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好きになってはダメな人でした
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しおりを挟む季節で言えば夏が好きだった。
ジリジリと肌を焼く日差しでさえも私には最高のスパイスで、人が開放的になる
為にそれは欠かせない要素だったし、それに何よりも夏は出会いの季節で恋の季
節なのだから私も当然のようにビーチへと出会いを求めて繰り出す事にしたのは
決して間違った選択ではなかったはずだ。
照りつける太陽はサングラス越しにもその熱さを実感でき、そこに居る誰もが浮
かれているビーチでは打ち寄せる波の音よりも騒がしい声が響きわたっていた。
だからこんな中でなら私にだって何かしらのチャンスはあるはずだと期待せずに
はいられず、そんな欲望を膨らましながら歩くビーチはいつもよりも海の匂いが
濃く感じられたのだ。
事の始まりはなんてものはいつもなんて事のない出来事からだ。
私の学校での立ち位置は当然のように端の方で、ヒエラルキーで言えば下層が私
のポジションではあったけれど、それはそれはで納得してそこに居るのだから何
も問題はなかったのだ。私は私なりに理解はしていたし、それが良いかどうかは
別にして世界はそうやって出来ているのだと信じていた。
だからだ。だから私にとってそれは信じられない出来事だった。
まさに青天の霹靂で時が止まっているのかというぐらいに時間が長く感じられる
くらい衝撃だったのは、あの女が男と一緒に歩いているのを見てしまったからだ。
それもただ歩いているという訳ではなく、いかにも楽しそうであり、明らかにそ
れだと分かる雰囲気なんかを醸し出していたものだから私はただただ呆然とそれ
をあんぐりと見ている事しか出来なかった。
何かおかしくはないだろうか?
どうしてあの女がという思いで私の頭の中はいっぱいである。どうしてそんな事
が起こるのか、起こり得るのかが私の頭では処理出来ないのだから仕方がない。
ずっと同じだと思っていたのだ。私と同じ立ち位置で同じ下層にいるはずなのに
どうしてあの女に男が出来ているのだろうか? そんな自問自答を繰り返してい
た私に一筋の光が差し込んだ、天啓である。
騙されているのでは?
きっとそうに違いがない。その答えが思い浮かぶとはっとしてすっと腑に落ちた
私は取り敢えずの心の安定をとりもどした。そんな簡単な答えに辿り着くまでに
あまりにも時間を使い過ぎてしまったのはあの光景があまりにも衝撃的で刺激が
強すぎた所為だ。私と同等否、それ以下のあの女に男だなんてある訳がないのだ
から。
なんという道化なのだろうか。
分かってしまうとなんとも微妙な気分になった。寧ろ可哀想ですらあって、でも
それも仕方がないのだ、私達なんてそうでもないかぎり男なんて出来る訳がない
のだから。それがこの世界の理なのだから私達はその中で生きて行くしかない。
ただ私にはあの女のような道化を選ぶという選択肢はないというだけだ。
そもそもそこまでする理由が私には見当たらない。
別にいいではないか。男なんて知らなくても生きてはいけるし、依存なんてしな
くても私は生きていけるだけの自信があるのだ。そもそも私はそんなに安くはな
いはずだ。貴族の遊びでもあるまいし、例え下層であったとしてもそこまで落ち
ぶれてはいない。やはりあの女は私よりも下なのだ。
そんな憐れみの目が気に障ったのだろうか。
「そんなに見てもアンタには無理よ。だって私とアンタじゃ圧倒的に違うんだか
ら、ね? 」なんて私を値踏みするように見て言った捨て台詞を吐かれてしまっ
たら私だって黙ってはいられない。それが安い挑発だって事は分かっていたとし
ても譲れないものがあった。
私が負けるなんて事があるはずがないとそう思えたのは絶対の自信があったから
だ。ここでなら、このビーチでなら私は無双できると信じて疑っていなかった。
電車の中で私はただただ自分の勝ち姿だけを想像していたというのに……これは
一体どういう事なのだろうか? 思っていたのと違うのだが、何がどうしてこう
なった?
ビーチからは一人、また一人と姿が消えて行く中でどうしてその中に私が含まれ
ていないのかなんて事を考えている間にあんなに晴れていたはずの空はどんより
と淀んできたと思えばぽたぽたと私の肌を濡らし始めたのは天気予報にもなかっ
た生温い雨である。
誰も私の事など見てはいないという事に気が付いたのは結構すぐではあったけれ
ど、それでもこの戦闘服ならば、このマイクロビキニならばと気持ちを強く持っ
ていたけど私のヒットポイントは減っていくばかりだった。それでもこうしてや
って来た以上こんな状況に納得なんて出来はしなくて、なにもかもの準備は万端
だったのに私はただただ雨が止むのを待つことにした。あきらめるにはまだ早い。
このまま帰るなんて出来る訳がないと遠くの空を見ながら海の家で一人雨が止む
のを待っていた私。そんな私の前を横切った女は黒のビキニを着て誰もが振り返
るようなプロポーションを見せびらかせて通り過ぎる。その歩いていく姿を思わ
ず目で追ってしまったのはいい匂いがしたからなんて事ではなく、単に私自身の
問題。コンプレックスのせいだろう事は明らかだった。
羨望の眼差しの先には当然のように男どもがいて、彼女を連れて行ってしまった。
それは私が思い描いていたそのものではあったのだけれど、そこに居るのが私で
はないという理由は分かってはいるのだ、ああいうのが良いのだろうという事ぐ
らいは。私のような体型では到底太刀打ち出来はしないけれど、それでもと夢想
してしまうのは夏という季節がそうさせるのだろう。
でもいつだって世界は残酷だった。
雲の切れ間からの日差しはオレンジ色で私が一人駅へと歩く道を染めている。
まだ雨がぱらついている中何となく立ち止まって空を見上げたのは悔しかったか
らだ。本当ならこんな予定ではなかったはずで、本当なら私は一人ではなかった
はずで、本当ならもっと楽しい夏だったはずで……
夏だからだとか、ビーチだからだとか恋の季節だからとか、全ては私に都合がい
い理由付けでしかなくて、勝手な期待は失望へと変わり、思い描いていたものな
ど全てが絵空事でしかなくて、だから私はこの時に全てを理解したからこそあき
らめるという事が出来たのかもしれない。
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