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菫川ヒイロ

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好きになってはダメな人でした

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「先にシャワーを浴びるよ、ベタベタして気持ち悪いんだ」


 彼はそう言って部屋に入るなり浴室へと向かった。
 それに対して私が何か言うなんて事はなくて、それが彼らしい行動だったという
 だけの事なのだ。私達の関係はそういうものだった。だから羨ましそうにこっち
 を見ていたあの人もきっと何か思い違いをしているとは気が付いていたが、そん
 な事すらどうでもいいと思っていた。
 
 
 説明する必要を感じない。
 別に勘違いをされていたからといっていちいち説明をしなければ気が済まない様
 な性格でもないし、他人にどう思われようがどうでもいいと思っているのだ私は。
 そもそも説明した所で私が得をするなんて事はないのだからそんな事に労力を使
 う方が馬鹿馬鹿しくすらある。
 
 
 別に何か特別な事を望んだ訳ではない。
 全てが普通でよかったのだ。自分が一番自分の事をよく知っているのだし、そも
 そも私は決して自分が特別な人間ではないという事を周りの人達よりもよく理解
 していた。それは育った環境の所為かもしれないけれど、だとしても誰よりもわ
 かっていたと思う。
 
 
 だからいくら煽てられたとしても本気になんてした事は無かったし、いつも『そ
 んな事はない』と否定をしていた。それが他の人には謙遜に見えていたのかもし
 れないが、私にはそんなつもりはまったくなくて寧ろ嫌味を言われているのでは
 ないのかと疑ってさえいたぐらいだ。
 
 
 そもそも肯定する事は回答として正解なのだろうか?
 それはそれで誰かしらの反感を買うだけではないだろうか? 
 いつだって世界は生贄を求めているのだろうしただ誰かの不幸を望んでいるのだ。
 決して自分ではない誰かの不幸が自分の幸せにつながるのだと誰もが信じている
 ような世界で生きて行くには決して何も望んではいけなかった。
 
 
 私が望んだものはなんら変わり映えのない人生を送るということ。
 ただ叶うのならば好きな人と一緒に生きていけたらいいと、そんな小さな願いを
 持っていたぐらいで、それ以外に何かを求めた事などなかったというのに私のさ
 さやかな願いでさえも簡単に打ち砕かれてしまうのである。
 
 
 誰も私を助ける事は出来ない、救いなんてものは何処にもないとまでは言わない
 けれど、それは本当に一握りの者にしか与えられない特権なのだ。だからそんな
 奇跡にすがるなんて事は馬鹿げていると思うのだ。ましてや、自分以外の誰かに
 頼るなんて事を人生に組み込んではいけないし、期待なんてするべきではない。
 
 
 もう放っておいて欲しかった。私に関わらないで欲しかった。
 どうにかしようとはしてくれるのはありがたいけれど、そう簡単に覆るように物
 事は出来てなどいない訳で、私にはただその気持ちだけで十分だった。我慢をす
 れば全てが丸く収まるし弟妹には普通の人生を生きて欲しかったからこれが最善
 だっただけだ。
 
 
 どうやら私にとっては普通であるという事ですら過ぎた願いだったようだとその
 時に悟った。人は誰もが幸せになんてなれる訳がなくて、どんなに抗おうとした
 所で運命には勝てはしない。全てはなるようにしかならず決まっていた事だった。
 
 
 事の全ての根源はただ一人の馬鹿が居たというだけの本当につまらない話。
 身の丈に合わないものを望んだ結果、ただ身を持ち崩したという事でしかなくて
 結局何処までいっても変わったりなんかしないのだから未だに人間なんてその程
 度の獣でしかないのだという事を理解するべきなのだが今更だろうとあきらめて
 いる。


 別にこんな所へは来たくはなかったし、こんな水着なんて着たくもなかった。
 海水のベタつきよりも他人からの視線の方がベタついて気持ち悪かったし、そも
 そも私は海が嫌いなのだ。海が好きな奴なんてどうかしているとずっと思ってき
 たのだ。こんなにも欲望にまみれた場所に集まるような奴が真面な訳がないとど
 うして気が付かないのかなんて無駄な事をついつい考えてしまうくらいに最悪な
 気分だった。
 
 
 でも私には何も言う権利はないのだ。
 ただ言われた通りに行動するのが今の私で、それ以外の選択肢なんて存在しない
 そんな有様でも私は生きている。否、生かされているのだろう。何かを考えるな
 んて事をしないのが運命を受け入れるという事で、生かされているという証なの
 だから。


 窓の外にはちょうど虹が出ている。
 それに少しの間だけ気を取られていたらガラスに浴室から出て来た彼の姿が映り
 また思い出すのだ、自分がどうするべきなのかを。
 
 





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