誰が林檎を毒にした?

metta

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6 結実

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 そして成人を迎え、ルベルが十八の歳になった冬前の事。
「父さん、遅いな……」
 森の様子を見に行った父が、黄昏時になっても帰ってこない。
 何かあったのだろうか。
 いや、父のことだから、何か大物でも狩ったのかもしれない。結局ルベルは心配が振り払えず、完全に夜になる前に迎えに行こうと少し厚手の外套を纏い、弓と灯や火起こしの道具と、念のために傷薬も持った。取り越し苦労だとは思ったが、秋の終わりの森は、獣も魔物も冬に備えて食べ物を探し回っている。
「寒……」
 ひゅうひゅうと鳴く風は冷たく、足を踏み入れた森は、日頃見かける獣達がいない割には奇妙に騒がしい。
 やはり何か大型の獣や厄介な魔物でも出たのかもしれない。いつもとは違う雰囲気をちりちりと感じながら、ルベルは迷わず違和感の発生元と思われる方へと向かっていく。
「――!」
 そして森の奥、そこでは父が襲われていた。思わず叫びそうになるのをぐっと堪え、気配を消す。
 山賊だろうか。冬前のこの時期には仕事を失った流れ者が身を持ち崩して賊になることがままある。父はルベルに気付いたが、父を襲っている賊達はルベルに気付いていない。
  ともあれ家族に攻撃するものはすべからく敵だ。ルベルは躊躇なく弓を引き、賊の手足を射った。どこからか分からない攻撃で出来たその隙で、父は全ての賊を薙ぎ払った。
「ルベルありがとう。助かった」
「見に来てよかった。父さん、かなり怪我してるな」
 無事でよかったと父の側に駆け寄れば、致命傷はないものの、あちこちに血が滲んでいる。
「そんなにこいつら強かったのか?」
「そこそこだ。私も多勢に無勢とはいえ、対人戦はすっかり鈍ってしまったな……」
 そしてよくよく見れば賊は意外に身形がいい。
 ルベルが応急手当をしながら違和感を持って眺めていると、父がルベルの腕を掴んだ。言う前から否定を握り潰すような力だった。
「……父さん?」
「ルベル。一度家に戻って荷物を纏めたら村をすぐ出るぞ。賊はお前を探していた。きっとお前の本当の父の関係で、命が狙われる事態が発生したんだ」
 なぜ今頃。疑問が口をついて出る前に、父が掴んだ腕を引く。その緊張が伝わる強さに、ルベルはやはり何も言えない。何もやり取りも出来ないまま、親子は急ぎ家へと向かった。
「おい、兵士があんたらを探してるぞ! 一体どういう事だ!?」
 家の前には村長が待ち構えていて、2人の姿を見るなり喚いて質問責めにする。
「詳しいことは申し訳ないが、話せない。迷惑にならないように私達は出て――――」
 それを淡々と流しつつ、父が家の扉を開いた瞬間だった。
「――父さん!!」
 父の身体がゆっくり傾いていく。どさりと倒れた父の上には別の村人がいて、父の胸には長剣が刺さっていた。外套をじわりじわりと、あっという間に血の赤が染めていく。
「出ていかれちゃあ、困るんだよ。ルベルを渡さないと金が貰えないのでね」
 (俺の……俺のせいか……! )
 村長の発言に自分のせいかと胸を痛めながら、ルベルは心を殺して、父を刺した村人の手と肩を射ち、村長の足を射る。
 村長は弱いので、逃げられないようにして後回し。家の中で他に誰かが潜んでいる気配はない。ルベルは父の上で苦しむ男の顔を潰す勢いで蹴り上げて退かし、父の容態を確かめる。しかし父の反応はもう、何もなかった。
「父さん……! 父さん……!!」
 (心の臓に刺さっている……くそ……)
 人のものではないが、ルベルは命を奪う生業をしている。だから、父が助からないことを瞬時に悟ってしまった。父を刺した男は伸びているから後で殺してやる。それより先に村長だ。
 足を引き摺りながら逃げているもう片方の足をルベルが射ると、村長は顔から転んで地面にぶつかり、呻いている。
 逃げられなくなったのを確認し、ルベルは伸びた男を縛ってから、村長の胸ぐらを掴み上げた。
「一体どういう事だ。俺に懸賞金でも掛かってるのか。理由は」
「――っ、ひ……! り、理由は知らんがお前を引き渡せば、賞金と税の免除を受けられると……」 
 (本当に俺のせいじゃないか)
 ルベルは再び物言わぬ父を見つめる。
 父を置いて行きたくない。それにこのまま村長も、気絶している男もくびり殺してやりたい。怒りがこみ上げて感情がぐちゃぐちゃになっていくが、ルベルは逃げなくてはならない。逃げて生きなければならない。きっと父は、それを一番に望んでいる。
 唐突に訪れた父との別れを哀しむ暇もなく、ルベルは怒りを荷物を共にまとめて、再び森に向かった。
 夜に森に入る行為は自殺行為だ。
 だがルベルの場合、経験と勘の良さで「自殺行為」が「危険な行為」程度になる。むしろルベルを追って森に入った者達の方が危険な目に遭うだろう。それを狙って森に入ったが、気配を感じてルベルは立ち止まった。
「森に入られちまったら捕まえられないと思ったからな。念のためここで待ってて正解だった――――危ねっ」
 ルベルは視界に入った村長の息子を迷わず射ったが、剣で矢を払われ、その間に退路を絶たれてしまう。
 抵抗はしたが、力では敵わない上相手は2人。ルベルは腕を掴まれ、あっという間に引き倒されてしまった。
「いっ……! くそ! 離せ!!」
「捕まえたはいいものの、ちっとも大人しくならねえなこいつ」
 あまりに暴れるからか、ルベルは顔を地面に押しつけられた。後ろ手に縄で縛られ、冷たい小石や土が肌を擦って痛んだ。
「さっさと縛り上げて連れていくか。そういや相手さん、こいつを殺すって言ってたんだったっけ」
「できたら生きて捕まえて欲しいが、最悪死んでてもいいって」
 それが本当ならもう詰みだ。抵抗し過ぎたら殺されてしまう。腕を掴んで無理矢理立たされながらルベルは焦った。だが。
「……勿体ねえな。あの親父がいたからこいつに手を出すのは無理だったけど、今はいない。楽しんでから引き渡そうぜ」
「……! この屑共……」
 罵ったと同時に頬を張られて視界が揺れる。
「おい、あんまり殴るなよ。そのツラがいいんだろうが」
「いつもはやられてやっていたが、この状況でお前がどうにか出来ると思うのか? 態度には気をつけろよ」
「――誰が。どうせ殺されるのに、気をつけるもくそもあるか」
 にやにやと下卑た笑みを浮かべる男達に、ルベルは精一杯の軽蔑を込めて唾を吐き、その勢いのまま自らを押さえつける手に食らいつく。反射で殴られ再び頭が揺れた。
「……いくら押さえ込めても、ここまで暴れられるとやりにくいな……おいルベル、大人しくしろよ。お前の態度次第で逃がすことを考えてやらなくもないぞ」
 (――おい、こいつの引き渡しが金と税の免除の条件じゃないのか)
 (考えてやるって言っただけだし。それにこいつなら兵に引き渡さずに、売っても金になるだろ。そしたらあいつらからは逃がしてやったことになる。兵士にはそのあと売った先を教えりゃいい)
 聴こえてるんだよ糞が。
 内心怒り狂いながらも、妙に頭が冷えていく感じがした。頭と心はちぐはぐしているが、先ほどよりは物事を考えられる。
 (今のこいつらは俺を嬲って犯すことしか考えていない。発情期の獣と一緒で、頭と下半身に血が昇っている)
 "本当にいざという時、 それは生きるための武器になるだろう――"
 いつか父が言っていた言葉が脳裏に浮かぶ。最悪だが、今の自分にはこれしかない。
「……お前らの言うとおりにしたら、本当に俺を殺そうとしてる奴らに差し出さないでくれるのか」
 ルベルはほんの少しの懇願を匂わせて,小さな声で尋ねた。息子達は一瞬訝しんだが、すっかり大人しくなったルベルを見てすぐ、嘲るように微笑む。
「……ああ、ちゃあんと逃がしてやるよ」
「……分かった」 
 抵抗を止めたルベルはニ人に家まで引っ張られていった。家の前にはもう誰もおらず、血痕だけが残っていた。
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