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3 育つ種
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「――我が君。呼びに伺うところでした」
自室を出たニヴィアスが執務室に向かうと、そこには幼い自分を護り育ててくれた、硝子の妖精が待ち構えていた。
「ウィトラ……師である貴方にそう呼ばれるのは気持ちが悪いのだけど」
「そういう訳にもまいりません。正式に代が替わり、貴方がこの国の王。私めがこの国の新しい精霊。そう成りたく思います。私と誓約を交わしていただけないでしょうか」
スクルムとよく似た色合いの、少し冷たい印象の青年は深々とニヴィアスに恭しく礼をする。
代替わりに、新たな精霊。
頭では理解しているものの、兄もスクルムももういないという現実を改めて突きつけられ、ニヴィアスはそっと呻いた。
「……スクルムの力は時々教えてくれていたから多少知っているが、ウィトラの力は何だ?」
「私の力も識る力にございます。スクルム様のように過去を知る事は不得手ですし、映す力はありませんが、相対するものを知り、見透かす事が出来ます。現在に関してはスクルム様より精度が高いかと」
「言霊は」
「私は硝子の精ですが、先代と同じ言霊にしたいと考えております。この国の建国以来護って来たのは鏡の精……それは多くの者が、知るところですので」
淡々と事務的に話していたが、そっと目を伏せるウィトラは、彼なりにスクルムに対し哀悼の念を持っているようだ。喪失感は異なるだろうが、ニヴィアスは自らの精霊となる青年のに、共鳴を覚えていた。
「分かった……よろしく頼む」
「はい、我が君。魔法を展開しますので、誓いの言葉を述べ、私の肩に剣を置いてください」
「分かった」
ニヴィアスが了承するや否や、ウィトラの足下に青い魔法陣が浮かび上がり、ウィトラが跪く。
建国史にスクルムが遺したものと同じものであることを確認し、ニヴィアスは口を開いた。
――汝、白の国を護る基となり、決して欺くことなかれ
跪いたウィトラの肩にニヴィアスは剣を置く。他国の騎士の誓いに似たこれにより、妖精は今までの妖精である自らを斬り捨て、国の精霊に成るのだという。
――我、雪深き白の国を遍く照らし、 永く厄難から済くう助けとならん
ウィトラが返事をするように誓いの言葉を口にすると、ぶわりと魔法陣から雪影色の魔法文字が放たれた。魔法文字はふたりの周囲でくるくると回ったあと、静かに砕け散り、床に落ちて魔法陣とともにすっと消えていく。破片のようなそれは、まるで雪のようにも、玻璃の煌めきのようにも見えた。
「……これだけか?」
「ええ、これだけです。不安でしたら試しに力を使ってみますか?」
王の心は読めないはずだが、透き通るようなウィトラの瞳はニヴィアスの心を見透かしている。ニヴィアスはその瞳を見つめ返し、頷く。
「"――鏡よ、鏡"」
ニヴィアスは子どもの頃に口にした言葉を、王の正しい言霊として紡いでいく。
「私は、兄達の真実を知りたい」
「陛下、お呼びでしょうか」
白の国の宰相は、ニヴィアスの父である先々代の王の頃からずっと宰相として国に仕えている。元々行動原理のほとんどが国の為だという人間で、表向きは先王である兄にに恭順したふりをして、水面下で働いていた忠臣だと称賛されていた。現在は先王の下で享楽に耽っていた者らを次々と告発し、様々な罪を白日の元へと引っ張り出している。
ニヴィアスと新たな国棲み精霊となったウィトラは、そんな宰相を密やかに王の部屋へ呼び出していた。
「兄上の陰にいた者達の処分で忙しいところすまない」
「いえ、主となった者達の拘束はもう終わりました。後は遠隔地の者ですが、こちらも既に捕縛に向かわせています。罪状や認否について記載したものも早々にお渡しさせていただきたかったので、むしろ呼び出していただいて助かりました」
礼をし、差し出す書面はウィトラが先に受け取り確認している。それを待つ間、ニヴィアスは表情も姿勢も全く崩すことのない宰相に話をふった。
「宰相は兄上が在位中、ここに来た事はあるか?」
「いいえ。先代の国王陛下は最低限の使用人、ウィトラ様にお渡した書面の者どもと、スクルム様しか私室には入れておりませんでしたので」
国王陛下――
国のためが行動原理で、潔癖のきらいがあるこの男が、簒奪者である兄を"王"と呼ぶ。
やはり、兄には何かあるとニヴィアスは確信した。
「この部屋はあちらもこちらも毒だらけだった」
「先代は敵が多うございましたので」
枕元からは解毒の薬、ナイフ、そしてまた毒。それらは仕込まれていたものではなく護身用のそれだ。
とてもではないが、安らげる私室には程遠い。まるで戦場のようだった。ニヴィアスは言葉を続ける。
「……植物は、食べられないよう自らを毒と転じる事があるというのを知っているか?」
「そのようなものがあるというのは、知識としては存じています」
「そう言えば、宰相も兄上を毒夫などと罵っていたことがあったそうだな」
誰が、林檎を毒にした?
声なき問いに、宰相は素知らぬ顔をしている。さすがにこの白の国で永く重要な地位な位置にいる一族の当主といったところではある。
「……宰相、私は兄上の真実を知りたい。貴方の口から教えてはもらえないだろうか」
「お教えるほどの事はないと思いますが」
だが、その演技も、ウィトラの前では無力だ。
「宰相、貴方は記録を残していますね。先王の記録を」
「陛下がご帰還の際に、国賊を始末するための記録は当然残していましたが」
「――いいえ。先代の陛下が遺したそれではなく、先代の精霊、スクルムが貴方に託した記録のことですよ」
そのようなものがあるのかとニヴィアスが睨むと、宰相は僅かに俯く。精霊の前では無駄だと分かっているからか、逡巡は僅かだった。
「……陛下。あの御方は、兄君は……それを貴方が知ることを、望んでおりません」
「だが、宰相がそれを持っているということは……スクルムの望みはそうではないのだろう」
王命である。
そう告げれば宰相はもう渋ることはなかった。
自室を出たニヴィアスが執務室に向かうと、そこには幼い自分を護り育ててくれた、硝子の妖精が待ち構えていた。
「ウィトラ……師である貴方にそう呼ばれるのは気持ちが悪いのだけど」
「そういう訳にもまいりません。正式に代が替わり、貴方がこの国の王。私めがこの国の新しい精霊。そう成りたく思います。私と誓約を交わしていただけないでしょうか」
スクルムとよく似た色合いの、少し冷たい印象の青年は深々とニヴィアスに恭しく礼をする。
代替わりに、新たな精霊。
頭では理解しているものの、兄もスクルムももういないという現実を改めて突きつけられ、ニヴィアスはそっと呻いた。
「……スクルムの力は時々教えてくれていたから多少知っているが、ウィトラの力は何だ?」
「私の力も識る力にございます。スクルム様のように過去を知る事は不得手ですし、映す力はありませんが、相対するものを知り、見透かす事が出来ます。現在に関してはスクルム様より精度が高いかと」
「言霊は」
「私は硝子の精ですが、先代と同じ言霊にしたいと考えております。この国の建国以来護って来たのは鏡の精……それは多くの者が、知るところですので」
淡々と事務的に話していたが、そっと目を伏せるウィトラは、彼なりにスクルムに対し哀悼の念を持っているようだ。喪失感は異なるだろうが、ニヴィアスは自らの精霊となる青年のに、共鳴を覚えていた。
「分かった……よろしく頼む」
「はい、我が君。魔法を展開しますので、誓いの言葉を述べ、私の肩に剣を置いてください」
「分かった」
ニヴィアスが了承するや否や、ウィトラの足下に青い魔法陣が浮かび上がり、ウィトラが跪く。
建国史にスクルムが遺したものと同じものであることを確認し、ニヴィアスは口を開いた。
――汝、白の国を護る基となり、決して欺くことなかれ
跪いたウィトラの肩にニヴィアスは剣を置く。他国の騎士の誓いに似たこれにより、妖精は今までの妖精である自らを斬り捨て、国の精霊に成るのだという。
――我、雪深き白の国を遍く照らし、 永く厄難から済くう助けとならん
ウィトラが返事をするように誓いの言葉を口にすると、ぶわりと魔法陣から雪影色の魔法文字が放たれた。魔法文字はふたりの周囲でくるくると回ったあと、静かに砕け散り、床に落ちて魔法陣とともにすっと消えていく。破片のようなそれは、まるで雪のようにも、玻璃の煌めきのようにも見えた。
「……これだけか?」
「ええ、これだけです。不安でしたら試しに力を使ってみますか?」
王の心は読めないはずだが、透き通るようなウィトラの瞳はニヴィアスの心を見透かしている。ニヴィアスはその瞳を見つめ返し、頷く。
「"――鏡よ、鏡"」
ニヴィアスは子どもの頃に口にした言葉を、王の正しい言霊として紡いでいく。
「私は、兄達の真実を知りたい」
「陛下、お呼びでしょうか」
白の国の宰相は、ニヴィアスの父である先々代の王の頃からずっと宰相として国に仕えている。元々行動原理のほとんどが国の為だという人間で、表向きは先王である兄にに恭順したふりをして、水面下で働いていた忠臣だと称賛されていた。現在は先王の下で享楽に耽っていた者らを次々と告発し、様々な罪を白日の元へと引っ張り出している。
ニヴィアスと新たな国棲み精霊となったウィトラは、そんな宰相を密やかに王の部屋へ呼び出していた。
「兄上の陰にいた者達の処分で忙しいところすまない」
「いえ、主となった者達の拘束はもう終わりました。後は遠隔地の者ですが、こちらも既に捕縛に向かわせています。罪状や認否について記載したものも早々にお渡しさせていただきたかったので、むしろ呼び出していただいて助かりました」
礼をし、差し出す書面はウィトラが先に受け取り確認している。それを待つ間、ニヴィアスは表情も姿勢も全く崩すことのない宰相に話をふった。
「宰相は兄上が在位中、ここに来た事はあるか?」
「いいえ。先代の国王陛下は最低限の使用人、ウィトラ様にお渡した書面の者どもと、スクルム様しか私室には入れておりませんでしたので」
国王陛下――
国のためが行動原理で、潔癖のきらいがあるこの男が、簒奪者である兄を"王"と呼ぶ。
やはり、兄には何かあるとニヴィアスは確信した。
「この部屋はあちらもこちらも毒だらけだった」
「先代は敵が多うございましたので」
枕元からは解毒の薬、ナイフ、そしてまた毒。それらは仕込まれていたものではなく護身用のそれだ。
とてもではないが、安らげる私室には程遠い。まるで戦場のようだった。ニヴィアスは言葉を続ける。
「……植物は、食べられないよう自らを毒と転じる事があるというのを知っているか?」
「そのようなものがあるというのは、知識としては存じています」
「そう言えば、宰相も兄上を毒夫などと罵っていたことがあったそうだな」
誰が、林檎を毒にした?
声なき問いに、宰相は素知らぬ顔をしている。さすがにこの白の国で永く重要な地位な位置にいる一族の当主といったところではある。
「……宰相、私は兄上の真実を知りたい。貴方の口から教えてはもらえないだろうか」
「お教えるほどの事はないと思いますが」
だが、その演技も、ウィトラの前では無力だ。
「宰相、貴方は記録を残していますね。先王の記録を」
「陛下がご帰還の際に、国賊を始末するための記録は当然残していましたが」
「――いいえ。先代の陛下が遺したそれではなく、先代の精霊、スクルムが貴方に託した記録のことですよ」
そのようなものがあるのかとニヴィアスが睨むと、宰相は僅かに俯く。精霊の前では無駄だと分かっているからか、逡巡は僅かだった。
「……陛下。あの御方は、兄君は……それを貴方が知ることを、望んでおりません」
「だが、宰相がそれを持っているということは……スクルムの望みはそうではないのだろう」
王命である。
そう告げれば宰相はもう渋ることはなかった。
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