしいですか?」
「はい」
「少々お待ちください」

 そう言って軽く頭を下げると、千弦は後ろにある商品が置いてある棚に向かった。特に迷った様子もなくキビキビと動いている。
 少しして、千弦が戻ってきた。

「お待たせしました。アルバムの初回限定盤になります。あとは、物販ブース限定の購入特典のポストカードをお付けしますね」
「ありがとうございます」
「アルバムの初回限定盤お一つで4500円になります」

 俺は財布から5000円を取り出し、千弦に手渡す。

「5000円お預かりします。500円のお返しになります」

 千弦は笑顔でそう言い、俺に500円玉を渡してきた。
 これまで、俺のバイト先の喫茶店で千弦とお金のやり取りを何度もしてきた。ただ、立場が違うだけでこんなにも新鮮に感じるとは。

「こちらが商品になります」
「ありがとうございます」

 俺はアルバムとポストカードを千弦から受け取る。

「千弦に接客してもらえて幸せだよ」
「私もだよ! 来てくれてありがとう。洋平君のおかげで、この後のバイトもより頑張れるよ」
「そう言ってもらえて嬉しいよ。バイト頑張って、千弦、星野さん」
「うんっ。ありがとうございました!」

 俺は千弦と小さく手を振り合って、千弦のいるカウンターから離れた。
 購入特典のポストカードを見てみると……同じデザインでそれぞれのメンバーカラーの衣装を着たニジイロキラリのメンバー全員が写っている。みんなアイドルらしい明るい笑顔で可愛らしい。
 アルバムとポストカードをバッグにしまって、俺は武道館を後にした。



 夜になって、千弦と星野さんから『無事にバイトが終わって、家に帰った』というメッセージをもらった。また、俺が差し入れた塩タブレットが美味しかったとも。
 千弦と星野さんに向けて、

『2人とも今日はお疲れ様。暑い中仕事をして凄いよ。俺はいつも涼しい中で仕事しているし。明日も頑張って。あと、塩タブレットを気に入ってもらえて良かったよ』

 とメッセージを送った。すると、2人からすぐに『ありがとう!』とお礼の返信が送られた。
 あと、物販ブースで買ったニジイロキラリのアルバムを聴いたり、初回限定盤特典のBlu-rayを観たりした。アルバムもBlu-rayもとても良かった。これまでは好きな曲がいくつかある程度だったけど、これからはグループそのものが好きになれそうだ。



 翌日。
 今日は俺も喫茶店のバイトがあるので、朝に千弦と星野さんとのグループトークで、

『お互いにバイトを頑張ろう』

 とメッセージを送り合った。そのやり取りもあって、今日のバイトはいつも以上に頑張れた。
 夜になると、千弦と星野さんから2日間のバイトが無事に終わり、バイト代をたくさんもらえたとメッセージが来た。2人とも、暑い中でのバイトお疲れ様。
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