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18 魂の緒
しおりを挟む兄の手帳と宰相の記録。
自分達の父の罪。
宰相の証言とウィトラの識る力を使いながら、ニヴィアスは冬の間、執務の合間を使って、それらを隅から隅まで読み上げていた。
兄は愚かに、狂ったように見せかけて、この国の膿を出していた。私怨も多分にあったとは思うが……いや、それすらも。
全てを読み終えたニヴィアスは、まだ雪の残る中、宰相と僅かな護衛を連れて自らが隠されていた森の奥へと訪れていた。
そこにあるのは一つの墓標。
ニヴィアスは墓石を覆う雪を掃い、一度目をゆっくりと閉じ、そっと開いた。
「……兄上は何も残すなと言ったのだろう。何故記録など、残した」
「これを遺されていたのは、私ではありません。精霊殿です。遠い未来でいいから、名誉が回復されて欲しい。それが叶わなくても、誰かに知っておいて欲しいのだと」
そう言って宰相もまた黙祷を捧げる。
静寂の中、白い息と祈りが共に浮かんでは消えていった。
「……精霊殿は、あの方をどうにかして助くおつもりでした。しかしあの方はそれを望んではおらず、最初から最期まで一貫して、簒奪者として討たれるという意志を曲げることはなかった。その方が陛下が王になった時に都合がよく、逆に王殺しの簒奪者を生かせば、それが陛下の弱みとなるからです」
悪政を敷く簒奪者を討った英雄王。
その肩書は若い王が実権を握るのに有効だし、何より民意を得やすい。だが、それだけではないだろう。
「それと、スクルムのため……か」
「そうでしょうね」
宰相は頷く。
「精霊殿のように誓約で縛られたわけでもなく、我々一族のように忠誠に対する見返りがあるわけでもない。それでもあの方は、弟である貴方様と、スクルム様のために、賤王として真っ直ぐに立っていた。あの方はそのために、私が親の仇であることすら棚上げした。だから私はあの方に下り、最終的に記録をお預かりさせていただいたのです」
「……スクルムは人ではないが故に、自分の想いがはっきりと分からなかった。だが兄上は……薄々気付いていたんだろうな」
だからスクルムが知ってしまわぬうちに、兄は去ろうとした。しかしスクルムはそれを許さなかった。
スクルムが自らの気持ちの正体をはっきりと理解したかは分からない。それでも兄と共に逝く事を選んだ。
「ねえ、兄上。私は覚えています。貴方の事も、スクルムの事も……生涯、忘れることはありません」
そう語り掛け、ニヴィアスはニ人の墓に花を捧げる。白い雪に白い墓石。紅い花と蒼い花。まるで絵画のように冴え冴え美しい。
ニヴィアスはニ人を王家の墓地ではなく、自らが隠されていた森の奥に埋葬していた。
誰もニ人を害さぬように。
敢えて墓はひとつとした。
雪がニ人を分けないように。
そう願いをこめて、もう一度祈りを捧げる。
「……さあ、そろそろ戻りましょう。精霊殿が心配なさいます」
「ああ、そうだな。雪の花もまだ咲きそうだし」
宰相の声掛けで、ニヴィアスは意識を現実に戻す。まだ雪降る季節ではあるが、白に少しずつ淡い碧がのり始めてもいて、すぐに新しい季節がやってくる。
大きく息を吸い込むと、そこにはもう春の気配が漂っていた。
「遅くなってすまない」
「お帰りなさいませ。冬深い間に頑張りましたから、多少は大丈夫ですよ。ルベル様とスクルム様に、ご挨拶は出来ましたか」
「ああ。静かな場所を手配してくれてありがとう。あそこなら落ち着いて眠れるはず」
あの森は自分が無事隠れ住みきった程なので、なかなか人が訪れない。二人きりで静かに眠るにはちょうどいいだろう。
それを聞いたウィトラは小さく笑み、ぽそりと溢す。
「……あの方は、スクルム様は。きっと恋をしていたのです」
ウィトラはほんの少しだけ悲しそうな表情で、呟く。その表情は、まるでかつてのスクルムのようだった。
硝子の精であるウィトラもまた、知識として知ってはいても、人の気持ちが完全に分かるわけではない。それでも。
「人は死が二人を別ちますが……ルベル様とスクルム様は、死が二人をひとつにしたのです。スクルム様は、人として共に死ぬ事で、魂の緒をルベル様と結べたのではないでしょうか」
「……そうだといいな。ただ、兄上が知ったら勝手にと怒りそうだけど……、と。油断するとすぐ口調が」
「ルベル様の方が、それらしいフリはまだお上手ですね」
悼む表情だったウィトラがくすりと笑う。
「ただ兄上も、スクルムの前では普通の青年だったけれど」
ニヴィアスは二人を思い出して笑んだ。
「兄上が、スクルムが願った未来をお見せ出来るように、頑張らないと。もう一月もすれば、春だ」
「そうですね。私は貴方のしもべ。誠心誠意お仕えします」
「ああ。これからもよろしく頼む」
日を追うごとに雪の下から自然は絶えず美しく蘇っていくのだろう。
ニヴィアスがこれから治めていくこの白の国も、きっと同じだ。荒れて廃れて、これ以上の底はもうない。あとは蘇り咲くだけだった。
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