誰が林檎を毒にした?

metta

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13 王としもべ

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 鏡よ鏡――
 
「これで問うていただければ、七日毎に過去現在、私が預かり知らぬことでも、お答えすることができます。未来は読めません」
「王が、問わなければ……どう、なるんだ? 回数は繰り越しか?」
「繰り越せません。なので、七日が到来する半刻前に何も問われなければ私がこの力を使います」
「ふぅん……? ん、ぅぐ……」
「痛みますか」
「痛くは、ない。けど、冷たい……」
「……少し、我慢してくださいね」
 王の私室からしか立ち入る事の出来ない、故フランキスカ王妃の室にて。
 ルベルは分かったと立ち上がったものの、すぐにふらりとよろめき、スクルムは慌ててそれを支える。
 王は当然無理矢理事に及んだのだろう。ルベルのしなやかな脚は小さく痙攣するように震えていて、血の混ざった白濁が白い肌を滑り落ちていく。それを見たスクルムは一刻も早くこれを排除しなければという衝動に駆られ、手を伸ばした。
 最初は強張り小さく抵抗していたルベルだが、掻き出さなければ腹を壊す事と、これが済んだら侍医を呼ぶと言えば、素直に身を任せている。 
 スクルムは以前にも手が冷たいとルベルから言われた事があった。手ですら冷たいと感じるのだ。熱の内側を直接触れられば当然冷たいだろう。反対にスクルムは溶けてしまうのではないかと思うほどの熱を感じながら、ルベルの内を犯したものを掻き出していく。
 内が済めば次は白い肌を犯す穢れだ。この白い肌を彩るのは、紅玉の瞳と艶やかな紅い唇だけでいい。スクルムは乾いて汚ならしい色となった前王の血を、肌を強く擦らないよう、優しく拭き除いていく。
 興奮して気が張っていたのが落ち着いたのか、肌を拭いている最中に、ルベルは意識を失った。手首にも拘束の痕があり、擦れて血が滲んでいる。
「……っ」
 近頃やたらと命令が多いとは思っていた。一応王は男の妃もいるため、最初はスクルムも警戒していた。しかし最近は油断していた。
 いくらフランキスカに似ているからといって、実の息子をどうこうする気はないのかと警戒を解いてしまった。だが実際は単に手籠めにする機会を窺っていただけだった。
 スクルムは激しく後悔し、己が精霊である事のせいだと考えていた。己が人ならば、もう少し気付ける事もあったのではないか、と。
 しかし現実はこれだ。スクルムはルベルの頬をそっと撫でるが、いつもの冷たさに対する反応は見えない。それに対するなんとも言えない気持ちに蓋をし、何事もなかったかのような素振りで、部屋の外の護衛に侍医を呼ばせた。
「……フランキスカ様に瓜二つで嫌な予感はしておりました、が……まさか、本当に自らの御子を、犯すとは……ふ、フランキスカ様におかれましても……」
 善良と軽蔑の混ざった表情の侍医は、ルベルの診察をしながらそんな風に零す。侍医は元々スクルムの手の者で、その上かなりルベルに同情的である。 
「いくら力の差があるとはいえ、易々と組み敷けるとは考えづらい。恐らく薬を盛られていますが、目を覚ます頃には抜けているかと思います」
「そうか、ならよかった。……私は新たな王であるこの方のしもべになる。お前も新たな王に、誠心誠意仕えなさい」
「はい。これは、あまりに、酷い……」
「……ニヴィアス様を逃がさなくては。ルベル様を頼む」
「畏まりました」
 診察が終わった後、スクルムはルベルを侍医に任せ、簒奪を演出するために近衛を走らせ、ウィトラを呼ぶ。このまま順当にいけばウィトラは、ニヴィアスもしくはその次の王に仕える精霊と成る。
「――ニヴィアス様には何処まで」
「客観的な事実以外はお伝えするな。いずれ知っていただかなくてはならないが、今ではない」
「承知いたしました」
 ニヴィアスが子供だからというのも理由のひとつではあるが、それより何より自分の父が欲望のままにした事を知れば、善良な王子は悩み、そしてルベルに王位を譲るなどと言い出しかねない。
 だから、時が来るまで何も伝えるな。
 護る場所を整えるため、ウィトラにそう命じて先に出立させ、スクルムは近衛を追いかけるように、ニヴィアスの部屋へと向かった。
 既に先に情報を近衛から聞いたニヴィアスはそれをとてもではないが信じられないようだ。無理もない。
「あの方は、可哀想な方なのです。ですが……それは貴方には関係のない事です……私は国を守る誓約により、城の主である新たな王に嘘はつけません。手配や根回しは済ませておりますから、どうかご無事で。力をつけてどうかまた、この国にお戻りください」
「スクルム! スクルムっ!」
「――どうか、ご無事で」
 自分を慕い、そして兄を慕う弟王子。この子供もまた可哀想な子供だ。この子が元々正統な次期王ではあるが、色々なものを、早くに背負わせてしまう事になる。 
 だが国のためにも、ルベルのためにも、ニヴィアスには生きて立派に成長して貰わなくてはならない。
 スクルムは敬意と願いと罪悪感を籠めて頭を下げた。扉が閉まり、ニヴィアス達の姿が見えなくなってもしばしの間下げ、頭を切り替える。休んでいる暇はない。
 しかし王の部屋に戻れば、部屋には侍医がいるのみで、王妃の部屋の寝台にもルベルの姿はない。スクルムは嫌な予感がして、部屋中を目線で探す。
 王妃がよく纏っていたドレスや宝飾品が飾られた更に奥、大きな肖像画の目の前で、ルベルは立ち尽くしていた。
「……こいつが、フランキスカ」
 絵姿すら他人の目に入れさせたくないほどの、愛しい愛しい王妃。
「……そうだとは言っていたから分かっていたが、こうして目の当たりにすると……心の底から気持ちが悪くて仕方がないな」
 そう吐き捨てる顔に嫌悪が滲む。
 ルベルの母に、ニヴィアスに、ニヴィアスの母に。
 皆それぞれルベルと似ているが、それよりも更に姿絵のフランキスカ王妃はルベルと似ている。瓜二つと言っても差し支えのない容姿だ。
「このフランキスカという女は結局何者で、どういう生涯を送ったんだ」 
「王妃フランキスカは侯爵家の長女とされてはいますが……実際は先々代の国王の庶子、つまりは……先代王の実の妹御にあたります。王に恋われて妃となり、仲睦まじい夫妻でありましたが、事故でこの部屋から転落し、若くして儚くなられました」
「あの男の執着は、容姿か血か……それを聞いたところで今となっては何の意味もないし興味もないけどな……しかし、事故で死んだ、ねぇ……」 
 本当だろうか、とルベルは溢す。
 それは誰にも分からない事だ。死んだ王ですら、それを知るのにスクルムを使わなかった。
「……ニヴィアスがいるし、俺の継承権は親戚関係にあるやつらより低いのに、何で警戒されているのかと思っていたが……こいつが原因か」
 問いの答えまでは求めていなかったようで、ルベルは自分の考えを垂れ流していく。
「……恐らくは。あとは自らの血に正統性が薄いのを知っているからかと」
「くだらない。どいつもこいつも馬鹿だな」
 継承権の低いルベルを、欲混じった目で必要以上に警戒していたのはこれだ。血の禁忌さえ無視するほどの狂愛を受けた王妃に瓜二つの王子。寵愛が向けば王位を譲るとでも思ったのだろう。
 誰でもいい、罵りの形でもいいから、教えてくれればルベルはもっと警戒したと。王の目的はただただ手籠めにし、飼い殺すつもりだっただけだというのに。陰口は言う癖に本当に何も使えない奴ばかりだと。
「お前も何故教えてくれなかった? これを知っていれば俺はもっと警戒したのに」
 その声は、紅玉は。冷たくスクルムを責めている。芽生えていた何かが、その冷たさに凍え霞んでしまうかのような冷たさだ。しかし新たな王と成ったルベルの考えや心はもう、スクルムには読めない。その声の温度のままルベルは笑った。
「――まあ、それもどうでもいい。ニヴィアスは」
「逃がしました。成人までは隠れていただこうと思っています」
「ふぅん。なら、あと五、六年……ならその間、どうするか」
「取り敢えずは、新たな王の御披露目を。――我が君」
「――何だそれ。気持ちが悪いな」
 ふん、と鼻を鳴らすルベルだが、特に反発することはせず、行動だけは素直に従うのだった。
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