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第七章
ハイレートクライム③
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辺りはすっかり暗くなっていたが、マスコミのフラッシュやスポットライトが眩いばかりの光を放っていて、その中で仲間のパイロット達が家族や恋人と別れを惜しんでいる。
刑部なんかは敏生の言う通り、溺愛してやまない娘を抱き締めたまま身動き一つしない。そんな様子を遠巻きに眺めながら、夕陽が所在なさげに一人ポツンと佇んでいると、ポンと肩を叩かれた。
「よっ、婚約おめでとう」
「瑠美さん……」
振り返ると、勝野の妻の瑠美が高校生の娘と中学生の息子を連れて立っていた。夕陽がペコリと頭を下げると瑠美は腰に手を当て溜め息をつく。
「本当遅いわね、うちの男どもは」
「あ、その、敏生と話があるとかで…ごめんなさい」
「何で夕陽ちゃんが謝んのよ」
瑠美がおかしそうにケタケタと笑う。竹を割ったような性格の彼女は、元CAらしく細やかな心配りもできる官舎の主婦達のリーダー的存在らしい。今も一人ぼっちの夕陽を気遣い、声をかけてくれたのだろう。
「で、夕陽ちゃんのご家族は来てないの?」
「あたし、勘当された身ですから……」
夕陽が寂しそうに答えると、瑠美が驚いた様子で目を見開いた。
「何それ? 初めて聞く話ね」
「……うちの両親、中学校の教師なんですけど、いわゆる反戦教師で大の自衛隊嫌いで。だからあたしが航空学生になった瞬間に勘当されました」
夕陽の両親は君が代斉唱でも起立をしない、筋金入りの某教職員組合員だった。両親への反発が芽生え始めたのは中学時代のこと。仲のよかった子の親が自衛官だと知った両親が、烈火の如く怒って夕陽に友達付き合いをやめるように迫り、あろうことか仲間の教師達と結託してその子の内申点を低く付け、夕陽と一緒の学校に行けないように仕向けたのだ。
夕陽がその事を知ったのは高校に進学してからだった。その子は気にしないでと言ってくれたが、夕陽はあまりのショックにしばらくの間学校に行けず、両親への反発から自衛隊のことを調べるようになった。
パイロットになろうと決めたのは高校二年生の秋。福岡・築城基地の航空祭でダイナミックなF15Jイーグルの展示飛行を見て心を奪われた。天空に向かって一直線に駆け上がる荒鷲。そのときめきは自由への渇望だったのかもしれない。
幸いにも航空学生の試験は同じ山口県内の防府北基地だったので受験自体は両親にバレずに済んだ。
生来、運動神経は抜群、勉強もトップクラスの夕陽は見事合格を果たしたのだが、いつまでも隠し通せるものでもない。案の定親バレと共に修羅場が待っていて、夕陽は家を飛び出した。
アルバイトはしていたとはいえ、これまで親の庇護の下で育ってきた右も左も分からぬ女子高生。行く当てなどあるはずがない。そんな彼女を救ってくれたのは、夕陽の両親が嫌がらせをしたあの中学時代の親友とその家族だった。自衛官夫妻は嫌な顔一つせず、夕陽が航空学生入隊まで官舎に住まわせてくれたばかりか、高校の授業料も肩代わりしてくれた。
一度、その自衛官夫妻に和解を諭され、付き添われて両親に会いにいったのだが、両親は自衛官夫妻にお礼の言葉を述べるどころか自衛隊を罵倒した挙句、未成年者略取で警察に訴えるとまで言い放ち、夕陽は悔しさと情けなさ、そして申しわけなさで三日三晩枕を濡らした。
それ以来、両親には一度も会っていない。
「敏生君は知ってるの? その話」
「はい。それでもあたしの両親にはどうしても挨拶したいって。土下座してでもあたしの勘当と結婚を許してもらうんだって言ってくれて……」
「いい男ね。なかなかいないよ、そんなやつ」
夕陽も本当にそう思う。どんな状況でもいつだって自分のことを最優先に考えてくれて、そんな敏生に自分は甘えっぱなしだ。
だからこそもっと強くなりたい、と改めて思う。せめて、敏生の爪の先だけでも。
「で、彼のご両親には会った?」
「あ、はい、プロポーズされた週の土曜日に」
「速攻ね~。会ってびっくりしたでしょ?」
その瑠美の意味深な問いかけに夕陽が弱々しく笑いながら頷く。
「彼、今まで何も言ってくれなかったから……」
「きっと夕陽ちゃんにありのままの自分を好きになって欲しかったのよ。可愛いやつね」
瑠美がぽんと夕陽の背中を叩く。と、前方から
「瑠美!!」
と大声がかかり、視線を向けると勝野と敏生が隊舎から出てくるところだった。真っ先に勝野の娘と息子が父親に駆け寄り、瑠美も夕陽に会釈すると小走りに夫の下に向かう。
横に並ぶ敏生の表情は心なしかすっきりとしていた。勝野と話したことで気持ちの整理がついたのだろうか?
やっぱりあたしじゃ敏生を笑顔にしてあげられないのかな……。
「な~に暗い顔してんだよ」
敏生は夕陽の下に歩み寄ると、ニヤッと笑って彼女の両頬を片手でムニムニと解し、それから腰をヒョイッと抱き上げた。
刑部なんかは敏生の言う通り、溺愛してやまない娘を抱き締めたまま身動き一つしない。そんな様子を遠巻きに眺めながら、夕陽が所在なさげに一人ポツンと佇んでいると、ポンと肩を叩かれた。
「よっ、婚約おめでとう」
「瑠美さん……」
振り返ると、勝野の妻の瑠美が高校生の娘と中学生の息子を連れて立っていた。夕陽がペコリと頭を下げると瑠美は腰に手を当て溜め息をつく。
「本当遅いわね、うちの男どもは」
「あ、その、敏生と話があるとかで…ごめんなさい」
「何で夕陽ちゃんが謝んのよ」
瑠美がおかしそうにケタケタと笑う。竹を割ったような性格の彼女は、元CAらしく細やかな心配りもできる官舎の主婦達のリーダー的存在らしい。今も一人ぼっちの夕陽を気遣い、声をかけてくれたのだろう。
「で、夕陽ちゃんのご家族は来てないの?」
「あたし、勘当された身ですから……」
夕陽が寂しそうに答えると、瑠美が驚いた様子で目を見開いた。
「何それ? 初めて聞く話ね」
「……うちの両親、中学校の教師なんですけど、いわゆる反戦教師で大の自衛隊嫌いで。だからあたしが航空学生になった瞬間に勘当されました」
夕陽の両親は君が代斉唱でも起立をしない、筋金入りの某教職員組合員だった。両親への反発が芽生え始めたのは中学時代のこと。仲のよかった子の親が自衛官だと知った両親が、烈火の如く怒って夕陽に友達付き合いをやめるように迫り、あろうことか仲間の教師達と結託してその子の内申点を低く付け、夕陽と一緒の学校に行けないように仕向けたのだ。
夕陽がその事を知ったのは高校に進学してからだった。その子は気にしないでと言ってくれたが、夕陽はあまりのショックにしばらくの間学校に行けず、両親への反発から自衛隊のことを調べるようになった。
パイロットになろうと決めたのは高校二年生の秋。福岡・築城基地の航空祭でダイナミックなF15Jイーグルの展示飛行を見て心を奪われた。天空に向かって一直線に駆け上がる荒鷲。そのときめきは自由への渇望だったのかもしれない。
幸いにも航空学生の試験は同じ山口県内の防府北基地だったので受験自体は両親にバレずに済んだ。
生来、運動神経は抜群、勉強もトップクラスの夕陽は見事合格を果たしたのだが、いつまでも隠し通せるものでもない。案の定親バレと共に修羅場が待っていて、夕陽は家を飛び出した。
アルバイトはしていたとはいえ、これまで親の庇護の下で育ってきた右も左も分からぬ女子高生。行く当てなどあるはずがない。そんな彼女を救ってくれたのは、夕陽の両親が嫌がらせをしたあの中学時代の親友とその家族だった。自衛官夫妻は嫌な顔一つせず、夕陽が航空学生入隊まで官舎に住まわせてくれたばかりか、高校の授業料も肩代わりしてくれた。
一度、その自衛官夫妻に和解を諭され、付き添われて両親に会いにいったのだが、両親は自衛官夫妻にお礼の言葉を述べるどころか自衛隊を罵倒した挙句、未成年者略取で警察に訴えるとまで言い放ち、夕陽は悔しさと情けなさ、そして申しわけなさで三日三晩枕を濡らした。
それ以来、両親には一度も会っていない。
「敏生君は知ってるの? その話」
「はい。それでもあたしの両親にはどうしても挨拶したいって。土下座してでもあたしの勘当と結婚を許してもらうんだって言ってくれて……」
「いい男ね。なかなかいないよ、そんなやつ」
夕陽も本当にそう思う。どんな状況でもいつだって自分のことを最優先に考えてくれて、そんな敏生に自分は甘えっぱなしだ。
だからこそもっと強くなりたい、と改めて思う。せめて、敏生の爪の先だけでも。
「で、彼のご両親には会った?」
「あ、はい、プロポーズされた週の土曜日に」
「速攻ね~。会ってびっくりしたでしょ?」
その瑠美の意味深な問いかけに夕陽が弱々しく笑いながら頷く。
「彼、今まで何も言ってくれなかったから……」
「きっと夕陽ちゃんにありのままの自分を好きになって欲しかったのよ。可愛いやつね」
瑠美がぽんと夕陽の背中を叩く。と、前方から
「瑠美!!」
と大声がかかり、視線を向けると勝野と敏生が隊舎から出てくるところだった。真っ先に勝野の娘と息子が父親に駆け寄り、瑠美も夕陽に会釈すると小走りに夫の下に向かう。
横に並ぶ敏生の表情は心なしかすっきりとしていた。勝野と話したことで気持ちの整理がついたのだろうか?
やっぱりあたしじゃ敏生を笑顔にしてあげられないのかな……。
「な~に暗い顔してんだよ」
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