8 / 19
8 護国の精霊
しおりを挟む
到着した城はとても大きかった。
最初裏口からだったので、さほどではなかったが、城内で歩を進めるにつれて、内装が華美で豪奢になっていく。ぼろぼろの衣服のルベルは、場違いさを感じながらも、言われるがままに青年についていく。
何も話すことなくただ足を動かしていたが、やがて青年は大きな扉の前で足を止めた。ゆっくりと叩けば、中から「どうぞ」と声がする。
「スクルム様、お連れいたしました」
「――ウィトラ、ご苦労でした。ルベル様はじめまして。私はスクルムと申します」
「鏡の精霊……」
部屋では、城の豪奢さに負けないほどの美丈夫がルベルを出迎えた。建国時より国を護り支える鏡の精霊スクルムの名は子どもでも知っているが、姿は知るのは初めてだ。
雪影のような冷たい外見は、ルベルを保護した青年と少し似ているが、髪に少し金が混じっている。艶やかなそれは、陽射しを受けて輝く、晴れた日の雪のようだった。
「――お前が、俺を連れてきたのか」
父を殺して。
一瞬の見惚れを捨て、ルベルは目の前の精霊を睨み付ける。
実際に手を下したのは村の人間だが、その原因はルベルの身柄に値段をつけた者だ。この男がそうならば、精霊だろうがなんだろうが、ルベルにとっては敵である。
しかしスクルムは、ルベルの殺気に怯むことなく、口を開いた。
「お二人を殺さんとしていたのは別の手の者です。私はお父上……いえ、陛下の命で、貴方をただお連れする予定でした。完全に後手に回ってしまったが故に、このようなことに……誠に申し訳ございませんでした」
言に起伏はないが、真摯には謝っている。ただ観察しても人や獣とは違い、いまいち感情や狙いが掴めない。
「……俺の本当の父親は、遠国の王族か貴族だと」
「それはあの者……貴方様の父が吐いた嘘です。この国の王の子であることは知らない方がいい。ですが、それによって起こり得る危険から身を守るために、高貴な血である事は教えておきたい。そう、貴方のことを考えて吐いた嘘でしょう。私は特殊な力があり、貴方様のことは、この世に生を受ける前から知っておりますので」
「……そうか」
「そして彼は、城から出られない精霊の私が動かせる影の一人でした。とても優秀ではありましたが、甘……優しすぎる性質でした」
「精霊の、影……」
父の強さ、父がルベルに施してくれた戦い方や、村人が受けるよりずっと高い水準の教育。それらはこれが理由だったのか。
長年目を逸らしていた疑問の答え合わせの瞬間だった。
「……父さん……父さんは」
そうだ。あまりに突然の事で、別れを惜しむ事も出来ず父を放置してしまったと思い出す。消えていた遺体が酷い扱いをされていなければいいが、あの村のことだ。ろくなことになっていないのでは。
「彼はこちらへ連れてきていますよ」
「え……」
「後でご案内します。あと勝手ながら、村に置いてはおけないだろうと、お母上もこちらへと、指示しております」
「…………そうか……ありがとう」
どうやらこのスクルムという男は、人間ではないなりに、一生懸命言葉を選び、手を尽くしてくれているようだった。父やルベルの動向を知っていてなお、今まで放置してくれていたのなら、敵というわけではないかとルベルは判断した。
「……分かった。よろしく」
「ありがとうございます。私は王のしもべでありますが、ルベル様にも誠心誠意お仕えしたく思いますので、どうぞよろしくお願いいたします」
「じゃあ……」
ルベルは握手のために手を差し出す。
スクルムは目を少し瞬かせ、手を握った。
「……冷たい手だな」
「私は見た目こそ人の形ですが、人ではありませんので……申し訳ありません」
「別に手が冷たいのはあんたのせいじゃないだろう。いや、あまりに冷たいから、大丈夫かと思っただけだ。大丈夫ならいい」
思わずルベルはぶっきらぼうに返し、目を逸らした。
だからその時スクルムが少しだけ悲しそうな、嬉しそうな表情を浮かべていたことは気づくことはなかった。
「――それで、俺は今後どうなる」
「ルベル様は庶子の王子、継承権は四番目となりますので、王位を継ぐことはないでしょう。世継ぎの弟君が即位した際には、王兄として助けていただく形になろうかと」
「……そういやいたな。王子様」
ちょうどルベルの母が死んだ時期、喪に服すルベル達父子とは真逆に、村も街もどこもかしこも白の国は待望の世継ぎの誕生に浮かれていた。
「弟君であるニヴィアス様には、また後程ご紹介いたしますが、まずは陛下にお会いしていただきます」
「国王陛下、ね……」
自分の本当の父親。たとえ血の繋がり的にそうだとしても、ルベルの父は死んだ父だけだ。王の事を父だとは何となく口にしたくない。ルベルが内心そう思いながらスクルムに案内されて王の部屋に向かう。
磨き上げられた白い石造りの廊下は、繊細な紋様が彫り上げられて美しい。
大きな窓から入る白い陽射しがそれを照らして際立たせるが、冬の雪山のような無慈悲さをルベルは感じていた。
最初裏口からだったので、さほどではなかったが、城内で歩を進めるにつれて、内装が華美で豪奢になっていく。ぼろぼろの衣服のルベルは、場違いさを感じながらも、言われるがままに青年についていく。
何も話すことなくただ足を動かしていたが、やがて青年は大きな扉の前で足を止めた。ゆっくりと叩けば、中から「どうぞ」と声がする。
「スクルム様、お連れいたしました」
「――ウィトラ、ご苦労でした。ルベル様はじめまして。私はスクルムと申します」
「鏡の精霊……」
部屋では、城の豪奢さに負けないほどの美丈夫がルベルを出迎えた。建国時より国を護り支える鏡の精霊スクルムの名は子どもでも知っているが、姿は知るのは初めてだ。
雪影のような冷たい外見は、ルベルを保護した青年と少し似ているが、髪に少し金が混じっている。艶やかなそれは、陽射しを受けて輝く、晴れた日の雪のようだった。
「――お前が、俺を連れてきたのか」
父を殺して。
一瞬の見惚れを捨て、ルベルは目の前の精霊を睨み付ける。
実際に手を下したのは村の人間だが、その原因はルベルの身柄に値段をつけた者だ。この男がそうならば、精霊だろうがなんだろうが、ルベルにとっては敵である。
しかしスクルムは、ルベルの殺気に怯むことなく、口を開いた。
「お二人を殺さんとしていたのは別の手の者です。私はお父上……いえ、陛下の命で、貴方をただお連れする予定でした。完全に後手に回ってしまったが故に、このようなことに……誠に申し訳ございませんでした」
言に起伏はないが、真摯には謝っている。ただ観察しても人や獣とは違い、いまいち感情や狙いが掴めない。
「……俺の本当の父親は、遠国の王族か貴族だと」
「それはあの者……貴方様の父が吐いた嘘です。この国の王の子であることは知らない方がいい。ですが、それによって起こり得る危険から身を守るために、高貴な血である事は教えておきたい。そう、貴方のことを考えて吐いた嘘でしょう。私は特殊な力があり、貴方様のことは、この世に生を受ける前から知っておりますので」
「……そうか」
「そして彼は、城から出られない精霊の私が動かせる影の一人でした。とても優秀ではありましたが、甘……優しすぎる性質でした」
「精霊の、影……」
父の強さ、父がルベルに施してくれた戦い方や、村人が受けるよりずっと高い水準の教育。それらはこれが理由だったのか。
長年目を逸らしていた疑問の答え合わせの瞬間だった。
「……父さん……父さんは」
そうだ。あまりに突然の事で、別れを惜しむ事も出来ず父を放置してしまったと思い出す。消えていた遺体が酷い扱いをされていなければいいが、あの村のことだ。ろくなことになっていないのでは。
「彼はこちらへ連れてきていますよ」
「え……」
「後でご案内します。あと勝手ながら、村に置いてはおけないだろうと、お母上もこちらへと、指示しております」
「…………そうか……ありがとう」
どうやらこのスクルムという男は、人間ではないなりに、一生懸命言葉を選び、手を尽くしてくれているようだった。父やルベルの動向を知っていてなお、今まで放置してくれていたのなら、敵というわけではないかとルベルは判断した。
「……分かった。よろしく」
「ありがとうございます。私は王のしもべでありますが、ルベル様にも誠心誠意お仕えしたく思いますので、どうぞよろしくお願いいたします」
「じゃあ……」
ルベルは握手のために手を差し出す。
スクルムは目を少し瞬かせ、手を握った。
「……冷たい手だな」
「私は見た目こそ人の形ですが、人ではありませんので……申し訳ありません」
「別に手が冷たいのはあんたのせいじゃないだろう。いや、あまりに冷たいから、大丈夫かと思っただけだ。大丈夫ならいい」
思わずルベルはぶっきらぼうに返し、目を逸らした。
だからその時スクルムが少しだけ悲しそうな、嬉しそうな表情を浮かべていたことは気づくことはなかった。
「――それで、俺は今後どうなる」
「ルベル様は庶子の王子、継承権は四番目となりますので、王位を継ぐことはないでしょう。世継ぎの弟君が即位した際には、王兄として助けていただく形になろうかと」
「……そういやいたな。王子様」
ちょうどルベルの母が死んだ時期、喪に服すルベル達父子とは真逆に、村も街もどこもかしこも白の国は待望の世継ぎの誕生に浮かれていた。
「弟君であるニヴィアス様には、また後程ご紹介いたしますが、まずは陛下にお会いしていただきます」
「国王陛下、ね……」
自分の本当の父親。たとえ血の繋がり的にそうだとしても、ルベルの父は死んだ父だけだ。王の事を父だとは何となく口にしたくない。ルベルが内心そう思いながらスクルムに案内されて王の部屋に向かう。
磨き上げられた白い石造りの廊下は、繊細な紋様が彫り上げられて美しい。
大きな窓から入る白い陽射しがそれを照らして際立たせるが、冬の雪山のような無慈悲さをルベルは感じていた。
1
あなたにおすすめの小説
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
過保護な父の歪んだ愛着。旅立ちを控えた俺の身体は、夜ごとに父の形で塗り潰される
中山(ほ)
BL
「パックの中、僕の形になっちゃったね」
夢か現か。耳元で囁かれる甘い声と、内側を執拗に掻き回す熱。翌朝、自室で目覚めたパックに、昨夜の記憶はない。ただ、疼くような下腹部の熱だけが残っていた。
相談しようと向かった相手こそが、自分を侵食している張本人だとも知らずに、パックは父の部屋の扉を開く。
このお話はムーンライトでも投稿してます〜
博愛主義の成れの果て
135
BL
子宮持ちで子供が産める侯爵家嫡男の俺の婚約者は、博愛主義者だ。
俺と同じように子宮持ちの令息にだって優しくしてしまう男。
そんな婚約を白紙にしたところ、元婚約者がおかしくなりはじめた……。
【完】君に届かない声
未希かずは(Miki)
BL
内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。
ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。
すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。
執着囲い込み☓健気。ハピエンです。
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる