誰が林檎を毒にした?

metta

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8 護国の精霊

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 到着した城はとても大きかった。
 最初裏口からだったので、さほどではなかったが、城内で歩を進めるにつれて、内装が華美で豪奢になっていく。ぼろぼろの衣服のルベルは、場違いさを感じながらも、言われるがままに青年についていく。
 何も話すことなくただ足を動かしていたが、やがて青年は大きな扉の前で足を止めた。ゆっくりと叩けば、中から「どうぞ」と声がする。
「スクルム様、お連れいたしました」
「――ウィトラ、ご苦労でした。ルベル様はじめまして。私はスクルムと申します」
「鏡の精霊……」
 部屋では、城の豪奢さに負けないほどの美丈夫がルベルを出迎えた。建国時より国を護り支える鏡の精霊スクルムの名は子どもでも知っているが、姿は知るのは初めてだ。
 雪影のような冷たい外見は、ルベルを保護した青年と少し似ているが、髪に少し金が混じっている。艶やかなそれは、陽射しを受けて輝く、晴れた日の雪のようだった。
「――お前が、俺を連れてきたのか」
 父を殺して。
 一瞬の見惚れを捨て、ルベルは目の前の精霊を睨み付ける。
 実際に手を下したのは村の人間だが、その原因はルベルの身柄に値段をつけた者だ。この男がそうならば、精霊だろうがなんだろうが、ルベルにとってはかたきである。
 しかしスクルムは、ルベルの殺気に怯むことなく、口を開いた。
「お二人を殺さんとしていたのは別の手の者です。私はお父上……いえ、陛下の命で、貴方をただお連れする予定でした。完全に後手に回ってしまったが故に、このようなことに……誠に申し訳ございませんでした」
 言に起伏はないが、真摯には謝っている。ただ観察しても人や獣とは違い、いまいち感情や狙いが掴めない。
「……俺の本当の父親は、遠国の王族か貴族だと」
「それはあの者……貴方様の父が吐いた嘘です。この国の王の子であることは知らない方がいい。ですが、それによって起こり得る危険から身を守るために、高貴な血である事は教えておきたい。そう、貴方のことを考えて吐いた嘘でしょう。私は特殊な力があり、貴方様のことは、この世に生を受ける前から知っておりますので」
「……そうか」
「そして彼は、城から出られない精霊の私が動かせる影の一人でした。とても優秀ではありましたが、甘……優しすぎる性質たちでした」
「精霊の、影……」
 父の強さ、父がルベルに施してくれた戦い方や、村人が受けるよりずっと高い水準の教育。それらはこれが理由だったのか。
 長年目を逸らしていた疑問の答え合わせの瞬間だった。 
「……父さん……父さんは」
 そうだ。あまりに突然の事で、別れを惜しむ事も出来ず父を放置してしまったと思い出す。消えていた遺体が酷い扱いをされていなければいいが、あの村のことだ。ろくなことになっていないのでは。
「彼はこちらへ連れてきていますよ」
「え……」
「後でご案内します。あと勝手ながら、村に置いてはおけないだろうと、お母上もこちらへと、指示しております」
「…………そうか……ありがとう」
 どうやらこのスクルムという男は、人間ではないなりに、一生懸命言葉を選び、手を尽くしてくれているようだった。父やルベルの動向を知っていてなお、今まで放置してくれていたのなら、敵というわけではないかとルベルは判断した。
「……分かった。よろしく」
「ありがとうございます。私は王のしもべでありますが、ルベル様にも誠心誠意お仕えしたく思いますので、どうぞよろしくお願いいたします」
「じゃあ……」
 ルベルは握手のために手を差し出す。
 スクルムは目を少し瞬かせ、手を握った。
「……冷たい手だな」
「私は見た目こそ人の形ですが、人ではありませんので……申し訳ありません」
「別に手が冷たいのはあんたのせいじゃないだろう。いや、あまりに冷たいから、大丈夫かと思っただけだ。大丈夫ならいい」
 思わずルベルはぶっきらぼうに返し、目を逸らした。
 だからその時スクルムが少しだけ悲しそうな、嬉しそうな表情を浮かべていたことは気づくことはなかった。
「――それで、俺は今後どうなる」
「ルベル様は庶子の王子、継承権は四番目となりますので、王位を継ぐことはないでしょう。世継ぎの弟君が即位した際には、王兄として助けていただく形になろうかと」
「……そういやいたな。王子様」
 ちょうどルベルの母が死んだ時期、喪に服すルベル達父子とは真逆に、村も街もどこもかしこも白の国は待望の世継ぎの誕生に浮かれていた。
「弟君であるニヴィアス様には、また後程ご紹介いたしますが、まずは陛下にお会いしていただきます」
「国王陛下、ね……」
 自分の本当の父親。たとえ血の繋がり的にそうだとしても、ルベルの父は死んだ父だけだ。王の事を父だとは何となく口にしたくない。ルベルが内心そう思いながらスクルムに案内されて王の部屋に向かう。
 磨き上げられた白い石造りの廊下は、繊細な紋様が彫り上げられて美しい。
 大きな窓から入る白い陽射しがそれを照らして際立たせるが、冬の雪山のような無慈悲さをルベルは感じていた。
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