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4 昔々
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ほんの少し昔々――
「――陛下が亡き王妃に似た娼婦に入れあげていると」
「はい。その娼婦に子を孕んだ兆候があるため、始末しようと宰相の手のものが」
建国以来代々の王に仕えてきた護国の精霊であるスクルムは影の報告を聞き、呆れていた。
現在の主である王は確かに、亡き王妃フランキスカに狂気ともいえる妄執を抱いている。王妃であるフランキスカが若くして亡くなったあとも、王としてきちんと働いてはいるが、少しずつ少しずつ静かに狂っている。
……いや、今代の王が狂っているのは元からだ。
だから娼婦を妃にするなどと言い出しかねないとでも考えたのだろう。宰相は真面目に国を憂いての行動だろうが、先走りが過ぎるとスクルムは呆れていた。
「――全く……精霊より融通が利きませんね。後継のいない今の状況下であれば、はっきり言って庶子でも子はいた方がよい気がしますが」
それでもどう転ぶかは分からない。宰相の行動は結果として正しいかもしれないが、少なくとも今殺すのは悪手だ。スクルムは急ぎ自らの息のかかった、王と同じ黒髪の影に指示がいくよう手を回した。
娼婦の人柄を見極め、危惧があれば宰相の考え通り始末を、そうでなければ逃がせ。
使う影はとある貴族の末子で、実力は高いが優しすぎるきらいがある。試金石としてちょうどよいとスクルムは考え送り出したが、いつまで経っても影は帰って来なかった。宰相の手の者に始末されたかと、スクルムは王が言霊を使わなかった時に、仕方なく自ら娼婦を視る事にした。
言霊を唱えると、スクルムのまなうらに赤髪の美しい娘の姿が浮かぶ。そしてその傍では、自らが放った影が娘を愛おしそうに見ていた。
(おや……娘に誑し込まれましたか。それにしても、この娘、確かにフランキスカ妃殿下によく似ている)
そして娘は、自らの腕に抱いた赤子を愛おしそうに見つめている。
それはそれは美しい赤子だった。
(そしてこれは……母親によく似ている)
赤子でもそれなりに性別が顔に出るが、この赤子はどちらにも見える。スクルムがどちらだろうかとまじまじ観ていると、赤子が自らに笑い掛ける母親ではなく、遠くを見て笑う。
それは感情の乗ったものではない、ただの反射だった。だがそれを、スクルムは何故か自分の方を見て笑ったかのように感じた。
(……可愛らしい)
スクルムがそう思っていたのも束の間、笑っていた赤子は突然何故か小さく泣き始める。まるで秋の空のようだ。どうやら排泄が気持ち悪かったようで、娘があやしながら、むつきを替えていく。
(男子か……娘だったらまたややこしい事になっていたのでよかったかもしれません)
種は誰のものかを調べるのは、またの機会だ。一先ずこの者達の件は自分の中に留めておこう。
元影と元娼婦は、仲睦まじげに協力して赤子の世話をしている。逃げたことはよろしくないが、この様子ならばよい夫婦となったのだろう。
(……出来れば、王の子でなければいいのだが)
スクルムは素直にそう思った。
それは庶子でもいいからいた方がいいというそれまでの意見とは真逆である。そのことにこの時スクルムは気づいていなかった。
それからというもの、スクルムは子の様子を定期に視るようになった。
その紅玉の瞳にちなんだ名を与えられた美しい子は、結局のところ、王の子であった。しかし元影と元娼婦の夫婦の仲は睦まじく、子も元影を父と慕っている。決して裕福ではなさそうだが、よき夫婦はそのままよき家族となったのだろう。
娼婦が消えて、荒れていた王も数年が経って、やはりフランキスカ妃によく似た貴族の娘を娶り、落ち着いている。新しい妃の元へ足げに通っているから、そのうち子にも恵まれるであろう。
だからどうか、この子はその身に宿る王族の血に囚われることなく、幸せに暮らせますように。
スクルムはそんな風に願っていた。
そして子が十の歳になって母が死に、父と血の繋がりがないことを知った頃、王に待望の世継ぎが誕生する。
二人目の妃との間の子であるニヴィアスは、王妃によく似た美しい子どもだった。王は妃によく似た世継ぎの誕生を大変に喜び、周囲もスクルムもそれを喜び、スクルムは政や王のしもべの傍ら、ニヴィアスの教育や世話も引き受けた。
ニヴィアスは素直な気質で、自分に対し幼い思慕はあれど賢い子どもだ。スクルムもまた、世継ぎであるニヴィアスを大変に可愛がり、時には厳しく鍛えた。
この子を護り育てきれば、もう1人の王の子は誰にも知られず、多少の問題はあれど平穏には暮らしていけるだろう。
スクルムはそう思っていた。
しかし――2人目の王妃が若くして儚くなった事からまた、歯車は狂い始める。
「"――鏡よ鏡"」
「はい」
「昔……男と逃げた娼婦がいたが、あの女は逃げた後、誰とどうして、今は何処でどうしているか。夫や子などがいればそやつらの詳細も全て教えろ」
……隠し通せると思っていたのに。
スクルムは苦々しく思ったが、精霊は誓約により、王のしもべだ。嘘をつくことは出来ない。
「"彼女は元影であった者と逃げ、結婚しておりましたが、病気で既に没しています。子が一人おり、父親とともに狩りと農業で生計を立て、慎ましやかに暮らしております"」
「子、か……」
娘が死んでいるという事で納得しなかった王は、子の姿を見せろとスクルムに命じる。
スクルムは仕方なく、鏡に王の子の姿を映した。大鏡に映し出された子は粗末な狩装束だが、その姿はすらりとしなやかだ。そして何より――
「母親に、フランキスカに、よく似ている……! スクルム、こやつを私の元へ連れて来い」
「……承知、いたしました」
王の目に昏い光が灯る。
本当は連れて来たくなどない。だがスクルムは王の命に従うことしか出来ないのだった。
「――陛下が亡き王妃に似た娼婦に入れあげていると」
「はい。その娼婦に子を孕んだ兆候があるため、始末しようと宰相の手のものが」
建国以来代々の王に仕えてきた護国の精霊であるスクルムは影の報告を聞き、呆れていた。
現在の主である王は確かに、亡き王妃フランキスカに狂気ともいえる妄執を抱いている。王妃であるフランキスカが若くして亡くなったあとも、王としてきちんと働いてはいるが、少しずつ少しずつ静かに狂っている。
……いや、今代の王が狂っているのは元からだ。
だから娼婦を妃にするなどと言い出しかねないとでも考えたのだろう。宰相は真面目に国を憂いての行動だろうが、先走りが過ぎるとスクルムは呆れていた。
「――全く……精霊より融通が利きませんね。後継のいない今の状況下であれば、はっきり言って庶子でも子はいた方がよい気がしますが」
それでもどう転ぶかは分からない。宰相の行動は結果として正しいかもしれないが、少なくとも今殺すのは悪手だ。スクルムは急ぎ自らの息のかかった、王と同じ黒髪の影に指示がいくよう手を回した。
娼婦の人柄を見極め、危惧があれば宰相の考え通り始末を、そうでなければ逃がせ。
使う影はとある貴族の末子で、実力は高いが優しすぎるきらいがある。試金石としてちょうどよいとスクルムは考え送り出したが、いつまで経っても影は帰って来なかった。宰相の手の者に始末されたかと、スクルムは王が言霊を使わなかった時に、仕方なく自ら娼婦を視る事にした。
言霊を唱えると、スクルムのまなうらに赤髪の美しい娘の姿が浮かぶ。そしてその傍では、自らが放った影が娘を愛おしそうに見ていた。
(おや……娘に誑し込まれましたか。それにしても、この娘、確かにフランキスカ妃殿下によく似ている)
そして娘は、自らの腕に抱いた赤子を愛おしそうに見つめている。
それはそれは美しい赤子だった。
(そしてこれは……母親によく似ている)
赤子でもそれなりに性別が顔に出るが、この赤子はどちらにも見える。スクルムがどちらだろうかとまじまじ観ていると、赤子が自らに笑い掛ける母親ではなく、遠くを見て笑う。
それは感情の乗ったものではない、ただの反射だった。だがそれを、スクルムは何故か自分の方を見て笑ったかのように感じた。
(……可愛らしい)
スクルムがそう思っていたのも束の間、笑っていた赤子は突然何故か小さく泣き始める。まるで秋の空のようだ。どうやら排泄が気持ち悪かったようで、娘があやしながら、むつきを替えていく。
(男子か……娘だったらまたややこしい事になっていたのでよかったかもしれません)
種は誰のものかを調べるのは、またの機会だ。一先ずこの者達の件は自分の中に留めておこう。
元影と元娼婦は、仲睦まじげに協力して赤子の世話をしている。逃げたことはよろしくないが、この様子ならばよい夫婦となったのだろう。
(……出来れば、王の子でなければいいのだが)
スクルムは素直にそう思った。
それは庶子でもいいからいた方がいいというそれまでの意見とは真逆である。そのことにこの時スクルムは気づいていなかった。
それからというもの、スクルムは子の様子を定期に視るようになった。
その紅玉の瞳にちなんだ名を与えられた美しい子は、結局のところ、王の子であった。しかし元影と元娼婦の夫婦の仲は睦まじく、子も元影を父と慕っている。決して裕福ではなさそうだが、よき夫婦はそのままよき家族となったのだろう。
娼婦が消えて、荒れていた王も数年が経って、やはりフランキスカ妃によく似た貴族の娘を娶り、落ち着いている。新しい妃の元へ足げに通っているから、そのうち子にも恵まれるであろう。
だからどうか、この子はその身に宿る王族の血に囚われることなく、幸せに暮らせますように。
スクルムはそんな風に願っていた。
そして子が十の歳になって母が死に、父と血の繋がりがないことを知った頃、王に待望の世継ぎが誕生する。
二人目の妃との間の子であるニヴィアスは、王妃によく似た美しい子どもだった。王は妃によく似た世継ぎの誕生を大変に喜び、周囲もスクルムもそれを喜び、スクルムは政や王のしもべの傍ら、ニヴィアスの教育や世話も引き受けた。
ニヴィアスは素直な気質で、自分に対し幼い思慕はあれど賢い子どもだ。スクルムもまた、世継ぎであるニヴィアスを大変に可愛がり、時には厳しく鍛えた。
この子を護り育てきれば、もう1人の王の子は誰にも知られず、多少の問題はあれど平穏には暮らしていけるだろう。
スクルムはそう思っていた。
しかし――2人目の王妃が若くして儚くなった事からまた、歯車は狂い始める。
「"――鏡よ鏡"」
「はい」
「昔……男と逃げた娼婦がいたが、あの女は逃げた後、誰とどうして、今は何処でどうしているか。夫や子などがいればそやつらの詳細も全て教えろ」
……隠し通せると思っていたのに。
スクルムは苦々しく思ったが、精霊は誓約により、王のしもべだ。嘘をつくことは出来ない。
「"彼女は元影であった者と逃げ、結婚しておりましたが、病気で既に没しています。子が一人おり、父親とともに狩りと農業で生計を立て、慎ましやかに暮らしております"」
「子、か……」
娘が死んでいるという事で納得しなかった王は、子の姿を見せろとスクルムに命じる。
スクルムは仕方なく、鏡に王の子の姿を映した。大鏡に映し出された子は粗末な狩装束だが、その姿はすらりとしなやかだ。そして何より――
「母親に、フランキスカに、よく似ている……! スクルム、こやつを私の元へ連れて来い」
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王の目に昏い光が灯る。
本当は連れて来たくなどない。だがスクルムは王の命に従うことしか出来ないのだった。
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