誰が林檎を毒にした?

metta

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19 春の気配

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「――習った国史が変わるってこと?」
「そういう事になるけど……こんなに話題になっているのに何で知らないの」
「興味ない」
 
 白の国と呼ばれる国。
 建国時より精霊が護るこの国は、冬は大変雪深く、見渡す限り白く染まる。
 そんな国の冬終わり、国史に関わる大きな情報が先日発表された。
 国史の中で最も荒れた時代。
 自らの父である王を殺し、直系の弟を追放し、他の継承者を粛清して王位についた庶子の王ルベル。
 父殺し、血に塗れた賎王、毒夫、簒奪者、悪政を強いた狂王――六年という短い在位にも拘わらず、悪名だらけのその王は、自らが追放した弟ニヴィアスに討たれ、命を落とした。
 弟であるニヴィアスはそのまま若くして王位につき、悪名高い兄とは正反対に国史上でも一、二を争う名君と名高い。
 そんなルベル王の評価を覆すものが、高名な政治家を輩出し続ける建国時からの名家――当時の宰相家から発表されたのだ。
 事故・・で父王を殺してしまったルベル王と、当時の護国の精霊は、正統な王位継承者である弟ニヴィアスを逃がし、簒奪の悪名を被って粛清及び粛清の材料を集めていた。
 当時たまたま星の巡り悪く、災害や不作が多かった事も悪名を引き立たせる要因だったが、彼は粛々とその悪名を受け入れ最期は自らの命を絶ち、弟に王位を譲ったのだという。
「何でそんなに詳しく?」
「ルベル王自身の手帳と、当時の護国の精霊の手記で分かったんだって」
「そんなの偽物かもしれないだろう。当時の護国の精霊は、確かそのルベル王に殉じたんじゃなかったっけ? そんな奴が書いた手記とか、都合のいいことしか書いてないのでは」
 学食で課題をしながら食事をしていた青年は幼馴染の興奮具合に呆れ気味だ。
 青年は件のルベル王と同じく、黒髪と紅眼という珍しい色の組み合わせを持っている事もあり、国史を習う子供の頃にはよく揶揄われた。だから悪い王かどうかは関係なく、ルベル王にあまりいい思い出はない。
「今の護国の精霊の証明もあるし、弟であるニヴィアス王の直筆も、その手記に残ってるそうだよ。『時が来たら兄の名誉を回復して欲しい』って。それ以外にも仕えていた人の記録みたいなのもあるみたい」
「なら本物なのか……けど、何で今? 今さらすぎないか?」
 ニヴィアス王の在位中に公表出来ないのは、青年にも何となく分かるが、次やその次の代くらいには公表出来ただろう。二百年以上も経ってから公表する意味が青年には分からない。
「当時の護国の精霊が、いつかルベル王の名誉を回復して欲しいって強く願っていたかららしい。なんで今かっていうのは、今の護国の精霊が決めたらしいよ」
「……ふーん……でもやっぱ興味ない」
「えー」
「むしろ何で、お前そんなに興味あんの……」
 見た目に似合わず喧嘩早い自分と違い、幼馴染は淡い金髪に碧眼、穏やかで落ち着いた美しい青年だ。
 青年が呆れを深くして問うと、幼馴染は真剣な顔をした。
「彼を取り巻く人の想いに、何だか感動してさ」
 頼んだ珈琲を一口飲み、しみじみと幼馴染は語る。
「僕も――例えば君が、本当はそんなんじゃないのに、誤解されれ悪く思われていたら、どうにかしたいって思うよ。彼を取り巻く人達も、その時はそれが許されなかった。でもどうしても、その時は出来なくても、いつかそうしたかったんだよ」
「うーん……俺が、もし、その王様だったら」
 黒髪の青年は思わず雰囲気に飲まれ、ぽそりと溢す。
「誰かが……例えばその精霊とかが知っていてくれれば、分かってくれてれば、それだけでいいと思うけど。自分が死んだ後の事の自分の事なんて、別にどうでもいいって思うけどな……」
「確かにそうかもしれないね」
 幼馴染はにこりと笑う。
「でも……先代の護国の精霊だけじゃなく、ニヴィアス王も、当時の宰相も、仕えていた人も、みんなが彼について何かしらを遺していたそうだ。そうしたいって思ってたんだと思う。君がもしそう誤解されるような立場だったなら、僕は勿論だけど、君の周りのみんなも、同じようにしたいと思うんじゃないかな」
「いや例えばの話で、俺はそんなんじゃないし」
 そう青年はぶっきらぼうに言うが、照れ隠しなのはバレている。幼馴染はにこにこ笑ったまま何も言わない。
「まあ、それはいいとして。それよりこのニュースでさ、今うちの母さんがすごく五月蝿くなってるんだよね……」
「あっっっ! そう言えば! ていうかお前それでその情報に詳しいんだろう!?」
「バレた」
「お、俺……お前んち行かない……! しばらくは絶対に行かないぞ……!!」
 幼馴染の母は劇団の追っかけをしており、贔屓の劇団の人気演目に、このルベル王とニヴィアス王の演目がある。青年は幼い頃から可愛がってくれている幼馴染の母のことは、自身の母とも仲も良い事もあり、嫌いではない。だが彼女はすぐに青年を着せ替え人形にしようとする悪癖があった。そしてそれは今もあまり変わっていない。こんなネタがあれば、手ぐすね引いて待っているに決まっている。
「だよね……こないだ君んちだったから、今日はうちで課題やろうって言ってたのにごめん。どうしようか」
「じゃあまたうちに来たらいいだろ。父さん母さんもだけど、弟が喜ぶし」
「助かるよ。じゃあおやつ買って行こうか」
「どうせ母さんが何か作ってくれてるって」
 だから早く行こう。
 そう言って手早く青年は食器を片付け、急ぎ学食から外へ向かう。重い硝子戸を押せば、ひゅうっと冷たい風が青年を襲う。
「うわ、寒っ!」
「だから待ってって言ったのに……また頬が林檎みたいになるよ。ほらマフラー巻いて巻いて」
「暦の上ではもう春なのに、何だこれ」
「ここは白い雪の国だからね」
「でも流石にもう雪は降らなさそうだ。よし、寒いし早く行こう」
 マフラーを巻こうとした幼馴染の手を青年は掴み、強く引く。「手袋を」と幼馴染は言おうとしたが、握った手の暖かさに何も言えず、青年に引かれるまま外へと歩き出した。
 昔はその名の由来の通り、冬になれば閉ざされ一面雪景色だった白の国。暦の上では春とはいえ、この時期はまだ雪が積もる事も多かった。
 今は技術が発達し、街の中は冬の間でも楽しめる程度の雪に調整されている。そして今、雪はもうその名残を見せるだけだ。
「どうした? 歩くの遅いぞ」
「いや、うちの国って豊かだなって」
「何で今? まあ、さっき言ってたニヴィアス王とかその後の王様とか……あと、ルベル王の頑張りがあるからじゃないのか? うぅぅ空気が冷たい……」
「だからマフラー巻こうとしてたのに……確かに、君の言うとおりだ。色んな人が頑張ったからだね」
「そうそう。でもだから何で今? もういいから早く行こう。寒いって……!」
 青年はもう一度幼馴染の手を握り直し、走り出す。口を開こうとした幼馴染もそれを止め、黙って青年と駆ける。
 ゆっくり視界を流れる景色には、ちらほらと綻び始める花や緑が見え、幼馴染はそっと笑んだ。
 誰も二人の事を知らない。どうして二人がこのような結末に至ったか、誰も真実の事を何も知らない。当時はそれで良かった。
 だが時は経ち、ちょうどこの国の何もかもを覆う雪が溶けようとしていた。
 簒奪も叛逆も何もかもを白い雪が覆う長い長い冬は終わりを迎え――
 
 春がもう、すぐそこまで迫っていた。
 
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