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第七章

ハイレートクライム④

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「ちょっ! 敏生!? みんな見てるってば!!」
 突然、赤ん坊のように縦抱きにされた夕陽が真っ赤になってポカポカと敏生の頭を叩く。
「いいさ。あいつら全国ネットだろ? 見せつけてやろうぜ」
 そう言うなり敏生は報道陣に見せつけるように夕陽の唇を塞いだ。美男美女のパイロットカップルによる突然のラブシーンに、報道陣のカメラが一斉に二人を捉える。
 いきなりの展開に戸惑ったものの、次第に唇から彼の想いが痛いほど伝わってきて、やがて夕陽も彼に応えるように舌を絡めた。それは敏生の、そして夕陽の、この腐りきった世の中に対する宣戦布告だった。
「どうせ明日は俺らのキスシーンが一日中全国ネットに流れるんだぜ? 恐らくアルマゲドンの音楽付きで」
 唇を離した敏生が夕陽と額を合わせ、笑いながらそっと呟く。
「そっか。じゃあ、あたしはリヴ・タイラーのようにキスを返せばいいのね」
 夕陽もまた悪戯っぽく笑うと、敏生の頬に両手を添え、今度は自分からキスを落とす。
 やがて、いつまでも終わらない二人のキスに痺れを切らした仲間とその家族達が乱暴に間に割って入り、皆ではしゃぐように二人を小突き回した。死地に赴く者たちとそれを見送る者たちの悪ふざけ。元が空自出身の彼ら、ノリの軽さは折り紙付きだ。おかげでその後の女性防衛大臣によるありがたい訓示は全くもって締まらないものとなった。
 そして彼らにもいよいよ出発の時が来る。
「いずも航空隊戦闘飛行隊、出発します!!」
 隊長の勝野が防衛大臣に直立不動で敬礼すると、背後で肩幅に足を開き、後ろ手を組んで整列していたパイロット達が、一斉に姿勢を正し大臣に敬礼する。それがこの式典のクライマックスシーンだった。
「搭乗!!」
 勝野のかけ声でパイロット達が愛機に向かって駆け出す。
 夕陽の愛機の下には機付長の谷口美鈴士長が満面の笑みで待ち受けていた。パンと手を合わせると、美鈴は夕陽の耳元に口を寄せた。
「素敵でしたよ、お二人のキスシーン」
「もう、言わないで!」
 美鈴のからかいに真っ赤になりながらタラップを上る。飛行前点検は式典の前に済ませていた。
「後から行きます! お気をつけて!」
 整備小隊の面々は全ての機を送り出した後、輸送飛行隊のオスプレイで「いずも」に向かうことになっている。
 夕陽は美鈴に向かって親指を立てると、ヘルメットと酸素マスクを装着し、キャノピーを閉じてエンジンを起動させた。グラウンドクルーの誘導に従いタキシングを開始すると、ふと、見慣れたはずの基地の外の風景に惹きつけられる。
 月明かりに浮かび上がるハンバーガーショップやショッピングモールの看板。愛する人と共に暮らした綾瀬の街並み。自分は果たして生きてここに戻ってくることができるのだろうか?
〝どうせまた切ないこと考えてるんだろ? イデア〟
 茶化すような無線が目の前を行く敏生から入る。
 ……ちぇっ、全てお見通しか。
〝どうせまたって何よ?〟
 拗ねたように返すと笑い声が聞こえてきた。
〝俺たちが最初の離陸だ。景気づけにアレ行くぞ〟
〝はいはい、イデア了解。編隊長ガイアの仰せのままに〟
 滑走路の端に辿り着くと、門真機の左斜め後方に待機する。
Run一番 Way01滑走路 Cleared離陸 for takeoff支障なし.....こちら管制、我々はあなた達を誇りに思います。どうか、ご武運を!!〟
 離陸許可の後に感極まったのか、涙声の女性管制官が日本語で付け加えた。
Roger了解cleared離陸 for takeoff支障なし.....Thankありが youとうWe should対に meetまた again会おう!!〟
 編隊長の敏生が管制官に照れ臭さそうに返答した後、こちらに向かって左手を上げたのを確認すると、夕陽はアフターバーナーのスロットルを開いた。ジェットエンジンの爆音が夜の街に鳴り響く。

 あたしはあなたに付いていく。その行き着く先がたとえ地獄であっても。

 静かに滑り出した二機のライトニングがあっという間に離陸速度に達し、その機体が浮き上がる。夕陽は瞬時に車輪を収納すると、一気に操縦桿を引いた。
見送りの人々や報道陣からワッと歓声が上がる。

 ピッタリと息の合った、ド派手なハイレートクライム急角度上昇による見事な編隊離陸。

 ほぼ垂直に上昇していくその姿は、まるで二人が慣れ親しんだ街への未練を断ち切るようにも見え、二機のライトニングは見送る人々に切ない余韻を残して夜空の向こうに消えていった。
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