Blip

文字の大きさ
22 / 30
第八章

お願い、神様②

しおりを挟む
 第一護衛隊群の横須賀出港から三日目。佐多岬沖で第二護衛隊群から増派された「てるづき」「おおなみ」の二隻と合流した艦隊は、明日の午後には中国艦隊の待ち受ける尖閣沖に到着する見込みだ。
 午前中のアラート待機任務を終えた敏生と夕陽は、士官室で遅めの昼食をとった。今回の派遣艦隊司令を兼務する一護群司令の尾澤三郎海将補や「いずも」艦長の森川伸宏一等海佐といった司令部のお歴々も何やら気難しい顔で話をしながら食事中で、幹部として限りなく下っ端の二人は、そこからできるだけ離れて腰を下ろした。
「今日はカレーが食べたかったな…」
 生姜焼きをつつきながら夕陽がぽつりと呟く。
「カレーは金曜日だから明後日だろ。この生姜焼きだってめちゃめちゃ美味いぞ?」
 敏生が普段の訓練時と変わらぬ様子で、ご飯をばくばくと勢いよくかきこむ。
「そうなんだけど…。いずものカレー、すごく美味しいんだもん」
「何だよ、明後日食えるじゃん」
「うん……」
 そこで押し黙ってしまうのはお偉いさん達が近くにいるからだけではない。敏生は悪戯っぽく笑うと、ひょいと夕陽の生姜焼きを箸でかっさらった。
「もーらい」
「あ―っ!? あたしの生姜焼き―っ!!」
「何だよ、食べないんだろ?」
「食べる! 食べるよ~~~ぅ!」
「じゃあ、ほれ」
 敏生が夕陽の口元に生姜焼きを差し出すと、夕陽がパクっと食いつく。と、横でガタガタっと音がして、二人して振り向くと司令部のお歴々が食事を終え、立ち上がるところだった。
「全く、貴様らは相変わらずだな。あてつけやがって」
 司令の尾澤海将補が苦笑しながら敏生の肩を叩くと、そのまま背後を通りすぎ、士官室を出ていった。
「艦内で大っぴらにいちゃつくなと言っとるだろうが、バカたれが」
 ゴツン、と敏生の頭に拳骨を落としたのは「いずも」艦長の森川一佐。もっとも顔が笑っているので本気ではない。その後も艦隊司令部の幕僚達が敏生を囲んでからかう。一日中どころか連日テレビで流されているという出撃前の二人のキスシーンも当然からかいのネタだ。
 いつも明るく、ムードメーカーで親しみやすい彼は「いずも」の誰からも愛される存在。
 特にリムパックで米空母「ロナルド・レーガン」を〝撃沈〟して以降は、若い曹士達から絶大な人気を誇っている。
 誰もが振り向く美人だが近寄り難い、というか怖い雰囲気を醸し出していた夕陽を、敏生の前だけとはいえ〝可愛く〟変貌させたことも彼のポイントの一つになっていて、休憩時間中は若い連中からの恋愛相談も後を絶たない。これは夕陽にとっては全くもって余計なお世話ではあったが。
 幕僚達が出ていくと、士官室は閑散となった。
「もっかいやる? あーん」
「結構です!」
 夕陽が真っ赤になってご飯を口に運ぶと、敏生がアハハと楽しそうに笑う。からかう敏生と怒る夕陽。付き合う以前から、それこそ出会った時から何度も繰り返されてきた、二人にとっては日常の光景。
 再びご飯をかき込み始めた敏生を夕陽はチラッと見た。
「ねぇ、敏生……」
「ん? どした?」
 さり気なく聞き返されて思わず口ごもる。何とか再び口を開くも上手く言葉が継げず、夕陽は寂しそうに笑った。
「……ん、何だっけ? 忘れちゃった」
「おいおい、大丈夫か?」
 敏生が呆れたように笑い、その笑顔になぜか胸が苦しくなる。
「てへ」
 夕陽はごまかすようにおどけて舌をぺろっと出すと、食事を再開した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

月の綺麗な夜に終わりゆく君と

石原唯人
恋愛
ある日、十七才の春に僕は病院で色のない少女と出会う。 それは、この場所で出会わなければ一生関わる事のなかった色のない彼女とモノクロな僕の 秘密の交流。 彼女との交流によって諦観でモノクロだった僕の世界は少しずつ色づき始める。 十七歳、大人でも子どもでもないトクベツな時間。 日常の無い二人は限られて時間の中で諦めていた当たり前の青春へと手を伸ばす。 不器用な僕らの織り成す物語。

新人メイド桃ちゃんのお仕事

さわみりん
恋愛
黒髪ボブのメイドの桃ちゃんが、働き先のお屋敷で、旦那様とその息子との親子丼。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...