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5 実り前
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雪深い白の国の更に奥。
そんな辺境の村の、そのまた少し奥の森。その森の側でルベルは生まれ、育った。
父は元傭兵の狩人で、母は元娼婦だった。
母はこの国に多い林檎農家の娘だったそうで、やはりこの国に多い赤毛をしていた。ただ容姿が良かったことと、珍しい林檎のような真っ赤な瞳をしていたのが原因だろう。口減らしで真っ先に売られたらしい。
そんな人生の割に、ルベルの母はおっとりとした人間だった。過去によって今を嘆く人間ではなかったし、父を愛していた。ただ――
「お父さまはね、寂しいお方だったの。私がぽっかり空いた穴を埋めてあげたかったんだけど、無理だったし、誰にも望まれてなかった。でも、あなたは私の宝物なのよ」
母はルベルの本当の父のことを、忘れられないようだった。母は父とルベルのことを愛していたし、ルベルを見ていないわけではなかった。だが時々溢すように言う、"お父さま"。ルベルの中に流れる血、その持ち主の事が大事なんだろうなとは、小さい頃から何となく思っていた。
それでも父はそんな母を責めたりする事はなく、いわば義理の息子であるルベルを心から愛してくれていた。母の身体が弱いせいかひっそり期待していた弟妹が出来ることはなかったが、家族仲はよく、ルベル達は慎ましく平穏に暮らしていた。
そしてルベルが十の歳。
身体があまり丈夫でなかった母が亡くなり、ルベルと父は2人になった。
「ルベル。私はお前の父だが、血の繋がりはないんだ」
「うん。知ってる」
「……知っていたのか」
「母さんが小さい頃、そんな感じのことを時々言ってたから。でも父さんは父さんだから、まぁいいかなって」
「そのとおりだ。しかし……」
「……俺、このまま父さんの子でいていい?」
「いていいも何も、お前は私の子だ」
ようやく治まった涙がまた零れそうになって、ルベルが鼻をすすると、父はルベルの頭をそっと撫でた。「母さんにも困ったものだな」と、父はほんの少し寂しそうにそれでも愛おしそうに笑いながら、ルベルの本当の父親のことを語った。
父は元々母を護り逃がすために雇われた傭兵だったそうで、その課程で母に恋し、一緒になったとの事だ。
父曰く、ルベルの本当の父親は何重にも秘されていて分からない。父の予想では、高貴な身分の人間だろうとのことだった。
「依頼主は何重にもなって、誰だか分からないようにされていた。だからお前は恐らく遠国の貴族か王族の庶子だろうと思う。ただ、それを誇ってもそれに縋ってもいけないよ」
お前ならそうはならないと分かっているから言うんだ。ルベルは父のその言葉に頷いた。母ごと消そうとしていたということは、自分が存在するのは望まれていない。誇る気などルベルにはこれっぽちもなかった。
たとえ父が自分に施してくれる教育が、とても貧しい村人に施すようなものではないとしても。父がただの傭兵ではないことも。ルベルは気づかないふりをしていた。
「なあルベル、お前達親子、付き合い悪いぞ」
「父さんは最低限の寄合には参加してるし、俺はそもそも寄合に行く理由がない。収穫祭とか手伝いがいる時は村にちゃんと来てるんだから、文句を言われる筋合いもない」
「そんな事ないだろ。俺達くらいの歳になったらみんな来てる」
「触るな」
「痛っ」
肩に置かれた手を思い切り叩き落とし、面食らっている間に蹴り倒す。倒れたまま喚く村長の息子を無視して、ルベルは家路についた。
(どいつもこいつも俺のことを変な目で見るから嫌なんだよ。気持ち悪い)
十五になったルベルは、背はそれなりに伸びたものの、美しかった母によく似て、すらりと中性的に育っていた。そうなれば若い娘の少ない村では、変な目で見る者も多い。鍛えても大した身にならない己の体質と、思春期の潔癖さも相まって、ルベルはいつも苛々していた。
「俺も父さんみたいに体格がよくて剣が使えて強ければいいのに……」
「また何かあったのか」
夕食の時間、ルベルは不満たらたらと、ないものねだりを溢していた。ここ二年ほど時折見られるこれに、父も眉を寄せる。
「村長の息子に絡まれて触られて、鬱陶しいから蹴り飛ばしちゃった。苦情が来たらごめん」
「構わない。こちらも苦情を返してドラ息子に釘を刺しておく。気にするな」
……父におんぶに抱っこで嫌だな。
そんな風にいつも思うが、ルベルは外見と攻撃の軽さのせいか、村の連中に舐められている。舐めている相手にいつも殴られたり蹴られたりしているのだから、もう少し学べばいいのにと思うが、この程度ならいざとなればどうにかなるとも思われているのだろう。それもまた、ルベルを苛々させていた。
「まあ力も体力もあるに越したことはないがな。それよりこら。また横着して口と耳を覆ってなかったろう。赤くなっているぞ」
苦笑いの父がルベルの赤鼻をつっつく。
「口周りが湿るのが嫌なんだよ」
小さな子どもにするようなそれに、ルベルは恥ずかしくなって小さくそっぽを向いた。
「お前は力がない分、素早いし、相手の隙を観るのが上手い。あと決断力があるから、狩る時に躊躇がない。こういう生業の人間にはとてもいいことだ」
父は村の男の「男ならこうあるべき」 のような汗臭いことは言わないし、かといってルベルを「女のようだから」と腫物のように扱うことも決してなかった。
「そんなこと言って、父さんは全部を兼ね備えてるじゃないか。狡い」
「はは、まあな。 その代わりと言ってはなんだが、お前には母さん譲りの顔もある。お前は嫌かもしれんが」
そう言われてルベルは思わず顔をしかめる。
ルベルはただでさえ線が細い上に、母によく似た美しい顔をしている。若い娘があまりいないこの村でもそうだが、獲物などを卸しに行く街でも変な目で見られる事は少なくない。
「そんなことがないようにとは思っているが……ただ、本当の本当にいざという時、 それは生きるための武器になるだろう。そこを念頭には置いといてくれ。あともちろん、躊躇は今後もするな。そして無理だと思ったらすぐに逃げるんだ」
ルベルは分かったと約束する。でもそんなことは死んでもごめん被ると、その時は思っていた。
そんな辺境の村の、そのまた少し奥の森。その森の側でルベルは生まれ、育った。
父は元傭兵の狩人で、母は元娼婦だった。
母はこの国に多い林檎農家の娘だったそうで、やはりこの国に多い赤毛をしていた。ただ容姿が良かったことと、珍しい林檎のような真っ赤な瞳をしていたのが原因だろう。口減らしで真っ先に売られたらしい。
そんな人生の割に、ルベルの母はおっとりとした人間だった。過去によって今を嘆く人間ではなかったし、父を愛していた。ただ――
「お父さまはね、寂しいお方だったの。私がぽっかり空いた穴を埋めてあげたかったんだけど、無理だったし、誰にも望まれてなかった。でも、あなたは私の宝物なのよ」
母はルベルの本当の父のことを、忘れられないようだった。母は父とルベルのことを愛していたし、ルベルを見ていないわけではなかった。だが時々溢すように言う、"お父さま"。ルベルの中に流れる血、その持ち主の事が大事なんだろうなとは、小さい頃から何となく思っていた。
それでも父はそんな母を責めたりする事はなく、いわば義理の息子であるルベルを心から愛してくれていた。母の身体が弱いせいかひっそり期待していた弟妹が出来ることはなかったが、家族仲はよく、ルベル達は慎ましく平穏に暮らしていた。
そしてルベルが十の歳。
身体があまり丈夫でなかった母が亡くなり、ルベルと父は2人になった。
「ルベル。私はお前の父だが、血の繋がりはないんだ」
「うん。知ってる」
「……知っていたのか」
「母さんが小さい頃、そんな感じのことを時々言ってたから。でも父さんは父さんだから、まぁいいかなって」
「そのとおりだ。しかし……」
「……俺、このまま父さんの子でいていい?」
「いていいも何も、お前は私の子だ」
ようやく治まった涙がまた零れそうになって、ルベルが鼻をすすると、父はルベルの頭をそっと撫でた。「母さんにも困ったものだな」と、父はほんの少し寂しそうにそれでも愛おしそうに笑いながら、ルベルの本当の父親のことを語った。
父は元々母を護り逃がすために雇われた傭兵だったそうで、その課程で母に恋し、一緒になったとの事だ。
父曰く、ルベルの本当の父親は何重にも秘されていて分からない。父の予想では、高貴な身分の人間だろうとのことだった。
「依頼主は何重にもなって、誰だか分からないようにされていた。だからお前は恐らく遠国の貴族か王族の庶子だろうと思う。ただ、それを誇ってもそれに縋ってもいけないよ」
お前ならそうはならないと分かっているから言うんだ。ルベルは父のその言葉に頷いた。母ごと消そうとしていたということは、自分が存在するのは望まれていない。誇る気などルベルにはこれっぽちもなかった。
たとえ父が自分に施してくれる教育が、とても貧しい村人に施すようなものではないとしても。父がただの傭兵ではないことも。ルベルは気づかないふりをしていた。
「なあルベル、お前達親子、付き合い悪いぞ」
「父さんは最低限の寄合には参加してるし、俺はそもそも寄合に行く理由がない。収穫祭とか手伝いがいる時は村にちゃんと来てるんだから、文句を言われる筋合いもない」
「そんな事ないだろ。俺達くらいの歳になったらみんな来てる」
「触るな」
「痛っ」
肩に置かれた手を思い切り叩き落とし、面食らっている間に蹴り倒す。倒れたまま喚く村長の息子を無視して、ルベルは家路についた。
(どいつもこいつも俺のことを変な目で見るから嫌なんだよ。気持ち悪い)
十五になったルベルは、背はそれなりに伸びたものの、美しかった母によく似て、すらりと中性的に育っていた。そうなれば若い娘の少ない村では、変な目で見る者も多い。鍛えても大した身にならない己の体質と、思春期の潔癖さも相まって、ルベルはいつも苛々していた。
「俺も父さんみたいに体格がよくて剣が使えて強ければいいのに……」
「また何かあったのか」
夕食の時間、ルベルは不満たらたらと、ないものねだりを溢していた。ここ二年ほど時折見られるこれに、父も眉を寄せる。
「村長の息子に絡まれて触られて、鬱陶しいから蹴り飛ばしちゃった。苦情が来たらごめん」
「構わない。こちらも苦情を返してドラ息子に釘を刺しておく。気にするな」
……父におんぶに抱っこで嫌だな。
そんな風にいつも思うが、ルベルは外見と攻撃の軽さのせいか、村の連中に舐められている。舐めている相手にいつも殴られたり蹴られたりしているのだから、もう少し学べばいいのにと思うが、この程度ならいざとなればどうにかなるとも思われているのだろう。それもまた、ルベルを苛々させていた。
「まあ力も体力もあるに越したことはないがな。それよりこら。また横着して口と耳を覆ってなかったろう。赤くなっているぞ」
苦笑いの父がルベルの赤鼻をつっつく。
「口周りが湿るのが嫌なんだよ」
小さな子どもにするようなそれに、ルベルは恥ずかしくなって小さくそっぽを向いた。
「お前は力がない分、素早いし、相手の隙を観るのが上手い。あと決断力があるから、狩る時に躊躇がない。こういう生業の人間にはとてもいいことだ」
父は村の男の「男ならこうあるべき」 のような汗臭いことは言わないし、かといってルベルを「女のようだから」と腫物のように扱うことも決してなかった。
「そんなこと言って、父さんは全部を兼ね備えてるじゃないか。狡い」
「はは、まあな。 その代わりと言ってはなんだが、お前には母さん譲りの顔もある。お前は嫌かもしれんが」
そう言われてルベルは思わず顔をしかめる。
ルベルはただでさえ線が細い上に、母によく似た美しい顔をしている。若い娘があまりいないこの村でもそうだが、獲物などを卸しに行く街でも変な目で見られる事は少なくない。
「そんなことがないようにとは思っているが……ただ、本当の本当にいざという時、 それは生きるための武器になるだろう。そこを念頭には置いといてくれ。あともちろん、躊躇は今後もするな。そして無理だと思ったらすぐに逃げるんだ」
ルベルは分かったと約束する。でもそんなことは死んでもごめん被ると、その時は思っていた。
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