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第八章

お願い、神様②

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 第一護衛隊群の横須賀出港から三日目。佐多岬沖で第二護衛隊群から増派された「てるづき」「おおなみ」の二隻と合流した艦隊は、明日の午後には中国艦隊の待ち受ける尖閣沖に到着する見込みだ。
 午前中のアラート待機任務を終えた敏生と夕陽は、士官室で遅めの昼食をとった。今回の派遣艦隊司令を兼務する一護群司令の尾澤三郎海将補や「いずも」艦長の森川伸宏一等海佐といった司令部のお歴々も何やら気難しい顔で話をしながら食事中で、幹部として限りなく下っ端の二人は、そこからできるだけ離れて腰を下ろした。
「今日はカレーが食べたかったな…」
 生姜焼きをつつきながら夕陽がぽつりと呟く。
「カレーは金曜日だから明後日だろ。この生姜焼きだってめちゃめちゃ美味いぞ?」
 敏生が普段の訓練時と変わらぬ様子で、ご飯をばくばくと勢いよくかきこむ。
「そうなんだけど…。いずものカレー、すごく美味しいんだもん」
「何だよ、明後日食えるじゃん」
「うん……」
 そこで押し黙ってしまうのはお偉いさん達が近くにいるからだけではない。敏生は悪戯っぽく笑うと、ひょいと夕陽の生姜焼きを箸でかっさらった。
「もーらい」
「あ―っ!? あたしの生姜焼き―っ!!」
「何だよ、食べないんだろ?」
「食べる! 食べるよ~~~ぅ!」
「じゃあ、ほれ」
 敏生が夕陽の口元に生姜焼きを差し出すと、夕陽がパクっと食いつく。と、横でガタガタっと音がして、二人して振り向くと司令部のお歴々が食事を終え、立ち上がるところだった。
「全く、貴様らは相変わらずだな。あてつけやがって」
 司令の尾澤海将補が苦笑しながら敏生の肩を叩くと、そのまま背後を通りすぎ、士官室を出ていった。
「艦内で大っぴらにいちゃつくなと言っとるだろうが、バカたれが」
 ゴツン、と敏生の頭に拳骨を落としたのは「いずも」艦長の森川一佐。もっとも顔が笑っているので本気ではない。その後も艦隊司令部の幕僚達が敏生を囲んでからかう。一日中どころか連日テレビで流されているという出撃前の二人のキスシーンも当然からかいのネタだ。
 いつも明るく、ムードメーカーで親しみやすい彼は「いずも」の誰からも愛される存在。
 特にリムパックで米空母「ロナルド・レーガン」を〝撃沈〟して以降は、若い曹士達から絶大な人気を誇っている。
 誰もが振り向く美人だが近寄り難い、というか怖い雰囲気を醸し出していた夕陽を、敏生の前だけとはいえ〝可愛く〟変貌させたことも彼のポイントの一つになっていて、休憩時間中は若い連中からの恋愛相談も後を絶たない。これは夕陽にとっては全くもって余計なお世話ではあったが。
 幕僚達が出ていくと、士官室は閑散となった。
「もっかいやる? あーん」
「結構です!」
 夕陽が真っ赤になってご飯を口に運ぶと、敏生がアハハと楽しそうに笑う。からかう敏生と怒る夕陽。付き合う以前から、それこそ出会った時から何度も繰り返されてきた、二人にとっては日常の光景。
 再びご飯をかき込み始めた敏生を夕陽はチラッと見た。
「ねぇ、敏生……」
「ん? どした?」
 さり気なく聞き返されて思わず口ごもる。何とか再び口を開くも上手く言葉が継げず、夕陽は寂しそうに笑った。
「……ん、何だっけ? 忘れちゃった」
「おいおい、大丈夫か?」
 敏生が呆れたように笑い、その笑顔になぜか胸が苦しくなる。
「てへ」
 夕陽はごまかすようにおどけて舌をぺろっと出すと、食事を再開した。
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